表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第六章、風の行方
94/174

第四風、ディナ・マルー(1)

「イリアに帰れですって? 非常事態だから? 私はマルーに秋までいると約束したんだ。その約束を私に(やぶ)れと言うんですか、陛下。」


 クリスは、執務室の机をたたいた。レックスは、


「説明は、したはずだ。今、マーレルは、一人の呪術師によって、引っかき回されている。相手は危険な呪術を使う者だ。夕べのこともからもわかるように、またいつなんどき、襲撃があるかわからない。」


「だからこそ、マルーを一人にはできないんですよ。あの子はまだ九歳だ。あんなに不安がっている妹を異国の地に一人残して、実の兄の私に帰れとおっしゃるんですか。」


「お前に何かあったら、イリア王にたいして申し訳が立たないからな。それに、マルーにとり、ここはすでに異国ではない。」


 クリスは、グッとこらえた。が、


「やはりできません。マーレル公とお話させてください。彼ならば、私の気持ちもわかってくださるでしょう。」


「それも説明したとおりだ。だいぶ回復したとはいえ、まだ、本調子ではない。」


「大切な妹を思う気持ちだけでも、わかってほしいんです!」


 今度は、レックスが机をたたいた。


「ダダをこねるのもいい加減にしろ。お前も一国の王子なんだろ。なら、国をせおう重みもわかってるはずだ。お前になんかあったら、イリアとの関係にヒビが入りかねないんだよ。マルーは、ダリウス家の一員だ。そこを考えろ。」


 クリスは、プイとそっぽを向き執務室を出て行った。レックスは、ため息。


(しっかりしていると思ったが、やっぱり十五のガキか。まあ、おれの十五の時よりは、ぜんぜんマシだけどもな。でもあの様子じゃあ、すなおに帰りそうもないな。)


 そして、自分の胸をそっとさわる。ライアスは、自分の中でしずかに眠っていた。


(よかった。今のさわぎで目をさまさなくて。おれの感情が波立(なみだ)つと、すぐに目をさましてしまうからな。絶対、守ってやる。お前もマーレルも。)


 クリスは、今度はシエラの執務室に顔を出した。が、シエラはいない。朝早くから、陣頭指揮をとるために市内へと出てしまっている。クリスは居住区へと足を運んだ。そして、マルーと二人だけにしてもらう。


 マルーは、


「クリス兄様が、いなくなるのはさみしいけど、陛下のおっしゃることも、もっともだと思う。たしかにとても怖い思いをしたけど、陛下もシエラお母様も絶対、私とエルを守ると約束して下さったの。


 あのお二人は、魔法みたいなことが、おできになるの。夕べだって、エルが呪われた時、不思議な杖で守ってくれたのよ。それに今、宮殿中に大きな結界を張って、中には魔物が入れないようにしているんですって。宮殿内にいれば、安全だっておっしゃってたわ。」


「この宮殿をかこむほどの大きな結界だって? それを陛下一人で? イリアでは、こんな大きな結界は数人いなければ無理だ。それも儀式とか、宝具とか、いろいろと準備してからでないとつくれない。陛下は、そんな準備もなしで、いきなり張ったというのか? いくら奇跡の王でも信じられないよ。」


「私は信じるわ。すごい方よ、ダリウス王陛下は。ほんの数日、まじかで御一緒しただけでもわかるの。それに夕べ、クリス兄様がいらっしゃる前に、おびえている私を抱きしめてくれた。とても優しくて、すごく安心したわ。イリアでは、お父様にああいうふうに、抱きしめられた事なんて一度もなかったわ。」


 クリスは、ぎゅっとこぶしをにぎった。マルーは、


「だから、私はもう大丈夫なの。クリス兄様は、安心してイリアにお帰りになって。そのほうが、私も安心だから。」


 クリスは、たえ切れず、マルーから逃げ出した。そして、貴賓館に向かう馬車で、思わず涙をこぼしてしまう。涙をこぼしたことで、帰りたくない理由が、はっきりとわかった。


(私は、マーレル公を愛しているんだ。だから、帰りたくないんだ。せめて、マーレル公の口から帰れと言うのであれば、帰ることができたのかもしれない。)


 はじめて恋をした。しかも、実体のない存在に、だ。


(このまま、イリアに帰ってたまるものか。どうしても、あの方のお気持ちをききたい。私を、どう思ってくださっているのか。それをたしかめずして、帰ることはできない。)


 馬車は、貴賓館についた。クリスに客がきていると言う。もしや、マーレル公と思ったが、違った。通された客室では、品のよい、二十代後半の青年が待っていた。


「クリス・オルタニア王子殿下ですね。お(はつ)にお目にかかります。私は、ユードス・カルディア。もう、御存知のはずですよ。」


 クリスは、血が(こお)りついた。ユードスは、


「悲鳴をあげてもムダだよ、この部屋には結界が張ってあるからね。あなたは逃げられないし、だれもこの部屋に入ることもできない。かごの中の小鳥だ。」


「な、なぜ、私に。あなたが用があるのは宮殿のはずだ。」


「たしかに。でもこまったことに、あそこはとても強力な術で守られているんですよ。私ごときでは、もはやその術を(やぶ)ることはかないません。ですから、こうしてあなたに協力を要請(ようせい)しに、ここへとまいったのです。」


「私は、あなたのような犯罪者に強力などしない。すぐにでも、市警に引きわたしてや、」


 クリスの足が、一瞬にうちに(つめ)たい氷に閉ざされてしまった。あまりの冷たさに、はげしい痛みが足をおそいはじめる。ユードスは、


「全身、氷付けにしてあげてもよいのですよ。あなたは、マーレル公を愛していらっしゃるのでしょう。協力してくれたのなら、その思いを、かなえてさしあげますよ。」


 ユードスは、クリスの足をもとにもどした。クリスは、その場にヘナヘナと座り込む。クリスは、


「何が、かなえてさしあげるだ。私は、マーレル公に対して、そのような感情をいだいてはいない。マーレル公に、よこしまな思いをいだいているのは、そっちだろう。」


 ユードスは、笑った。


「あの方が昔のままだったらね。今は、ちがう。」


「昔のまま?」


「ああ、そうだ。はじめて会ったときは、ドラゴンに乗った、りりしい少年の姿だった。一目で心をうばわれたよ。そして、心から()たいと思った。ゼルムの領主親娘をそそのかし、呪詛を行わせたのもそのためだった。夫と離婚させ、行き場をなくしたあの方を、私のものとするはずだった。」


 クリスは、立ち上がった。


「無意味なことをしたものだな。シエラ王后陛下とマーレル公は、一つの体を共有しているだけだ。」


「ゼルム戦争後、王后(おうごう)が妊娠しているときき、出産が終わるのを待つことにした。終わるのを待って、また行動を起こすつもりでいた。

 

 だが、出産が終わったあと、乳母ではなく、王后みずからが子を育て乳をあたえているときいた。最初の王子も王后がそうして育てたときいたので、そうするのは、庶民(しょみん)感覚がぬけない国王の方針(ほうしん)なのかと思っていた。乳をたらしている女には、さすがに手を出す気もなかったからな。


 そうして待っているうちに、マーレル公という存在が表に出てきて、あの時の少年の姿をした女が、だれであるか、やっとわかったというわけだ。つまり、お前の指摘(してき)するとおり、王后をねらっても意味のないことだった。」


「なぜ、あなたは彼を憎んだ。そこまで待ってまで、手に入れようとしていたのなら、なぜ。あの呪詛は憎しみだと、陛下はおっしゃっていた。」


 ユードスは、クックッと笑った。


「昔のままだったらと言ったはずだ。ある者が、私に教えてくれたのだ。あの方は、母親になりたいと望み、子を産み、乳をあたえたのだそうだ。そう、母親になりたいとね。自ら乳をあたえ、赤子の(しも)の世話をよろこんでし、それに満足感を()ていたとね。王后自体は、そのかん、一年以上も眠りについていたそうだ。


 それをきいたとき、私は自分の耳をうたがったよ。ただの女に()り下がっていたとはね。そう、ただの女だ。問題なのは、出産をし、乳をあたえたという行為(こうい)ではない。その行為をすることにより、満足を得ていたことだ。それが、許せなかった。」


 クリスは、目を見張(みは)った。ライアスは、妻だった時期もあったと言っていた。


「でも今は、関係ないはずだ。マーレル公はマーレル公だし。シエラ陛下とマーレル公は、完全に分離している。」


「何が関係ないと言うのだ。どう関係ないと言うのだ。」


 クリスは、ユードスから目をそらした。ユードスは、


「クリス・オルタニア王子殿下。いや、王女殿下と呼びましょうか。あなたは、あきらかに動揺(どうよう)したはずだ。彼の見たくもない、女としての(めん)を知ってしまったのだからね。」


「私が王女だということをどうやって知った?」


「たわいのないことを。すぐにわかる。ただ、わからないふりをしているだけだ。だから、十八で女にもどされる。いつまでも、ごまかしがきくはずもなかろう。それがわからないあなたは、ただの(おろ)か者でしかないのだよ。」


 ただの愚か者。その言葉に、クリスはショックを受けてしまう。ユードスは、


「私は、あの方が女であれ男であれ、そのままでいてほしかった。どこまでも孤高(ここう)気高(けだか)く美しく、(けが)れのない、魂の高貴なる香り。私が()かれ、そして心をまどわされた、あの至上(しじょう)のかぐわしさ。だから、どうしても手に入れたいとねがった。たとえ、魂だけの存在であったとしてもだ。」


「お前に、そのことを教えてくれた者とは、いったいだれなのだ。お前をまどわし、このような(おそ)ろしいことを、お前にさせたのは。そこまで国王一家の内情を知っているのなら、国王のそばにいるだれかだ。だとしたら、陛下に、裏切り者がいる事実を、すぐにでも知らせなければならない。」


 クリスは、客室から飛び出そうとした。が、足が動かなかった。今度は氷ではなくて、足だけ金縛りにされたようだ。ユードスは、また笑った。


「まどわされた、そう、その者は私をまどわし、憎悪の底へとたたきつけるために、私にそのことを教えてくれた。やつは、人間ではない。この島に巣食(すく)う魔物だ。」


 魔物ときき、クリスは耳をうたがった。ユードスは、


「信じられないのか。そうだろうな。見えないあなたでは、信じる事などできようはずもない。だが、事実だ。このエイシアの地を呪い続ける魔物が、この地にたしかに存在しているのだよ。その者が、私の憎悪をかきたてるために教えてくれたのだ。


 だが、それはどうでもいいことだ。あの方は、(けが)れてしまったのだよ。本来の魂の香りは、すでにない。代わりにあるのは、家庭という(にお)いにむしばまれた堕落(だらく)した存在のみ。私を裏切り、失望させた者の末路(まつろ)でしかない。」


「だから、ねらったと? 自分の意に反する存在になってしまったから、亡き者にしようと? あなたは狂ってる! そんなの愛ではない。」


 ユードスは、クリスに顔を近づけた。


「お前も失望したはずだ。あの方の真の姿を知ってしまったのだからな。子を産んでも乳を与えても、親になってはいけなかったのだよ。そうすれば、私は変わらぬ愛を(ささ)げ続けられたのだ。」


「やっぱり、むちゃくちゃだ。もう、たくさんだ。市警には通報しないから、帰ってくれ。たのむ。」


 ユードスは、クリスを抱きしめ、くちづけをした。クリスはいやがるが、男の力には勝てない。しだいにくちびるがマヒしていった。


「そうそう、いい子だ。おとなしく、言うことをきくんだ。」


 意識がボーッとなったクリスに手に、素焼(すや)きの人形がわたされた。


「さあ、妹に会いに行きなさい。この人形をおみやげにな。」


 クリスは、客室から出て行った。そして、馬車を用意させ、宮殿へと向かう。ユードスは、何事(なにごと)もなかったかのよう、使用人達のあいだをすりぬけ、(やかた)から消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ