五、再びゼルムへ(2)
レックスは、
「だとしたら、とんでもないことだな。考えてみれば、ゼルムには、おれ達を始末するために、何十人もバテントスが入り込んだんだよな。カイルやダリウスには、ごく一部の諜報員だけだったはずだ。」
ライアスは、
「ゼルムの領主が無能だからだよ。軍の給料けずって、結果、軍の一部が盗賊に買収されたほどじゃないか。その後の無策もめだつしね。自分の国に、国王がひそんでいたことすら、君が出現するまで認識してなかったしね。おまけに、君がマーレルに帰国してからも、なんにもしないし言わないし、不満をもったあげく、今ごろになって、こんなバカなことをしたくらいだし。」
レックスは、ため息をついた。
「バテントスか。やっぱり、あきらめていなかったんだな。イリアと停戦状態になったとたん、こっちへとやってきた。しかも、イリア人に化けて、呪詛なんて姑息な手をつかってな。ゼルム寄りの体制ができたら、もっとどうどうとエイシアに干渉してくるつもりだったんだな、きっと。」
ライアスは、
「とにかく、ゼルムはもうダメだ。これ以上、ハデトンスに好き勝手される前に、さっさと片をつけたほうがいい。」
シエラは、
「ねぇ、兄様。バテントスがなんで呪術者なんて紹介したのかな。あそこ、唯物思想なんでしょ。呪術なんて認めない考え方してる国なんでしょ。そんな国が、なんで呪術者知ってるの?」
「そのことなんだが、ぼくも不思議に思ってたとこだ。バテントスは唯物論帝国で、他国を攻めるには基本的には武器を使った武力行使だ。そして、勝つためには相手国の事情を徹底的に調査し、そして合理的に戦いを進める。」
レックスは、
「双頭の白竜が現れたからじゃないか。山一つ、簡単に吹き飛ばしちまうしさ。それで、武力だけじゃ勝てないから、こんなめんどくさいことしたんだろ。ドラゴンが出て負けたから、あわてたんだよ。」
「・・・唯物論帝国に、ドラゴンの報告をあげても却下されてしまうよ。ドラゴンが現れて負けましたと言っても信じてくれないばかりか、下手すれば降格、または病院送りになってしまう。」
「ホントかよ、それ。そこまで信じないのかよ。目撃者は、あれだけいたんだぞ。いったい、どういう民族なんだ?」
ライアスは、
「信じない。信じようとしない。そこが、唯物論の怖いとこだ。だから、なぜこんなことをしたか、わからないんだ。けど、考えられるとすれば一つ。」
「一つ?」
「イリアから追放された一族はどこへ消えたんだろう。二百年前にね。そして、バテントスという帝国、いや小国ができたのは、百八十年くらい前だ。つまり、追放された時期と一致する。」
レックスは、
「お前、まさか、その追放された呪術一族が、バテントスの先祖だって言うのかよ。でも、バテントスは百五十年くらい前に、今の唯物路線になったんだろ。神は認めないって、祈ってるヒマあるんなら働けって。呪術者の一族が先祖だったなんて、とてもじゃないが結びつかない。」
「だよね、結びつかないよね。常識的に考えてさ。でも、それは常識という上辺だけであって、真実はちがうんじゃないかって。危険な呪詛を使う者は、危険な思想も持ち合わせているはずだ。
イリアからの追放理由は、呪詛ではなくて、その思想にあったんじゃないのかな。追放したあと、歴史からも抹殺しなければならないほどの。たとえば、やばい存在を崇拝していたとか。唯物論は、真実をかくすための隠れ蓑とかさ。」
シンとなった。一気に空気が冷えたよう感じられる。レックスは、冷たくなったスープをすすった。
「もういいよ。今の重大事は、ゼルムをどうにかすることだ。ライアス、ゼルムの領主が今、何を考えているか、わかったか?」
「バタバタしていることくらい。今回の事件の真の首謀者は、領主よりも大臣だよ。ゼルムのルーファスだ。とにかく、領主が無能だから。そいつが、起死回生のチャンスをねらって暴走したんだ。」
「それを早く言え。ゼルムの大臣なんだな。そして、現法王の対立候補だった男が大臣の親戚なんだな。そいつが、黒魔術集団だか邪教集団だか、どっちでもいいが、そこの情報流して呪詛が行われた。それでいいんだな。なんだよ、全部つながってるじゃないか。」
「はっきりとした確証はない。あくまでも推測。でもまあ、それで正解なんだろうね。」
レックスは、残りの食事をまとめてたいらげた。
「よし、決めた。ゼルムには、おれが行く。おれが直接行ってたしかめてくる。」
シエラとライアスは、びっくりした。あわてたシエラは、
「ちょ、ちょっと待ってよ、レックス。国王が直接乗り込むんですって? それこそ、むこうの思うツボじゃない。たしかめるどころか、エサになっちゃうわよ。こっちが、軍を動かす前に、食べられちゃったらどうするのよ。」
「食べられるとはどういう意味だよ。殺されるならわかるけどもさ。」
「領主の一人娘がいるじゃない。きっと美人なんでしょ。また呪詛をかけられたら、どうしようもないじゃない。」
「あのな、邪教集団はつぶしたんだぞ。現にあれから一回も呪詛が行われてないじゃないか。」
「でも・・・。兄様、なんとか言ってよ。」
ライアスは、
「妊娠中の君が行くより、いいかもしれない。ゼルムはレックスと縁が深い土地だし、このさい、表敬訪問みたいなかたちで訪問したらいいんじゃないか。」
「あ、それいいな。ベルンなんか行ってみたいな。あそこの運び屋の組合長に、いつだったか利用された文句言いたいし。」
シエラは、
「何考えてんのよ、二人とも。兄様、とめてくれると思ってたのに。」
レックスは、
「お前、どうしても、領主の娘に会わせたくないようだな。そんなに心配か。」
「だって、彼女、レックスと私が離婚したあと結婚する予定だったんでしょ。きっと、てぐすね引いてチャンス待ってるはずよ。実物見たら絶対食べにくるわよ。ベッドでまちぶせなんかされたら、いくらレックスでも理性くるっちゃうわ。そんなのいやよ、頭おかしくなりそう。」
レックスは、あきれた。
「お前、つわりの真っ最中で精神が不安定なんだろ。仮にも領主の娘だぞ、そんな、ふしだらなことをするわけない。な、ライアス、そうだろう。」
「そうだね。領主の娘だしね。シエラ、ぼくもレックスといっしょに行くから。それなら、安心だろ。」
「ほんと。いっしょに行ってくれるの。兄様がいっしょなら安心ね。わかったわ、マーレルのことはまかせてちょうだい。私、そろそろ仕事にもどるから。」
レックスは、
「つわりは大丈夫か? 昼食、残さず食べたし、気分悪くならないか。」
「仕事中は、あまりおきないの。気合の問題なのかな。」
シエラは、行ってしまった。レックスは、
「さて、いろいろといそがしくなるな。ライアス、ゼルムにすぐにもどるのか。」
「いったん、もどる。エッジ達に指示出さなきゃね。それと、シゼレにも訪問の事をつたえてくる。戦争になれば、クリストン側からも攻めてもらったほうが、早期決着になるしね。夕方には帰ってくるよ。」
レックスは、ライアスをじっと見つめた。そして、
「どこにも行くなよ。ずっと、いっしょだって約束だったろ。」
ライアスは、首をかしげた。
「変なことを言うな。ぼくがどこに行くと言うんだよ。ここしか、居場所はないじゃないか。」
「なら、いい。」
そして、その日の仕事が早めにおわったシエラは、久しぶりにミランダと二人きりで話をしていた。
「兄様、このごろ影がうすいんだよ。なんて言うのかな、消えそうな感じなんだ。以前のように、ここにいるって感じじゃなくなっている。」
「そうかもしれません。私も、最近あまり、ライアス様の気配は感じなくなりましたから。」
シエラは、うつむいた。
「いなくなっちゃうのかな。むこうにいっちゃうのかな。」
「さあ。でも、レックスは独り立ちしたようだし、シエラ様もライアス様無しで、マーレル公としての仕事を、こなしてらっしゃるではありませんか。」
シエラは、まだ、ふくらんではいないお腹をそっとなでた。
「することなくなっちゃったんだよね、兄様。もう、手助けはいらなくなったし、私達といっしょにいる理由はない。そういうことかな。」
「私としましては、ずっとシエラ様達のおそばに、いてほしいんですけどもね。」
「兄様、むこうに帰りたがっているのかな。することがない以上、ここにいてもどうしようもないものね。兄様が生きていたのなら、もう三十なかばだよね。ふつう、結婚して子供がいて、仕事も充実してる年齢なんだよね。」
「肉体が無いのは、それだけこの世界に関与できることが少ないんですよ。ふつうの人は、彼の姿を見ることができず、お話できるのは、シエラ様かレックスに入られた時くらいですからね。」
「やっぱり、これ以上、とどめることはできないのかな。すごくさみしい。」
「そうですね、ずっといると思っていても、いつかは別れの時がくる。当たり前の話ですね。そして、再会できるのは、こっちもむこうの住人になった時。いつかは会えるとわかっていても、別れはやはり、つらくさみしいものです。」
と言ったあと、ミランダは、シエラから視線をそらしてしまう。シエラは、どうしたのとたずねた。
ミランダは、
「グラセン様が、先月の末にお亡くなりになられました。ジョゼにも、私と同じ手紙がきているはずです。」
シエラは、目を見はった。
「グラセン様が? 昨年、お会いした時には、まだまだ、お元気そうでしたのに。」
「そのころには、もうすでに、だいぶお体が弱っていたらしいのです。年齢的にそうでしょう。」
シエラは、そんな、と口に出した。
「じゃあ、無理して、私に力をかしてくださったの? 最後の役目とか言ってたのは、そういうことだったの? 私、なんにも気がつかなかった。あの時のお礼もまだ言ってないのに。」
シエラは、両手で顔をおおった。
「私、お世話になりっぱなしで、なんのお返しもしてないわ。そうだ、兄様にたのんで、グラセン様を呼び出してもらうわ。そして、お礼をきちんと。」
ミランダがシエラの肩をつかみ、首をふった。
「シエラ様に、お知らせしなかった理由を考えてください。グラセン様は、きっと、自分のことを悲しんでほしくなかったのです。死んだあと、挨拶にもいらっしゃらなかったでしょう。
グラセン様は、自分の死を悲しむひまがあったのなら、そのぶん、国民達のためにつくしなさい、と考えていたからなのですよ。あの方は、いつもそうでした。
レックスを保護し続けたのも、シエラ様をお助けしたのもそのためでした。自分のことなどより、いつも大義のために何をできるか、つねに考え続けていた方なのです。
私をクビにしたのも、私が、シエラ様やレックスのそばにいたいとねがい、そして、お二人にためにつくせると信じたからです。だから、私はここにいることができ、そして幸せでいられるのです。
ジョゼだってそうですよ。グラセン様は、命がもうないことを知ってて、ここへ紹介したのです。あなた方なら、きっとジョゼを大切にしてくれると信じていましたから。
だから、グラセン様の死は気にしてはいけないんです。死んだという事実だけを知り、忘れてください。そして、あの方のねがいがどこにあったのか心にとめて、しっかりと御自分の行くべき道を見きわめてください。
それが、あの方にとり、最高の供養となるはずですから。」
ミランダが、必死で涙をこらえているのがわかる。シエラは、思わずミランダをだきしめた。
「泣いていいよね、いまだけ泣いていいよね。無理だよ、悲しむな、なんて。だって、大好きな人がいなくなったんだよ。悲しんで泣かなきゃ、自分の行くべき道なんて見つけられない。ミランダ、泣こう。いっしょに。」
「そうですね。いまだけ、お許しねがいましょう。すごく心が痛いですから。」
二人は、思いっきり泣いた。ただひたすら大切な人を思いながら。心にあいた穴を涙でうめようとして。そして、思いっきり泣いたあとの笑顔をねがい。
ありがとう。そして、少しだけ別れを。
それから半月後、レックスはゼルムにむけて出発した。