六、領主とその娘、大臣(2)
それで、その日の夜中、レックスは物音で目がさめた。何事かと目をこすると、ベッドの前に二つ首の化け犬がいる。レックスは、悲鳴をあげかけた。
「ぼくだよ、ぼく。大声出すな。」
化け犬が、シエラになった。レックスは、
「な、なんでそんなバケモノに化けてんだよ。心臓が止まるかと思った。」
「合鍵があったようだ。夜這いかけてきたんだよ。めんどくさいから、いつだったか山の離宮で見た化け犬になっておどした。悲鳴すらあげることができず、腰をぬかしたまま逃げてったよ。」
「夜這い。あれだけコケにしたのに、こりない女だな。それだけ、国王の側室が魅力かよ。」
「どっちもだよ。ああいう女は、君みたいに地位も美貌もある男をみたら、本能がさわいで、どうしようもなくなるんだ。」
レックスは、頭をゴシゴシかいた。
「おれは、動物のオスじゃない。けど、マジこまった。あの様子じゃあ、おれをモノにするまで、何度でもおそってくるぞ。」
レックスは、シエラをじっと見つめた。
「そうだ、シエラ。お前が考えられる限りの美女に化けろ。化け犬になったくらいだから楽勝だろう。それで、娘がくるときに実体化して、おれとくっついてろ。自分より上の美女がいたら、あきらめがつくはずだ。」
「そりゃ、化けられるけど。でも、それであきらめるとは考えにくいね。かえって、燃えるんじゃないのか。」
「モノはためし。さっそく化けてみろ。」
シエラは、少し考え、金髪碧眼の背の高いとびきりの美女になった。レックスは、
「どっかで見たことがある美女だな。それ、ひょっとして。」
「ミユティカだよ。ぼくの過去。彼女、美貌の女王だったから。これなら、まちがいないだろ。」
「ちょっとだかせてくれ。おれの本能がさわいだ。」
シエラは、平手打ちをし、もとにもどってしまった。それで翌日、日が昇りかける直前の早朝、エッジが窓から侵入してくる。レックスは、眠い目をこすりつつ、起きた。
エッジは、
「よう、久しぶりだな。なんだよ、あいさつの一つもなしか。」
「夜中に起こされて寝付けなくなった。さっきやっと、ウトウトしかけてたんだ。」
「ここの領主の娘と遊んでたのかよ。ありゃ、男グセが悪いからな。妹姫様への言い訳は考えてんだろ。」
レックスは、怒った。
「あんな女、こっちからお断りだ。夜這いかけられそうになったのを、シエラが撃退してくれたんだよ。それで、目がさえちまったんだ。それよりも、なんかわかったか。」
「イリアの使者が紹介した、呪術師のことなんだけどもな。まだ、エイシアにいるようだ。どこにいるかわからんがな。」
シエラが、現れた。
「それ、ほんとか。てっきり、呪詛を教えてすぐに引き上げたとばかり考えてた。その情報、どこでつかんだ。」
「夕べ、領主が大臣に家に行って、話しこんでいたのをきいたんだよ。そこで、チラと呪術師の話が出てきた。お前がバカ娘の誘惑に乗らなかったから、もう一度呪術師をさがしだして、呪いをかけてもらうのも一つの方法だとさ。お前を、バカ娘に夢中にさせちまえば、いろんな意味で今回のことを、ぼかすことができるしな。」
レックスは、
「また呪術か。こりないやつらだな。でも、あの娘だけは御免だ。生理的にも、あれだけはいやだ。」
「それも、一つの方法だと話していたまでだ。実際、呪術師の居所は、連中でもわからないようだし。」
シエラは、
「もう用はすんだはずなのに、どうしてまだ、エイシアにいるんだろう。エッジ、呪術師って、どういう人間かわかるか。」
「若い男だってことくらいだ。いつも、マントやフードで顔をかくしていたらしくて、声から、若い男だと判別した程度だ。」
レックスは、
「行方不明の呪術師は後回しだ。今のところ、悪さしているようでもないしな。エッジ、大臣と領主の話をくわしくきかせてくれ。」
「内容は、国王陛下サマをどうするかだ。中州の城のクリストン軍と、カイルに停泊中のダリウス軍に北と南をはさまれちゃあ、選択できる方法は一つだけだ。
領主は、穏便に事をすませたいようだが、現実には手遅れ状態だしな。なんだかんだ話していたが、結局は大臣にまかせることになった。今日の大臣の出方次第で、お前の処遇は決まる。
まあ、お前が、市内の貴賓館ではなく、随行員とも引きはなされ、宮殿のこんなチンケな部屋にいることを考えれば、だいたいの予想はつくだろう。」
レックスは、室内を見回した。それなりの部屋だが、どちらかと言えば一般客用だ。国王が休む部屋ではない。
レックスは、頭をかいた。
「そう言えば、そのとおりだな。おれは寝れさえすれば、どこでもいいから、たいして気にしてなかったけど。随行員は、今どこにいるんだ?」
「市内の宿泊施設に分散されている。とりあえず、それなりのあつかいだ。」
シエラは、
「エッジ、随行員は、今からお前の指揮下に入る。例の組織の立ち上げ要員を全部つれてきた。実践もかねて使ってみてくれ。」
「そりゃ助かる。人手不足でこまってたとこだ。でも、だれが使えるんだ。随行員には、貴族も女もいるしな。それに、国王サマの随行員にしては数が少ないし。」
「ダリウスからつれてきた随行員や護衛は、ゼルムに到着したさい、いろいろとナンクセつけられて、強制的にカットされたんだ。十人しかナルセラまで、つれてこられなかった。けど、つれてきたのは、すべてお前の指揮下に入る者達だけだ。」
エッジは、ニヤリとした。
「なら、簡単でいいや。とりあえず、市内の情報収集させてみるか。戦場になったとき、どのルートで宮殿おそうのが効率いいか、事前にチェックしておくよ。軍のやつら、ナルセラ市内のことは、地図でしか知らないからな。」
シエラは、
「ゼルム軍全体の様子はどうだ。お前、クリストンの諜報組織と連絡とりあってるんだろ。」
「護衛してきた軍は、そのまま、この宮殿の警備にあたっている。宮殿中、兵隊だらけだ。お前さんを逃がさないためにな。ベルンは、ろう城戦の準備に余念がないし、カイルに近い港方面は常に監視状態にある。」
「ほんと、人質だね。どうする、レックス。」
シエラは、レックスの顔を見た。レックスは、
「どうするって、まずは話をきかなきゃな。それが目当てで乗り込んできたんだしさ。戦争するにも、それなりの大義名分が必要だし。むこうが、どういう態度であれ、あきらかに反逆だとわかりしだい紅竜で逃げるさ。戦争はすでに始まっているしな。」
そして、その日の午前中、レックスは、ナルセラ市内の有力者達のあいさつを受けていた。夕べの歓迎会で会った連中も多く、似たような言葉の連続が続き、レックスは退屈よりも眠くなってしまう。
そして、昼食会が終わり、やっと一人で休憩がとれると思ったら、領主の娘の攻撃が始まった。レックスは頭にきて、杖を使い、娘に金縛りをかけた。シエラを呼び出し、例の美女に変身させ、わざと娘の前でいちゃつく。
動けない娘は、ブチ切れて、しまいには失神してしまった。レックスは、シエラを自分の中へともどし、気絶した娘を廊下へと放り出し、そのまま午後の予定をすましていた。
午後もおそくなってから、大臣は陰険なほほえみとともに、兵隊といっしょにやってきた。
レックスは、その兵隊達を見、
「呪詛の件を認めるってことでいいんだよな。ったく、これが国王と面会する格下の国の大臣の態度かよ。まるで犯罪者あつかいだな。」
「犯罪者あつかいをしていらっしゃるのは、マーレルでしょう。クリストンと組んで、我が国に勝手なことばかりして。中州の城とカイルに集結してる軍の言い訳を、ぜひおききしたいものですな。」
「きくまでもないだろう。それに、ゼルムは宗主である、おれの国だ。領主は、おれから領地をあずかってるだけだ。お前は、呪詛以前に言いたいことがあるんだろ。なら、今ここで言え。後では聞く耳はもたないからな。」
大臣は、真っ青になって怒った。が、
「もっと早く、いらしてほしかったですな。そして、それなりのお言葉を、かけて下さってほしかったです。こんなにおそくなってからでは、こうするしか方法は、ありようがないですからな。」
「わざわざ出向く必要もないだろうに、ずっといた国だし。世話になった礼なら、いくらでも言うよ。いさせてくれて、ありがとうってな。盗賊に苦労したけどもさ。」
大臣は、兵に拘束しろと命じた。
「申し訳ございませんが、陛下にはそれなりの場所へうつってもらいます。何を考えて、人質になりにいらしたのか理由はわかりませんが、この幸運をのがすほど、我々は愚かではございませんので。」
レックスは、兵の手をはじいた。
「国王に兵へむけるとはね。呪詛の証拠なんて、もう必要ないな。これで、この国をどうにかする理由がついた。おれはそろそろ、おいとまさせていただくよ。」
大臣は、ほくそ笑んだ。
「どこにおいとますると言うのです。逃げられるとお思いですか。窓から逃げるとしても、ここは三階ですよ。」
レックスは、ニヤリと笑った。それと同時に、紅竜が馬の姿のままで、三階の窓を割って入ってくる。レックスは、紅竜に飛び乗った。
「弓兵も用意しておくべきだったな。まあ、紅竜は銃でも撃ち落せないがな。」
レックスは、飛べと命じた。紅竜は、割れた窓から飛び出し、そのままナルセラの上空へと吸い込まれていく。一瞬の出来事だったんで、大臣をはじめ、その場にいた兵士達も状況を理解できない。
シエラが、ライアスとなって大臣達の前に出現した。
「国王からの通達をつたえる。本日付をもって、現ゼルム領主の地位を解任し、代わり、王后が現在妊娠中の第二王子を、新ゼルム領主とする。新領主は成人を待ち、この地へとおもむくまでの間、マーレルからは領主代理として知事を派遣する。以上だ。質問は?」
大臣は、ふざけるなとどなった。ライアスは、
「君達の行為は、あきらかに反逆だ。それに、我が主君を呪詛し、そして拘束しようとした罪は、決して許されるものではない。だが、このままおとなしく通達にしたがい罪を認めれば、我が主君は、それなりの寛容さでもって、対処にあたるつもりでいる。
しかし、あくまでもしたがわないというのであれば、こちらも、それなりの行動はおこさせてもらう。ゼルムに勝ち目はない。君達は、方法をまちがえたんだよ。」
とらえろ、と大臣がさけぶ。ライアスは、あっというまに拘束された。大臣は、
「お前ごとき下っ端をとらえても、なんの意味もない。そっこく、打ち首にしてやる。だが、その前にきくことがある。陛下は、どこに逃げた。言え。」
「君はたしか、先代の時代から大臣してたよね。先代は、かなりのおじいちゃんで、ぼくと細かい話するのダメだったから、大臣の君がぼくと交渉したよね。あれから、すでに十年以上か。ぼくのこと忘れちゃったのかな。」
大臣は、ライアスの顔を見た。兵士の中に、おびえだす者がいた。大臣は、
「まさか、そんな、死んだはずでは。」
「ああ、たしかに死んだよ。だから、打ち首なんてする必要はない。レックスが、もどってこいって、ぼくをよんでる。必要なことはつたえたから、行くね。」
ライアスは消えた。しばっていた縄がフワリと床に落ちる。大臣は腰がぬけたようだ。ナルセラ上空で待機していた紅竜の背中に、シエラがもどってきた。レックスは、
「ごくろうさん。大臣のやつ、頭ん中で、何、考えてたかわかったか。」
「呪詛を行ったことはたしかだ。呪詛をした理由は、これまでの推測と情報通りだったよ。でも、ひどいね。あんな娘を、よく国王の妃にしようとしたものだよ。たとえ、君とうまく結婚させることができても、あれじゃあね。国の恥でしかないよ。」
レックスは、気分が悪くなった。
「あんなひどい女、はじめてだ。仮にも領主の娘だぞ、お姫様なんだぞ。それに、あの大臣、まさしくルーファスだな。領主は気弱だし、あれじゃあ、大臣のいいなりだよ。」
「あの大臣は、前領主からの引きつぎだ。立場的には、現領主の兄貴分でもあるんだよ。まあ、ぼくと君みたいな関係だと考えればいい。現領主は、失策が続きすぎたせいで、領主としての自信をなくして、三、四年前から大臣に政治のことは、まかせっきりにしていたんだ。
けど、まかせっきりにしていた大臣は、あのとおりの古い考えを持つガンコ者だ。エイシアという国を総合的に考えてはおらず、あくまでも自国であるゼルムだけに、こだわり続けている。
だから、イリアからの使者の正体にも意図にも気がつかず、イリアからの使者がきたというだけで、マーレルと互角になったと思い込み、その立場をさらに有利にするために、バテントスの策略に簡単に乗ってしまったんだよ。ま、そういうところだろうな。」
レックスは、上空からナルセラ宮殿をながめた。細かい点のような兵士達が、わらわらと宮殿から流れ出てきている。たぶん、逃亡した国王をさがしているのだろう。
「おれが、空へ逃げた事実を認めようとしない、か。そのてん、唯物論のバテントスと似ているな。お前が出現したのも、今ごろ夢にでもしちまってるんだろうな。あの気弱な領主にしてしかり、男しか頭にない娘にしてしかり、そして、あの大臣だ。たしかに、ゼルムはもうダメだな。」