第一風、シオン・ダリウス(3)
前年の夏、国王が崩御し、国では国王の息子達が、世継ぎが決まっていたにもかかわらず、王位をめぐってあらそいを始めた。そのあらそいを強力にしずめたのが、国王の妹でシオンの妻だったイリアだった。
「母は、私を守るために、その手を穢し続けていました。あなたについていく勇気を持てなかったことを後悔し、私を守り抜くことでつぐなおうとしていたのです。私は、前国王の養子となっていましたが、前国王は、私も亡き者にしようと、さまざまな画策をし続けていました。」
シオンは、目をつぶった。まさか、自分の妹の子供まで命をねらうとは。シグルドは続けた。
「母は、とても強い女性です。私を守り続けるためには、力が必要だと考え、それなりの男と再婚もしました。そして、その男の援護を受け、後継者あらそいに勝ち、女王に即位したのです。そして、私に父のもとへと行けと命じました。」
シオンは驚いた。イリアが女王だって? いや、それよりもなぜ、世継ぎとなるはずの実子シグルドをここへよこしたのか。シグルドは笑った。
「古い血を受け継いだ者は、あの国には、いらないそうです。母も、次の王を、王家以外から選ぼうと考えています。旧態以前とした王国に、新風を呼んでくれる者をね。由緒ある王家も、母の代でおしまいでしょう。だから、私はここへきたのです。」
「お前はそれでいいのか、シグルド。」
シグルドは、うなずいた。
「あなたが追放の憂き目にあったのも、根本は古すぎる血の混じりあいが生んだ結果だと、母が言ってました。あの国は、国としてはもう末期です。だから、母は、新しくつくり変えてしまうつもりなのです。母は、自分は過去から未来への橋になると、私に言ってました。」
「古すぎる血か。たしかにそうだろうな。おれは、あの国にとり、もはや無用の存在だったのだな。イリアは、かしこい女だ。おれが気がつかなかったことまで見通している。」
「ですが、この島では新しい血のはずです。だから、私はきたのです。母の命令ですけど、これは私自身の意志であるんです。あなたのおっしゃるとおり、名誉をクワに持ちかえて、農民となって働きましょう。」
シグルドの目には、なんの迷いもなかった。レックスは、部屋のすみに立てかけてある、神杖を見つめた。
「おれは、神官の家に産まれ、さまざまな学問を学んできた。そして、もはや学ぶものなどないと考えていた。だが、そのいずれの学問も、この未開の島にきたときには、役にはたたなかった。
土地の開墾もできず、食料を得る方法も知らず、おれはいったい何を学んできたのかとなさけなくなった。一族のすみにいた者達のほうが、おれなんかよりも、ずっと生きるすべを知っていたほどだ。
古い知識など、新しい世界では、役に立たないことが多い。だが、軽んじてもいけないことも、のちのちわかってきた。こうして生活が安定し始め、人口も多くなり始めると、その学んだ知識が必要となってくる。
おれは、自分が知る限りのことを、娘に教えてきたつもりだ。娘の時代には、さけては通れない事態も必ず起きてくる。シグルド、お前がきてくれたことは幸運だった。娘一人には、せおわせたくなかった。お前が、娘に代わって、ここの長となれ。」
シグルドは、びっくりした。
「ちょ、ちょっと待ってください。私は、そういうつもりできたのではありません。あくまでも、父上の力になりたくてきたのです。長は、姉です。私は、この村の末端に加えてもらえば、それでよいです。」
シオンは、じっとシグルドを見つめた。そして、フッと笑う。いい面構えだ。そして、自分とよく似ている美しい青年だ。
「なら、娘と結婚しろ。お前なら、あの気の強い娘でも、いいと言うはずだ。きょうだいだからって言うなよ。おれの母親と、お前の母親は、腹は違うが同じ父を持っている。神官一族と王族は、そうやって、もう何百年も混ざり合いを続けているんだ。
つまり、どの相手といっしょなっても、きょうだいってわけだ。それに、神官一族では、神官家の聖なる血統を守るために、異母きょうだい同士で結婚した前例もいくつかあるしな。だから、なんの問題もない。それに、お前達は初対面だ。いまさら、きょうだいと言っても、ピンとこないだろう。
お前、まだ結婚してないんだろ。してるんなら、おれに会ってすぐに妻を紹介したはずだ。恋人がいても紹介しただろ。その顔で、まだそういう相手がいないという事は、そうとう理想が高いはずだ。」
「ち、父上、いくらなんでも強引すぎます。私は姉として、そんけい、」
そこへ、ただいまーと、風でみだれた髪を直しながら、ミユティカが帰ってきた。そして、はじめて見る客に気がついた。
「父ちゃん、その人だれ。村のあちこちに、たくさん知らない人がいたけど、その人もそうなの?」
シグルドが赤くなったのを、シオンは見逃さない。そして、すぐさま、
「こいつは、シグルド。むかーしの知り合いの息子さ。国を出て、おれをたよってきたんだよ。いい男だろ。お前より二つ年下だけど、お前の夫にどうかと思ってさ。気に入ったんなら、なーんにも気にせず、今すぐ結婚しろ。」
ミユティカは、はあ?と顔をしかめた。シグルドは、ドキドキしている。ミユティカは、じっとシグルドを見つめた。
「ぼくの夫? 前々から結婚しろってうるさかったけど、今日きたばかりの客をおしつけることもないだろ。」
「気に入ったかどうか、きいてるんだ。いやなら、村の別の女を紹介するぞ。こいつ、まだ相手はいないって言うしさ。」
シグルドは、あせった。
「ちょ、ちょっと待ってください。父上。私はまだ何も、」
父上という言葉をきき、ミユティカは顔をしかめた。シオンは、
「こいつは、おれの娘ならOKだって言ったんだ。それで、おれのことを父上って呼んでんだよ。そのていどのことだから、なーんにも気にするな。な、こいつ、いい男だろ。おれが言うんだから、まちがいない。」
ミユティカは、ため息をついた。
「もう、うざった。話は、ぜーんぶきいてたよ。そいつ、ぼくの弟なんだろ。きいてて、あったまきて、いい加減にしろって、どなろうと思ったけどさ。ハア。昔、お母さんに父ちゃんとのナレソメってやつを、きいたことあったけど、一目惚れとか運命の出会いとかあるって、そのときは信じてなかったよ。」
シオンは、
「ってことは、いいってことだよな。信じたんだろ。おれも、ベルに会った時、そう感じたんだもんな。じゃ、今すぐ夫婦になれ。善は急げだ。」
「勝手にすすめないでよ、もう!」
娘は、怒って出て行ってしまった。だが、時間の問題だろう。そして、まもなく、ミユティカとシグルドは夫婦となり、シオンはその翌年、初孫の誕生とともに、長の座を娘夫婦にゆずった。
シオンは、四十七歳で、その激動に満ちた生涯を閉じた。ミユティカは、父がいつも持ち歩いていた神杖を父の棺におさめ、母のとなりに埋葬をすました。
その後、神殿をつくり、そこに父と母の御霊を祭り、夫と力を合わせ、一族を守り抜いていった。そして、百年がすぎたとき、ダリウスを祖とする王国が出現した。
そして、時を同じくして大陸では、時の王が女王イリアの功績を認め、国名をイリア王国と改めた。現イリア王国の最初の王朝である。
ライアスは、しずかに目を閉じた。じっときいていたレックスは、頭をポリポリかく。
「それが、このエイシアのはじまりだったんだな。おれは、イリアからきたんだな。けど、よくそんな古い記憶を思い出したもんだな、ライアス。そう言えば、おれと出会ったばかりのころ、なんかそんな話をしてたよな。」
「ああ、そんな話したね。けど、あの時点では、大ざっぱな記憶でしかなかったんだよ。エルシオンとイリアの王女ディナ・マルー殿下の結婚が決まったのをきっかけに、思い出してきたんだ。
この話は、ダリウスが生前、娘のミユティカに語っていた内容だ。君も眠っている自分の記憶を起こせば、いろいろと思い出してくるはずだよ。今では断片化され、伝説としか残っていない、真の歴史がね。
でも、この話は、シエラにはないしょだよ。ベルセアが、ダリウスの正妻でなかったなんて知ったら、ショックを受けるからね。」
「ミユティカって言ったのか。お前なんだよな、ダリウスの娘は。」
「ああ、そうだよ。現ダリウス王朝の始祖であった、ミユティカの前の姿だ。現ダリウス王朝の始祖のミユティカの幼名は、君も知ってのとおり、シエラという名だ。
けど、異国の支配を断ち切るために、ベルセアがシエラに、ダリウスの意志をつぎ、勇敢に戦い続けた過去の自分を思い出して戦って欲しいとねがい、そう改名するようすすめ、あの剣をさずけたんだ。」
レックスは、自分の耳のピアスをつまんだ。
「これ、実物があったってことか。じゃこの実物は、どっか埋まってるんだな、おれのホネといっしょにさ。」
「まあ、金でできてるからね。けど、埋めた実物と違い、そのピアス自体は、ダリウスが象徴として持っている杖だ。それをこの世界に出現させたんだよ。物質としてきちんと存在している王家の剣とはちがい、その杖は、君が、この世界に残すと思わない限り、君が死ねばいっしょに消える。」
レックスは、そんなもんか、と言った。そして、ライアスを見る。
「シグルドは今、転生してんのか。ちょっと興味出てきた。」
「いるよ。君のすぐそばにね。エルシオンだ。歴代の英雄、アレクシウス大王も、エルだ。だから、のちのことは、安心してまかせておけばいいよ。」
「エルね。なっとく。ひょっとして、イリア、おれの正妻も生きているんじゃないだろうな。」
「かもしれない。これだけ人材そろってるもんね。イリア王国も今、いろんな意味で転換期なんだろうな。長年、たもとをわかってきた古い民族とこうして、また縁を結ぼうとしてるんだしさ。」
「古いね。考えてみれば、ダリウス王朝も古いよな。おれって、古いとこばっかり、産まれてきてんじゃないだろうな。」
ライアスは、笑った。
「かもしれないね。そして、君は古いものを断ち切る。すでに、マーレルもだいぶ新しくなったじゃないか。国もこうして、外に向けて開かれてきたしさ。」
「ライアス、おれはひょっとして、今回もまた、外に世界に飛び出すんじゃないだろうな。古い血の絆を断ち切り、別の場所で、まったく新しいことを始めるとか。」
ライアスは、レックスを見つめた。
「今はまだ、何もわからないよ。でも、これだけは言える。君はバテントスと戦わなければならない。この国のためにもね。まずは、それを第一に考えろ。あとのことは、あとでいいんだよ。」
「そうだな。な、ライアス、そうなったら、お前はついてきてくれるんだろうな。ダリウスの娘とおんなじく。」
「ぼくは、いつまでも君といっしょだ。君がこの世を去ったとしてもね。」
「それきいて安心した。」