三、ナルセラの襲撃(2)
マーブルが明け方、ほろ酔い気分で宿に帰ってきたとき、宿が半分、燃え尽きているのを見て仰天した。警察が宿を取り囲んでいたので事情をきくと火事だと言う。
マーブルは青くなった。死者も出ており、宿のそばの路地に布をかけられ、横たわっている。マーブルは、そのなかに自分の身内がまじってないか、おそるおそる調べ、とりあえず安心した。
マーブルは、もしやと思い、運び屋組合に向かった。避難した客は、すべてそこに集められており、警察の事情徴収に応じていた。そのなかに、三人の姿を確認したマーブルは、全身から力がぬけた。
レックスは、シエラをだきしめ、組合の長いすにすわっている。ミランダが、マーブルの前にやってきた。
パンという響きがきこえ、周囲の視線が一瞬あつまった。
「バカ! あんた、今になってよく顔を出せたわね。大変だったんだから。」
「何が、何があったんだ。」
「わからない。とつぜん、火があがって。廊下のロウソクが原因じゃないかって、みんな話している。」
ミランダの目は、詳しい事は後で話すと言っていた。マーブルは、まさかと思った。レックスは、シエラをだきつつ、じっとこっちを見ている。シエラの手には、あの剣があった。
爆発から逃げられないと判断したライアスは剣をつかい、三人の周囲に結界を張った。結界に守られたから、三人は無事だったのである。
とうぜん、シエラにはそのときの記憶はない。気がついたら手にあった剣を、お守り代わりに、にぎっていた。
マーブルは、フラフラとレックスの肩に両手をのせた。
「よく、よく、無事だったな。よく。すまん、おれが不甲斐ないばっかりに。」
「もういいよ。無事だったしさ。荷物は、運び出すヒマがなかったんで燃えちまったがな。シエラもこうして無事だしさ。」
シエラは、ボンヤリとマーブルを見上げた。マーブルは剣を見つめる。
「それを持ち出してくれたのか。よく、気がついてくれたな。他の荷物なんて、どうでもいい。お前らが無事だったらそれで。そういや、グラセンはどうした。」
マーブルは、レックスの肩から手をはなした。レックスは、
「用事があるって、どっか行った。先に出発してくれってさ。」
「そうか。警察が引き上げたら、荷物をととのえて出発しよう。ミランダ、お前、持ち合わせあるか。」
「また、スッたの。お金ならあるわよ。でも、ちゃんと返してね。」
ミランダからもらった金で急いで出発の準備をし、一行はグラセンを残してナルセラを旅立った。馬車にゆられながら、ミランダから事のてん末をきき、マーブルの顔はこわばっていた。
「いつまでも、ばれないわけがない。ここにくるまで、なんにもなかったのが奇跡だろう。お前一人で、よくがんばってくれたな、ミランダ。」
「グラセン様と、酔っ払いがいないだけ、やりやすかったわ。でも、きつかったわね。ただの運び屋だと、甘く見られていたようだから、なんとかなったけど、爆発したときは、もうダメかと思ったわ。」
マーブルは、
「爆発したって、何が爆発したんだ。爆発するようなモンなんて、宿にあったのか。火事の原因もロウソクじゃあないだろう。いきなり、燃え広がったって言うし、どう考えてもバテントスの火付けだろう。バテントスの姿は、だれも見なかったようだし、やつらの死体も消えていた。宿を襲った者達以外にも、仲間が外にいたんだな。ミランダ、実際、どうだったんだ。」
「爆発したのは、火炎ビンだって、きいたわ。バテントスが持ち込んだ武器よ。それが爆発したの。片手でつかめるくらいの小さな武器よ。あんなの見た事ない。」
「火炎ビン、おれもはじめてきいた。バテントスは、いろんな武器をもってんだな。」
ミランダは、荷台のシエラとレックスを見た。ミランダは今は御者席にいる。シエラはずっとおびえ続け、レックスがそばにいないと泣き出してしまう。
マーブルは、
「それで、爆発寸前に逃げたってのか。まあ、お前がいてくれてたすかったよ。」
ミランダには、どうやってたすかったのか、いまだに理解できない。シエラがいつ、剣を袋から取り出したのかも。ドンと音が響いたと思ったら、自分達は宿の外にいて、火の手があがる二階を見つめていたのである。
ただ、シエラが、たすけてくれたであろう事は、なんとなく分かっていた。それを、シエラにたずねようとしたら、レックスに何もきくなと先制されてしまう。シエラもおびえきっており、それきりだった。
(レックスは、たすかった理由が分かってるみたい。やはり、あの剣。でも、シエラ様があの剣をつかうなんて信じられない。あの剣は、そうとうな力の持ち主でなければ、ビクともしないし。シエラ様は、どう見ても身分が高い以外、ごくふつうの娘さんよ。あの惨事から、私達を守るだけの力があるはずない。)
でも、あのとき、たしかにシエラの声をきいた。火炎ビンだ、爆発するぞ。たしかにシエラの声である。でも、いつも聞きなれている、ひかえめな声ではない。
一行は、昼食をとるために、水のあるところで休憩をとった。
「手早くすまそう。茶はわかさなくていい。食べたら、すぐ出発だ。」
マーブルが、荷台から馬をはずし、水場につれていった。ミランダが食材をとりだし、切り株の上で簡単な昼食をつくっている。シエラは荷台から、おりようともしなかった。
「シエラ、何か食べよう。朝も食べなかったじゃないか。体に毒だよ。」
「レックスさん、私こわい。あの人達、本気で私を殺そうとしたわ。私、バテントスに見つかったら、つれもどされると考えていた。けど、殺されそうになった。私、バテントスに殺されてしまう。」
レックスは、シエラの手をつかんだ。シエラは、今にも泣きそうである。
「殺されない。おれが守るから。そうだ。あの剣を持ってろよ。なんかすごい、言い伝えがある剣なんだろ。きっと、シエラを守ってくれるぜ。」
レックスは、荷物から剣をとりだし、シエラの手にしっかりとにぎらせた。
(剣を持たせていれば、夕べみたいにライアスが出てきて、シエラを守ってくれるはずだ。盗賊ならともかく、夕べみたいのがまた襲ってきたら、おれじゃあ、たちうちできない。たのむ、ライアス。シエラを守ってくれ。)
「うん、わかった。ちゃんと守ってあげるね。」
ライアスだ。もう出てきた。レックスは、
「シエラを、また眠らせたのか。」
「しょうがないよ。おびえちゃってさ。ぼく、お腹がすいてんだ。お昼、食べたいしね。」
「ばれないようにしろよ。」
「シエラのふりなら楽勝だよ。こうしてずっといっしょにいるとさ、時々、ぼくはシエラじゃないかって、思えてくるときがあるんだ。さ、外に出てお昼を、」
ライアスの顔に緊張が走った。目つきが、するどくなる。
「レックス、武器を出せ。水場にとまったのがよくなかった。やつらが、こっちが油断していると見て、襲撃をかけようとしている。敵は、四人、いや、五人か。ゆうべの残党だ。」
レックスは、剣をとりだした。そして、マーブルの銃も。この銃は、前装填式火縄銃だったので、レックスは銃に火をつけたあと、なれた手つきで弾を仕込んだ。ライアスは、
「マーブルが、水場からもどってきたら銃を投げわたせ。そして、敵襲だとさけび、幌のあのあたりを剣で思いっきりつくんだ。それで一人片付く。」
「お前はどうするんだ。」
「シエラは非力だ。戦えない。けど、ぼくの事は気にするな。目の前の敵だけ、君は見ていろ。ぼくは、身を守りつつ君の援護をする。」
「分かった。だが、無理はするな。」
マーブルが馬を水のそばの木につなぎ、持って行ったヤカンに水をくみ、もどってくるのが見えた。
「レックス、今だ。」
レックスは、敵襲だとさけび銃を投げつけ、幌に剣をブスリとさした。ギャアと言う声とともに、血が剣をしたたりおちてくる。レックスは、幌から剣をひきぬき、ライアスとともに荷台からとびだした。
すぐさま、この馬車を遠巻きに護衛しているグラセンの手下がかけつけた。銃声が響き、少し応戦したあと、仲間を三人失ったバテントス兵は不利とみると、あっさり逃げた。グラセンの手下が、それを追う。
「っくしょう。やっぱり、おっかけてきやがった。ねらいは、すでにシエラだけじゃない。かかわったおれ達もだ。」
マーブルは、幌の上から死体をひきずりおとし、血まみれの幌をひきはがし、やぶの中に捨てた。そして、荷台の血を水で洗い流したあと、昼食もとらずにその場を去った。
レックスは、手に傷をおっていた。ミランダは、レックスの傷に包帯をまいた。
「すり傷ね。あんた、バテントス兵と戦っているとき、勢いあまって馬車に手をぶつけてたものね。もう少し、戦い方を考えなさい。あんたの戦い、すきだらけよ。」
「悪かったな。けど、おれはあんたとちがって、ただの民間人なんだよ。」
レックスは、ムッとして顔をそらした。ミランダは、やれやれと思ってしまう。
マーブルは、
「不利と分かると、あっさりひきやがった。夕べといい、やつらは体勢を立て直しつつ、これから、なんどでも襲ってくるだろうな。シエラごと、おれ達を消すまではな。」
マーブルは、チラと荷台のシエラを見つめた。いつものシエラは、ここで顔をそむけてしまう。けど今は、
「グラセンも、シエラを引き受けた君達も、こうなる事は覚悟の上だったはずだろ。それでも、シエラをバテントスから奪還する価値有りと判断したから、たすけてくれたんだろ。なら、文句は言わない事だ。」
レックスは、やばいと思った。ライアスは、
「サラサに偽シエラがいる限り、逃げた本物はじゃまなんだよ。どのみち、このまま手をこまねいていれば、圧倒的な軍事力の前に、エイシアは大陸の支配を受けてしまう。
だから、君達は急いでいるんだろ。まだ、間に合うからね。やつらが、来年の春、本格的にエイシア支配に向けて動き出す前に、レックスを王にして島をまとめあげなきゃならないからね。」
いつもとあきらかに違うシエラに、マーブルとミランダは、背筋にさむいものを感じてしまう。ライアスは続けた。
「本当は、ぼくがやりたかった事だ。いや、やらなきゃならない事だったんだよ。ぼくが、もっと大陸の動きに注意を払っていれば、こんな事態には、ならなかったかもしれない。すべては、ぼくの責任だ。」
「お前、だれだ。」
マーブルは、疑惑にみちた目で荷台の娘を見つめた。ライアスは、クスリと笑う。
「もう、分かってるじゃないか。レックス、君から紹介してくれよ。」