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この小さな世界に  作者: 茶話
Prolog
2/5

2 光の十字架


4月3日 午前四時


 ニコラスは怨呪討伐の後家に戻り、装備の汚れを洗い落として直ぐにベッドに倒れ込んだ。討伐が全て終了したのは午前3時で、育ち盛り(おそらく15歳程度だと本人は思っている)のニコラスにとってみれば勘弁願いたいものだ。


 このまま直ぐにでも寝てしまいたい衝動を抑えながら、つぎは左掌の刻印に目を向ける。刻印は直径10cmくらいの円形で、円の周囲に数字がありそれ以外は幾何学図形で構成されている。

 

 ニコラスは刻印の模様に右手の指を三本沿わし、グルッっとひねる。


 すると刻印の模様がカチカチと変化し、そしてまるでニコラスの掌から産み落とされるように高さ20cmの円柱形(トイレットロールを二個縦に重ねたような大きさ)をした機械がベッドに転がった。


 「あぁめんどくせぇ……疲れたときのデバイスメンテほどだるい物はないな」


 人がマナを用いて魔術を行使するには、大きく二つの要素が必要だ。一つは体内のマナ、これは人によって保有量に差があるが誰しも持つ者である。もう一つが魔術デバイス、エンジンとも呼ばれる装置である。


 このデバイスは大変高価であるため、放浪の民でデバイスを所持する者は限られるし、パーツも少ない。その為、怨呪討伐のようなデバイスに高負荷のかかる作業を行った後には念入りにメンテナンスをしなければならない。


 「頭がクラクラする……」


 メンテナンスにはある程度の技術が必要で普通は専門の技師に依頼するのだが、意識が朧気ながらもニコラスの両手はテキパキとデバイスを手入れしていく。デバイスの核となるコンバーター、マナを圧縮するターボ—チャージャー、それを支えるフレームとシャシー……単にメンテナンスと言ってもデバイスは複雑だ。


 「……良しっ。終わりッ!! こういう時は、デバイス管理に関しては鬼だった親父に感謝しないとなぁ」


 そう独りごちながら、デバイスを掌に戻しさっさと床につくニコラスだった。


++


 4月3日 午後六時


 そしてその日の夕方。余りの空腹に、耐えきれずモゾモゾとベッドから這い出す。

商店街へと向かった。戦いで空いた腹を満たすためだ。


 ニコラスが住んでいる場所は数千人から成る中規模な放浪の民の街だ。放浪の民の街とは都界の社会システムから弾かれた人々が住む街である。ニコラスはその街の外れに住んでいるが、そこから商店街、街の中心まではニコラスの(・・・・・)足では五分と掛からない。


 昨夜の怨呪討伐で止めの”トリ”をとったニコラスにはまとまった収入があり、懐は温かい。今日は普段よりも多く食べられると思うと足取りも軽い。



 ニコラスが向かったのは一軒の居酒屋。美味くはないが沢山食べられる店だ。


 「っしゃい!!」


 ニコラスが店に入ると既に客が大勢居た。顔見知りの店員に声をかけニコラスは窓際に一人座る。


 注文しなくても酒とつまみが出される。この店にはメニューなど無い。濁った酒とその日出すことのできる味の濃い肉、そして麦粥。それだけだ。


 

 ニコラスは早速酒を一杯飲み干しつまみに手を付ける。


 美味い——今日は当たりのようだ。その日によって味が変わるこの店は、その日によって美味いときもあれば、何の肉だと思うような味の時もある。


 

 そうして暫くニコラスが黙々と飯を食っていると、ニコラスの向かいの席に男が一人座った。ニコラスよりも一回り大きな体で、無造作に刈り上げた頭髪は赤みを帯びている。


 「よう、ニコラス。今日は手柄だったなァ」


 男はそう言ってニコラスのつまみを一つ摘む。


 「……いつも通りだ。レグ、その肉は俺ンだ。勝手に食うな」


 「良いじゃねえか。儲かってンだろ?」


 「ばぁか。マギ使いは腹が減りやすいんだよ。こうも頻繁に怨呪に来られちゃあ、食費もバカにならんし、デバイスのメンテを自分でやってたって交換部品は要るんだぞ」


 「はッ……ちげぇね。R8だっけか?おまえのデバイス」


 「R8カブリオラ、アウディのデバイスの中では最高級のモデルらしいし、死んだ親父が何か色々手を加えていたからな。メンテ以外じゃ怖くて触れん」


 「R8ねぇ……基本スペックでも525mpsの化け物をよく扱えるもんだ」



 ニコラスとレグは数年来の知り合いだ。お互いに怨呪の討伐隊で止めを預かっていて、ニコラスは北東隊でレグは北隊に所属している。ニコラスの知り合いの中ではかなりの旧友といえた。


 今日の怨呪討伐についてニコラスとレグが少し話すうちに、レグにも酒とつまみが出される。その後暫くは二人とも黙々と腹を満たす。


 


 「……そういえば、今日オマエが殺った怨呪。あれ幾らで売れたと思う?」


 一息ついてレグが思い出したように言った。


 「アイツか? 中級にしては大きさはそれほどでもなかったが、なかなか力が強かったからな……500万は行ったんじゃないのか?」


 「……325万」


 「なっ!!……バカ言え、それじゃあ下級じゃねぇか!!」


 「最近怨呪が多いからなァ、奴らケチってンだよ」


 レグは酒を一気に飲み干して続ける。


 「……それに都界からの武器が良く流れるようになってきてる。近いうちに何かあるかも知れん」

 

 「何かって?」

 

 

 さぁ?っとレグがとぼけようとした瞬間。


 ——グウォン!!


 と地面が揺れたかと思うと、さらに地響きのような唸りと立っていられないほどの縦揺れが店を襲った。


 揺れは三十秒程度で収まったが、店の中は棚から物が落ちグラスが散乱している。客や店員も突然の揺れに何もすることが出来ず、揺れが収まってもまだ恐る恐る辺りを見回している者がほとんどだ。


 ニコラスとレグも咄嗟に隠れたテーブルの下で様子を暫く伺ったあと、安全を確認して這い出る。

 

 「ってーなー……」


 「地震、て感じの揺れじゃねぇし」


 

 その時

 ——「おぉい!! 空がすげぇ事になってんぞ!!」

 

 表の通りから、野次馬な人の声がした。



 ニコラスとレグもその声を聞いて表に出てみる。すると。


 「なんだこれは……」とレグ。


 ニコラスも空を見上げたまま、言葉を無くした。


 


 北の空に大きな光の柱が一本立っていた。目測からしても相当遠くにあるそれは、しかし真昼の太陽のように明るかった。さらに光の柱の中間から四方に光が伸び、さながら大地に巨大な十字架を立てたようだ。



 そして、さらに。


 「ウワッ!!」


 その柱の隣に、もう一本の光の十字架が突き刺さった。一瞬にしてクロスの中心から伸びた光が大地と空に突き刺さり、大地と平行に四条の光が伸びる。


 遅れて、さっきと同じ規模の地揺れが街を襲った。



 元々、廃材を集め継ぎ接ぎだらけで作った街だ。あちこちから火の手があがっている。

 

 しかし放浪の民は皆急いで緊急事態に対処しているがパニックに陥る者は居ない。こんなもの怨呪の襲撃に比べたら可愛いものだ、というのが彼らの感覚だ。


 飲み屋から出て空を眺めていた人達も、飲み屋が大丈夫だと分かるとゾロゾロと中に入っていき、ニコラスとレグもそれに続いた。



*********



 ——ぐぁはは、とレグが笑う。


 「ッチ。止めろ。縁起でもない」


  

 結局騒動が一通り落ち着いた後、ニコラスとレグはもう一度先ほどの店で飲み直していた。地震や超常現象如きではバカな男どもは酒を止めない。



 むしろさっきより活気づいた店の中、目の前で馬鹿笑いを続けるレグをうっとうしそうに一瞥し、ニコラスは窓の外に視線を外す。



 所々赤く燃える放浪の民の街の向こうに黒くそびえ立つ“壁”がみえる。

 


 先ほどの揺れでもびくともしない白い壁。あの中には都界がある。

 ニコラス達が住む放浪の民の街は、周りを高い壁に囲まれた都界の外にある。


 壁を隔てた内と外では世界が違う。都界から放浪された民がどこに行くこともできず、都界のすぐ脇に街を作ったのが放浪の民の街だ。


 そして都界は完全な閉じた社会と成っており、資源、エネルギーも含め大気、日光以外の全てが自給自足でまかなわれている。

 放浪の民の街と都界の唯一の接点が怨呪討伐。放浪の民は怨呪を討伐し、それを都界に売り、報酬を受け取る。


 都界は高い”トーテム”と呼ばれる壁により怨呪を寄せ付けないが、それ故に滅多にトーテムを超えての怨呪討伐はほぼしない。


 都界の近くに寄ってきた怨呪は放浪の民が討伐する。

 都界と放浪の民の唯一の接点だ。


 放浪の民のほぼ全てが、都界を恨んでいる。否、羨んでいる。一月に何度も襲ってくる怨呪によって酷いときには放浪の民の街一つが無くなることも珍しくない。それに、さっきの地震だってトーテムのおかげで都界の中では弱くなっているだろう。


 安全で安定した都界での生活を放浪の民は夢見るのだ。



 「レグ。オマエ都界に行きたいか?」


 「……はぁ。おまえバカか? いいか、放浪は都界に入れねぇ。だいたい俺は都界生まれじゃねぇからな。都界の中なんてしらねぇからわかんねぇよ」


 「そうか……知らないのか……」


 「どうした?ニコラス?」


 「……いや。何でもねーよ」




 

 都界と放浪の街。前世紀から存在する都界に対して、放浪の街の寿命は余りに短い。生まれては消え、生まれては消えを繰り返し、街の死と共に多くの人も死ぬ。

 


 今日の地震でも何人か、何十人かが死んだだろう。とニコラスは思った。

 濛々と煙が立ちこめる中、ニコラスには光の十字架がまるで巨大な墓標のように感じられたのだ。



 ——放浪の街に住む民は言う。


 「今日楽しめ、明日の分まで。明日の話をすると怨呪が笑う」

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