第一風、シオン・ダリウス(2)
最初は、こんな遠くまでくるつもりはなかった。だが、国王は、追放された一族を亡き者にしようと、何度も軍をけしかけてきたのである。
シオンは、儀式に使う杖を追放された国から持ち出していた。一族の宝ともいえる杖で、初代神官が、後世に残したといういわれを持つ神杖だった。
シオンは、この杖を使い、追っ手の軍の動きを察知し、できる限り襲撃を受けないよう、一族を守り続けていた。時には、目くらましの幻術をかけたり、土地をくずしたりして、敵の動きを封じつつ、絶対追いかけてはこないであろう、エイシア島へとたどりついたのである。
だが、そこは巨大な生物がかっぽする、恐ろしい島だった。自分達がいた世界では、信じられないほどの大きな生き物である。そのどれもが獰猛で、まさに弱肉強食の島だった。
そして、ここまできて、国王のしつこい追跡は、やっとやんだのである。こんな島では、しょせん、生き延びれないであろうと判断したらしい。
シオンは、できるだけ生き物の少ない土地を見つけ、そこで暮らしをたて、一族の生活の糧を得ることにした。巨大生物がいるくらいだから、この島は食料にこまらなかったことが、せめてもの幸いだった。
持ってきた穀物や野菜の種も、開墾した土地になんとかなじみ、数年のうちには、比較的おとなしい小型動物の飼育にも成功し、人間らしい生活もできるようになってはいた。
だが、ときおりおとずれる巨大生物の襲撃には手をやいた。シオンが、さまざまなトラップや、あるいは杖の力で撃退しても解決にはならない。だが、あるとき、その解決の糸口となる出来事があった。
十二歳になった娘のミユティカが、真っ白いドラゴンと遊んでいたのである。最初は、島の巨大生物かと思った。あわてるシオンに、ミユティカは、
「この子、ドラゴンだってさ。乱暴な、大きな生き物とは違うって。ぼくとお友達になったんだよ。」
「友達って、ドラゴンて。伝説のドラゴンかよ。ホンモノ? いたんだな。はじめて見たし。ま、あんなバケモノがいる島だし、いたとしても当たり前かも。」
ミユティカは、
「父ちゃんが、大きな生き物でこまってるって言ったら、退治してくれるって。乗せてくれるって言ってるから、父ちゃんもいっしょに乗ろう。」
白いドラゴンは、空高くまいあがった。おりしもまた、村を襲撃しようとしている巨大生物がいる。ドラゴンは、口から火炎弾みたいなものを放ち、その生き物を瞬時に消した。
そして、この辺りの森や山を飛び、村近くにひそんでいる生き物をかたっぱしから見つけ、同じように退治してくれる。その日の夕方まで空を飛びまわり、ドラゴンは親子を村近くへとおろし、空へと飛び去っていった。ドラゴンが残していった白い筋雲が、夕日にそまっていた。
シオンは、ミユティカとともに村へと帰った。それからしばらく、シオンは考え続けていた。そして、娘の行動を監視し続け、また再び、白いドラゴンに会うことができた。
白いドラゴンは、
「生き物すべてを退治することは、私では、かなりむずかしいです。ですが、私の姉を説得してみてください。姉は、私よりも、はるかに大きな力を持っていますし、この島の守護神みたいな存在ですので、姉ならば可能かもしれません。」
シオンは、姉にいる場所へ白いドラゴンに案内してもらった。シオンは、真紅のドラゴンに会うことができ、この島を繁栄させるという約束で、巨大生物の一掃をたのんだのである。そして、季節が冬になる前に、この島から巨大生物はすべて消えた。
それからまた数年たち、ミユティカは成人した。性格は、男勝りで勝気。そして、父親ゆずりの美貌、頭脳明晰な娘だった。シオンとベルセアには、子供はこの娘以外いなかったので、彼女を跡継ぎにすることに反対する者はいなかった。
巨大な生き物がいなくなり、安定した生活ができるとなると、次第に人口も増えてくる。大陸沿岸部分に住んでいた人達も、この島に移り住んできており、島のあちこちに集落ができはじめていた。
シオンは、いずれこの島にも、あらそいのタネができることがわかっていた。増えすぎた人口は、群雄割拠の時代をつくり、いずれどれかの勢力に、弱い勢力は飲み込まれていく。シオンは、自分の一人娘をそういうあらそいに巻き込みたくなかった。
(おれの時代では、まだそういうあらそいは起きないだろう。移住したきた人々は、この島になじもうと必死なんだしな。だが、ミユティカが長になったときは、おそくとも彼女の晩年には、かなりの人口になり、そういうあらそいも起きてくるはずだ。)
シオンは、空を見上げた。白い筋雲が、くっきりと青い空をのびていく。
(まさに、天空の娘だな。おれは、あの子を地上へと、しばりつけなければならないのか。おれ自身が極端にきらう、あらそいのなかに。)
シオンは、胸が痛くなった。あらそいをさけるために、屈辱まで飲んで国をすててきたのに、どこに行ってもしょせん、あらそいごとからはのがれられない。そこに、人々の暮らしが成り立つ限り。
また、時間だけが過ぎた。ミユティカは、二十五になっていた。国をすてて、もう二十年以上たつ。シオンは四十をとうに越えており、この時代の平均寿命にしだいに近づいてきている。
苦労をともにした、良き伴侶であった妻のベルセアも前年、病で亡くしており、シオンは、いまだに独り身の娘の先行きに、不安をつのらせていくようになる。
「なあ、ミユティカ。そろそろ、いい男でも見つけて、安心させてくれよ。女はいつまでも、一人でいるモンじゃないぞ。」
そう言うと、娘はいつもプイとそっぽをむき、父親の前からいなくなってしまう。父親には、娘がなぜ結婚できないか、理由はわかっていた。
(おれに似すぎているんだ、いろんなことが。美人だが、気が強くて、かわいげがないし、頭が良すぎることも悪い条件でしかない。ベル、こういうとき、お前ならどうする? おれには、わからないよ。)
ベルセアの霊が、そこで笑っていた。シオンは、思わずだきしめようとする。だが、無理だ。ベルは、
「あの子には、あの子に生き方があるわ。たとえ、結婚できなくても、あなたの心配したようにはならないはず。跡継ぎなんて、養子をもらえば問題ないしね。それよりも、あなた自身が健康に気をつけて、少しでも長生きして、あの子にそばにいてちょうだい。あの子が、あなたを必要としなくなるまでね。」
ベルはそう言い、ほほえみを残して消えた。
(おれを必要としなくなるまでか。いったい、いつまでこの地上に、へばりついていればいいんだろうか。おれもそろそろ、そっちへ逝きたくなった。)
そして、その翌年、一人の青年が、百人以上もの若い男女を引き連れて、シオンの村へとやってきた。何事かと出迎えたシオンの前に、青年はにこやかな笑顔とともに、ひざをつく。
「私をお忘れですか。シグルドです。あなたの息子です。」
シオンは、あっとなった。すでに、古い記憶となってしまった、自分のもう一人の子供。ミユティカが会いたいとねがいつつ、会わせることができなかった存在。
シグルドは、まだ一歳にもならずに別れるはめになった、初対面と言ってもいい父の前で涙を流した。
「母の命にしたがい、ここへとまいりました。父の力になれと。母は、いまだにあなたを愛しています。私を、あなたのそばに置いてください。うしろにひかえている者達は、みな私の仲間で、この島で新生活を始めたいとのぞんでいる者達ばかりです。」
シオンには、よく意味が飲み込めなかった。立ち話もなんだから、シオンは自分の住処としている質素な家へと息子を案内した。父と娘の二人所帯だから、生活は地味なものである。
父親自ら、水を持ってきたのを見、シグルドは驚いた。シオンは、
「ここにくれば、昔の身分なんか関係ない。お前も、畑仕事や土木工事をしなきゃなんないんだぞ。手に血豆ができて、やぶけることもしょっちゅうだ。ぜいたくに暮らすこともできないし、召使を置くことも許されない。その覚悟があるか。」
「姉は、どこです。楽しみにしてきたのですが、留守ですか。」
「ああ、あれは空だ。この島にいるドラゴンと仲良しになってな。ヒマさえあれば、空を飛んでいるんだ。もうそろそろ帰ってくるはずだ。」
シグルドには、にわかには信じられない。けど、それについては説明をもとめず、シグルドは、どうしてこの島へとやってきたのか理由を話した。