第一話
きちんとアイロンがかけられた新品の制服に腕を通す。しっかりと首にはネクタイを巻き、姿見で全身を映してきちんと着こなしを確認。
髪型、良し。顔、良し。スカート、良し。ネクタイ、良し。
「出来た!」
カバンを持つと、時間ギリギリの中急いで自室から一階へと降りる。
玄関には新品の靴が一足。それの存在を横目で確認して、玄関から一番近いドアを開けた。
「お母さん!朝ごはん、出来てる?」
「遅いよ、風亜。ご飯が冷めるでしょうが」
「おねーね遅い!蕾亜、待ってたんだよ!」
少し不満顔のお母さんと妹の蕾亜がすでに食卓に着いていた。お父さんはいつも朝早いので、ここにはいない。
「ごめんごめん!そしてさらにゴメン!!時間無い!」
お母さんがテーブルの上に置いていてくれた水筒だけを掴み、急いで玄関へ向かい、靴を履く。
「こらっ!待ちなさい、風亜!だからもっと早く起きなさいって言ったでしょ?」
怒声が聞こえるが、急いでいるので無視。新学期早々、遅刻だけはしたくない。
「行ってきます!!」
元気な妹と呆れたようなお母さんの「いってらっしゃい」を背景に、私は約束の場所へと駆け出していった。
町中にぽつんとある、少し小さめの公園。そこが、私達の待ち合わせ場所だ。
そこそこ広い二車線の道路。アパートやコンビニの並んだコンクリート詰めの中に、木々の生い茂ったその公園はある。
急いで駆けつけた私に、もうそこで待っていた私の友達。栗坂杏は、私を見て軽く手を振った。彼女は柔和な笑顔がよく似合い、羨ましいほど女の子らしくて、ホワホワでふわふわっとした優しい声を持っている。(自分でも何を言っているのか分からない)
「風ちゃん、ギリギリだね」
「杏は早いね~。相変わらず」
杏はいつも待ち合わせには早めに来る。彼女曰く、楽しみなので早く来てしまうそうだ。確かに、遠足の時などは集合時間一時間前に来ていて先生を驚かしていた。
「理恵ちゃんはまた遅刻だね」
「まあ、もう慣れちゃったけどね~」
くすくすと、楽しむように笑う杏。
正直言ってしまえば童顔の幼い顔つきに、幼稚園の頃からずっとやっていた水泳のせいで脱色されてしまった茶色い癖っ毛。その髪は腰ぐらいまであり、その一部を新学期だからか三つ編みを編みこんで高い位置で縛っている。その胸は、制服の薄手のセーターの下でも存在感を放つ程目に付く。
笑顔も相まって、女の子である私も“可愛いな~”と和んでしまう。
そんな私達が待っているのは、斎藤理恵。理恵と杏と私は、小学校の時からの幼馴染みである。そして地元の同じ中学校を卒業し、今年めでたく同じ高校に入学出来た。
そして、仲良く同じ制服を着て、同じ高校へ行くのだ。
「三人とも同じクラスになれたらいいよね」
「それは、“神のみぞ知る”って言うんだよね」
「わっ!物知り。杏、よく知ってたね♪」
私よりも少し低い位置にある杏の頭を撫でる。日に当たって少し熱くなった髪はふわふわとしていて気持ちいい。
末っ子で育った杏は甘え上手で、いつもこうしてしまう。
「反省しなければ・・・・」
「えっ?えっ?大丈夫だよ、風ちゃん。わたし、風ちゃんのこれ好きだから」
「でも、私達もう高校生だよ?いい加減子供っぽいのは止めにしな・・・」
「ゴメンッ!!遅れた!」
慌てたように駆けつけたのは、理恵。金色に染めた派手な髪が日光を反射してキラキラと光っている。
大人っぽい雰囲気に不良っぽい(髪を染めている時点で決定済みだが)制服の着こなし。外見で先生によく注意されていたが、これでも成績は三人の中でダントツに良いのだ。
「時間に間に合うように家は出たんだけど、途中で朝のランニング途中の不良とぶつかっちゃってぇ。何か因縁つけられちゃったから、時間ないけど口喧嘩して論破してたら遅れちゃってね・・・」
慌てて遅刻の理由をまくし立てる理恵。その様子を見て、理恵に見えないように杏が笑う。
遅刻の度に理恵がありえないような遅刻の理由をしゃべりだす様子を見るのが、彼女の楽しみなのだ。私も、いつも元気で周りをあまり気にしない理恵が慌てている様子を見るのは面白い。
「もう、遅れちゃダメだからね」
「ゴメンゴメン。本当に悪かったって」
杏が少し怒ったように理恵に突っかかる。もちろん演技なのだが、理恵は何度も謝っていた。見かねた私は理恵に助け舟を出す。
「まあまあ、杏。電車には間に合う時間だし、それぐらいにしておこうよ」
「ほらっ、こうなった時のために待ち合わせの時間早めにしてたんだし」
「しょーがない。今回は、許したげる」
大きな胸をさらに突き出して、杏は少し偉そうに駅へ向かって歩き出す。理恵と私も、杏は今日も可愛いな~とか思いながらその後を追った。