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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第六章、風の行方
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第二風、クリス・オルタニア(2)

 クリスは、笑った。


「ばれた。やっぱり、あなた相手ではごまかせないね。でも、マルーは、私のことを男だと信じている。イリアでも知っている者は数人だけだ。私は、産まれついた時から、このようなかたちで育てられたんだよ。


 女だとわかると、マルーのように早期に家を出なければならない。そして、王家の女子はあらかた、十になる前に王家からいなくなってしまう。それが、イリアの国策(こくさく)でもあるからね。


 だから、私のような特別な育て方をされる女がいるんだよ。いざという時、必要となる王女を確保(かくほ)するためにね。でも、十八まで、そうならなかったら女にもどされ、ふつうの花嫁として適当に片付けられる。


 私は十五だから、あと三年かな。私の夫となる男は、どんな男なんだろうな。でも、このことは秘密にしておいてほしい。私が女だと現段階で知られると、いろいろと不都合(ふつごう)が出てくるからね。」


「ぼくは、おしゃべりじゃないよ。君がどっちであれ関係ないものな。ぼくが君を監視(かんし)していたのは、君が何を考えているか知りたいためだ。しばらく、マーレルにとどまるのなら、それなりの役目を国からあずかっているはずだ。」


「スパイなら、もっとうまい者がしてくれるよ。親善大使だと思ってくれればいい。まあ、本音を言えば、この国の王がどんな男か多少興味があったものでね。奇跡を呼ぶ王とか、ドラゴンを使役(しえき)しているとか、おもしろいウワサばかりきいていたのでね。」


 ライアスは、またクリスをじっと見つめた。そして、フッと笑う。クリスは、さっきの視線といい、また不快(ふかい)になってしまう。ライアスは、


「いや、失礼。運命とは、おかしなものだとばかり思ってね。これも歴史の、いや過去の因縁(いんねん)の皮肉だろう。君は、レックスに興味をもっていると言ったね。その興味は満足したかな。」


「あなたは、ほんとうに無礼(ぶれい)な存在だね。それが、友好をしめす国の者への態度か。」


「ぼくはすでに、この世のことわりをはずれている存在だ。ただ、大切な者のためだけに、ここにいる。それゆえ、その大切な者を傷つけたり、おとしめたりする者は許さない。君は、ぼく達が君からうばったものを、取り返しにここへきたのだろう。」


「うばったものを取り返しに? なんのことだ。うばったと言うのであれば、あなた達が、私から大切な妹をうばったのであろう。私が、花嫁を取り返しにきたなど、バカバカしい。」


 クリスは、苦笑した。が、ライアスは、


「わたさない、それだけは。過去の因縁を現在まで持ち越されてたまるか。」


 クリスは、いらつき始める。


「私が国王に興味があったから、そう思ったまでか? ディナ・マルーがすでにその役目をはたしたのだから、いまさら、私が出る幕もないだろう。」


「そうだね、それをきいて安心した。すまなかったな、きょうだいの楽しみをじゃましてさ。ぼくにも妹がいるんだ。すごく、かわいくてたまらない妹がね。ぼくのシエラを、悲しませることだけは、してほしくないな。」


 ライアスは、消えた。クリスは、なんなんだと思う。


(あれが、マーレル公か。(ひと)クセも(ふた)クセもあるときいていたが、まさしくそうだな。あの美しい女のような姿からは、想像もできないほどの残忍(ざんにん)さもあると言うし、それに、実体のない亡霊のくせに国王に強い影響力をもち、影であやつっているとの話もある。敵にまわすことになったら、手ごわい相手になる可能性は否定できない。


 それに、陛下とマーレル公は、すさまじい破壊(はかい)力をもつ巨大なドラゴンを呼び出せるとの情報もある。もし、それが本当の話であれば、イリアはエイシアへの方針を、今後さらに強化しておかなければならないだろう。)


 クリスは、そう考えつつ客室を出て行った。思考を読んでいたライアスは、フンと鼻をならし、その場から去った。そして、執務室のレックスのもとへと現れた。レックスは、めんどくさい接待(せったい)が終わって、執務室にもどってきたばかりだった。


 レックスは、


「なーるほど。スパイじゃ、わからない情報を引き出すために、わざわざ王子自ら、妹の付き添いというかたちで、マーレルへやってきたのか。双頭の白竜を見たかったら、言えばいいのによ。ナンボでも見せてやるのにな。」


 ライアスは、


「まあ、君はオープンだからね。口で直接たのめば、教えてやる情報ばかりだけどもね。さっさと見せて、満足いく程度になったら、イリアに追い返したらいいと思うよ。」


 ライアスは、機嫌が悪そうだった。レックスは、それを見てニタニタと笑う。


「クリスが気に入らないんだろ。お前、見目(みめ)がいい男を見ると、けっこう嫉妬(しっと)するからな。シエラが、すぐに興味持つからだろ。」


「話をしてみて、気があわないだけだ。嫉妬なんてしてない。」


「クリスは、お前となんか似てるんだよな。よく、わかんないとこもそうだし、なんか秘密をかかえてる気もするしな。それもあって、気にいらんのだろう。昔の自分を見てるみたいでさ。」


「もう、なんでそうなるんだよ。ぼくのどこが、わかんないんだよ。こんなに、はっきりしてるのにさ。」


「ありていに言えば、お前、二重人格。ライアスとしての個性がそうなんだよ。裏と表の使い分けが激しいし、それに、甘えん坊のガキと老獪(ろうかい)な老人が同居している。まあ、そこが、お前のおもしろいとこなんだがな。けど、おれみたいなボケじゃないと、あつかいがまずできない、そんな感じだ。」


 ライアスは、がっくりきた。


「ひどい。ぼくのこと、ずっとそう思ってたんだ。いいよいいよ、そんなんだったら、すぐにでも向こう()っちゃうからさ。」


 レックスは、笑った。


「逝かせないよ。おれのシエラは、ずっといっしょだって言ったじゃないか。ハハァ、お前、エルが片付いたから、さみしいんだろ。明日の晩、シエラは、宮殿にいる女どもを集めて、エルの結婚を祝ってパーッとやるそうだ。たぶん、夜明けまで酒盛りになるはずだから、明日はお前と、ひさしぶりに二人きりになれる。」


「もう、シエラとしてのぼくは必要ないだろう。」


「かもしれない。でも、そばにいてほしい。シエラでもライアスでもかまわないさ。ただ、ひたすら、お前といたい。それだけだ。」


 ライアスは、負けたと思った。殺し文句をちゃんと心得ている。わかっていても、いつもこれにだまされて、ライアスはレックスの言いなりだ。


 レックスは、たまっている書類を手に取った。ライアスは、


(・・・レックスは、クリスが秘密を持っている事に気がついていても、今のところクリスを男だと思い、さして興味を(いだ)いていない。クリス自身も、自分が女だとばれないよう、細心(さいしん)の注意をはらっている。


 けど、縁があった男女の魂だ。本人同士、気がつかなくとも、過去が再現される可能性は常にある。それだけは、なんとしてもふせぎたい。でなきゃ、シエラがかわいそうだ。今世(こんぜ)でやっと、正妻になれたのに。)


「おい、ライアス。ボケッとしてないで手伝え。この報告書、(こう)とか(おつ)とか、例のごまかし文書になっていて、意味がわからん。」


「あ、ああ、これね。提出した部署につき返せばいい。予算を使いすぎた理由を、もっとはっきりと書いて再提出させればいい。」


「じゃ、こっちは。」


「こっちはと、なんかめんどくさくなった。体に入るよ。君は寝てればいいよ。にがてな接待仕事で、つかれてんだろ。」


「じゃ、たのむわ。お休み。」


 レックスは、よほどつかれていたのか、すぐに寝入(ねい)ってしまった。ライアスは、ささっとたまっていた書類を片付けた。そして、そのまま、厩舎(きゅうしゃ)へと向かう。


 厩舎の使用人は、紅竜(こうりゅう)白竜(はくりゅう)かで、レックスの中身(なかみ)を見分けていたので、白竜に乗ったレックスにたいしては、マーレル公と呼んでいた。


「マーレル公、今日はどちらまで行かれますか。陛下のお体ですので警護(けいご)の問題もございますので。」


「市内の上空を二、三周して気分転換してから、マーレル郊外にある軍の工場へ行ってくるよ。白竜だから、警護は必要ない。」


 ライアスは、白竜にまたがった。そして、飛べと命ずる。白竜は、さーっと空へとまいあがり、一筋(ひとすじ)の白い雲へとなった。クリスが厩舎へやってきた。そして、厩舎の掃除をしている使用人に声をかける。


「今のドラゴンか。一瞬だったけど、白い馬がそうなったのを見た気がする。」


 使用人は、


「ああ、白竜ですね。そうですよ、ドラゴンですよ。あの馬は、マーレル公しか乗せませんしね。そうそう、今の陛下は、マーレル公ですよ。ああして、よくお体をかりているのです。たいていは、シエラ陛下なんですけどもね。」


 クリスは、真っ赤な馬を見つめた。使用人は、


「その馬は、紅竜です。その馬もドラゴンですよ。陛下専用です。ああ、あまり近づかないでください。牝馬(ひんば)とは言え、気性は荒いですからね。それに、陛下以外にさわられるのを極端(きょくたん)にきらいます。私も、お世話するさいは、それなりの礼をもって(せっ)しているのです。」


「すごい。これがイリアにまで、きこえてきた真紅の馬。ドラゴン。こういう馬を(したが)える王など、イリアにはいない。」


 使用人は、得意(とくい)げになった。


「その二頭が、双頭の白竜になるんですよ。二つの首がある、赤い目をした白い巨大なドラゴンです。ダリウス王家の紋章ですよ。そういうドラゴンを従えているんですから、みんなして、陛下のことを、天空の神の転生ではないかと話しているんです。」


「天空の神? ダリウス神のことか。結婚式で、聖堂の壁画(へきが)で見た、あの神か。」


「そうだろうということです。確信はもてませんがね。とにかく、並みの王ではないんですよ。霊能者でもありますからね。でなければ、見えないマーレル公と、お話できるはずもありませんよ。ああして、お体をかすこともね。」


「ということは、シエラ陛下もそうだということになる。たしかに並みの王ではないな。」


 ざーっと風がふいた。白いドラゴンに乗ったレックス、いやライアスがもどってきた。


 ライアスは、クリスに白竜に乗ってみないかと言う。クリスは、


「そのような、おそろしいドラゴンに、よく平気で乗れるものだな。私は空など興味はない。あなたも、陛下に体を返したらどうなんだ。陛下にあいさつをしようと思って執務室に行ったら、こっちに向かったと言われて来たのだが、あなたがいるのでは、あいさつができないのでね。」


「レックスは、まだ寝ているよ。にがてな接待続きで、気づかれしてるんだ。それに返すも何も、この体は、ぼくのものでもあるんだしね。」


 ライアスは、白竜からおりた。たちまち、白い馬へともどり、おとなしく厩舎へとおさまる。ライアスは、クリスを見つめた。


「少しデートしない。男二人だし、べつにあやしまれないよ。」


「亡霊と付き合うつもりはない。あいさつができそうにもないから、マルーのところに行くよ。」


「軍をまかせているロイドから、新兵器の開発に成功したのと報告がきたんだ。それで、軍の施設へ行こうとしたら、眼下に君が見えたんでね。だから、デートにさそったんだよ。空がいやなら、馬車を用意するからさ。」


 クリスは、興味を持ったようだ。


「エイシアの軍備を見学させてくれるのか。ねがったりかなったりだよ。そこなら、デートにも付き合うよ。」


「じゃ、決まり。めだたないよう使用人の馬車を出そう。裏へまわってくれないか。ぼくもすぐに行く。」

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