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歳月  作者: 黒蝶 羅々
平安時代
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第一話

 母は儚い方でした。


 美しく、気高く、優しかった母。


 祖父母は大分お年を召してから母を産み、国一と評された陰陽師と結婚させました。

その頃、都の闇で暴れまわっていた鬼。それを退治したと評判がついたのが私の父だったのです。




 都でも名高い、美しい帝の娘。


 鬼を倒した、強力な陰陽師。


 そんな二人の婚約は多くの者から認められ、喜ばれたそうです。

父も母を気に入り二人は仲良く暮らしていたのですが、母にはなかなか子ができませんでした。


 次代を強く望まれていた父は仕方なく二人目の妻を娶り、無事二人の子が生まれたのです。

その子らがだいぶ大きくなった数年後。母がようやく私を産んで三年。


 母は、病に倒れ亡くなったのです。












「・・・それで、こちらが月夜(つくよみ)の君なのですね」


 その言葉に、私の乳母。松音(まつね)は頷きました。目の前には、見るからに男好きのしそうな豊満な体と美貌を持つ女性。うまく父と婚約に有りつけ、元々の身分も比較的高い女性の中の成功者。そんな女性を相手に気が引けないわけがありません。

緊張を隠せない様子の松音に、女は優しく声をかけました。


「母上に似たのでしょう。可愛らしい姫君ではありませんか」


 彼女は、死んだ母の代わりに父の正妻になった二番目の妻。桐霞(きりがすみ)の君です。

彼女は、私の母よりも位が低いので、私を養子にすることを悩んでいる所でした。


 女君の婚約の際に見られるのが、母親の位なのです。

帝の娘という位の高い母を持つ私が、それよりも少しばかり低い位の彼女の養子になれば私の位が下がり、確実に損をしてしまいます。しかし、今の私は母無き身。新しく養子として迎え入れてもらうのが最善なのです。


「隠れていないで、こちらへいらっしゃいな。これからは、私を母上と思って甘えてくれて構わないのですよ?」


 優しく語りかけてくる彼女に、私はやっと松音の袖の間から顔を出しました。 

その姿を見て安心したのか、ほっと胸をなでおろして彼女は私と同じぐらいの目線に屈みます。柔らかな香の香りが、すぐ近くで香りました。


「本当に可愛らしいこと。大きくなったらたいそう美しい姫君になるでしょうに・・・」


 そして、亡くなった母を憐れむように悲しげな顔をして彼女は言ったのです。


「決めました。月夜の君。私はあなたを、養子にはしません。けれど、親子のように一緒に暮らしましょう」


 あなたが母上の事を、忘れないように・・・・



 私は今でも、その時の継母上(ははうえ)の優しさに感謝しています。

そのおかげで、私は父と母の馴れ初めをしっかりと覚えておくことが出来たのですから。















 継母上とのお話も終わり、後は松音がこの家でのしきたりや身の振り方を学ぶだけとなったので、私は庭で一人。遊ぶことになりました。

しかし、来たばかりで慣れていない庭で何をしたらいいのかわかりません。


 とりあえず私は、おどおどしながら庭石にちょこんと腰掛け、松音達のお話が終わるのを待つ事にしました。

その日は良いお天気で、菊の蕾が微かに開いている最中でした。庭で一人、膨らんだ蕾を眺めていた私に、声をかける者がいたのです。


「何?菊、好きなの?」


 人懐っこい笑み。少し色気のあるような顔立ちと、艶やかな黒髪。服装や顔立ちからして、年は六つか七つと言った所でしょう。


「見かけない顔だね。ぼくは、夕月(ゆうづき)って言うんだ」


 夕月。

松音から聞いていました。桐霞の君の二人目の子。齢七つになる男君です。とても優秀で、父上から大変期待されているとか。


 色気のあるところは母上に似ているのでしょう。

少し大人っぽく崩れた髪をかきあげて、興味深そうに私を見ています。


「わたし、つくよみの君って呼ばれてるの」


「へ~・・・じゃ、やっぱりぼくの予想通りだ。そうなんじゃないかなって思ってたんだよ」


 そう言って、彼は私よりも大きい。けれど、まだまだ小さな手を差し出しました。


「ぼくは、きみの兄上になるんだね♪よろしく。月夜の君」


 何だかほっと安心して、私もその手を握り返しました。






 しっかりと握り返された手のひらは温かく。兄上の笑顔は優しげで。



 私は、母が亡くなってから初めて笑うことができました。

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