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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第五章、沈まぬ太陽
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八、リオナス(1)

 レックスは、マーレル宮殿に帰ってくるなり、目立つようになったお腹をかかえたシエラに泣きつかれてしまった。泣きつかれた場所が、宮殿の入り口ホールだったので、出迎(でむか)えた者達がどうしたのかとジロジロしている。


 レックスは、やむなく、出迎えもそこそこに、シエラをつれて居住区へと向かった。


 シエラは、いっこうに泣きやまなかった。どうにかしてなだめ、シエラはやっと口を開いた。泣いていたのは、もう一人のシエラの方だった。レックスは、


「なんだって、また、シエラが心の奥に引きこもってしまったって? なぜ、どうして。今度は、なんにもないんだぞ。」


 どうやら、ライアスがいなくなるのに腹をたてたようだ。それで、怒って妊娠中の体を放り出して、引きこもりをしてしまったらしい。


 シエラは、


「どんなに呼びかけても出てこないんだよ。ぼくの顔を見たとたん、話もきかずに引きこもってしまったんだ。きっと、ぼくがいなくなることを知ってたんだ。だから、帰ってきたとたん、こうしたんだよ。」


 レックスは、しめたと思った。


「いいんじゃないか。お前とお別れしたくないために引きこもってくれたんだ。いいことするじゃないか。おれは、シエラのしたことは非常に正しいと思う。うん、これでしばらくは安心だ。」


「なに、のんきなこと言ってんだよ。このままだったら、ぼくが出産しなきゃならなくなるんだよ。」


「出産すれば。お前、二度目だからよゆうだろ。」


「妊娠は三度目だけど、出産は経験ない。」


 どうやら、前回は出産まぎわに逃げたらしい。


「だって、だって、最初の陣痛(じんつう)きたとき、あまりに痛さにびっくりして、こわくなったんだ。あの痛さと恐怖は、とうてい、たえられるレベルじゃない。」


 レックスは、あきれた。


「お前、たしか自分で自分の腕を平気で切り落としてたろ。なのに、陣痛がこわい? たえられるレベルじゃないって? いい加減にしろ。シエラとして生きたいって言ったのは、どこのだれだ? シエラとして生きるんだったら、出産も当然じゃないか。女なんだしな。」


「た、他人事だと思って。だったら、君がこっちの体に入れよ。仕事は、ぜーんぶ、ぼくがするからさ。君の二倍のはやさで、仕事なんて片付(かたづ)けてやるから。」


「あ、そう。なら、やってくれよ。これから、ゼルムのことで、しばらく(いそ)しいからな。お前が、めんどくさい仕事してくれれば、こっちは楽できる。おれはお腹でもなでて、子供達とノンビリしつつ、出産してもいいかもな。出産ってどんなモンか、好奇心もあるしさ。」


「もういいよ! なんだよ、こっちの身にもなってくれよ。ゼルムが片付いたから、これでやっと、新しい人生はじめられると思ってたのにさ。」


 レックスは、


「新しい人生? お前、だれかの子に生まれ変わるつもりでいたのか。二十六で死んだから、もう一回、人生やりなおしたくなったのか?」


「ダイスの子供にでも産まれようと考えてた。そうすれば、エルの力にもなれるし、それに、ダイスの子なら君ともつながっていられるしさ。」


「なら、なんでそれを言わない。むこうに()くことばかりしか、話さなかったじゃないか。」


「ダイスの了解(りょうかい)とれるか、わかんなかったからだよ。ゼルム問題で、とてもそんな話、切り出せる状態じゃなかったしさ。こっち、もどってから、ダイスにきいてみようと考えてた。ダメだったら、別の親さがすためにむこうに逝かなきゃならないしさ。」


 レックスは、ため息をついた。


「ダイスんとこより、おれのとこにしろ。どうせ、産まれるならな。」


「それも考えた。でも、ゼルム問題片付けてからでないと、生まれ変われないし、この子ができたし、そうしたら、早くても二年待たなきゃならない。ダイスんとこなら、(そく)だったし。」


「生まれ変わりを、そんなに急ぐ必要もないだろ。おれ達の子でいいんだよ。それに、見た目の問題もある。エルでもわかるとおり、おれ達の子のほうが絶対かわいい。今のお前よりも、見た目が下がるんだったら、おことわりだしな。希望は女。絶対、女だ。」


 今度は、シエラがあきれた。


「ミユティカみたいなのが希望なんだろ。ああ、君達夫婦の娘なら、ああなる可能性は高い。両手に(はな)が君の希望だったしね。それで、神童(しんどう)って条件つけるつもりだな。」


「いいんじゃないか。それだったら、王家の剣はエルよりもお前に持たせる。伝説の女王の再来だ。」


「どこまでも身勝手な男だな、君は。」


「うん、身勝手。男の身勝手だ。でもって、お前は嫁には出さない。おれのそばにおく。」


 シエラは、お腹をかかえつつ、ヘナヘナとその場にすわりこんでしまった。なんか、力がぬけてしまった。おまけに、あきれてモノも言えない。


 レックスは、


「人生、あきらめも大切だぞ。お前がウンウンうなるのを見るのが、今から楽しみだ。」


「このサディスト! あっちへ行け、もう顔なんて見たくない。」


 シエラは怒って、寝室からレックスを追い出し、扉をかたく閉めてしまった。ミランダが廊下で聞き耳をたててたようだ。シエラが引きこもってどうするのか、とたずねるミランダにレックスは、


「どうもこうもないよ。引きこもってしまったんだしさ。まあ、そのうち目をさますから、それまであいつに、がんばってもらうしかないな。」


「私、もう一人、子供をつくってもいいわよ。シエラ様がお目ざめしだいね。」


「ん、気を使わなくてもいいよ。あいつは、おれ達の問題だしな。それに、おれは、あいつを手放すつもりはない。産まれるなら、おれの子以外にする気もない。見た目どうこう以前にな。」


 ミランダは、ほほえんだ。


「ほんとの娘にしちゃうつもりなのね。きっと、おきれいなお姫様になるでしょうね。たのしみだわ。」


「でも、ずっと手元(てもと)におくって言ったのは本気だよ。結婚させるにしても、おれのそばにいられる相手としかさせない。あいつは、おれの分身だしな。」


「あきれた。だったら、生まれ変わりなんかよりも、なんとか説得して、あんたが死ぬまで、そばにいてもらった方がいいんじゃない。仕事だって、あんたよりも早いしさ。」


 レックスは、頭をかいた。


「そうなんだよな。いればいたで、すんごく便利なんだよ。なんでもできるし、おまけに霊体だから、呼べば、どこにでも現れるしさ。仕事は、あいつがいなくても、おれ一人でじゅうぶんやれるけど、いてくれれば、すごく助かるしさ。第一、さみしいし。」


「いっそのこと公表して、それなりの位置付けした方がいいんじゃない。この世に仕事ができれば、そのままでいられるしね。」


「けど、実体化は長時間は無理だ。できても半時間程度だよ。それ以上は、霊力が続かない。しかも、おれがそばにいて能力を補助してやらないと、ほんの短時間しかできない。」


「見えて、声がきこえる程度でいいんじゃない。(けむり)は、つかめなくても、そこにあると、だれでもわかるわ。」


 レックスは、ちょっと考えた。


「たしかに、それくらいだったらな。国王補佐として、国会やら(なに)やらで、おれのそばでアドバイスしたり、意見を言ったりする程度なら、じゅうぶんだ。バテントスって唯物論帝国もあることだし、あいつらの毒に(がい)されないためにも、ライアスの存在は必要なのかもしれない。」


 ミランダは、レックスの背中をたたいた。


「そうそう、その調子よ。エリオット様にも相談しなさい。きっと、よい返事がもらえるはずだから。」


 レックスは、いやな顔をした。


「あんまり相談したくないんだよ。あいつ、いまだにライアスを崇拝(すうはい)してるしさ。ライアスが相手だと、まるで神様あつかいになるし。エリオットのやつ、さっさと結婚しろってんだ。まあいいや。仕事仕事。ミランダ、シエラ、たのむよ。」


「わかったわ、いってらっしゃい。」


 ミランダは、チラと寝室の扉を見た。今の話は、シエラもきいているはずだ。ミランダは扉をたたく。

 


 そして、あわただしかった夏がすぎさり、秋になり、シエラのお腹は順調に大きくなっていく。年が明け、臨月(りんげつ)になったころには、いかにも出産まぎわという体をかかえ、シエラは一日中、ベッドですごしていた。


 レックスが昼過ぎに寝室にもどり、ベッドに寝っぱなしのシエラに、少しくらい動いたらと言うと、シエラは、


「お腹のなかに怪獣がいる。あばれて大変なんだよ。なんなんだよ、これ。エルはもっとおとなしかったのにさ。」


 レックスは、そっとお腹に手をあてた。とたん、ボンと手をけられる。


「うわ、けりやがった。なんか、すごい元気な子が産まれてきそうだな。名前、そろそろ決めたか。」


候補(こうほ)がいくつかある。また、けった。わ、なんどもけるな。や、やめ。あんまりあばれるな。あ、あ、痛い、いた。」


 シエラは、お腹をかかえ苦しみだした。


「い、痛い。お腹が、ギューッとちぢんだ。なんか下痢しそうだし、おもらしもしちゃいそうだ。お腹が破裂(はれつ)しちゃう。た、たすけて、たすけ。」


 ミランダが飛び込んできた。悲鳴をきいたらしい。


「陣痛が、はじまったんだわ。今日か明日か、そのあたりだと思ってたのよ。あんた、シエラ様やお医者様になんにもきいてないの?」


「きいてないよ。なんにも言わないしさ。医者、呼ばなくちゃ。」


 シエラが、レックスの手をとった。


「どこにも行かないで。今日はもう仕事は休んで。不安なんだ、ずっと、そばにいて。おねがい。」


 ミランダは、


「出産がはじまったばかりよ。まだ時間がかかるわ。医者は、私が呼んでくる。」


 ミランダは、行ってしまった。シエラは、レックスの手をギューッとにぎった。


「痛いよ、痛い。なんで出産は、こんなに苦しいの。これから、産まれてくるってのに、なんで。」


 レックスは、シエラの背中をなでた。


「たぶん、親になるのは、そんなに甘くないって、神様が教えてくれてるんだよ。おれも、こんなに苦しむモンだなんて知らなかった。前回の出産は、宮殿の執事にしきられて、おわるまでシエラのそばには、いけなかったしさ。」


「そばにいて、おねがい。無事に産めるか、すごく不安なんだ。とちゅうで、力尽きて死んでしまう妊婦もいるしさ。」


「ずっと付きそっている。決してはなれない。」


 レックスは、シエラのほおにキスをした。ミランダが、寝室へともどってきた。


「医務室の方へうつします。シエラ様、歩けますか。歩けるのでしたら、歩いてください。そのほうが、出産がはやくすみます。」


 シエラは、レックスの助けをかり、ベッドから起き上がった。そして、痛みをこらえつつ、ゆっくりと医務室へと歩いた。


 シエラは、それからどんなに痛くても苦しくても、泣き言一つ言わなかった。レックスの手をにぎりつつ、しだいにはげしくなる陣痛にたえていた。昼から、はじまった出産は、真夜中すぎに、ようやく終わりをつげようとしている。


 ミランダは、


「もうすぐです。もうすぐ終わりです。りきんでください。思いっきり。痛くてもガマンして。もう一回。頭が出ました。がんばって。」


 シエラは、思いっきり、りきみをし子供を体外へとおし出した。新しい命の声が、医務室いっぱいに響きわたる。そして、出産後の処理をおえたシエラにもとに、産湯(うぶゆ)をすませ、すやすやと眠っている男の子がやってきた。


 シエラはだきしめた。暗い燭台(しょくだい)()らし出された子供の顔は、弱々しくて今にも消えてしまいそうだ。でも、腕にかかる重みは、力強い生命の重みだ。


 リオナス、シエラは、そうつぶやいた。

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