第二風、クリス・オルタニア(3)
軍事施設は、マーレルからややはなれた、山際に近い平地にあった。施設内には、さまざまな建物があり、ライアスは、その中の工場みたいな建物の前で馬車をとめた。
出てきた兵士に向かい、自分はマーレル公だとつげ、ロイドのもとへと案内するよう言う。ロイドは、ごちゃごちゃとした工場のすみにいた。
ライアスを見るなり、ロイドは、
「なんでぇ、シエラじゃないのかよ。くるときは、絶対シエラでこいって、いつも言ってるじゃないか。」
「どっちでもいいだろ。ちなみに、レックスは今、昼寝中だからな。」
「そりゃ、つごうがいい。レックスがいると、ごちゃごちゃうるさいからな。そっちのあんちゃんは?」
「ディナ・マルーのお兄さんのクリス殿下だよ。工場見学につれてきたんだ。で、ブツは?」
ロイドは、油まみれの部下に命じて、筒状の肩掛けの小型砲を持ってこさせた。
「お前が以前、試作してたモンの改良版だよ。重量もかなり軽くしてあるし、反動もできるだけおさえた。弾の性能もあげた。試し撃ちしてみるんなら、外に出よう。」
ライアスは、工場内にあった作業着に着がえた。自分で小型砲を持ち、外へと出る。そして、広い平地の向こうへとむけて、撃った。結果に満足した。
「レックスの体だと、こういうことも楽にできていいね。シエラだと、銃ぐらいしか持てないしね。以前、東側諸部族に流した銃の製造法も、バテントスにわたってしまったし、こっちとしても、もう一段上の武器が必要になってたところだ。こいつは使えるな。」
ライアスは、もう一発発射した。そして、また工場にもどる。ロイドは、今度は銃を取り出した。
「弾込めを前から後ろに変えて、火打石式にしてみたんだ。これまで使っていた火縄式だと、雨では使えなかったからな。けど、まだ改良途中だ。連射できるようにしたい。それと、こっちの設計図を見てくれないか。」
ロイドは、工場のたなにあった設計図を作業台に広げる。戦艦の設計図だった。
「宮殿の暖房用にスチームを使ってるだろ。それを船の動力に利用できないか、いろいろと考えてんだ。手漕ぎ式だと人手もてまもかかるし、それに、風の顔色ばかりうかがうハメになる。スチームの動力だと、人手も風もいらない。スピードだって、かなり上がるはずだ。」
ライアスは、しばらくながめたあと、作業台のすみにあった汚いペンをとった。そして、さらさらと設計図に問題点や改良箇所を書き込む。
「とりあえず、これを参考にして、また考えてくれ。それと、どれくらい予算が必要か、だいたいでいいから提出してほしい。」
「さっすが。話が早くてたすかるぜ。おい、そっちのあんちゃん。お前、イリアの王子様なんだろ。国、帰ったら国王様に進言して、イリアの技術者をこっちに回してくれるようたのむわ。ちがった考えが欲しいと思ってたとこだったんだよ。」
クリスは、
「それは、大歓迎だが、この国の軍事秘密がもれることにもなる。」
「技術交換してもらったほうが、こっちとしてもたすかるんだよ。とにかく、あのバテントスをなんとかしなきゃな。今は、こう着状態だが、いつどうなるかわかったモンじゃない。とにかく、早めにたのむよ。ちなみにレックスに相談してからなんて言うなよ。おれが言えば、それで決まりなんだからな。」
クリスは、あっけに取られた。ダリウス軍の軍事技術は、イリアよりもはるかに進んでいる。それをこうも簡単に自分に見せ、しかも技術交換などとは、ふつう考えられない。しかも、目の前の青年の自国の王に対する態度は、古い伝統のもとに育ったクリスには理解できない。
クリスは、帰りの馬車でため息をついていた。
「あの青年、たしか、ルナ様の婚約者だったよね。あなたの身内になるのか。いくら、身内とはいえ、あのような不遜な態度をとる者は、イリアにはいない。文化の違いといえばそれまでだが、かつて同じ民族だったのに、ここまで違ってしまうとはね。」
「やはり、イリアの記録に同民族だったって残ってたんだな。じゃあ、ダリウスの記録も、人として残っているのだろう。ダリウスは実在し、イリアから、この島にやってきたのだしね、」
「王位をねらって追放された神官一族が、この島に向かったと、それだけだ。まあ、歴史はつねに勝者のものだしな。だが、それゆえ、国王は事のほか、この島に親近感を抱いている。」
ライアスは、クリスを見つめた。クリスは、
「あまり、見つめないでほしいな。あなたに見つめられて、いやな思いをしてるから。」
「女性にもどったら、さぞ美しいと思ってね。それに、君みたいな頭脳明晰な女性もめずらしい。実務的な能力も高そうだしな。女にしておくのがおしいと思ったまでだ。十五という年齢のわりには、現実もよく見えているしね。」
「誉め言葉と受け取ってもよろしいのでしょうね。」
ライアスは、クリスの手をとった。手にくちづけをする。そして、
「君が、ほんとうに女なのか、たしかめてみたくなった。」
クリスは、手を引っ込めた。
「何を言い出すかと思えば。冗談も休み休み言ってほしいな。」
「キスをしてみないか。君は、レックスに興味があるんだろ。」
「たしかに興味はあるが、そういう興味とは違う。陛下は美しい見た目と反して、中身が私の感性には合わない。マルーに父ちゃんと呼ばせたことで、幻滅しているところだ。けど、あなた自身には、多少の興味は持ち始めている。」
ライアスは、
「なら、ここにいるあいだだけでも、ぼくと付き合わないか。亡霊相手では、つまらないか?」
「あなたは生前、何人の女性を口説いたのですか。」
「さあ、わすれた。ぼくが口説いて落ちなかった女性はいない。ぼくに恥をかかせないでほしいな、クリス。いや、クリスティア。」
「クリスティア、ぼくのかくされた女性名だ。あなたの前では、かくし事はできないということか。亡霊の体で、私を抱きしめられるか? できたのなら、あなたの、」
ライアスは、レックスから飛び出した。ほんの一瞬だけだったが実体化し、クリスを抱きしめ、くちづけをかわした。そして、びっくりしているクリスに向かい、ほほえむ。ライアスは消え、レックスが目をさました。
「起きたと思ったら馬車の中かよ。クリス、なんでお前がいる? おれ、どっかへ行くのか。それとも帰るのか?」
「・・・マーレル公に軍事工場へさそわれたんだ。宮殿に帰るとちゅうだ。マーレル公は?」
「あ、ライアス。あれ、いない。あいつ、必要なくなったら、いなくなっちまうもんな。勝手にいろんなことしてるし。」
「あなたは、彼に好き勝手をされても、何も感じないのか?」
レックスは、あくびをした。
「ああ、たしかにいつも好き勝手だな。でも、たいていは理由があることだから、必要時期になったら話してくれるよ。ところで、お前、顔、赤いぞ。熱でもあるのか。」
「あ、いや、なんでもない。いろいろなことがありすぎて、少しつかれたのかもしれない。すまないが、馬車を貴賓館に向けてくれないか。今日はもう休みたいので。」
「そうだな。長旅してすぐに結婚式だったものな。マルーには、そう言っておくよ。明日、きてくれるよな。」
「もちろん。マーレル公にも、軍のことで、いろいろとおたずねしたいことがあります。工場を拝見して、ほんとうに驚きましたから。我がイリアもぜひ、参考にしたいものです。」
馬車は、貴賓館についた。レックスは、そのまま宮殿へと向かう。そして、そのあと、いつもどおりの日常が終わり、そして翌日になった。クリスは、マルーと午前中過ごし、午後、ライアス本人から軍について説明を受けていた。
ライアスは、見えるように姿を現しているだけで実体化はしてない。使用人に指示を出し自分の手足代わりとし、さまざまに資料を用意し、クリスにていねいにダリウス軍の状況について話した。
あらかた説明が終わったのは、夕方近くだった。使用人が、お茶の用意をするために出て行く。クリスは、実体化はしないのかとたずねた。
「こうして、見えるようにするだけでも、霊力は消耗していくんだ。実体化は、長時間はむずかしい。だから、レックスやシエラの体を使わせてもらってるんだよ。」
「でも今は、私と直接、話をしてくれている。」
「二人とも、今日はそれぞれの用事があるからね。まあ、こういうときは、しかたがない。」
「陛下を愛しているのですか。あなたと陛下のお話をあちこちから聞いたのですが、恋人のようにも感じられました。」
「恋人ね。そう判断してもかまわないよ。それに近いしね。まあ、肉体がないから、俗世間でいう恋人とは違うんだけどもね。ただ、あまりにも濃密な結びつきだから、人の目にはそう映ってしまうんだろう。実際、妻の役割をしていた時期もあったからね。」
「妻? 彼と夫婦だったのですか。肉体が無いのに?」
ライアスは、うなずいた。
「シエラが心の病気をかかえて、妻の役目をはたせなかった時、ぼくが彼女の体を使って代理をしたんだ。代理だったけど、彼と愛し合えたから、代理ではなくなったんだけどもね。」
クリスは、ギュッと手をにぎった。
「なぜ、昨日、口説いたんです。私をからかっていたのですか。」
「そういう時期もあったと言ったろ。レックスとは、君が考えているような愛は、すでに終わっているんだ。今のぼくが、ライアスとしての姿をしているは、そのためだ。ぼくの姿は、レックスとの愛が変化するたびに、さまざまな形へと変化する。今の彼との愛は、信頼関係とおきかえてもいい。だから、君を口説いたんだよ。そろそろ、新しい恋がしたくなったからね。」
「死人でも、そう考えるのですか。」
「肉体を失っただけだ。ぼくはこうして生きている。知り合いの霊人にも言われているよ。ぼくは、生身に人間そのものだってさ。まあ、当たっていると思ってる。そうでなければ、とっくの昔に向こうに逝ってるさ。少しだけ、実体化する。また、抱きしめていいかな。」
「御自由に。」
たちまちのうちに、クリスのくちびるはまたうばわれた。ライアスは、すぐに消えた。そして、物足りなさだけが、クリスの胸に残ってしまった。