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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第五章、沈まぬ太陽
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六、領主とその娘、大臣(2)

 それで、その日の夜中、レックスは物音で目がさめた。何事(なにごと)かと目をこすると、ベッドの前に二つ首の化け犬がいる。レックスは、悲鳴をあげかけた。


「ぼくだよ、ぼく。大声出すな。」


 化け犬が、シエラになった。レックスは、


「な、なんでそんなバケモノに化けてんだよ。心臓が止まるかと思った。」


合鍵(あいかぎ)があったようだ。夜這(よば)いかけてきたんだよ。めんどくさいから、いつだったか山の離宮で見た化け犬になっておどした。悲鳴すらあげることができず、腰をぬかしたまま逃げてったよ。」


「夜這い。あれだけコケにしたのに、こりない女だな。それだけ、国王の側室が魅力(みりょく)かよ。」


「どっちもだよ。ああいう女は、君みたいに地位も美貌(びぼう)もある男をみたら、本能がさわいで、どうしようもなくなるんだ。」


 レックスは、頭をゴシゴシかいた。


「おれは、動物のオスじゃない。けど、マジこまった。あの様子じゃあ、おれをモノにするまで、何度でもおそってくるぞ。」


 レックスは、シエラをじっと見つめた。


「そうだ、シエラ。お前が考えられる限りの美女に化けろ。化け犬になったくらいだから楽勝だろう。それで、娘がくるときに実体化して、おれとくっついてろ。自分より上の美女がいたら、あきらめがつくはずだ。」


「そりゃ、化けられるけど。でも、それであきらめるとは考えにくいね。かえって、燃えるんじゃないのか。」


「モノはためし。さっそく化けてみろ。」


 シエラは、少し考え、金髪碧眼の背の高いとびきりの美女になった。レックスは、


「どっかで見たことがある美女だな。それ、ひょっとして。」


「ミユティカだよ。ぼくの過去。彼女、美貌の女王だったから。これなら、まちがいないだろ。」


「ちょっとだかせてくれ。おれの本能がさわいだ。」


 シエラは、平手打ちをし、もとにもどってしまった。それで翌日、日が昇りかける直前の早朝、エッジが窓から侵入してくる。レックスは、眠い目をこすりつつ、起きた。


 エッジは、


「よう、久しぶりだな。なんだよ、あいさつの一つもなしか。」


「夜中に起こされて寝付けなくなった。さっきやっと、ウトウトしかけてたんだ。」


「ここの領主の娘と遊んでたのかよ。ありゃ、男グセが悪いからな。妹姫様への言い訳は考えてんだろ。」


 レックスは、怒った。


「あんな女、こっちからお断りだ。夜這いかけられそうになったのを、シエラが撃退してくれたんだよ。それで、目がさえちまったんだ。それよりも、なんかわかったか。」


「イリアの使者が紹介した、呪術師のことなんだけどもな。まだ、エイシアにいるようだ。どこにいるかわからんがな。」


 シエラが、現れた。


「それ、ほんとか。てっきり、呪詛を教えてすぐに引き上げたとばかり考えてた。その情報、どこでつかんだ。」


「夕べ、領主が大臣に家に行って、話しこんでいたのをきいたんだよ。そこで、チラと呪術師の話が出てきた。お前がバカ娘の誘惑(ゆうわく)に乗らなかったから、もう一度呪術師をさがしだして、呪いをかけてもらうのも一つの方法だとさ。お前を、バカ娘に夢中にさせちまえば、いろんな意味で今回のことを、ぼかすことができるしな。」


 レックスは、


「また呪術か。こりないやつらだな。でも、あの娘だけは御免(ごめん)だ。生理的にも、あれだけはいやだ。」


「それも、一つの方法だと話していたまでだ。実際、呪術師の居所(いどころ)は、連中でもわからないようだし。」


 シエラは、


「もう用はすんだはずなのに、どうしてまだ、エイシアにいるんだろう。エッジ、呪術師って、どういう人間かわかるか。」


「若い男だってことくらいだ。いつも、マントやフードで顔をかくしていたらしくて、声から、若い男だと判別した程度だ。」


 レックスは、


「行方不明の呪術師は後回しだ。今のところ、悪さしているようでもないしな。エッジ、大臣と領主の話をくわしくきかせてくれ。」


「内容は、国王陛下サマをどうするかだ。中州の城のクリストン軍と、カイルに停泊中のダリウス軍に北と南をはさまれちゃあ、選択できる方法は一つだけだ。


 領主は、穏便(おんびん)に事をすませたいようだが、現実には手遅れ状態だしな。なんだかんだ話していたが、結局は大臣にまかせることになった。今日の大臣の出方次第で、お前の処遇(しょぐう)は決まる。


 まあ、お前が、市内の貴賓(きひん)館ではなく、随行(ずいこう)員とも引きはなされ、宮殿のこんなチンケな部屋にいることを考えれば、だいたいの予想はつくだろう。」


 レックスは、室内を見回した。それなりの部屋だが、どちらかと言えば一般客用だ。国王が休む部屋ではない。


 レックスは、頭をかいた。


「そう言えば、そのとおりだな。おれは寝れさえすれば、どこでもいいから、たいして気にしてなかったけど。随行員は、今どこにいるんだ?」


「市内の宿泊施設に分散(ぶんさん)されている。とりあえず、それなりのあつかいだ。」


 シエラは、


「エッジ、随行員は、今からお前の指揮下に入る。例の組織の立ち上げ要員を全部つれてきた。実践(じっせん)もかねて使ってみてくれ。」


「そりゃ助かる。人手不足でこまってたとこだ。でも、だれが使えるんだ。随行員には、貴族も女もいるしな。それに、国王サマの随行員にしては数が少ないし。」


「ダリウスからつれてきた随行員や護衛は、ゼルムに到着したさい、いろいろとナンクセつけられて、強制的にカットされたんだ。十人しかナルセラまで、つれてこられなかった。けど、つれてきたのは、すべてお前の指揮下に入る者達だけだ。」


 エッジは、ニヤリとした。


「なら、簡単でいいや。とりあえず、市内の情報収集させてみるか。戦場になったとき、どのルートで宮殿おそうのが効率いいか、事前にチェックしておくよ。軍のやつら、ナルセラ市内のことは、地図でしか知らないからな。」


 シエラは、


「ゼルム軍全体の様子はどうだ。お前、クリストンの諜報組織と連絡とりあってるんだろ。」


「護衛してきた軍は、そのまま、この宮殿の警備にあたっている。宮殿中、兵隊だらけだ。お前さんを逃がさないためにな。ベルンは、ろう城戦の準備に余念(よねん)がないし、カイルに近い港方面は常に監視状態にある。」


「ほんと、人質だね。どうする、レックス。」


 シエラは、レックスの顔を見た。レックスは、


「どうするって、まずは話をきかなきゃな。それが目当てで乗り込んできたんだしさ。戦争するにも、それなりの大義名分が必要だし。むこうが、どういう態度であれ、あきらかに反逆だとわかりしだい紅竜で逃げるさ。戦争はすでに始まっているしな。」


 

 そして、その日の午前中、レックスは、ナルセラ市内の有力者達のあいさつを受けていた。夕べの歓迎会で会った連中も多く、似たような言葉の連続が続き、レックスは退屈よりも眠くなってしまう。


 そして、昼食会が終わり、やっと一人で休憩がとれると思ったら、領主の娘の攻撃が始まった。レックスは頭にきて、杖を使い、娘に金縛りをかけた。シエラを呼び出し、例の美女に変身させ、わざと娘の前でいちゃつく。


 動けない娘は、ブチ切れて、しまいには失神してしまった。レックスは、シエラを自分の中へともどし、気絶した娘を廊下へと放り出し、そのまま午後の予定をすましていた。


 午後もおそくなってから、大臣は陰険なほほえみとともに、兵隊といっしょにやってきた。


 レックスは、その兵隊達を見、


「呪詛の件を認めるってことでいいんだよな。ったく、これが国王と面会する格下の国の大臣の態度かよ。まるで犯罪者あつかいだな。」


「犯罪者あつかいをしていらっしゃるのは、マーレルでしょう。クリストンと組んで、我が国に勝手なことばかりして。中州の城とカイルに集結してる軍の言い訳を、ぜひおききしたいものですな。」


「きくまでもないだろう。それに、ゼルムは宗主である、おれの国だ。領主は、おれから領地をあずかってるだけだ。お前は、呪詛以前に言いたいことがあるんだろ。なら、今ここで言え。後では聞く耳はもたないからな。」


 大臣は、真っ青になって怒った。が、


「もっと早く、いらしてほしかったですな。そして、それなりのお言葉を、かけて下さってほしかったです。こんなにおそくなってからでは、こうするしか方法は、ありようがないですからな。」


「わざわざ出向く必要もないだろうに、ずっといた国だし。世話になった礼なら、いくらでも言うよ。いさせてくれて、ありがとうってな。盗賊に苦労したけどもさ。」


 大臣は、兵に拘束(こうそく)しろと命じた。


「申し訳ございませんが、陛下にはそれなりの場所へうつってもらいます。何を考えて、人質になりにいらしたのか理由はわかりませんが、この幸運をのがすほど、我々は(おろ)かではございませんので。」


 レックスは、兵の手をはじいた。


「国王に兵へむけるとはね。呪詛の証拠なんて、もう必要ないな。これで、この国をどうにかする理由がついた。おれはそろそろ、おいとまさせていただくよ。」


 大臣は、ほくそ笑んだ。


「どこにおいとますると言うのです。逃げられるとお思いですか。窓から逃げるとしても、ここは三階ですよ。」


 レックスは、ニヤリと笑った。それと同時に、紅竜が馬の姿のままで、三階の窓を割って入ってくる。レックスは、紅竜に飛び乗った。


「弓兵も用意しておくべきだったな。まあ、紅竜は銃でも撃ち落せないがな。」


 レックスは、飛べと命じた。紅竜は、割れた窓から飛び出し、そのままナルセラの上空へと吸い込まれていく。一瞬の出来事だったんで、大臣をはじめ、その場にいた兵士達も状況を理解できない。


 シエラが、ライアスとなって大臣達の前に出現した。


「国王からの通達をつたえる。本日付をもって、現ゼルム領主の地位を解任し、代わり、王后が現在妊娠中の第二王子を、新ゼルム領主とする。新領主は成人を待ち、この地へとおもむくまでの間、マーレルからは領主代理として知事を派遣(はけん)する。以上だ。質問は?」


 大臣は、ふざけるなとどなった。ライアスは、


「君達の行為は、あきらかに反逆だ。それに、我が主君を呪詛し、そして拘束しようとした罪は、決して許されるものではない。だが、このままおとなしく通達にしたがい罪を認めれば、我が主君は、それなりの寛容(かんよう)さでもって、対処にあたるつもりでいる。


 しかし、あくまでもしたがわないというのであれば、こちらも、それなりの行動はおこさせてもらう。ゼルムに勝ち目はない。君達は、方法をまちがえたんだよ。」


 とらえろ、と大臣がさけぶ。ライアスは、あっというまに拘束された。大臣は、


「お前ごとき下っ端をとらえても、なんの意味もない。そっこく、打ち首にしてやる。だが、その前にきくことがある。陛下は、どこに逃げた。言え。」


「君はたしか、先代の時代から大臣してたよね。先代は、かなりのおじいちゃんで、ぼくと細かい話するのダメだったから、大臣の君がぼくと交渉したよね。あれから、すでに十年以上か。ぼくのこと忘れちゃったのかな。」


 大臣は、ライアスの顔を見た。兵士の中に、おびえだす者がいた。大臣は、


「まさか、そんな、死んだはずでは。」


「ああ、たしかに死んだよ。だから、打ち首なんてする必要はない。レックスが、もどってこいって、ぼくをよんでる。必要なことはつたえたから、行くね。」


 ライアスは消えた。しばっていた縄がフワリと床に落ちる。大臣は腰がぬけたようだ。ナルセラ上空で待機していた紅竜の背中に、シエラがもどってきた。レックスは、


「ごくろうさん。大臣のやつ、頭ん中で、何、考えてたかわかったか。」


「呪詛を行ったことはたしかだ。呪詛をした理由は、これまでの推測と情報通りだったよ。でも、ひどいね。あんな娘を、よく国王の妃にしようとしたものだよ。たとえ、君とうまく結婚させることができても、あれじゃあね。国の恥でしかないよ。」


 レックスは、気分が悪くなった。


「あんなひどい女、はじめてだ。仮にも領主の娘だぞ、お姫様なんだぞ。それに、あの大臣、まさしくルーファスだな。領主は気弱だし、あれじゃあ、大臣のいいなりだよ。」


「あの大臣は、前領主からの引きつぎだ。立場的には、現領主の兄貴分でもあるんだよ。まあ、ぼくと君みたいな関係だと考えればいい。現領主は、失策(しっさく)が続きすぎたせいで、領主としての自信をなくして、三、四年前から大臣に政治のことは、まかせっきりにしていたんだ。


 けど、まかせっきりにしていた大臣は、あのとおりの古い考えを持つガンコ者だ。エイシアという国を総合的に考えてはおらず、あくまでも自国であるゼルムだけに、こだわり続けている。


 だから、イリアからの使者の正体にも意図(いと)にも気がつかず、イリアからの使者がきたというだけで、マーレルと互角(ごかく)になったと思い込み、その立場をさらに有利にするために、バテントスの策略(さくりゃく)に簡単に乗ってしまったんだよ。ま、そういうところだろうな。」


 レックスは、上空からナルセラ宮殿をながめた。細かい点のような兵士達が、わらわらと宮殿から流れ出てきている。たぶん、逃亡した国王をさがしているのだろう。


「おれが、空へ逃げた事実を認めようとしない、か。そのてん、唯物論のバテントスと似ているな。お前が出現したのも、今ごろ夢にでもしちまってるんだろうな。あの気弱な領主にしてしかり、男しか頭にない娘にしてしかり、そして、あの大臣だ。たしかに、ゼルムはもうダメだな。」

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