表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第五章、沈まぬ太陽
77/174

五、再びゼルムへ(1)

 レックスは、山の離宮から帰りしだい仕事に復帰した。まだ、本調子ではなくつかれも出やすかったが、結核が完治したと証明するためにも、仕事の再開は必要だった。


 最初は、たった半年かそこらで結核が治るのかと疑心暗鬼だった周囲も、国王が何事(なにごと)もなく仕事をこなし、妻や子供達とふれあう姿を見て、じょじょに完治した事実を受け入れていく。


 そして、夏がくるころには、国王が結核をわずらっていた事実を、みんな忘れてしまうほど、レックスは健康体をとりもどしていた。


 レックスは、宮殿の中庭でティム相手にトレーニングにはげんでいた。健康を維持するための体力こそ、第一と考えたからだ。


 レックスは、プリシラとの進展具合をティムにたずねた。


 ティムは、


「秋になったら、式をあげる予定なんだよ。プリシラの両親にも会ってきたしさ。今、結婚後に住む場所をさがしてんだ。」


「お前もここを出て行くのか。なーんか、さみしくなるな。ダイスもジョゼと結婚して、出て行ったしさ。」


「君には、あたらしい家族が増えるじゃないか。三ヵ月になるんだろ。」


 レックスは、手をとめた。そして、ニンマリしてしまう。シエラは妊娠中だ。待望(たいぼう)の三人目の子供だ。ティムは、レックスをつっついた。


「山の離宮から帰って、すぐにできるなんてね。ぼくも早く結婚して、子供ほしいな。」


 レックスは、


「お前にもすぐにできるよ。秋まで、もうすぐだしな。おれ、毎朝、シエラのお腹にキスしてんだ。産まれてくる子供に、愛してるよーって。」


「エルは、金髪で君そっくりだろ。次は、シエラ様に似るんじゃない。」


「だったら、栗色のかわいい女の子だ。きっと美人になるぞ。」


「また、金髪だったら。」


「だったら、ライアスに似るよう期待(きたい)する。おれのコピーは、エル一人でじゅうぶんだしな。ライアスに似るんだったら、男でも女でも、必ず神童(しんどう)だ。」


「神童ね。なんでそこまでこだわるんだ。かわいければ、それでいいじゃないか。よっぽど劣等感強いんだね。」


「うっさい。これ以上、頭の悪さが似てたまっか! 前の女王がバカだったから、おれも頭悪いし、子供にまで受けつがせたくないんだよ。」


「わかったよ、そんなにムキにならなくてもいいよ。でも、どっちがいいんだい。男の子、女の子。ぼくだったら、女の子がいいな。ルナちゃん、かわいいしさ。」


 レックスは、ニヤッと笑った。


「とうぜん、女。将来、ルナともう一人の娘で両手に(はな)なんてやってみたい。女の子って、あれだけかわいいなんて思いもしなかったよ。シエラが、父親にかわいがられてた理由が、よーくわかった。


 ところで、話、変わるけど、お前が訓練している連中、どうなった? シエラが、そろそろ組織の立ち上げを考えてるんだ。何人くらい訓練している。」


 ティムは、七十人くらいとこたえた。レックスは、びっくりした。ティムは、


「君が結核したろ。それから宮殿は、変な健康ブームになっちゃってさ。体、きたえるのにちょうどいいってことで、今じゃあ、多人数参加型の健康クラブになっちゃってるんだ。訓練というよりも体操に近くて、なんだか最初の目的から、ずいぶんずれちゃったんだよ。」


「なんだよ、それ。じゃまるで、役に立たないじゃないか。」


「だいじょうぶ。ほんとに使える人は、すでにクラブやめてもらってるから。その人達には、宮殿の通常業務が終わり次第、ぼくが特別プログラムを組んで指導してる。人数でいえば、十人程度だけど、どれもそれなりに使えるはずだ。この前、兄貴がその中から、二人ばかり、ためしに連れてったんだ。それで、OKもらった。」


 レックスは、ちょっと考えた。


「ティム、近衛隊長、クビだ。その話、シエラにもってけ。きっと、新しいポストが待ってるぞ。」


「ほんと? ひょっとして、そこの責任者ってこと。サイモン様みたいに? やった。こういうのって、片手間(かたてま)にできないんだよね。組織を立ち上げるのなら、そっちうつって、本格的にやろうと考えてたんだよ。」



 それでもって夜中、シエラは居住区のトイレで、なかなか止まらない、つわりに苦しんでいた。心配したレックスが起きだしてきて、シエラの背中をなでる。


「前より、ひどいんじゃないか。エルの時は、もう少し軽かったと思う。」


「つわりって、個人差があるんだよね。しかも、妊娠するたびにちがったりするしさ。エルの時は、つわりのほとんどは、兄様が引き受けてくれてたし、流産した時のひどいつわりも経験してない、うう、気持ちわる。また、吐きそう。」


「腹の中の子、ひょっとして、かなりの(あば)れん坊なんじゃないのか。エルは、おとなしい子だしな。どんな子か、わかるか?」


「よく、わかんない。男の子だってことくらいしか。」


 レックスは、ガッカリした。両手に華の夢が消え去った。


「まだ、吐きそうか。あんまりひどいんだったら、仕事休めよ。おれ一人でも、なんとかなるからさ。」


「妊娠は病気じゃないのよ。これくらい、がんばれる。ゼルムの動きがあやしい以上、休んでなんかいられないわ。」


 シエラが流した呪詛のウワサは、すでにエイシア中に充満していた。国王が復帰した今となっては、過去のウワサでしかなくなっているが、ゼルムの領主には、それなりの効果があったようで、ゼルムとの関係が、ぎくしゃくし始めていた。


「邪教集団つぶすとき、シゼレ兄様から応援かりたでしょ。ライアス兄様は、ほんとは、かりたくなかったようだけど、あの時はまだ、エッジみたいな仕事ができる人って、マーレルには、ほとんどいなかったしね。


 そのことで、ゼルム側は、壊滅(かいめつ)させた邪教集団の関係者みたいな人あつめて証言とって、クリストンの陰謀(いんぼう)とか侵略行為とか、シゼレ兄様にごちゃごちゃ言ってきてんのよ。


 マーレルが主導(しゅどう)したのは、わかっているはずだけど、相手が国王だから、こっちには面とむかって言ってこないのよね。シゼレ兄様、今のところは、知らぬ(ぞん)ぜぬを決め込んでるけど、クリストン国内からも、ゼルムからの非難に対して、声があがり始めてんの。


 もともと、仲が悪い隣国同士だし、これ以上の関係悪化は、二国間の戦争に発展しかねないしね。その前に、こっちとしても、なんらかの手をうなければならないしさ。」


「軍備は進めてんだろ。秘密裏(ひみつり)に。」


 シエラは、うなずいた。


「私、ナルセラに行くわ。妊娠中だけど、ムリしなければなんとかなる。直接乗り込んで、領主に事の真偽(しんぎ)をたしかめてみる。」


 レックスは、びっくりした。


「ダメ、流産したらどうすんだ。第一、ナルセラは遠すぎるし、追いつめられた領主によって、人質にとられたらどうすんだ。」


「戦争の大義名分にはなるでしょ。どのみち、ゼルム領主の追放は決まってることだし、それに、この問題に、これ以上時間をかけられないしね。うっぷ。」


 シエラは、少し吐いた。レックスは、


「ゼルムまでの道中、吐き続けるつもりかよ。随行(ずいこう)員が、まいっちまう。とにかくダメだ。そう言えば、ライアスはどうした。ここんところ、姿が見えないがな。」


「剣をもたせて、エッジとともにゼルムにいるわ。例の呪術、イリア王国に伝わる古い呪術だってわかったの。」


「イリア王国? なんでそんなとこから。イリアと直接接点があるのは、現時点では、ダリウスだけだ。」


 シエラは、持ってきた水筒でうがいをした。そして、タオルで口をふく。


「ふーっ。少しは楽になったみたい。寝室もどろう。トイレでこんな話もなんだしさ。」


 二人は、寝室にもどった。シエラは、


「呪術は、たしかにイリアのものよ。この前きた、イリアの使節の中に学者さんがいてね。例の呪詛の話をきいて、呪術具を見たいと言ったから、見てもらったんだ。それで、わかったの。でも、この呪術は二百年くらい前に、イリアからなくなったとも言ってたわ。


 その呪術は、ある一族だけが使ってたものらしいのよ。あまりにも強力な呪術だったんで、その一族以外には門外不出の秘術(ひじゅつ)だったそうよ。それで、その呪術を危険視した当時の国王によって、その一族はイリアから追い出されてしまったらしいの。


 そのあと、一族は、どこに行ったのかも、現時点で子孫が残っているのかどうかも、わからないみたい。イリアにも、その一族が使った呪術具の一部が残っているだけで、歴史の記録からは、その存在自体が消されているそうよ。


 学者さん、なんでエイシアなんかに、そんな呪術が流れてきたのか不思議がってたわ。呪術を使った邪教集団は、首謀者もふくめて、みんなエイシア人だったしね。」


 レックスは、首をかしげた。


「ライアスは、そのことを調査してんのか。いつごろ帰ってくる?」


「一日に一度、時間はランダムだけど、帰ってきてるわ。報告をしたあと、すぐにもどっちゃうけどもね。」


「なんで、おれにしない?」


「また、ナンクセつけられると思ってんじゃない。この前同様、ずっとゼルムにいるしね。もう寝よ。つわりって、体力けずっちゃうんだよね。お休み。」


 シエラは、あくびをしたあと眠ってしまった。レックスは、頭をゴシゴシかく。


(呪術で、おかしくなってたとは言え、ずいぶんひどいことを言ったし、したな。結核になって、あいつにもシエラにも、あやまらずじまいになっちまった。)


 レックスは、寝てしまった。それで翌日、二人がいっしょに国王の執務室で昼食をとっている最中、ライアスはもどってきた。


「呪詛が行われる数ヵ月前、イリアの使者と名乗る者が、ゼルムに極秘裏に接触してきたらしい。その使者が、どうやら領主をそそのかし、呪詛を使う者をナルセラ宮殿に送り込んだようだ。たぶん、イリアから追放された一族の末裔(まつえい)だと思う。」


 二人は、食事の手をとめた。レックスは、


「そいつが、もとからあった黒魔術の集団を使って、大がかりな呪詛を行ったのか。」


「たぶん、そうだと思う。」


 レックスは、シエラの顔を見た。


「呪詛の目的は、おれとシエラを仲たがいさせて、そのあと、自分の娘をおれの嫁に送り込む、だったろ。今の法王の失脚(しっきゃく)もねらってたはずだから、おれ達への呪詛が成功したら、今度は法王をねらうつもりだったんじゃないか。ライアス、どう思う。」


「シエラが燃えるような恋をしたいと思って、君以外の男性と関係もって離婚ざたになれば、養子にした法王の立場がなくなる。おまけに、クリストンとマーレルの関係も悪くなるし、あとは適当にゆさぶりでもかけて退位させればいい。


 現法王が法王になれたのは、シゼレの師匠で、しかも、君がシエラと結婚してバテントスに勝ったからなんだよ。政治的必須というやつだ。宗教組織とは言え、エイシアの国教となり歴史をかさねていく過程(かてい)で、法王選出も政治的要素からは(まぬが)れなくなってくる。


 君は、クリストンと姻戚(いんせき)関係にあるし、カイルとは、ルナとロイドだ。現時点で、ゼルムだけが、君とのつながりから抜け落ちている。君が、ゼルムと深い関係があるにもかかわらず、ね。」


「だからって、呪詛なんて姑息(こそく)な手段を使うなんて反則だぞ。」


「ああ、たしかに許せない。だが、呪詛は武力とちがって証拠が出にくい。失敗しても成功しても、知らぬ存ぜぬで終りだ。現に証拠がなくて、どんづまりだしさ。」


 シエラは、


「ねぇ、兄様。今の法王様が選ばれる前に、たしか、対立候補として法王の地位をねらってた人がいたわよね。」


「ああ、いた。ゼルムの大臣の親戚筋(しんせきすじ)だったと思う。現法王が失脚すれば、その男が次の法王だろうね。シエラ、君はその男が呪詛にかかわっていると考えているのか。」


 シエラは、うなずいた。


「だって、負けたんなら、うらんでいるはずでしょ。うらまなくても、くやしい思いしてるだろうしさ。」


「ぼくもそう考えて、ベルセアにも行ってきたけど、はっきりしない。だが、その男が例の邪教集団の前身、黒魔術同好会を調査していたのはたしかだ。ぼくの推測(すいそく)では、領主は、イリアの使者から紹介された一族の末裔を、その男から教えてもらった邪教集団に接触させ、そこで呪詛を邪教集団に伝授し、呪詛が実行された、と考えている。」


 レックスは、


「邪教集団は、領主から、たんまり金をもらったのか。もらったんだろうな。」


「お金をもらったのは事実だろう。でなければ、あれだけ大がかりにはできない。」


 シエラは、


「イリアの使者って人、最初から私達をねらうつもりで、ゼルムの領主をそそのかしたと、兄様は考えているの?」


「その可能性は高い。でも、ゼルムにきたのはイリアじゃなくて、たぶん、バテントスだ。だますために、イリア人のふりをしてたんだよ。鎖国状態のエイシア人にとって、異国人の見分けがつきにくいのを利用されたんだ。」


 レックスとシエラは、顔を見合わせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ