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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第六章、風の行方
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第三風、ユードス・カルディア(1)

 ライアスは、(のど)をしめつけられるような息苦(いきぐる)しさを感じ目をさました。そして、寝ているレックスの体から分離するよう、起き上がる。今晩は、シエラは宮殿の女達との酒盛りで寝室にはいないので、レックスの体に入り休んでいた。


 ライアスは、夏の暑さで開けっ放しの窓から、バルコニーに出た。何か、サラサラとした(きり)のようなものが降っている。なんだろうと手をさしのばしてみると、霧のようなものが手にふれた瞬間、しびれるような痛みを感じてしまう。


 ライアスは、まさかと思い剣を光らせ、霧をよく見てみた。黒い霧が、あたり一面降りそそいでいる。ライアスは、この霧を知っていた。あわてて、寝室に飛び込み、ぐっすり寝ているレックスをたたきおこす。


「レックス、起きろ。黒い霧が降っているんだよ! 呪詛(じゅそ)の霧が降ってんだ。はあ、ノコギリ? ジュソのキリだよ。寝ぼけるな、霧だよ、き、り。」


 レックスは、結界(けっかい)を張り、ライアスとともに紅竜に飛び乗り、マーレル上空へと舞い上がった。そして、驚いた。黒い霧は、宮殿ばかりではなく、マーレル中に降りそそいでいる。


 上空を見上げてみると、見えない霊的な雲が空いっぱいに広がり、そこから、霧が降ってきていた。レックスは、雲の上に出ようと紅竜を上昇させた。が、どんなに上昇したと思っても、雲の上に出るどころか、とどくことすらできなかった。


 レックスは、上がダメなら横と考え、山方面へと紅竜を飛ばす。が、これも同じで、山へはどうしても行けない。


 ライアスは、


「レックス、ムダだ。マーレル市全体が、巨大な結界に閉じ込められている。ぼく達、いや、市内の人間すべてを逃がさないようにしてるんだ。」


 レックスは、紅竜を空中で停止させた。自分達を守る結界をやぶって霧が侵入してきた。ライアスが、はげしく咳きこみ、レックスは、結界をもう一段強くした。


「だいじょうぶか、ライアス。苦しかったら、おれの体に入れ。」


 ライアスは、自分の手をみてギョッとした。いや、手だけではない。黒い霧が当たった霊体部分は、ヤケドのようになっている。ライアスは、


「憎悪、憎しみの呪詛の霧だ。この前の欲望とは違う。」


 ライアスは、悲鳴をあげた。そして、頭をおさえ苦しみ出す。


「痛い、全身に針がささってるようだ。痛い、痛い、やめて。やめ。あーっ!」


 ライアス目がけて、巨大なヤリのような物が飛んできた。レックスは、杖をとりだし、見えない(たて)を出現させ、ヤリをくだいた。そして、ライアスを自分の中へと取り込む。ヤリは、一本だけでなく、次から次へとレックス目がけて飛んできた。


(邪教集団は壊滅(かいめつ)させたはずだ。いったい、だれがこんなことを? クソ、切りがない。)


 レックスは、双頭の白竜を出現させた。そして、ヤリがとんできたであろう空間に対して、二つの口からエネルギー弾をたたきこむ。エネルギー弾は、空中に吸い込まれるようにして消え、まもなく雲が消え去り、霧がやんだ。 


 そして、翌朝。二日酔い状態のシエラが、フラフラと寝室へもどってきた。レックスは、ギロリとシエラをにらんだ。


 シエラは、


「なによ、怒ることないじゃない。たしかに、エルの結婚式にかこつけての飲み会だったけどもさ。しかたないじゃない。女性の従業員には、こうしてサービスするしかないしね。日ごろ、ご苦労様ってさ。」


「ベッドをよく見てみろ。夕べのことは、お前、まるっきり気がつかなかったろ。」


 ベッドには、衰弱(すいじゃく)しきっているライアスが眠っていた。レックスは、


「だれかが、呪詛をおこなったんだ。マーレル中に、あの黒い霧をふらせやがっんだよ。その霧にあたって、こうさ。全身ヤケドみたいになってたんだぜ。なんとか、治療(ちりょう)したんだけどもな。」


「そんな。兄様は霊体のはずよ。霊体にヤケドさせるなんて。」


 レックスは、夕べのできごとを話した。きいていたシエラは、真っ青になってしまう。


 レックスは、


「ライアスの霊力も極端(きょくたん)におちているんだ。自力で、自分の体を修復できないほどにな。さっきから、弱ったライアスをねらって、いろんなモノがきてるんだよ。おれは今日は仕事を休む。ずっと見張(みは)ってなきゃ、たぶん、その変なモノにライアスをさらわれちまう。」


「私が仕事を休むわ。兄様、守るくらいならできるから。」


 レックスは、だめだと言った。


「お前、そんな二日酔いで、守りきれるわけないだろ。一瞬のすきもつくれないんだぜ。今、おれが三重に張っている結界をこじあけてでも、侵入しようとしている連中もいるんだ。お前は、このまま、だまって仕事に行け。二人とも休むことはできない。」


 シエラは、ヘナヘナとその場にすわった。そして、目をこする。


「どうして、だれがいったいこんなことを。ひどい、ひどいよ。」


「シエラ、この寝室には、だれも入れないようにしてくれ。特にエルはな。三人の子供の中で、エルだけが見えてるんだ。こんな姿は見せたくない。


 それと、エッジに命じて、マーレル市内の周辺を捜索(そうさく)させろ。呪詛はたぶん、市内ではなく、周辺で行われたはずだ。平地か山か、どこかに、夕べの呪詛の痕跡(こんせき)が残っているはずだ。前回の事件を捜査(そうさ)したエッジなら、何かしら見つけられるかもしれない。広くて大変だが、大ざっぱな捜索でもいいから、やってくれ。」


「わかった。兄様をたのむわね。」


 シエラは、着がえをすませ、行ってしまった。レックスは、ため息をつく。そして、しずかに眠っているライアスを見つめた。


(少しの霧をあびただけでも、こうなってしまうとは、どれだけ凶悪な呪いなんだ。今のライアスは、自分の意識すらたもてないでいる。おれの中に入れて守ってやりたいが、ここまで弱っていれば、下手すればライアス自身、おれに吸収されてしまう可能性がある。


 だれが、こんなことをしたんだ。シエラが二日酔いでなかったら、すぐにでも犯人見つけに飛び出していくのに。今は、ライアスの回復を待つしかないのか。)


 レックスは、杖と剣を同時に二本持った。そして、自分の力を少しずつライアスに注入する。一気にそそぐとライアスに負担(ふたん)がかかるので、少しずつ慎重に。


(早くても、二日は、かかるだろうな。夜間は特にあぶないし、今晩は寝ずの番だ。ライアスは、おれが結核やったとき、一日中休むまもなく、おれを守り回復させ続けてくれた。なんとしても、もとにもどしてやる。)

 


 シエラの執務室に、クリスが朝が早いにもかかわらず顔を出した。


「居住区に行ったら、陛下には会えないって言われた。マーレル公もだめだって。子供達も、寝室に行くのを禁じられていますし、また、結核じゃあないかって不安がっているんです。」


 シエラは、ほほえんだ。


「驚かせてごめんね。レックス、ちょっと夏カゼひいちゃってさ、熱があるから休んでいるの。兄様が看病しているのよ。マルーもいることだし、カゼうつしたらかわいそうでしょ。だから、今日は入るなって言ったのよ。」


「陛下はご無理でも、マーレル公には少しだけでも会えませんか。ぜひ、たしかめておきたいことがあるのです。」


「たしかめておきたいこと? 昨日の軍のお話かしら。質問でもあるの?」


「夕べ、真夜中ですが、上空で白い閃光(せんこう)があったってききました。二本の閃光が夜空を走り、東側の空へと向けて消えていったそうです。双頭の白竜を、陛下かマーレル公が呼び出したのではないかと、貴賓館の使用人達が話してるのをききました。


 それに、夕べは変に寝苦(ねぐる)しかったし、何か不気味(ぶきみ)なものが空をおおっていたような気がしていました。双頭の白竜のこともありますし、まさか、陛下の御病気は、それに関係あるのではないでしょうか。」


 シエラは、できるだけ表情を出さないようにした。


「ごめん。夕べは、宮殿の女性陣あつめて、結婚のお祝いパーティやってたの。日ごろの苦労をねぎらおうと思ってさ。でも、その光は双頭の白竜ではないわ。レックスは、夕べから熱を出していたし、兄様は私に代わって看病してたものね。」


「ドラゴンが勝手に飛び出したとか。」


「それはありえない。あの二頭は、兄様とレックス以外、乗せないし、命令もきかないの。どちらかの命令がなければ、勝手に双頭の白竜になることもない。雷でも空を走ったんじゃないかな。」


 クリスは、納得してないようだった。シエラは、


「マルーが待ってるわよ。夕べ、悪い夢でも見たみたい。なぐさめてあげて。」


 クリスは、引っ込んだ。エッジが、窓からヒョイと顔を出す。シエラは、


「まだいたの。さっさと捜索(そうさく)に行きなさいよ。」


「部下はすでに向かってるよ。けど、広範囲なわりには情報が少なすぎる。あてずっぽうに捜索しても、何も見つけられないぜ。レックスに会えないか。もう少し、くわしくききたい。」


「無理よ。かなり、ピリピリしてる。部屋に侵入しようものなら、半殺しにされるわよ。あなたのほうが強いなんて言わないでね。杖を持ったレックスはね、ふつうの人間が、どうこうできるレベルじゃなくなってきているのよ。」


「そんなにひどいのか、ライアスは。」


 シエラは、うなずいた。


「もう、ボロボロ。ほんとは、私もそばにいたいんだけど、レックスに休むなって言われたから、こうして仕事してるだけ。」


 シエラは、机にうずくまってしまった。エッジは、


「さっきの王子サマの話だが、閃光は東に向かって消えたって言ってたな。」


「東、そんなこと言ってたっけ?」


「おいおい、妹姫様も重症だな。たしかにそうきいた。捜索は、東を中心にやったほうがいいんじゃないか。東といえば山があるしな。」


 シエラは、顔をあげた。


「レックスにきいてみようか。私が直接きいてみるわ。どのあたりから攻撃したか。」


 エッジは、ムダだと手をふった。


「レックスはたぶん、頭に血がのぼってたはずだ。どこで大砲撃ったかなんておぼえてないよ。見たやつにきいたほうが早い。」


「そうね、おねがい。でも、クリス様に変にかんぐられないよう、気をつけてね。」


「わかってるって。結婚式がおわったばかりなのに、こんな変な事件なんて、縁起(えんぎ)が悪いからな。夕方までには、何かしらのアガリは持ってくる。」


 エッジは、窓から出て行った。この執務室は二階にある。いつになったら、扉を使ってくれるのだろうか。


 シエラは、ため息をついた。


(おめでたい結婚式が終わったばかりなのに、どうしてこんな事件起きちゃうのかな。ほんと、やんなっちゃう。)


 そして、何かに思い当たる。


(そう言えば、バテントスからきた呪術(じゅじゅつ)師って、見つかってなかったんだっけ。たしか、ゼルムとの戦いがあったときも、まだエイシアにいたってきいた。まさか、その呪術師が今になって? でも、どうして、なぜ?


 ひょっとして機会(きかい)をうかがっていただけかもしれない。結婚式が終わって、みんなして気がぬけてるところを、わざとねらったんじゃないかしら。お祝い気分で、すきだらけだったしね。


 でも、マーレル市内をまるごと呪うなんて正気のさたじゃない。夕べは、双頭の白竜の一撃でおさまったみたいだけど、以前の呪詛は数回にわけて実行されたし、術者をなんとかしない限り、きっと今回も何回でも実行される可能性がある。


 さしあたって、霊体で霊的影響をもろに受ける兄様をねらったってことかしら。レックスの話をきいた限りでは、ねらわれた兄様を体に入れたとたん、レックス自身がねらわれたと言ってたしさ。)


 呪術師は、若い男だときいている。若い男。いったい、どんな男なんだろう。そして、夕べの呪詛が一晩中続いていたら、マーレルはどうなっていただろう。シエラは、ゾッとした。


動揺(どうよう)してはダメ。しっかりしなきゃ。とにかく、情報が少なすぎるわ。エッジの報告を待とう。)


 シエラは、たまっている書類に目を通し始めた。レックスの仕事もあるから、こうしてなやんでいるヒマなんてない。

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