第二風、クリス・オルタニア(2)
クリスは、笑った。
「ばれた。やっぱり、あなた相手ではごまかせないね。でも、マルーは、私のことを男だと信じている。イリアでも知っている者は数人だけだ。私は、産まれついた時から、このようなかたちで育てられたんだよ。
女だとわかると、マルーのように早期に家を出なければならない。そして、王家の女子はあらかた、十になる前に王家からいなくなってしまう。それが、イリアの国策でもあるからね。
だから、私のような特別な育て方をされる女がいるんだよ。いざという時、必要となる王女を確保するためにね。でも、十八まで、そうならなかったら女にもどされ、ふつうの花嫁として適当に片付けられる。
私は十五だから、あと三年かな。私の夫となる男は、どんな男なんだろうな。でも、このことは秘密にしておいてほしい。私が女だと現段階で知られると、いろいろと不都合が出てくるからね。」
「ぼくは、おしゃべりじゃないよ。君がどっちであれ関係ないものな。ぼくが君を監視していたのは、君が何を考えているか知りたいためだ。しばらく、マーレルにとどまるのなら、それなりの役目を国からあずかっているはずだ。」
「スパイなら、もっとうまい者がしてくれるよ。親善大使だと思ってくれればいい。まあ、本音を言えば、この国の王がどんな男か多少興味があったものでね。奇跡を呼ぶ王とか、ドラゴンを使役しているとか、おもしろいウワサばかりきいていたのでね。」
ライアスは、またクリスをじっと見つめた。そして、フッと笑う。クリスは、さっきの視線といい、また不快になってしまう。ライアスは、
「いや、失礼。運命とは、おかしなものだとばかり思ってね。これも歴史の、いや過去の因縁の皮肉だろう。君は、レックスに興味をもっていると言ったね。その興味は満足したかな。」
「あなたは、ほんとうに無礼な存在だね。それが、友好をしめす国の者への態度か。」
「ぼくはすでに、この世のことわりをはずれている存在だ。ただ、大切な者のためだけに、ここにいる。それゆえ、その大切な者を傷つけたり、おとしめたりする者は許さない。君は、ぼく達が君からうばったものを、取り返しにここへきたのだろう。」
「うばったものを取り返しに? なんのことだ。うばったと言うのであれば、あなた達が、私から大切な妹をうばったのであろう。私が、花嫁を取り返しにきたなど、バカバカしい。」
クリスは、苦笑した。が、ライアスは、
「わたさない、それだけは。過去の因縁を現在まで持ち越されてたまるか。」
クリスは、いらつき始める。
「私が国王に興味があったから、そう思ったまでか? ディナ・マルーがすでにその役目をはたしたのだから、いまさら、私が出る幕もないだろう。」
「そうだね、それをきいて安心した。すまなかったな、きょうだいの楽しみをじゃましてさ。ぼくにも妹がいるんだ。すごく、かわいくてたまらない妹がね。ぼくのシエラを、悲しませることだけは、してほしくないな。」
ライアスは、消えた。クリスは、なんなんだと思う。
(あれが、マーレル公か。一クセも二クセもあるときいていたが、まさしくそうだな。あの美しい女のような姿からは、想像もできないほどの残忍さもあると言うし、それに、実体のない亡霊のくせに国王に強い影響力をもち、影であやつっているとの話もある。敵にまわすことになったら、手ごわい相手になる可能性は否定できない。
それに、陛下とマーレル公は、すさまじい破壊力をもつ巨大なドラゴンを呼び出せるとの情報もある。もし、それが本当の話であれば、イリアはエイシアへの方針を、今後さらに強化しておかなければならないだろう。)
クリスは、そう考えつつ客室を出て行った。思考を読んでいたライアスは、フンと鼻をならし、その場から去った。そして、執務室のレックスのもとへと現れた。レックスは、めんどくさい接待が終わって、執務室にもどってきたばかりだった。
レックスは、
「なーるほど。スパイじゃ、わからない情報を引き出すために、わざわざ王子自ら、妹の付き添いというかたちで、マーレルへやってきたのか。双頭の白竜を見たかったら、言えばいいのによ。ナンボでも見せてやるのにな。」
ライアスは、
「まあ、君はオープンだからね。口で直接たのめば、教えてやる情報ばかりだけどもね。さっさと見せて、満足いく程度になったら、イリアに追い返したらいいと思うよ。」
ライアスは、機嫌が悪そうだった。レックスは、それを見てニタニタと笑う。
「クリスが気に入らないんだろ。お前、見目がいい男を見ると、けっこう嫉妬するからな。シエラが、すぐに興味持つからだろ。」
「話をしてみて、気があわないだけだ。嫉妬なんてしてない。」
「クリスは、お前となんか似てるんだよな。よく、わかんないとこもそうだし、なんか秘密をかかえてる気もするしな。それもあって、気にいらんのだろう。昔の自分を見てるみたいでさ。」
「もう、なんでそうなるんだよ。ぼくのどこが、わかんないんだよ。こんなに、はっきりしてるのにさ。」
「ありていに言えば、お前、二重人格。ライアスとしての個性がそうなんだよ。裏と表の使い分けが激しいし、それに、甘えん坊のガキと老獪な老人が同居している。まあ、そこが、お前のおもしろいとこなんだがな。けど、おれみたいなボケじゃないと、あつかいがまずできない、そんな感じだ。」
ライアスは、がっくりきた。
「ひどい。ぼくのこと、ずっとそう思ってたんだ。いいよいいよ、そんなんだったら、すぐにでも向こう逝っちゃうからさ。」
レックスは、笑った。
「逝かせないよ。おれのシエラは、ずっといっしょだって言ったじゃないか。ハハァ、お前、エルが片付いたから、さみしいんだろ。明日の晩、シエラは、宮殿にいる女どもを集めて、エルの結婚を祝ってパーッとやるそうだ。たぶん、夜明けまで酒盛りになるはずだから、明日はお前と、ひさしぶりに二人きりになれる。」
「もう、シエラとしてのぼくは必要ないだろう。」
「かもしれない。でも、そばにいてほしい。シエラでもライアスでもかまわないさ。ただ、ひたすら、お前といたい。それだけだ。」
ライアスは、負けたと思った。殺し文句をちゃんと心得ている。わかっていても、いつもこれにだまされて、ライアスはレックスの言いなりだ。
レックスは、たまっている書類を手に取った。ライアスは、
(・・・レックスは、クリスが秘密を持っている事に気がついていても、今のところクリスを男だと思い、さして興味を抱いていない。クリス自身も、自分が女だとばれないよう、細心の注意をはらっている。
けど、縁があった男女の魂だ。本人同士、気がつかなくとも、過去が再現される可能性は常にある。それだけは、なんとしてもふせぎたい。でなきゃ、シエラがかわいそうだ。今世でやっと、正妻になれたのに。)
「おい、ライアス。ボケッとしてないで手伝え。この報告書、甲とか乙とか、例のごまかし文書になっていて、意味がわからん。」
「あ、ああ、これね。提出した部署につき返せばいい。予算を使いすぎた理由を、もっとはっきりと書いて再提出させればいい。」
「じゃ、こっちは。」
「こっちはと、なんかめんどくさくなった。体に入るよ。君は寝てればいいよ。にがてな接待仕事で、つかれてんだろ。」
「じゃ、たのむわ。お休み。」
レックスは、よほどつかれていたのか、すぐに寝入ってしまった。ライアスは、ささっとたまっていた書類を片付けた。そして、そのまま、厩舎へと向かう。
厩舎の使用人は、紅竜か白竜かで、レックスの中身を見分けていたので、白竜に乗ったレックスにたいしては、マーレル公と呼んでいた。
「マーレル公、今日はどちらまで行かれますか。陛下のお体ですので警護の問題もございますので。」
「市内の上空を二、三周して気分転換してから、マーレル郊外にある軍の工場へ行ってくるよ。白竜だから、警護は必要ない。」
ライアスは、白竜にまたがった。そして、飛べと命ずる。白竜は、さーっと空へとまいあがり、一筋の白い雲へとなった。クリスが厩舎へやってきた。そして、厩舎の掃除をしている使用人に声をかける。
「今のドラゴンか。一瞬だったけど、白い馬がそうなったのを見た気がする。」
使用人は、
「ああ、白竜ですね。そうですよ、ドラゴンですよ。あの馬は、マーレル公しか乗せませんしね。そうそう、今の陛下は、マーレル公ですよ。ああして、よくお体をかりているのです。たいていは、シエラ陛下なんですけどもね。」
クリスは、真っ赤な馬を見つめた。使用人は、
「その馬は、紅竜です。その馬もドラゴンですよ。陛下専用です。ああ、あまり近づかないでください。牝馬とは言え、気性は荒いですからね。それに、陛下以外にさわられるのを極端にきらいます。私も、お世話するさいは、それなりの礼をもって接しているのです。」
「すごい。これがイリアにまで、きこえてきた真紅の馬。ドラゴン。こういう馬を従える王など、イリアにはいない。」
使用人は、得意げになった。
「その二頭が、双頭の白竜になるんですよ。二つの首がある、赤い目をした白い巨大なドラゴンです。ダリウス王家の紋章ですよ。そういうドラゴンを従えているんですから、みんなして、陛下のことを、天空の神の転生ではないかと話しているんです。」
「天空の神? ダリウス神のことか。結婚式で、聖堂の壁画で見た、あの神か。」
「そうだろうということです。確信はもてませんがね。とにかく、並みの王ではないんですよ。霊能者でもありますからね。でなければ、見えないマーレル公と、お話できるはずもありませんよ。ああして、お体をかすこともね。」
「ということは、シエラ陛下もそうだということになる。たしかに並みの王ではないな。」
ざーっと風がふいた。白いドラゴンに乗ったレックス、いやライアスがもどってきた。
ライアスは、クリスに白竜に乗ってみないかと言う。クリスは、
「そのような、おそろしいドラゴンに、よく平気で乗れるものだな。私は空など興味はない。あなたも、陛下に体を返したらどうなんだ。陛下にあいさつをしようと思って執務室に行ったら、こっちに向かったと言われて来たのだが、あなたがいるのでは、あいさつができないのでね。」
「レックスは、まだ寝ているよ。にがてな接待続きで、気づかれしてるんだ。それに返すも何も、この体は、ぼくのものでもあるんだしね。」
ライアスは、白竜からおりた。たちまち、白い馬へともどり、おとなしく厩舎へとおさまる。ライアスは、クリスを見つめた。
「少しデートしない。男二人だし、べつにあやしまれないよ。」
「亡霊と付き合うつもりはない。あいさつができそうにもないから、マルーのところに行くよ。」
「軍をまかせているロイドから、新兵器の開発に成功したのと報告がきたんだ。それで、軍の施設へ行こうとしたら、眼下に君が見えたんでね。だから、デートにさそったんだよ。空がいやなら、馬車を用意するからさ。」
クリスは、興味を持ったようだ。
「エイシアの軍備を見学させてくれるのか。ねがったりかなったりだよ。そこなら、デートにも付き合うよ。」
「じゃ、決まり。めだたないよう使用人の馬車を出そう。裏へまわってくれないか。ぼくもすぐに行く。」