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とある王女の恋物語・番外編

王様の憂鬱

作者: 藍田 恵

ダンとベルの結婚裏話です。

「王。どうなさったのですか? そんなに難しい顔をして」

 最愛の王妃に声をかけられて、王は眉間の皺を一本減らした。

 だがしかし、口元は固く結ばれたまま、憂いの表情を崩すことはない。

 まだ子供を授かっていないせいなのか、少女のようなあどけなさの残る王妃は、臣下に請われて王の機嫌を取りに来た。

 まつりごとの最中に声をかけても咎められることがないほどに王妃は王に溺愛されていたから、王妃は王の許可を取ることもなく侍女にお茶の準備を命じる。

「また宰相に泣きつかれたのか」

「そうですわ。王のご機嫌が直らないとまつりごとが進まないと言われました。わたくしでよろしければ、お話を伺いますが」

「たいしたことではないのだ。いや、あるかも知れん。それがはっきりしないから考えていた」

「何をです?」

 麗しい王妃にそっと手を重ねられて、王は目を細める。

「成人式がひと月前にあったことは、王妃も知っているな?」

「はい。大切な行事ですから」

「毎年、だいたい式のひと月後に、同じような申し出が出てくるのだが…」

「婚約のことでしょうか」

 なぜか王妃は目を輝かす。

「そうだ。なぜ嬉しそうなのだ」

「王は男性だからわたくしの気持ちがお分かりにならないのですわ。婚約が決まった娘に想いを寄せていた男性からの嘆願書をお持ちなのですね!」

 王の問いを無視して興奮する王妃に、王は鼻白む。

 その通りだ。だからそのことでなぜそんなに嬉しそうなのかと尋ねているのに、なぜ答えない。

 確かにこの国の風習は変わっているが、民が幸せでいられるようにと考えられたものなのだ。成人前までに求婚できないような腰抜けに、妻を得る資格などあるはずもない。

 ますます憮然とした王と浮かれている王妃に、侍女がお茶の準備が出来ました、と告げる。

 王妃は自分の為に用意された椅子に座ると、手ずから王のお茶を淹れた。

「王。掟は大切なものですが、それは恋人達を引き裂かなければならないほど大切なものなのでしょうか?」

 初めて妻から説教めいたことを言われ、王は飲みかけていたお茶を吹き出しそうになった。

「王妃。何を…」

 普段は王に差し出がましいことを言わない王妃だけに、王には王妃の心に何があるのか分からない。

「手に入らなくなって、初めて気付くこともあるのです。特に男性は、ご自分の気持ちに疎いところがおありです。毎年同じような申し出があるということが、それを証明しているようなものでしょう」

「だからと言って簡単に許していたのでは、掟の意味がなくなる。それに…」

 王は僅かに言い淀んだ。

「それに?」

「…婚約を破棄される男は、余の友人なのだ」

「それがどうしたというのです」

「仮にも貴族である男との婚約を、これといった理由もなく破棄させるなど」

「ご友人はお相手には会ったこともないのでしょう?」

「会わせられるか」

「どういう意味ですの?」

 王は今度は口を噤んだ。

 王妃にどう説明すべきか。

 青年と一緒に嘆願に訪れた娘が王の好みのど真ん中だったなどとは王妃にとても言えない。

 娘が王侯貴族に嫁ぐ家系であることも頷ける。会ってしまえば、友人はひとたまりもないだろう。

 無論、王に成人したばかりの若い娘を好む性癖はない。歴代の王のように愛人が欲しいとも思わない。

 この王は王妃ひとすじで側室も持たなかったくらいなのだ。

 王にとって問題だったのは、娘を一目見ただけで、この娘のために年嵩の友人との婚約を解消させ、青年との結婚の許可をすぐに与えてやりたいと思ってしまった自分の気持ちだった。

 賢者と讃えられた王の祖先は、娘が国の運命を左右すると言って憚らなかったが…それはこういうことだったのか。

 王は今さらにして、その賢明さに嘆息する。

 この風習が国にもたらした利益は計り知れないものであったことを痛感したのだ。

 平和で豊かなこの国に、戦争や略奪を持ち込みたくはない。

 だから、あまりにも簡単に風習を破ろうとする者を許す訳にはいかない。

 それに、こういう事態になるまであの娘を放っておいたあの青年の間抜けぶりにも腹が立つ。

 いつしか怒りが個人的なものになっていることにも気付かず、王はお茶を飲み干した。

「貴族との婚約解消も、嘆願してきた青年との結婚も、認めてやろうとは思っている。ただ…」

「罰を与えるおつもりですの?」

 王の考えを先回りして読んだ王妃が、そんな、といった表情で王に非難の目を向ける。

「他にどうしろと言うのだ。村長むらおさの息子がそのような先例を作ってしまえば、結果的に国は混乱に陥ってしまうだろう。それを防ぐ為だ」

「国が混乱する前に、王のお慈悲のなさに民が失望します」

 王の顳顬こめかみがぴくりと動き、眉間の皺が一層深くなった。

「王妃よ。そなたは余の機嫌を取りにやって来たのだと思っていたが…。まつりごとに口を出す為にやって来たのか」

まつりごとを進める為にやってきたのです。女性の少ないこの国で、女性の気持ちを推し量ろうとしない処分がどのような結果を招くのか、王によく考えていただきたいのです」

 常にない王妃の押しの強さに、王は内心ひやひやしていた。王妃の機嫌を損ねることは王の本意ではない。表面では平静を装って聞いていたが、王妃が怒り出すか、はたまた泣き出すか、どちらかの行動に出られてしまっては王にはもう打つ手がなかった。

「では青年に罰を与えず、他の民に掟を守らせるには、どうしたらいいのだ」

「忠誠を誓わせれば良いのです!」

 驚いたことに、王妃は解決法を携えて来ていた。

「民は我々に忠誠を誓っているようなものではないか」

 王家を敬い、税金を納めて日々真面目に働き、国を豊かにしていくことによって。

「この国を護る森の女王にも誓わせるのです。そして改めてわたくしたちにも誓わせるのです。どのような夫婦よりも幸せに暮らし、決して夫婦の間で争わぬと覚悟を決めさせるのです。そこまでさせられると知れば、他の者達はもう掟を破ろうなどと思わなくなるでしょう」

 ひと息にそう言った王妃の瞳は達成感に満ち、とてもキラキラしている。

 王はその様子に相好を崩した。

 確かに、王家だけではなく森の女王にも誓約させるのはいい考えかもしれない。

「王妃よ、それもいいかもしれないな」

 王妃はきゃあっ、と子供のような歓声を上げて、椅子から立ち上がって王に抱きついた。

「さすがはわたくしの王様です。わたくし、王をとても誇りに思いますわ!」

 王妃の甘い匂いを胸いっぱいに吸って、いつの間にか王の眉間の皺は消えていた。


 王妃が退席して入れ替わりに執務室に戻った臣下たちは、王の機嫌がすっかり直っていることに安堵した。

 王は数日に亘って悩まされていた問題の解決方法を大臣に伝え、すぐに取りかかるように命じた。

「さすがは王様です。王妃様がさぞ喜ばれたことでしょう」

 この解決法が王妃によって授けられていることは、大臣にも織り込み済みだ。

 だが大臣は王を讃えることを忘れなかった。

「ときに宰相よ」

「なんでしょう、王様」

「女たちは、どうしてああも障害のある恋人達を応援したがるのだ」

「吟遊詩人が語る恋物語に心酔しているからでしょう」

「それだけか」

「吟遊詩人は、見目麗しい者が多いですから…」

 そこまで言って、大臣は言葉が過ぎたことに気が付いた。

 王の眉間には、またもや深い皺が刻まれていた。


世界は女性が動かしている?

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