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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第六章、風の行方
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第一風、シオン・ダリウス(1)

 時代はさかのぼり、約三千年前、イリア王国の前身である古代王国では、祭政(さいせい)一致の統治(とうち)が行われていた。神示(しんじ)を受けた神官が、その神示にもとづき、国王に助言し政治を()り行っていたのである。


 神官の力は、この古代王国においては絶大(ぜつだい)だった。その役割上、国王に次ぐ権限(けんげん)(ゆう)していたといっても過言(かごん)ではない。それゆえ、神官には、確実に神示を受けるためのすぐれた霊能力を持つ者が(つね)に選ばれていた。


 だが、霊能力を持つ者がいつもいるとは限らない。いつしか、神官職はその体面(たいめん)をたもつために、国王と同じ世襲(せしゅう)制になり、その神示を受けるという仕事も、儀式(ぎしき)的なものへと変化していかざるをえなかった。


 だが、国王への助言者という立場に変更はない。その強い権限も変わらなかったので、歴代の国王は神官一族の勢力をおさえるために、たがいの家の子供達を結婚させたりして、融和(ゆうわ)政策を取り続けてきたのである。


 そして、約千八百年前、千年以上続いた古代王国は崩壊(ほうかい)した。きっかけは、儀式しかできなかった神官一族に、本物の神示を受けることができる神官が誕生したからであった。


 神官の名は、シオン・ダリウス。母親は前国王の娘、そして妻は現国王の妹という、まさに国王と神官の融和政策の(もう)し子のような男だった。


 シオン・ダリウスには、現国王の妹である正妻イリアのほかに、もう一人妻がいた。正妻イリアと結婚する以前から妻としていた女性、ベルセアである。


 ベルセアは、神官一族の娘ではあったが、一族の中では分家あつかいの低い身分の出で、正式な妻とは認められていなかった。それゆえ、シオンは、一族の強いすすめもあり、慣例(かんれい)にしたがい、イリアを正妻にむかい入れたのである。


 イリアは、シオンが自分より、ベルセアを愛していることを知っていた。そして、自分が夫をどんなに愛しても、その愛は夫へとどかないこともである。


 ふつうならば、嫉妬(しっと)もし、憎悪(ぞうお)もするだろう。だが、イリアは、そのような思いを持つことを、自分に禁じ続けていた。もし、そんな思いを(いだ)いた瞬間、夫のすべてを失うであろうことが、わかっていたのである。


 イリアは、夫の前では笑顔でいた。どんなにさみしくても、うらみごとの一つも言わなかった。シオンは、そんなイリアをしだいに愛しはじめ、イリアは男の子を出産したのである。


 シオンはよろこんだ。ベルセアとのあいだには、すでに子がいたが、その子は女の子だったからだ。待望(たいぼう)の跡継ぎができたのである。シオンは、産まれてまもない我が子を、出産がおわったばかりの妻イリアのそばで、だきしめていた。


「イリア、よくやった。これで、一族の連中も安心するだろう。お前の名前は、シグルド。シグルド・ダリウスだ。今日から、お前は、おれの息子のシグルドだ。そして、おれは今日から、お前の父ちゃんだ。」


 シオンは、高位(こうい)の身分にあるにもかかわらず、気取(きど)らない性格だった。そして、シオンは、出産を終え、つかれきった妻にいたわりのくちづけをする。


「愛しているよ、イリア。結婚した当初は、お前がどういう女かわからず、愛することができなかった。でも、今は違う。お前は、かしこく、そして強い女だ。おれは、お前という正妻を()たことを(ほこ)りに思う。」


 イリアは、ほほえんだ。そして、たえて待ったかいがあったと思った。子供がいる以上、夫の愛は変わらないだろう。たとえ、二番目に愛されているとはいえ、自分は夫の跡継ぎを産むことができたのだから。


 そして、同じ日の晩、シオンは、ベルセアが住む別宅をたずねた。ベルセアは、この別宅で自分の両親と同居している。シオンが顔を出すと、二歳になった娘が飛びついてきた。


「ミユティカ、こら、歩けないじゃないか。だっこか。しょうがないな。」


 ミユティカは、父親とそっくりな金色の頭を、父親のほおにこすりつけてきた。


「父ちゃん。弟、会いたい。」


 イリアの出産の知らせはすでに、この別宅にもとどいていた。


「そうか、会いたいか。じゃ、いつか会わせてあげるよ。ミユティカが、もう少し大きくなったらな。」


 シオンがきたときいて、着がえをすましたベルセアが出てきた。


「おかえりなさい、シオン。今日は、こないとばかり思ってたのに。」


 シオンは、笑った。


「イリアに子供が産まれても、おれが帰る家は、お前達がいるこの別宅だ。おれは、たしかにイリアを愛している。そして、子供もさずかった。けど、おれが帰る家は、ここだけだ。」


「それじゃあ、イリア様とお子様が、おかわいそうよ。あなたの血をつぐ、大切な跡継ぎでしょ?」


 シオンは、娘をおろし、ベルセアをだきしめた。


「おれが結婚したと信じているのは、お前だけだ。たとえ、式をあげられなくても、世間で認められなくてもな。ベル、少しくらい、嫉妬してくれてもいいじゃないか。なぜ、笑う。お前はいつも、あきらめたように笑う。おれが、イリアを正妻としなければ、ならなくなった時もそうだった。」


「私は、あなたにこうして愛されているだけでじゅうぶん。ね、シオン、こんな低い身分の、しかも平民とかわらない私を愛したのはなぜ?」


「なぜって。お前を始めてみたとき、恋におちたんだよ。つまり、一目惚れ。こんな、かわいい女の子をほっといたら、他の男に取られちまう。だから、だれかに取られる前に取っちまった。そして、女房にして正解だったというわけだ。こーんな、かわいい娘も産まれたことだしな。」


「ほんとは、男の子のほうがよかったんでしょ?」


 シオンは、娘をだきあげ、キスをした。


「女でいいんだよ。どのみち、おれは、正妻をもらわなきゃなんなかったから、お前が産んだ男の子がいれば、下手すれば、いずれ殺されてしまう可能性があった。だから、女でいい。どうした、ベル。涙なんか。」


 ベルセアは、シオンの前から走り去った。シオンは、ベルセアの両親に娘をあずけ、寝室へとむかう。ベルセアは、ベッドで涙をふいていた。シオンは、そばにすわる。


「すまん。お前一人と決めていたのにな。本当ならば、お前を正式な妻としたかった。本宅にもおけず、こんな別宅なんかに住まわせてさ。ミユティカにもさみしい思いをさせて、お前達二人には、すまないといつも思っている。」


「あやまるのはこっちよ。急に泣いたりなんかして。」


 シオンは、ぎゅっとこぶしをにぎった。


「ベル、前々から考えてたことなんだけど、イリアに息子も産まれたことだし、おりをみて、おれは神官をやめようと思う。国王は、神示なんてきかないしな。それに、おれをうとましく思っているんだ。おれが、自分の地位をうばう男だと考えている。」


「まさか、そんなことを。だって、あなたのお母様は、国王様の姉にあたる方で、イリア様は、国王様の妹様でしょ。あ、」


 シオンは、ベルセアの顔を見た。


「おれだって、王位をつげるんだよ。神官一族の長でなかったらな。」


「まさか、シオン。あなた、国王になるつもりじゃ。」


 シオンは、フッと笑った。


「そんなつもりはない。息子に職をゆずろうと思ってるだけだ。どうせ、神示なんて無用の時代だからな。それに、国王自身の妹の子供が神官になったら、おれみたいにうとまれることもないだろう。あとは、イリアにまかすさ。おれは、お前とミユティカだけを連れて、この国をはなれて、別の土地にうつろうと考えている。」


 ベルセアは、驚いた。


「私と? 一族をすてて、私と? あなた、正気なの?」


「ああ、正気だ。おれは、権力なんて興味がない。ただ、お前とミユティカ、三人で静かに暮らしたいだけだ。その話をするためにも、今日、きたんだよ。ちなみに、イリアには何も話していない。おれとお前だけの秘密だ。


 もう、何もかもつかれたんだよ。一族をまとめるって気苦労(きぐろう)ばかり多くてさ。一族の長老達は長老達でうるさいし、若手は若手で、これも長老達に反発してうるさいし、おまけに国王まで、おれをうとましく思い始めるしさ。」


「でも、あなたは歴代きっての神官と言われている人でしょ。霊能力も持ってるし、神示も受けることができるんだし。」


 シオンは、ため息をついた。


「神示と言っても、この国をつくった歴代国王達とか、この国の守護神とかと話ができるだけだ。その話をした内容を神示として国王につたえているだけなんだよ。でも、耳をかしてくれないからな。


 宮廷内でも、そんな国王の思いに反応して、おれたち一族に距離をとる連中も出始めているようだし、おれがこのまま神官続けていると、なんかヤバくなりそうな予感ばかりしてるんだ。」


「だから、引退して、この国をはなれるというわけね。」


 シオンは、うなずいた。


「嫉妬だよ。国王は、おれに嫉妬してるんだ。自分に持ってないものすべてを、おれが持っているとかんちがいしてやがる。いったい、何を持っていると言うんだよ。おれが、ゼータクしているのは、自分の恋愛だけだ。欲しいと思った女を妻として、こうして、そばに置いているだけだ。なのに、なぜ。」


 ベルセアには、それがわかるような気がした。シオンは容姿端麗(ようしたんれい)だ。流れるような美しい金色の髪と、ヒスイの輝きにも似た瞳を持っており、肌は男なのに、ぬけるように白い。おまけに頭脳明晰(ずのうめいせき)で、しかも母親と妻は王族の出とくれば、国王でなくとも嫉妬する男は多い。


 まさに、名門中の名門で、生粋(きっすい)のサラブレッドなのである。だからこそ、ベルセアはどうして、こんな男が自分を愛したのか理由がわからなかった。


 シオンは、また、ため息をついた。


「な、ベル。お前、おれについてきてくれるだろ。どんなことがあっても、どんな場所にでも。おれは、すべてをすてても、お前達だけは、すてたくないんだ。おれのたった一つのゼータクだしさ。」


 ベルは、ほほえんだ。


「とうぜんじゃない。私、あなたの女房なのよ。ミユティカといっしょに、どこにだってついてくわ。ね、もしそうなったら、私、今度こそ、あなたの正妻ね。まちがいなく、あなたの正妻ね。」


「まちがいなくな。おれもそうしたい。お前、なんだかんだ言いつつも、イリアにヤキモチ()いてんな。でもうれしいよ。お前が、おれのこと好きだって証拠だもんな。」


 それからまもなく、シオンの予感は当たった。国王が、神官一族が、シオンを国王にしようとクーデターをたくらんでいるとして、一族の追放を決定したのである。だれが見ても、でっちあげだとわかっていた。


 だが、国王は、命令にしたがわなければ、反逆の罪で一族の抹殺(まっさつ)もいとわない様子だったので、シオンは、一族を説得し、命令にしたがうことにした。だが、イリアは、シオンについていくことをこばんだ。あてどない流浪(るろう)の旅など、王女として育ったイリアでは、たえられるものではない。


 シオンは、イリアと幼い息子に別れをつげた。イリアは王家へともどり、息子は、現国王の養子となり、神官一族の(せき)からぬかれた。これにより、長年にわたり、王国につかえてきた神官一族は、この国からいなくなったのである。


 そして、シオンは一族を引きつれ、エイシア島へとやってきた。

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