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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第五章、沈まぬ太陽
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一、異変(2)

 そのころ、独身寮で、シエラはせまいプリシラのベッドに入り、体をぴったりくっつけて、おしゃべりに夢中になっていた。


「へぇーっ、シエラの初恋の人って、そんな人だったの。意外(いがい)。」


「何が意外なのよ。五つ年上の、ふつうの貴族の青年よ。私が十一歳のころ。」


 プリシラは、笑った。


「だってさ、シエラって、あのだんな様でしょ。お兄様も、すっごい美形でしょ。なのに、初恋はごくふつうの男の人だったなんて信じられなくてさ。」


 シエラは、ため息をついた。


「美形も見慣(みな)れると、ふつうになっちゃうんだよね。レックスも見た目はああだけど、中身はふつうの男だしね。ライアス兄様は、多少、毛色がちがってたけども、それでも、ふつうだったわよ。まあ、初恋は半年で終っちゃったけどもね。」


 プリシラは、シエラのほおにキスをした。シエラは、


「やだ、いきなりキスはやめてよ。だれかに見られたら誤解されちゃうわよ。」


「だって、シエラ、かっこいいもん。短い髪もすてきだし、男装似合うし、二児の母には見えないもの。この前、宮殿で開かれたパーティじゃあ、御婦人方のダンスのお相手してたじゃない。男装がピシッと決まってて、すっごくよかったわよ。」


「男装は仕事着。仕事以外では、ドレスきてるじゃない。」


「シエラにのぼせてる女の子、けっこういるのよ。私が宮殿に入ると友達知ったら、うらやましがられたもの。」


 シエラは、ため息をついた。


「なによ、それ。ドーリア公の娘だからって、けっこう、苦労してるのよ。エリオットが宮殿の人事をしきってくれたおかげで、だいぶ、すごしやすくなったけど、まだまだ、貴族達はダメだって、いろんな気をつかってるの。ダンスだって、ご機嫌取りみたいなものだしさ。」


 プリシラは、笑った。


「そりゃ、たしかに最初はね。でも、やっぱり、あこがれるじゃない。男装の麗人(れいじん)ってさ。男達のシエラへの評価はともかく、女は違うわよ。男の前では、なんだかんだでも、女同士になるとね。国王陛下もすてきだけど、私の友達関係では、マーレル公がダントツね。」


「そんなモンかな。でも、本当のマーレル公は私じゃないわよ。みんなして、かっこいいって思ってるのは、この前説明したとおり、ライアス兄様なの。兄様、クールでかっこいいしね。」


「でもやっぱり、女性ってのが決定打なのよ。いくらかっこよくても、男じゃ生臭(なまぐさ)くなるしね。」


「そんなものなの? 自分じゃ、よくわからない。まあいいわ。女は私の味方ね。これからは、もっとサービスしなきゃいけないわね。それでもって、男どもの考えを変えてくれれば、さらにいいわ。」


「もう、じゅうぶん変わってきているよ。うちのお父さんも、ルーファス議事長には、嫌気(いやけ)さしてたんだもの。引退して、田舎に引っ込んでくれて、せいせいしたって言ってるしね。ルーファス議事長が怖いから、言うこときいてた人、多いものね。」


「引退としたはいえ、勢力は旧体制派として、しっかりマーレルに残ってるじゃない。フライスさんを中心とする新体制派には及ばないけど、何かって言うと、こっちのすることのじゃまばっかり。もう、うんざりよ。」


 プリシラは、あくびをした。


「ね、シエラ。ティムのこと、どう思う。話をしたことないけど、彼ってすてき。あの黒い髪と、浅黒い肌がたまらないの。マーレルじゃあ、あんなタイプの人、いないもの。」


「ティムに興味があるの。紹介しようか。彼女、ほしがってるし、プリシラならうまくいくかもよ。」


「ほんと。じゃあ、たのむわ、できるだけ早くね。ティムのこと、ねらってる子って多いのよ。近衛隊長だし、かっこいいし、陛下の親友だものね。うちのお父さんも、ティムならいいって言うはずだわ。」


「うん、わかった。」


 プリシラは、うれしそうに笑い眠ってしまった。シエラは、しばらくプリシラののんきな寝顔を見つめたあと、居住区へともどっていく。そして、眠っているレックスの顔を見つめた。


(なんにも不足はないのに、何か、ものたりない。レックスといっしょにいたいって気にもならない。どうしちゃったんだろ、私。)


 そして、翌日。シエラはミランダにそのことを相談した。ミランダは、


倦怠(けんたい)期ですかね。まだ少し早すぎますけどもね。きっと、宮殿内とか国会関係がおちついて、シエラ様が王后陛下とみとめられて、気がぬけたんだと思いますよ。今までの緊張が一気にゆるんで、そういう気分になったんじゃあないですか。」


「一番の問題は、レックスといっしょに、すごしたい気にならなくなっちゃったこと。だから、悩んでるの。このままじゃあ、うまくいかなくなっちゃう。」


 ミランダは、ため息をついた。


「倦怠期と言うよりも、ときめきがなくなってるんですね。プリシラと遊んでるのは、そのせいなんでしょう。プリシラといっしょにすごしていると、そういう気分になるのでしょう。」


「たぶんね。彼女、青春青春してるんだもの。面接のとき、輝いてたモンね。それにね、なんとなく、ルナのお母さんに似ているの。だから、決めちゃったんだよね。」


「そうだったんですか。ルナ様のお母様に。ですが、もういい加減にしてくださいな。レックスも御子様達も、ほっといてまで彼女にむちゅうになるのは、行きすぎだと思いますよ。」


「うん、反省。少しひかえる。」


 その夜、深夜に目をさましたシエラは、いびきをかきつつ、となりで気持ち良さそうに寝ているレックスを見て、げんなりしてしまう。


(私って最低。今、生理的にすごくいやに思えた。ほんと、どうしちゃったんだろ。結婚した当初は、あれだけ好きだったのに。でも、考えてみれば、レックスとは、いつのまにか恋人になって、夫婦になってた。


 恋愛期間は確かにあったけど、それもバテントス騒ぎで、恋人らしい時間はほとんどすごしていなかったし、恋愛といっても、大好きとかそんな感じで、昔、物語で読んであこがれた、燃え上がるような恋ってわけでもなかった。)


 プリシラのくったくのない笑顔が、シエラの脳裏(のうり)をよぎった。うれしそうにあこがれを口にし、ティムが気になるから紹介してくれと言う。


(今日、ティムをつかまえて、そのことを話したら、ティムもプリシラが気になってた。きっと、すぐにくっついちゃうかもね。そしてたぶん、燃え上がるんだろうな。燃えるような恋に発展するんだろうな。)


 うらやましい、と感じた。そして、嫉妬(しっと)。シエラは、あわててその感情を殺した。心臓がドキドキしている。


(恋をするって、そんなにうらやましいことだったの。嫉妬してまで? ううん、ただの恋に嫉妬してるんじゃない。燃えるような恋よ。見も心もこげつくすような恋よ。私があこがれた物語にあるような恋。私、こんな恋をしたがってるの? だから、レックスとすごしたくなくなったの? もう、レックスに恋をしてないから?)


「シエラ、義務ですごす必要はないよ。無理におれに付き合わなくてもいい。」


 レックスは、目をつぶったまま、そう言った。シエラは、ギクリとした。自分が思ったことがつたわったのか。


 レックスは、


「それだけはげしく思ってりゃあな。なあ、シエラ。一度、関係を御破算にしないか。離婚とかじゃなくてさ。おれ達の関係をリセットして、お互い考えてみないか。お前が、おれのこと、なんとも思ってないなら、それもいいと思う。」


 シエラは、がくぜんとした。そのまま、寝室をとびだしてしまった。ライアスは、


「いじわるな言い方だな。最低だよ、君は。」


 レックスは、ムッとした。


「なんだよ、帰ってきてたのかよ。エッジはどうした。」


「こっちに向かっているよ。仕事が終わったんで、ぼくだけ一足先にもどってきた。それよりも、なんであんなことを言ったんだ。君らしくない。」


「しょうがないだろ。あんなふうに思われちゃあな。なんだよ、久しぶりに家にいるかと思えばさ。」


 ライアスは、ため息をついた。


「シエラが、本心から、あんなことを思うはずない。ここのところ忙しかったし、つかれていたんだろう。ずっと君を支え続けて五年。彼女はいつも、君のそばにいたじゃないか。」


「おれを支え続けていたのは、お前だ。あっちは、育児と仕事で、いっぱいいっぱいだったしな。なんだよ、どこに行くとも言わず、しばらく留守にしたあげく、帰ってくるなり、お小言かよ。」


 レックスは、フトンにもぐりこんでしまった。ライアスは、フトンをはがす。


「レックス、シエラにあやまってこいよ。きっと、子供部屋で泣いてるから。」


 レックスは、上半身を起こし、ライアスをにらんだ。


「お前、魂だけなんだろ。せめて夜くらい、家に帰ってこいよ。お前も、どこに行くとも言わずに、フラフラと毎回出かけやがってよ。」


「仕事だって言っただろ。くわしい話は明日するから。とにかく今はあやまれ。」


「うるっさい。お前もシエラとおんなじだ。ずっと、おれのそばにいたいとか言っときながら、こうだもんな。これじゃあ、ほんとにおれのそばにいたいのか、さっぱりだ。」


 さすがに、ライアスもカッとなった。レックスの胸ぐらをつかみ、ベッドから引きずり落とす。


「いい加減にしろ! 手がはなせない仕事をしてたんだよ。だから、帰ってこれなかったんだ。」


 レックスは、ライアスの腕をつかんだ。どうやら、ピアスの力で、ライアスの腕だけ実体化させたらしい。ライアスは、びっくりした。いつのまに、こんなことが、できるようになった?


 レックスは、笑った。


「さあな。おれも、こんなことが、できるようになってたなんて、今、知ったばかりだ。腕ができるんなら、たぶん体も。」


 ライアスの姿がシエラに変わった。レックスは、つかんでいるシエラの腕を引きよせ、だきしめる。完全に実体化している。レックスは、


「もう、向こうのシエラはいい。シエラは、お前一人だ。」


「レックス、はなせ、何を言ってるんだ。」


 シエラは、自分達のまわりに黒い霧がふっているのに気がついた。あわてて、レックスのピアスを使い、結界を張り黒い霧をはじく。結界を張ると同時に、レックスの腕の力がゆるみ、シエラをはなした。ライアスにもどる。レックスは、ぼんやりとしていた。


「だいじょうぶ、レックス。気分は。」


 結界の中から見ると、黒い霧はまだ降りそそいでいる。天井付近からゆっくりと雪のように、結界の中の自分達に向けて舞い降りてきている。ライアスは、ぼんやりしているレックスの顔をのぞきみた。目の焦点(しょうてん)が合っていない。


 ライアスは、まさかと思った。


(これは呪詛(じゅそ)だ。やつらが使う呪詛の黒い霧だ。けど、ゼルムにあった、やつらの本拠地は徹底的につぶしたはず。組織を壊滅(かいめつ)させ、首謀者だってしとめたはずなのに。まさか、フェイク? ぼくとエッジがつぶしたのは、フェイクだったってのか。)


 ぼんやりしていたレックスが、また、ライアスの左腕だけを実体化させ、つかんだ。レックスは、ギラギラとした目で、ライアスを見つめている。


「もう、どこにもいくな。おれのそばにいろ。お前は、おれ自身だ。そして、おれだけのシエラだ。理想のシエラだ。理想にシエラになってくれるよな。うんと言うまで、この手をはなすつもりはない。」


「寝ぼけたことを言うな。目をさませ、君は今、呪詛にやられてるんだよ。さっきの黒い霧の毒にあてられたんだ。」


 ライアスは、実体化を()こうとした。だが、解けない。腕も、レックスの手に接着剤でぴったりくっついたように、どうしてもはなれない。レックスは、


「お前に選択肢はない。理想のシエラになるつもりは無かったら、このまま、おれに引きずり込み、おれの一部にしてやってもいいんだぞ。お前がおれから、はなれさえしなければ、おれはどっちでもいいからな。」


「どうして、そんなにぼくに執着するんだ。シエラは、いるんだよ。」


 レックスは、笑った。


「おれを愛していないシエラなんていらないんだよ。もう、なんとも思ってないようだしな。なら、おれのそばに置く必要はない。どこにでも、行っちまえばいいさ。けど、お前は違う。」


 この呪詛の呪いは強力だ。一度、心に入り込むと自制がきかなくなってしまう。おまけに、本人が気がついていない願望までたたき起こしてしまう。ライアスは、歯ぎしりをした。今のレックスに何を言ってもムダだ。


 ライアスは、剣を出現させ、レックスがつかんでいる自分の左腕を切り落とした。パッと散る血に、レックスはひるむ。ライアスは、レックスを思いっきり()り飛ばした。


 霊体でも激痛が走る。ライアスは苦痛に顔をゆがませつつ、血をしたたらせながら、シエラがいる子供部屋へと飛んだ。


 ライアスに逃げられたレックスは、クソと思った。


(おれよりもシエラか。どうしても、シエラを選ぶのか。それが、お前の本心か。)


 レックスは、ゆっくりと立ち上がった。そして、切り落とされた腕を床にたたきつけるよう捨てる。腕は、床にとどくと同時にスッと消えた。



 シエラは、子供部屋のすみで、声を殺して泣いていた。


(私のせいだわ、何もかも。私がレックスを放っておいたから。もっと、大事にするんだった。恋をしたいなんて、一時の気の迷いにまどわされるなんて。)


 ライアスが現れた。左腕のないライアスを見て、シエラは真っ青になってしまう。ライアスは、激痛に顔をゆがませながら、声を出すなと言った。


「子供が起きてしまう。心配しないで、腕はすぐに再生する。それよりも逃げろ。非常にやっかいなことになった。」


「やっかい、何があったの。」


「レックスに呪詛をかけた者がいる。呪詛をかけられたレックスは、君にとっては危険だ。この剣を。」


 ライアスは、王家の剣をシエラにおしつけた。


「君をサラサにおくる、ただし意識だけだ。そこで、シゼレからくわしい話をきけ。今のシゼレなら、霊体を見ることができるから。」


「待って、意味がわからないわ。なぜ、レックスが危険なの。ジュソってなんなの。」


 ライアスの腕が再生した。苦痛にゆがんでいた顔がもとにもどる。ライアスは、シエラをだきしめた。


「愛しているよ、シエラ。君が一番だ。レックスよりも、だれよりも君を愛している。君とすごした時間の長さが、君への愛情の深さだ。準備はいいか。」


 ライアスはビクリとし、シエラからはなれた。


「どうしたの、兄様。」


「レックスが、ぼくをしばりあげている。力を使わせないつもり、だ。ク。」


 レックスは、杖を使っているだろう。ライアスの霊体を見えない糸で、がんじがらめにしている。ライアスは、こんしんの力を使い、シエラの意識をサラサにむけて飛ばした。シエラの意識が肉体からぬけ、トンネルのようなものに吸い込まれていく。


「兄様、ライアス兄様! エル、ルナ!」


 ぐんぐん遠ざかるライアスの姿、そして子供部屋。気がついたら、サラサのシゼレの執務室にいた。シエラは、その場にうずくまり、泣いた。


 コトリと音がする。(あか)りを持ったシゼレが執務室に入ってきた。そして、小さくうずくまる妹を見つめる。


胸騒(むなさわ)ぎがして目がさめた。なにがあったんだ、シエラ。」


「シゼレ兄様、私。」


 シエラは、シゼレにだきついた。だが、すりぬけてしまう。コトリと床におちる、王家の剣。シゼレは、剣をひろいあげた。

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