表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第六章、風の行方
95/174

第四風、ディナ・マルー(2)

「素焼きのお人形だわ。クリス兄様、これをどこで?」


 客室で兄から、おみやげを受け取ったマルーは、はじめて見た素朴(そぼく)な人形を興味深そうにながめていた。クリスは、手を三回たたく。その合図(あいず)とともに、マルーと人形の姿が入れかわってしまった。


 クリスは、マルーがすわっていたイスから人形をとり、チョコンとつったっているマルーをイスにすわらせる。そして、宮殿から出て裏門へと向かった。


 若い女が、裏門のすぐそばの路地(ろじ)で待っていた。クリスは、柵越(さくご)しに人形をわたす。女はすぐに、その場から去った。そして、クリスは、そのまま貴賓館に帰った。


 マルーが使用人に連れられて、レックスの執務室に顔を出した。


「どうした、マルー。何か用か。」


「父ちゃんの顔が見たくなったの。」


 レックスは、ほほえんだ。


「そうか。クリスはどうした。」


「もう、帰ったわ。エルはお昼寝してるし、ちょっとたいくつしてるから、ここにいていい。お仕事のじゃまはしないから。」


「かまわないが、見ててもつまらんぞ。本でも持ってきたらどうだ?」


「ライアス兄様はどうしているの? 御気分(ごきぶん)は、いかがかしら。」


「ああ、寝ているよ。だいぶよくなったが、霊力が完全には、もどってないから、まだ表には出せないんだ。話がしたいのか。まあ、明日まで待て。そうしたら、いくらでも話をさせてあげるから。」


 マルーは、サッと手で呪印(じゅいん)のようなものをむすんだ。とたん、執務室が樹木の根のようなモノにおおわれてしまう。窓も扉も封鎖(ふうさ)された。


 レックスは、


「お前、マルーじゃないな! どうやって結界を(やぶ)った!」


 樹木の根から、いっせいに黒い霧が室内に噴射(ふんしゃ)された。たちまち、室内は真っ黒な(やみ)におおわれてしまう。それが、あっというまに密集(みっしゅう)し砂のようになり、レックスは杖を使うよゆうもなく、黒い砂にうもれてしまった。


 マルー?は、


「このまま、圧死(あっし)してしまえ。お前ごと闇に(ほうむ)れば、弱っているマーレル公も闇に沈む。そのあと、このエイシアを破壊(はかい)しつくしてやるわ。それで、我が復讐(ふくしゅう)は終わる。」


 マルーの姿が、おぞましい魔物へと変化した。かつてミユティカに敗北し、地の底の憎悪の世界へと沈んだ者の()れの()ての姿だ。レックスは、どんどん自分をおしつけてくる砂の重みで、いまにも体がつぶれそうだ。


 まさか、こんな手で(おそ)ってくるとは。


 レックスは、クソと思った。だが、重い砂の中では手も足も動かない。呼吸すらできず、窒素(ちっそく)寸前の苦しみになかで意識が遠のき始めた。もうダメだと思ったとき、急に体が軽くなっていくのを感じた。


 重苦(おもくる)しい砂が、ザザーッと波が引くかのように消え去っていく。なんとか、砂から、はいでる事ができた。魔物が苦しんでいた。強い光のようなものが魔物を攻撃している。


 チャンスだと思った。杖を出現させ、魔物の足元に落とし穴をつくり、魔物を落とし、すぐさま穴を閉じる。


 レックスは、床にへたりこんだ。(はげ)しい呼吸と心臓をなんとかおちつけ、自分の中のライアスの無事をたしかめ、ホッとした。そして、室内を見回す。樹木の根は、すでに消えていた。


(さっきのバケモノ、復讐とか言ってたな。あれが、ライアスをねらっている魔物か? ゆだんした。まさか、マルーに()けてくるとはな。)


 レックスは、宮殿に張った結界を調べた。バケモノが入ってきたなら、どこかしらに穴が開いているはずだ。が、ない。レックスは、不思議に思いつつも、とりあえず結界を強めた。


 執務室の床にコロンと転がっている素焼きの人形を見つけた。どこかで見たことがあるな、と(ひろ)い上げようとして、思わず手をひっこめた。


 人形にさわった指が、軽いヤケドをしている。レックスは、まさかと思った。


(よく見ると、夕べ、エッジが切った人形とそっくりだ。この人形が、さっきの魔物の正体だったんだ。結界を(やぶ)れなかったんで、この人形をつかって、さっきのバケモノを出現させたのか。


 けど、どうやって、こんな人形が宮殿内に入りこんだんだ。今は非常事態だから、出入りの人間はすべて、仕事に必要以外の物は持ち込まないよう、チェックされている。搬入(はんにゅう)される荷物も倉庫に入れる前に、徹底検査されてるはずだ。)


 レックスは、ハッとした。バケモノはマルーに化けてた。バケモノのマルーは、使用人とともに居住区から、ここへとやってきたはず。レックスは、居住区へと走った。


 めちゃくちゃちらかった子供部屋で、ミランダはおもちゃを片付けつつ、自分の息子のシュウとリオンの相手をしていた。リオンは、ミランダが片付けたおもちゃを、一生懸命、投げちらかしている最中だった。


 ミランダは、


「マルー様が、クリス様が帰られてたいくつだから、あんたのとこに行くとおっしゃったので、使用人を呼んだのよ。まだ、ここには、もどられていないわ。」


「マルーは、様子がおかしくなかったか?」


「シュウとリオン様のケンカが始まって、大さわぎになってたから、そんなとこまで見ているよゆうなんてなかったわよ。」


「ルナとエルは?」


「ルナ様は、別室でジョゼと勉強中よ。エル様は、さきほど目をさまされて、今、トイレよ。」


 エルが、あくびをしながら子供部屋に入ってきた。ミランダは、手を洗ったかときく。エルがめんどくさそうに、レックスの上着で手をふいた。


 レックスは、


「わかった。もういい。おれは、もどる。」


「マルー様、どうなさったの? あんたんとこに行ってなかったの。」


「いや、きたよ。さっきのことは忘れてくれ。いいか、忘れるんだ。」


 レックスは、行ってしまった。エルは、


「ね、マルーはどこ? 目がさめたら遊ぼうって約束してたんだ。」


「ちょっとクリス様と、お出かけしていらっしゃるの。もうすぐ、お兄様とお別れですものね。」


 エルは、フーンと言い、リオンと遊び始めた。ミランダは、何事もなかったかのよう、三人の子供達の面倒(めんどう)をみていた。


 マルーが誘拐(ゆうかい)された、まちがいない。レックスは執務室にもどった。執務室には見知らぬ若い女がいる。レックスはすぐにその正体に気がついた。


 女は、


「御主人様からの伝言(でんごん)よ。本当は、マルー様をお連れしたあと、私の伝言だけで、この人形は役目を終えるはずだったの。けど、あの魔物が絶好(ぜっこう)のチャンスだと考え、勝手にあんなことをしたのよ。さっきの襲撃(しゅうげき)は、御主人様のお考えではないわ。」


「マルーはどこにいる? お前は、ユードス・カルディアの仲間か?」


「私は、ゴーレムよ。土からでき、土へと帰る。私をつくった御主人様の意思のもとに動いているだけ。」


「それにしては、ずいぶん色っぽいな。お前の御主人様は、そんな趣味してたのか。マルーはどこだ。おとなしく返さないと、かなり痛い目にあうぜ。」


「山の離宮へいらっしゃい。そう、あなたが病気を(いや)していた場所よ。マーレル公の魂といっしょにね。」


 女は、ボロリとくずれ、ただの土の(かたまり)になった。レックスは、使用人を呼び、土の塊を片付けさせた。そして、机にすわり、何事(なにごと)もなかったかのよう仕事を続ける。そして、まもなく、シエラが帰ってきた。


 マルーがさらわれたときいても、シエラは意外(いがい)とおちついていた。


「警察署にいたら、マルーの悲鳴みたいなものがきこえてきたの。何かあったんじゃないかと思って、窓から宮殿方面を見たら、黒いモヤみたいなものが見えたのよ。それで、お部屋かりて、お祈りしたの。私には祈るくらいしかできないから。とにかく、祈れるだけ祈って、黒いモヤみたいなのが消えてから、いそいで帰ってきたのよ。」


 魔物に攻撃していた光の正体がわかった。レックスは、


「お前がたすけてくれたのか。あの光は祈りだったのか。すごいな。」


「マルーのこと、まだ公表してないんでしょ。それに、捜索(そうさく)命令も出してないしさ。」


「イリアとの関係にヒビが入る。できることなら、おれ達だけで処理したいんだ。」


「山の離宮に行くの? むこうは、兄様と引きかえにマルーを返すと言ったんでしょ。どうするつもりなの。」


「取引には乗らない。ライアスもわたさない。だが、マルーは必ずたすける。」


「けど、どうやって。こうしているあいだにも、マルーがどうなっているかわからないじゃない。」

 

 シエラは、少しだけ声を(あら)げた。レックスは、


「ユードスが、バテントスのために動いているのなら、マルーに手をださないはずだ。バテントスは、今はイリアと休戦状態にある。東側とは、小競(こぜ)り合い程度のあらそいは続いているが、だがこれは以前からもあったことだ。


 エイシアに軍隊ではなく、呪術師を送り込んだ点からも考え、現時点でのバテントスには、大がかりな戦争を起こす体力が無いと判断していい。マルーは大丈夫だ。」


 シエラは、ホッとした。レックスは、


「バテントスの目的は、エイシアとイリアの同盟強化の回避(かいひ)だ。だから、誘拐なんて姑息(こそく)な手段を使ったんだよ。結婚したてで、しかもクリスがいる時点で、この失態なら、無事救出できたとしても、イリアとのお祝い気分の仲に水をさす。


 しかも、呪術師が呪術を使って誘拐したのなら、ゼルム戦争の時と同じように、バテントスがやったとの証拠も出にくいし、バテントス側も、自国は唯物論だから呪術師なんて知らないと、シラを切れるしな。


 呪術師を放置(ほうち)したのが失敗だったよ。ゼルム戦争のあと、すぐにでも捜索(そうさく)すればよかった。危険な呪術だってのはわかってたのにな。」


「捜索したって、相手は呪術師よ。たぶん、捜査(そうさ)には引っかからないわ。レックスが昔、グラセン様の霊能力でドーリア公から逃げ切った時みたいにさ。」


「・・・なぐさめはよせ。ミスはミスだ。」


 シエラは、ため息をついた。


「けど、レックスの性格、よく見抜(みぬ)いているわね。証拠が出にくいのなら、誘拐も殺害も同じなのに、誘拐だけで終わらそうとするんだものね。殺害していたのなら、証拠も何もなく、すぐにでも戦争しかけたでしょ。頭に血がのぼって、この前みたいに、双頭の白竜でさ。」


 レックスは、ギュッと手をにぎりしめた。


「ああ、おれの性格をよく見抜いているよ。腹がたつくらいにな。やつら、何もかも調べつくしてから、いろんな手段で攻撃をしかけてくるしな。シエラ、いつだったか、ライアスがバテトンスについて、唯物論は真実をかくす(かく)(みの)だって、言ってたことあったよな。」


「うん、おぼえている。バテントスの先祖が、二百年前、イリアから追放された、あぶない呪術を使う一族だったかもしれないって。レックス、その呪術が皇帝一家に代々引き継がれていて、ユードスはそれを継承(けいしょう)したと考えているの?」


「そう、結論を出すしかないだろう。ユードスが使っている呪術人形が、イリアから追放された一族がイリアに残した呪術具の人形と一致(いっち)してるしな。」


 シエラは、


「ユードスが以前、ゼルムにあった邪教集団と接触(せっしょく)したのは、エイシアに巣食(すく)う魔物と接触するためだったかもね。呪術を教えるのと引きかえにさ。いくら呪術があるからと言っても、双頭の白竜が相手なんだし、それに対抗できる強い味方が欲しかったはずよ。」


 先のゼルム戦争は、領主親子と大臣が暴走した結果、起きた戦争だった。だが、それは表面的なものにしか過ぎなかったことに、レックスはこの時、やっと気がついた。


「ユードスの目的は、ライアスの魂とイリアとの同盟破壊だが、魔物の目的は、ライアスへの復讐とエイシアの破壊だ。マーレル市全体をおそうと同時に、マルーを誘拐したのも、同時に目的をはたすためだ。今夜が勝負だろうな。おれが、取引に乗らないとなると、やつらはマーレル市をまたねらってくる。どのみち、()けられない事態だ。戦うしかない。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ