第一話:それは夏休みのいたずら
さらさらと光を乗せて煌く川。眼前一帯に広がる数多の田園。ぽつぽつと点在する木造の家屋……。
日常的生活を送る者ならば少しは和めることさながら、マイナスイオンもたっぷりと持ち帰れるであろう田舎風景。
しかし、川原で呆然と突っ立っている、まさに茫然自失という四字熟語がお似合いなオレからしてみれば、
そのようなくだらん物事に脳細胞を持て余している場合では断じてないのである。は?自己紹介?知るかボケ。
オレは闇金業者によって大阪湾に沈められようとしている冴えないサラリーマンのような面持ちで呟いた。
「ここはどこ。オレは誰だ……っ」
(えーっとですね〜。ここは横浜ではない何処かで、あなた様はすがめ様でいらっしゃいますね〜)
金の刺繍で彩られた煌びやかな着物を纏った野郎は、まるで他人事のようなおっとりフェイスをオレに向けている。
「……的確な回答をありがとう。全然まったく微塵も嬉しくないけどありがとうミコト」
(ひいい!?す、すいません。悪ふざけが過ぎましたですよー……)
オレの低声やら視線やらから放出される威圧(殺人光線)を瞬時に察したミコト。長い付き合いなだけはあるな。
実はこいつは日本、いや世界の根本的な原理からして、とても異質な存在なのであるが……
まあ、こいつがオレの健やかなる人生に貢献してくれたことなどは何一つ記憶にないので特に気にすることもない。
ちなみに異質な存在はこの意味不明な体質を持って生まれてきたオレも例外ではないのだが、その件も後程だ。
現在最も気にかけるべき内容といえば、この危機的状況をどうやって回避すればいいのかということさ。
もはや脳細胞が「後は自分で悩んでね」と言わんばかりに思考を停止しようとオーバーヒート寸前である。
がんばれオレの脳細胞。だが……まあ無理もないだろうな。
長く険しかった高校受験を見事勝ち抜き、残り少ない夏休みを爽快に満喫しようと目を覚ませば……
もれなく『ド』が付くほどのクソ田舎で爆睡していたのだから――。
第一話≪それは夏休みのいたずら≫
『頭の中が真っ白になった』という表現を今使わずにいつ使えというのだろうか。
そしてこれが危機的状況でないと言い張るヤツは相当頭がアンポンタンなのかオタンコナスに違いない。
まったく、オレの華やかな高校生活は何処の惑星へ素っ飛んでいきやがったのだ。
悪いが高校生の青春はプライスレスじゃねえんだぞ。賠償金を血が出るほど搾り取ってやる。で、誰に。
……そう、誰だ。横浜在住のバリバリ都会人であったはずのオレを、こんな田んぼと山と牛のクソ(3:2:1)で構成されたような平和ボケしたクソ田舎の川原に放置プレイしたのは何処のどいつなのだ。
(すがめ様すがめ様ー!これ!これ置手紙ってヤツなのではないでしょうかー?)
こいつ、まだお説教が足りないようだな。そこらの小鳥と東京都知事選挙についてでも話し合ってろ。
「ええい黙れっ。お前の相手をしているヒマは……むっ?」
煌びやかな着物を纏った野郎が握り締めていたモノとは……うむ、どうみてもチラシである。
だが裏面には女独特の丸っこい字で『何か』が記されているのが見て取れる。
きっとそれはオレがここにいる理由や目的、そして誰がこんなことを望んだのか、という壮絶な心のもやもやを晴らすことができる鍵になるに違いない。ていうかそうでないと困る。非常に困る。
オレはすかさずミコトの手から奪い取り一文字一文字をリピートしながら目で追い、そして驚愕した……。
『愛する我が子へ もうあなたはウチの子ではありません。
雨の日も風の日も、死なない程度に生きてください☆ by MOTHER』
「う、うそん……」
速攻でこの忌々しき手紙に突っ込むかズッコケアクションでも決めちまおうか本気で悩んでしまった。
まあ突っ込みは心の中でもできるしな。なんでやねん。よし。
(え、えーと、捨てられた、と解釈してよろしいのでしょうかね〜……)
「…………」
(は、母上殿も父上殿もあれでなかなか生活も苦しかったですしね〜!)
「…………………」
(だ、だから負担を軽くしようとすがめ様を……ね、ね〜?)
「…………………………」
ミコトの焼け石に水というか火に油なフォローもオレの耳には届かない。
まあ、この時ばかりは日本海溝レベルまで落胆しても誰の文句もないだろうと自信を持って言える。
あるヤツは名乗り出ろ。壮大なアッパーを繰り出したのちブレインバスターを軽やかに決めてやろうっ。
「ほほう。つまりこういうことだな。両親が生きてく生活費を浮かせる為に実の息子さんを右も左もわからないド田舎に置いてけぼりと。え、つーか『死なない程度に』って何。そこは『元気に生きてください☆』とか少しでも息子の幸福と安全を祈るべき……ってそうじゃなくてだなぁあああ!!」
……もしも、だ。
この世で退屈になるほどの平凡な日々を営む幸せな輩がいるのなら、オレはそいつのお宅を伺って初回特典付き無料配布キャンペーンを実施してやるところだ。何を配布するかだと?もちろん『不幸』!!
これは、とっても役立たずな半人前の見習い神様、ミコトと――……
どんな神様とも意思疎通ができる体質を持つ、オレのちょっぴり不思議で壮絶な日々の記録である――……。
あ、はじめまして。