四、二度目の襲撃(1)
ナルセラの襲撃事件から数日が過ぎた。マーブルは街道を南下し、予定通りベルセアに向かっていた。
「ライアス、このまま街道でいいのか。この街道は、まっすぐベルセアにのびてるし、おれ達がどこに向かっているか、バテントスに教えているようなモンだぞ。」
マーブルは、荷台のライアスにたずねた。シエラは午後、荷台でよく昼寝をする。お姫様にとり、ガタガタとゆれる荷馬車での移動は、やはり負担だ。シエラが眠ると同時に表へと出たライアスは、体の負担をへらすよう荷台に横たわりつつ、剣をいじくっていた。
「もう、知ってるよ。グラセンが坊さんだから、どこの道を使ったって、向かう場所は一つしかないしね。」
「こっちは、いつ襲われるか、ビクビクしてんだぞ。」
「今は大丈夫。やつらの気配はない。ここの街道は、人の往来がはげしいから安全なんだよ。暗殺ってのはね、こっそりやるから暗殺なんだよ。」
「ナルラセの宿じゃあ、大騒ぎだったじゃないか。」
「あれはたぶん、ぼく達が予想外の抵抗をしたからさ。まさか、女子供があんなに抵抗するとは、想像できなかったはずだ。」
レックスは、
「おい、子供って、おれの事かよ。」
「他にだれがいるんだい。」
ライアスは、ムクッと起き上がった。
「ちょっと止めて。もよおしたから。」
レックスは、
「トイレかよ。お前、シエラの体だぞ。」
「別に。母親が、シエラが二歳のときに亡くなったから、ぼくがずっと、シエラのめんどうみてたんだよ。兄さんというよりも母さんだったよ。いつもいっしょに寝てさ。下の世話もずいぶんしたっけ。ちなみに、シエラのおむつは、ぼくがとったんだよ。あー、たのしかったな。シエラは天使みたいにかわいかったしさ。もう一度、あのころにかえりたいな。」
ライアスは、ガサガサと茂みに消えた。ミランダが警戒しつつ、あとを追う。マーブルは、ため息をついた。
「ありゃ、病気だな。妹がかわいすぎて、バカになってる。おむつをとった? 領主の跡継ぎのする事かよ。クリストンのライアスは気性がはげしく、策略家としても有能だって評判だったんだ。おれも、やつの代になったとき、一時期はドーリア公以上に警戒してたんだがな。」
「死んで、人間丸くなったんじゃないか。最初から、あんな調子だった。」
「シエラにとっついてまで、何をしようとしてんだろうな。過去のつぐないばかりじゃなさそうだしな。グラセンといい、よく分からんやつだ。まあ、こっちはたすかるがな。」
ライアスが、ミランダといっしょにもどってきた。手に何か持っている。
「レックス、見て見て。すごい物みつけたよ。」
と言い、枝にブスリとさした、大きなトゲトゲの緑色のイモムシをさしだした。
「うわ、おれ、イモムシはきらいなんだよ。グニャグニャして気持ち悪いしさ。それ、すてろよ。」
マーブルの顔色が変わった。
「そりゃ、毒蛾の幼虫じゃないか。どこで、そんなもの見つけてきたんだ。成虫よりも毒はないが、それでもかなりの毒を持ってるんだ。さっさと捨ててこい。」
「ゼルム毒蛾の幼虫だよ。すごい毒で有名な。このあたりにもいるんだね。さなぎになるために穴をほってたところを捕まえたんだ。空きビンに入れておけば、なんらかの役に立つと思うよ。」
ライアスは、ニコニコと笑いつつ、ミランダが用意した小さなガラスビンに虫をおとした。
「設備があれば、毒を抽出できるんだけどもね。クリストンにいたころ、いろんな毒虫をつかまえて研究してたっけ。」
マーブルとレックスは、少し背筋がさむくなった。ニコニコと笑う顔の下にかくされている、ライアスのもう一つの顔を見たような気がした。
馬車は走り出した。ライアスは、しばらくビンをながめたあと、ランプに使う安物の油をビンに半分ほど入れた。そして、それをミランダにあずけ、また横になり剣をいじくった。
(刺客は、ぼく達がベルセアに入る前に襲ってくるはずだ。明日か、あさってか、少なくとも三日以内には必ず襲ってくる。
今度は、もっと大勢でだ。遠巻きにこの馬車を護衛しているグラセンの手下だけでは、人数的に対処しきれないだろう。バテントス兵が、この馬車を襲う前に、グラセンの手下が、どれだけ敵を減らしてくれるかだ。
あとは・・・、ミランダはともかく、マーブルとレックスはふつうよりは腕がたっても、しょせん正式に訓練された戦士ではない。ぼくは、この体じゃ戦えないし、ミランダ一人にたよるのは無理がある。)
ライアスは、御者席のレックスを見つめた。
(とにかく守らなきゃ。やっと見つけた、ぼくの王子様だ。)
金色の髪が風になびいている。ライアスは目をほそめた。
(シエラが、一目惚れするだけの事はあるね。二人の仲も、まあまあになってきた。あとは、シエラがこの剣をわたせるかどうかだ。)
ライアスは、あくびをした。やはり、馬車の旅はこたえる。このまま、眠ることにした。ミランダがシエラに毛布をかけた。そして、シエラを守るよう、そばにじっとしている。マーブルは、レックスにささやいた。
(おい、シエラよりもライアスを嫁にしたらどうだ。かなり、たよりになるぞ。)
(なんで、そうなるんだよ。ライアスは、シエラのニーサンだぞ。)
(幽霊だから、もう関係ないさ。シエラの体に入っちまえば女だしな。まあ、嫁は冗談として、おれとしては、ライアスにこのままいてほしいね。ライアスだったら、安心して、お前をまかせられる。おれは、ライアスを気に入ったんだよ。)
レックスは、あきれた。完全にシエラを飛び越し、ライアスだけになっている。マーブルは、
「ま、なるようになるわな。グラセンだけには気をつけなきゃな。おい、ミランダ、ジーサンにはナイショだぞ。」
「私は、なんでもかんでも報告してるわけじゃないわ。グラセン様が自らおわかりになるまで、だまっているつもりよ。」
シエラは、スースー寝息をたてている。マーブルは、ホッとした。
「ライアスは寝ちまったな。つまり、今日は安全って事だ。このまま、次の町に泊まろう。おれもなんだか、緊張続きでつかれちまった。」
「遊びには、いかないでちょうだいね。」
ミランダは念をおした。荷台に入ってくる風が冷たくなってきている。秋もだいぶ深まり、あと、ひと月もすれば本格的な冬がやってくる。ミランダは、シエラに毛布を一枚たした。
「寒いね。たすけてもらった時は、まだ暖かかったのにね。」
この日は、めずらしく、二人きりで夕食をとった。シエラはぴったりとレックスに自分の体をよせつけ、宿への道を歩いている。星が、またたきはじめていた。
「私ね、レックス。クリストンいたときは、ふつうの人がどんなふうに生活してるか、まったく分からなかった。いつも、サラサの宮殿にいて、ほとんど外に出たことなかったから。兄様から話をきくだけだった。
でもこうして、ふつうの人と同じように生活して、生きるという事は、楽じゃあないんだなって分かったの。自分で食事の用意したり、洗い物をしたり、買い物をしたり、ミランダさんを手伝ってるだけだけど、こうして、ふつうに暮らすだけでも大変なんだなって。」
「つらいのか。」
シエラは、首をふった。
「あなたとこうしているだけで、とても幸せなの。レックス。」
シエラは、いつのまにか、さん付けをやめていた。レックスは、シエラをだきしめた。そして、キスをする。唇をはなしたシエラは、ニヤニヤしていた。出てきた。レックスは、いいふんいきだったのにと口をとがらした。
ライアスは、
「よしよし、上出来。お互い気になる相手と、毎日生活をともにしていると、だれだって自然とこうなる。どうだい、恋人ができた気分は。」
レックスは、中身が入れかわった恋人をはなした。
「なんか用か。」
レックスは、ムッとしている。ライアスは、
「明日、山間部を通るんだね。襲撃は、明日あると思う。バテントス兵の何人かを、グラセンの手下が、さきほど見つけて処理したみたいだ。けど、グラセンの手下も戦える状態じゃない。数が多すぎたんだよ。でも、かなり減らしてくれた。今夜あたり、ミランダに連絡が届くはずだ。」
「残った連中が、明日やってくるのか。」
ライアスが、真顔になった。
「レックス、今回の襲撃は、最後の一兵まで命がけになって襲ってくる。なんとしても、ぼく達をここで処理する気でいるんだ。」
「それがどうした。どっちにしたって戦うしかないだろ。」
「ぼくは、いざとなれば、君だけを守るつもりでいる。二人を犠牲にしても、君だけは守るつもりだ。」
レックスは、ライアスを見つめた。
「おれは、お前に守ってもらうつもりはない。危なくなったら、お前だけでも逃げろ。」
ライアスは、フフンと軽く鼻をならす。
「悪いけど、ぼくにはそんな感傷なんて通じないんだよ。ぼくの人生は、感傷なんかで片付けられるほど、甘い人生じゃなかったもんね。悲惨な死に方したしね。
ぼくの人生ってさ、ほんと短かったんだよね。結婚すらしてない花の二十六歳で、人生これからバラ色だってときに、戦争なんかおきちゃって、最後は死体すら残さず終わっちゃったもんね。
あーあ、考えてみると、ぼくってさ、産まれたときから、なんか不幸な人生あゆむように運命づけられてたみたい。その証拠にさ、父がダリウスを攻めると決めたとき、反対したのは、ぼくだけだったんだよ。
もっと、たくさんの人が、ダメっと言ってくれると考えてたけど、みーんな、父をおそれて沈黙さ。とうぜん、怒りを買ったさ。ぼくはすぐさま、宮殿の塔に閉じ込められて、父がサラサをたつまで、コップ一杯の水と一切れのパンしか与えられなかった。餓死寸前さ。
叔父のサイモンが、サラサから出る直前、父にないしょで助けだしてくれなかったら、ライアスの命は十四かそこらで終わったろうね。それからもさ、いろいろあったんだよね。やっと領主になれて、ぼくの時代がきたかと思うまもなく、バテントスだしさ。」
レックスは、
「お前、おれ達の事、かばってくれてたのかよ。初耳だな、そりゃ。塔に閉じ込められて、餓死寸前だったって? お前の親父、自分の息子にすらそうだったのかよ。」
「気性が荒いと言えば、そうだったし。かなりの気分屋。王座を奪えなくて、プライド傷つけられて、あんな事をしたしさ。ぼくは反対したんだよ。そんな事はしてはいけませんてね。ぼくだけが、クリストンじゃあ、君達の味方だったんだよ。」
「わかった、わかった。そんなにしつこくしなくていい。第一、きいてもいないのに、なんで、お前の身の上話をきかなきゃなんないんだ。なんかまた、話がそらされた気がする。なんの話、してたんだっけ?」
「襲撃の話だよ。けど、身の上話は知ってもらいたかった。グチもきいてもらいたかった。だって、だれにも話す事できなかったんだもん。」
「おれに恩を着せるつもりで話したんだろ。その手には乗らないぞ。かばってくれた事には、とりあえず感謝するし、塔に閉じ込められたのは同情するけどもさ。」
ライアスは、ハァーッとため息をついた。
「ぼくは、父に似てると言われているんだ。どうして、あんな父に似てるなんて言われるのか、よく分からないけどもね。似てるとしたら、たぶん、塔に閉じ込められたとき、自分の無力さを知り、そうなったんだろうね。ぼくは、それからずっと父をおそれていた。いつまた怒りを買うか、こわかったんだ。」
「シエラはその事を知ってたのか。」
ライアスは、
「塔に閉じ込められていた事は、後で知ったようだ。そのかん、シエラは、サラサ宮殿から、サラサ郊外にある離宮へと移されていたしね。でも、ぼくが父をこわがってたのは、たぶん知らないだろう。ぼくは、弱みを人には見せなかったから。」
「ライアス、お前。」
ライアスは、うーんと背伸びをした。
「あー、いーな。やーっと安心して本音言える人、見つけた。ずーっとモヤモヤしてたけど、話してスッキリした。」
「よかったな、スッキリしてな。どうせ、バカ相手に話したって、どうって事ないって考えてんだろ。」
「うん、それもあるね。ね、ぼくの友達になってよ。ぼく、ほんとの友達って、あんまりいなかったんだよね。」
ライアスはまた、子犬のような無邪気な笑顔をむける。
「君とシエラのそばにいたい。シエラが許してくれるなら、このままここにいたい。シエラとして生きたい。」
「だったら、シエラに話したらどうだ。」
ライアスは、首をふった。
「まだだめだ。シエラはまだ、自分の事で精一杯だから。明日の事は伝えたから、ぼくはひっこむよ。くれぐれも、シエラを悲しませないでくれよ。」
ライアスは、レックスにだきつきシエラにもどった。
「寒いな。すっかり冷えちゃったみたい。急いで帰ろう。」
シエラは、そっとレックスの手をひっぱった。