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歳月  作者: 黒蝶 羅々
平安時代
8/9

第三話

 姉上の結婚相手は、左大臣の息子となったそうです。 

婿君となる彼は明日の夜から姉上の下に通い、正式に夫婦となるのです。


 だから今夜は、姉上が一人身でいる最後の夜。

まだ幼く、結婚の概念さえよく分かっていなかった私には彼女の気持ちは全く分かりませんでした。その時はただ、いつもよりも妖の気配が濃密だとばかり思っていました。


 私は強力な陰陽師である父の娘ですから、それに通じる力を持っていました。姉上は隠しておりましたが、その力によりちょっとした悪戯をするような妖達とは仲良しでした。継母上はもちろんのこと、兄上には残念ながら力が受け継がれなかったらしく、私と姉上が妖達と会話をしていると二人共不思議そうな顔をしていました。

父上は忙しい身の上なので、なかなか会うことはできません。だから、姉上がいなくなってしまうと仲間がいなくなってしまうような心地がして、少し寂しいようなそんな心持ちしか私はしていませんでした。






 そしてその夜。

もう時間は牛の刻を過ぎた頃でした。そんな夜中に、甲高い悲鳴が上がったのです。


 その声は、姉上のものでした。


「瑞葵様・・・?でしょうか?」


 私のすぐ近くで眠っていた松音が起き上がり、不安そうに御簾の隙間から姉上の部屋を見ました。


「何があったのでしょうか?松明が上がって、人が集まっておりますよ」


 確かに、松音が見ていた方向には夜中だというのに明るくなっています。下女達も皆様子を見に行ってしまったのでしょう。もう私の部屋の周りに人の気配はなく、足音だけがバタバタと通り過ぎて行きます。


「松音。すぐに見に行って頂戴。姉上が心配だわ」


「しかし、もしも盗賊の類だったらどうします!?危険です。姫様を一人にするわけには」


「私は平気よ」


「しかし・・・・」


「じゃあ、私が自分で行くわ」


「それはもっといけません!・・・・・すぐに戻ります。決して、お部屋からは出ないで下さいね」


「ええ。分かっているわ」


 渋々ながらも、松根は部屋を出ていきました。私は約束通り床に戻り、静かに待っていました。

やはり、妖の気配が漂っています。それも、私や姉上が触れ合っていた可愛らしい低位のものではなく、それよりもはるかに力の強い高位の妖の気配が。


 今までに感じたことのないその気配で、不思議と緊張が高まっていきます。もしかしたら、姉上はその妖怪に・・・・?などと、私は暗いことばかりを考えてしました。


「姉上・・・どうかご無事で」


 私が息を潜めて手を合わせ、一心に神に祈っていた。その時でした。




「雅様。こちらです。思っていたよりも騒ぎになってしまいましたね」


「嗚呼」


「これで機会は一つ減ってしまいましたし。不安でなりません」


「姿は人に見えないようにしたし~。多分このまま帰れるねぇ~」


 三人の声が聞こえました。

それと同時に、足音が近づいてきます。しかもその気配は、屋敷中に充満した高位の妖の気配にほかなりません。


 どうしよう・・・・

もしも姿を見れば、私は殺されてしまうかもしれません。見渡す限り隠れるようなところはなく、布団を被るくらいしか手はありません。


 気持ちだけは強く持たなければ。それだけを考えて、布団を被ろうと手にした時。

間に合わず、御簾がめくれ上がりました。


「あっ――――――」


 微かな月光と部屋の向こう側に集まった松明の明かりで見えた妖の姿。その中でひとつだけ背の高いものが、私の口を素早く手で覆います。今の季節は秋。そのせいで少し冷えた冷たい手には、獣のように長い爪がついています。


「黙れ」


 鼻が触れそうな近くまで顔を寄せ、その妖は低い声で一言だけ囁きました。驚いて目を見開く私の視界いっぱいに映るその姿は美しく。清廉でいて荘厳でした。

少し慌てたのか乱れた長い髪。柔らかな香の香りと、ふさふさとした黒い耳。整った顔立ちの中で光る黄色い二つの瞳が、真っ直ぐに私を見つめています。


「・・・・・人の気配が無い方向に進んでいたはずではなかったのか?野菊」


「す、すみません!なにぶん慌てていたもので・・・気配を殺している者には気がつかずに・・・」


「ところで~、姿は消してたよね~?何で見えるんだろ~ね~」


 その妖は、背後で驚き固まっている子狸の妖二人に声をかけました。一人は慌てた様子で返事を返し、もう一人はのんびりとした様子で首を傾げます。

のんびりとした様子の妖の言葉に、私の口を塞いだままの彼は驚きに目を見開いてまじまじと私の姿を見ました。


「そうか・・・・成程。こいつがもう一人(・・・・)か。道理で俺達が見えるはずだ」


 不敵な笑顔を見せて、彼はそっと私の口から手を離しました。不思議な状況に、私は声も上げられません。


「なんだ。まだまだ子供だな。・・・・行くぞ、野菊。野々菊」


 御意。と返事を返し、彼らはあっさりと去っていきました。


 呆然としていた私が気がついた時には、松音は部屋に戻ってきていました。

姉上の身に起こった出来事はその後、屋敷じゅうで噂されることとなったのです。


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