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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第六章、風の行方
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第五風、幸福の香り(3)

 マーレル公に会いたいというユードスに対し、レックスは、お前が()れたシエラはどこにもいないとこたえる。が、ユードスは、


「もう一度会いたい。それで、あきらめがつく。」


 レックスは、ため息をついた。


「それだけ未練(みれん)たらたらなら、地獄から、はいだしてきそうだな。このまま、エイシアから出て行け。それが、一番だ。」


 ユードスは、(ふところ)から人形を取り出した。


「クリス・オルタニアだ。マーレル公に会わせてもらおうか。良かったな、私が魔物といっしょに()かなくて。でなければ、この人形もいっしょに逝くとこだった。」


 レックスは、チと吐き捨て、そして、ライアスが現れた。ユードスは、その姿をじっと見つめた。そして、首をふる。


「やはり、あの時の香りはしない。私は、お前に再会できる時を心待ちにしていた。それだけが、この呪われた運命を受け入れる(ささ)えとなっていた。なぜ、あの孤高の、かぐわしき魂の香りを捨てたのだ。」


 ライアスは、


「ぼくは、ぼくだ。お前のオモチャじゃない。クリスを返してもらおうか。こうして、出てきてやったんだ。さっさと返せ。」


 ユードスは、ヒョイと人形をレックスへと投げた。レックスが受け取ると同時に、人形はクリスにもどる。クリスは眠っていた。それと同時に、ライアスはレックスの中へともどった。


 ユードスは、背を向け歩き始めた。レックスは、どこへ行くときく。


「出て行けと言ったのだろう。ここには、もう用はないからな。」


「ライアスは、とてもいい香りがしている。お前には、わからないだろうがな。とてもいい香りがしてるんだ。なんて言うのかな。そう、幸せの香りだ。」


 ユードスが、足をとめた。レックスは、


「幸せの香りだ。ライアスは、いろいろな経験をして、幸せになったんだよ。そうだろ、ライアス、お前、幸せなんだよな。・・・幸せだって言ってるよ。おれがいて、シエラがいて、子供が三人、いや四人に増えたんだ。これで、幸せじゃないわけないだろ。」


「幸せか。くだらない堕落(だらく)だ。」


「くだらないかどうか、お前が幸せになってみてから、判断してもいいじゃないか。お前、いかにも不幸そうな顔つきしてるもんな。かつてのライアスもそうだった。お前が、かぐわしいと感じた香りは、不幸の香りだったんじゃないのか。だから、不幸の真っ只中(ただなか)のお前が、いい香りだと思ったんだろ。」


 ユードスは、また歩き始めた。レックスは、


「お前、居場所がないって言ったよな。居場所は、自分でつくるものなんだよ。見つけるんじゃない、つくるんだよ。おれもそうだった。マーレルに帰ったとしても、十三年も行方不明のおれに居場所なんてなかった。だが、ここで生きると腹をくくり、しがみついた。そして、マーレルは、おれの宝となった。それだけだ。」


 レックスは、飛べと命じた。紅竜は、空高く舞い上がり、レックスは眼下の惨状(さんじょう)に苦笑する。そして、眠っているクリスを起こし、山の離宮へと向かった。


 マルーは、離宮のベッドで眠っていた。ベッドの上に適当に置かれている、という感じだった。クリスが、マルーを()き上げた。


「エ、ル。」


 マルーは、そう言い、眠り続けていた。このまま、宮殿に連れて帰れば、たぶん、何もわからないだろう。



 それから、半月ほどたった。ユードス・カルディアと、マルーの誘拐の件は、直接かかわった者以外には極秘(ごくひ)とし、呪術師は、双頭の白竜の制裁(せいさい)のもとに消滅(しょうめつ)したものとされ、マーレルは静けさを取りもどした。


 だが、あらためて双頭の白竜の(おそ)ろしさを、エイシア中に認識(にんしき)させたできごとでもあった。マーレル近郊の山が大きくけずられ、地形が変わってしまったことで、双頭の白竜を自在(じざい)にあやつる国王レックスを、おそれる者が続出したからだ。


 そのことにかんして、ライアスは、


「いいんだよ、それで。君は、(かる)んじられてはいけないんだよ。おそれられることこそ、国王の最大の武器になるんだしね。」


 レックスは、


「でも、宮殿の使用人まで、ピリピリしてたんじゃあな。何かたのむたんびに、ビクビクされたんじゃあ、やりづらくってしょうがない。あれ、ライアス、どこに行くんだ。」


「ちょっと出かけてくる。昼には帰ってくるよ。」


 ライアスは、うわの空だった。レックスは、仕事に没頭(ぼっとう)した。白竜が、バタバタと飛び立つ音がきこえてくる。出かけた先はたぶん・・・。レックスは、苦笑しつつ書類をながめていた。 


 

 クリスは、海の上にいた。そして、もう見えなくなったダリウスへと思いをはせる。未練(みれん)だと思いつつ、クリスは船室へもどろうとしたとき、名前を呼ばれたような気がした。


 ふりむくと、そこにライアスがいた。


「マーレル公、どうしてここに。」


「これを君にわたそうと思って。」


 指輪だった。ライアスは、


「弟が、サラサにいるシゼレが、サラサ宮殿に残っていた、ぼくの遺品(いひん)を整理したとき見つけたと言ってた。その指輪は、シエラが結婚するときのお祝いとして、ぼくが自分で細工してつくったものだ。」


「なぜ、私に。だったら、シエラ陛下に、さし上げればよいではないですか。」


「もう、必要がない。君に受け取ってほしかった。それには、幸せになってほしいという、ぼくの願いがこめられているから。君が、マーレルにいるうちにわたそうと思ってたけど、勇気が出なかった。」


「言っている意味がわかりません。もっと、はっきり言ってください。」


「じゃあ言う。君が好きだ。だから、受け取って欲しい。結婚指輪のつもりだったんだよ。この前、プロポーズしたから。」


 クリスは、赤くなった。ライアスは、


「じゃ、用はすんだから。」


 と、帰ろうとする。クリスが、ひきとめた。


「ま、待ってください。あなたは、私をむかえにきたんでしょう。頭上にある、あの白い雲は白竜なんでしょう。」


 ライアスは、


「そうしたいとも思った。君を連れ帰れば、レックスはきっとイリア王と君の事で交渉(こうしょう)してくれるはずだ。でも、やはり、君は国に帰るべきだ。」


「私は、あなたのそばにいたいのです。マーレルに滞在(たいざい)する理由なら、いくらでもあります。大使にでも任命(にんめい)してもらえばいいんです。白竜に乗せてください。」


「マルーのこと、君の胸にしまってくれてありがとう。感謝している。」


 クリスは、ライアスから目をそらした。ライアスは、


「君は、イリアのために生きるべきだ。イリア王家に産まれてきたのなら、その義務を、はたさなければならないんだよ。ぼくが、レックスのために生きているのと同じようにね。


 それに、もう会えないというわけではない。その指輪がイリアに、君の手にある限り、ぼくは君に会いに行くことができる。たとえ、肉体的なつながりがなくても、ぼくは、君とはすでに夫婦だと思っている。」


 クリスは、指輪をライアスに返した。


「あなたの手で、私の指にはめてください。それなら、受け取ります。」


 ライアスは、クリスの手をとり、そうした。そして、ほほえむ。


「愛しているよ、クリス。君は、ぼくが、はじめて本気になって愛した女性だ。」


「待っています。あなたをいつでも待っています。私に会いにきてください。」


「必ず。」


 二人は抱き合い、くちづけをした。そして、クリスは、洋上の空に消えゆく白い雲の(すじ)をいつまでもながめていた。



 昼過ぎに帰ってきたライアスは、執務室の窓際で、ずっと空をながめたまま、ボーッとしている。レックスといっしょに昼食をとっているシエラが、なんど話しかけても、ライアスの返事はない。


 シエラは、ムカッときた。こんなに無視されたのは初めてだ。


「んもう、兄様ったら。何、考えてんのよ。ボーッとしてさ。」


 ライアスは、頭をかいた。


「さっきから、きこえているよ。なんども話しかけないでほしいよ。うるさくてたまらない。」


 ライアスにうるさい、なんて言われたのも初めてだ。シエラは、食べかけの昼食を残して、出て行ってしまった。レックスは、


「あーあ、完全に怒ってる。ああなったら、しばらく口きいてくれないぜ。どうすんだよ、ライアス。」


「静かでいいさ。二十七になるくせに、いつまでも兄様はないだろう。しばらく、君といっしょにいるよ。別にかまわないだろ。」


「そりゃ、かまわないけどさ。お前、マジで()れたの? ネズミを()るつもりで、ネズミ捕りに自分が引っかかっちまうなんてね、お前らしくもない。」


 ライアスは、ため息をついた。


「彼女みたいな女性、はじめてだよ。昔、何人も付き合ってたけど、彼女みたいな人はいなかった。クリス、いまごろ、どうしてるかな。」


「お前と同じこと、考えてんじゃないのか。かっこつけてないで、会いにいけば。どうせ、すぐに帰ってこられるんだしさ。」


 レックスは、シエラが残した昼食まで、たいらげてしまった。ルナとマルーが絵本を持って、執務室に入ってくる。シュウとリオンがケンカをはじめて、今度は、エルもいっしょになってるらしい。うるさいから、避難(ひなん)してきたとのこと。


 ルナは、


「父ちゃん、読んで。ジョゼ先生が、新しい絵本、買ってきてくれたんだ。」


 二人の女の子は、イスのレックスをはさんで、両側にピタッとくっついた。レックスは、どれどれと本をめくる。そして、きいていてもヘタクソな朗読(ろうどく)をはじめた。


 ライアスは、


(両手に(はな)の夢が、かなったみたいだね。ついでに鼻の下ものばしちゃって、いいお父さんぶりだね。)


 そしてまた、空を見上げる。思いはすでに、はるかなる大地の向こうだ。



 第七章へ続く。

 シオン・ダリウスの話には、皆様は驚かれたと思います。話的には、モーセの出エジプトみたいになってしまいましたが、歴史が始まるときは、多様な理由での民族の移動があり、シオン達みたいな追放もその中に含まれているはずです。やむにやむおえず、そこまで逃げてきて、なんとか安住の地とする、シオンもエイシア島にきた当初は、かなり苦労してました。

 まあ、始まりの物語はともかくとして、現時点ではエイシアは繁栄を享受しています。それは、そこに至るまでの歴史を生き抜いた人々の成した結果でもあるのです。

 次章、話は、いよいよ大陸へと向かいます。多感な少年時代をむかえたエルシオンも登場します。乞う、ご期待を!

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