第三風、ユードス・カルディア(3)
じりじりとする時間が過ぎていく。ベッドのシエラもマルーを抱きしめたまま、自分のあせりと戦っていた。エッジが飛び込んできた。そして、外へ出ろと言う。
レックスは、シエラに子供達をまかせ、外へと飛び出した。そして、ワッと声をあげる。巨大なモンスターだ。天にとどくほどの巨大な人影のようなモンスターが、こちらへとむかって歩いてくる。
警備兵にも見えているようで、外は大さわぎになっていた。エッジは、
「おれが、宮殿にもどると同時に出現したんだよ。ありゃなんだ。」
レックスは、エッジにこいと言う。そして、紅竜で夜空に飛び上がった。さわぎになっていたのは市内も同じだった。影のようなモンスターが歩くたびに、市内の建物がくずれ、人々はにげまどう。
レックスは、黒い霧に気がついた。すぐさま結界を張る。
「また呪詛だ。クソ、本格的にねらってきやがった。術者はどこだ。どこから、ねらっているんだ?」
「術者よりも、あいつをどうにかするほうが先だ。町がぶっこわされてしまうぞ。それよりも、こっち向かってるから宮殿がこわされちまう。」
紅竜が、火炎弾をはなった。火の玉は、モンスターをすりぬけ、郊外の平地で爆発する。二回ほど攻撃しても同じだった。
レックスは、モンスターに向けて突進した。そして、杖を使い、モンスターに攻撃してみる。杖なら、相手が実体がなくても攻撃できるはずだったが、目の前のモンスターには手ごたえがまったくない。レックスは、双頭の白竜を呼び出そうとした。
ライアスは、
(やめろ。出してもムダだ。これは幻覚だ。黒い霧が幻覚を見せているんだ。)
モンスターが、足元の建物をふみつけた。ガレキが飛びちる。レックスは、
「幻覚だって? 現にこわれているじゃないか。」
(それも幻覚だ。意識を澄ませてポイントとなる場所を特定しろ。)
レックスは、杖に意識を集中した。見えた。今度は南側の平地だ。そこへ急行する。モヤリとした黒い結界。レックスは、う、とうなった。
エッジは、
「何も見えないが、何かあるのか。」
レックスは、口をおさえた。
「吐き気がする。ものすごい瘴気がただよっている。お前、平気なのか。」
エッジは、なんのことかと肩をすくめる。レックスは、杖に霊力をそそいだ。
「もう少し高度を下げる。だが、建物の三階くらいの高さが限界だ。この杖を持っていけ。霊力をまとっているから、たたきつけるだけで大剣のように切れるはずだ。そして、降りた場所にあるものは、なんであれ切り捨てろ。ライアスがいる以上、おれは、あそこには降りれない。たのむ。」
エッジは杖を持ち、高度を下げた紅竜から飛び降りた。黒い結界にエッジが吸い込まれ、すぐに、破裂するよう結界がくだけた。レックスの手に杖がもどった。その場を浄化する。破裂すると同時に飛びちった瘴気が、たちまちのうちに消えさった。
レックスは、紅竜を地面へとおろした。エッジが何事もなかったかのよう、そこにたたずんでいた。そして、レックスの足元に真っ二つになった人形を投げ捨てた。
「若い女がいたんだ。変なまじないをしていたように見えた。真っ二つに切ったら、この人形に変わったんだよ。」
レックスは、足元の人形をチラと見、杖で片方の破片をついた。シュウと黒い蒸気のような煙を出して人形は、土くれにもどった。もう片方の破片も土へともどす。そして、マーレル市内の様子を見た。巨大なモンスターは消えていた。
「帰ろう。シエラ達が心配だ。」
上空から見た市内は、いつもと変わらなかった。建物は、まったくこわれていない。あわてふためいて逃げていた人々も、軍や警察の指示にしたがい、とまどいつつ、もときた道を引き返しているように見える。
レックスがもどってくると同時に、警備兵が、わらわらとよってきた。レックスは、宮殿内の警備を強化するよう言い、エッジとともに居住区に向かった。
王夫婦の寝室には、シエラとともにミランダがいた。さわぎでシュウとともに、宮殿に避難してきたようだ。レックスは、
「バケモノは、こっち向かってたんだぜ。逃げるにしても方向違うだろうが。」
「ここが一番安全なのよ。さっきのバケモノ何よ。も、ほんと、びっくりしちゃったわ。シュウは泣き出すしさ。」
エッジがシュウを抱き上げた。シュウは、ピタッと父親にくっつく。シエラは、
「クリス様がいらしているの。マルーとエルを見ていてくださってるわ。市内の様子はどう。」
「警官や軍も出ているし、だいぶ落ちついてきている。バケモノは、呪詛による幻覚だ。呪っているやつを始末したら消えたよ。」
シエラは、ホッとしたようだ。が、
「ユードスって人だったの? 呪ってた人。」
レックスは、首をふる。
「ユードスじゃない。人形だ。人形が、人間の女になって呪詛を行ってたんだ。切ったら、人形に変わり土にもどった。」
「人形が? そんなことってあるの?」
驚いているシエラに、エッジは、
「以前、ゼルムの邪教集団つぶしたろ。眉つばモノで、報告にあげなかったが、集団の半分近くは、切ると人形に変わったんだよ。つまり、邪教集団の半分は、人形だったってことだ。おれが宮殿に持ち帰った人形が、そうだったんだよ。」
シエラは、
「報告にあげなかったですって? 何よ、それ。信じないと思ってたの?」
「だから、眉つばモノだって。おれ自身、信じることができなかったんだよ。なんせ、相手は変な呪術を使う連中だ。クリストンのボスからかりた連中も、おかしな幻術にかかっちまって、あわや発狂寸前ってとこまでいったんだ。それで、おれは、変な現象おきても、いっさい信じるなと言ったんだよ。」
「ライアス兄様も、いっしょだったはずよ。兄様からは、そんな話はきいてなかったわ。」
「ライアスは霊体だ。現場には、じかには入っていない。今みたいになっちまう可能性が高かったしな。現場の周辺で、結界を張ったり、呪詛の効果を弱めたりして、現場のおれ達を援護していただけだ。
それに、ライアスがいっしょだったのは、最初につぶしたフェイクだけだ。しかも、首謀者と思われたやつをしとめたあと、報告もロクにきかずに、すぐにマーレルに帰っちまったもんな。
あとは、おれ達だけでやるしかなかった。だから、信じるな、ってことにするしかなかったんだよ。」
レックスは、
「ミランダ、ライアスとユードス・カルディアとのあいだで、何があったか教えてくれないか。」
ミランダは、どうしたらいいものかと、とまどっているようだ。エッジが、
「もう時効のはずだ。それに、たいしたことじゃない。」
が、当時の状況をきいたレックスは、やはりカンカンに怒ってしまう。
「たいしたことじゃないって? あんなやつにキスしたのかよ。おれにないしょで? この、かわいいくちびるを、けがされたと言うのかよ。」
レックスは、シエラのくちびるを指さした。ミランダは、
「ちゃんと理由、話したじゃない。そのおかげで、ニキスで勝ったようなものよ。」
「ミランダ、お前、何やってたんだ。シエラの貞操を守るのが、お前の仕事じゃなかったのか。お前だから、安心してまかせたんだぞ。」
「そんなに大事なら、袋にでも入れてしまっておけばよかったでしょ。当時のあんたは、自分でも忘れているでしょうけど、救いようがないくらい、たよりなかったんだからね! シエラ様がいなけりゃ、バテントスを追っぱらうなんて、とてもじゃないけどできなかったはずよ。」
「だからって、キスはないだろ。何回した。二回? 二回も? おれのシエラが、あの男に抱きついて?」
「最初のは、フイ打ちだって説明したでしょ。二回目は、情報引き出すためよ。どれも、自分の本意じゃなかったことは明白よ。もう、何年たってると思ってるの。いい加減にしなさい。」
エッジは、
「おい、シュウがこわがってるぞ。ケンカなら、外でやれ。」
シエラは、
「ユードスって人、私の姿をした兄様のこと好きだったようね。一目惚れって感じね。魂の高貴なる香りがする、か。お前の夫はさぞお前を愛しているのだろう、ミランダ、よくおぼえているね。これって、けっこう殺し文句なのよね。」
ミランダは、
「そりゃ、私も女ですからね。言われてみたい気もしますからね。」
エッジは、
「じゃ、おれが言ってやろうか。魂の、」
ミランダは、
「やめて。あんたが言っても、恥ずかしいだけよ。レックス、あんたもよ。まあ、クリス様なら、なんとなく、このセリフがにあいそうだけど。」
シエラがうなずいたのを見て、エッジは、
「レックス、差別されたぞ。おれ達のまわりの女どもは、どうしてこう、男のロマンてのが、わからんのだろうな。」
レックスは無視した。
「ユードスは、まちがいなくライアス、当時のシエラに惚れこんだ。言いたくないが、それも、かなり、だ。けど、それだったら、ライアスをあんな目にあわせるはずないよな。」
シエラは、
「弱らせて、さらうつもりだったんじゃない。タコみたいな足をのばしてきたしさ。」
ミランダは、
「ゼルム戦争の原因となった呪詛は、二人を仲たがいさせ、離婚させるのが目的だったわね。離婚させたあと、フリーになったシエラ様を、ねらうつもりだったのかしら。」
シエラは、ちょっと考えた。
「それもありうるかもしれない。ユードスが邪教集団に呪詛教えたのも、それが理由の一つだったかもしれない。私達を引きはなして、私を自分のものにしちゃうとかさ。」
レックスは、
「お前じゃない。ライアスのほうのシエラだ。そのときはたぶん、まだライアスとしてのシエラが、お前だったと考えてたようだな。今は、お前じゃなくて、ライアス自体をねらったしな。」
シエラは、ため息をついた。
「でも、好きになった相手が亡霊だったなんて悲劇よね。それで、魂でもいいから結ばれたい、なーんて考えちゃったんだろうね。」
レックスは、
「お前、今、うらやましいと思ったろ。こんな時に何、考えてんだ。」
シエラは、ムッとした。レックスは、何かに思い当たったようだ。
「いや、違う。ライアスは、この呪詛は憎悪だと言っていた。憎しみだと。弱らせてつかまえるにしても限度がある。むしろ、最初の呪詛で地獄に引きずりこめなくて、タコ足でつかまえようとして失敗して、それであのバケモノを用意したんだ。」
エッジは、
「おれも、そう考えてたとこだ。もしさっき、おれといっしょでなかったら、お前さんが無理してでも、女を切り捨てにあそこに飛び込んだはずだ。ライアスごとな。」
レックスは、ゾッとした。もし、あの黒い結界に飛び込んでいたら、ライアスは耐え切れなかったろう。耐え切れず、レックスから飛び出し、結界の外へ出ようとした瞬間、つかまっていたかもしれない。
何重にも張りめぐらされたワナ。敵はマーレル市ごと呪うことで、レックス達を追いつめるつもりだ。
レックスは、
「ねらいは、たしかにライアスだろう。だが、ユードスは、ライアスをねらうことによって、マーレル市自体を混乱におとし入れようとしている。もはやこうなったら、四の五の言ってるよゆうはない。軍と警察を総動員してでも、ユードスを見つけなければならない。
マーレル公の名で非常事態宣言を出す。陣頭指揮は、ライアスに代わり、シエラ、お前が取れ。」