さいごのお話、魔法がとけるとき(3)
ルーファス邸のさわぎから数日たった。レックスは、宮殿の謁見室に、三度にわけて宮殿の従業員をすべて集めて、こう話した。
「ここに集まってもらったのは他でもない。お前達一人ひとりに確かめたいことがあるからだ。我が妻、シエラのことだ。お前達はシエラを奥方と呼ぶ。そのことについてだ。以前ならば、お前達の過去への感情を考慮に入れ、そう呼ぶことに私も妻も耐えていた。だが、今はシエラは法王の娘である。そのことは、お前達も知っているだろう。なのに、いまだに奥方とは、どういうことだ。」
その場にいた者達は、いっせいにざわざわし始めた。レックスは、
「昨日の夕、法王からマーレル教会を通して苦言がきた。法王は、たいそうお怒りの御様子だったらしい。今後、シエラのことは、奥方ではなく王后と呼びうやまえ。したがうつもりのない者は、この宮殿から立ち去ることを許可する。以上だ。」
有無を言わさないレックスの態度に、宮殿中が波のようにざわめきたった。レックスは、執務室にエリオットを呼んだ。
「エリオット、あとはお前にまかせる。いままでが、いままでだったから、態度を改めようとしない者も必ずでるはずだ。遠慮は、いらない。宮殿の従業員すべてをリストラするつもりで対処にあたれ。宮殿の機能が、マヒしたってかまわん。」
「人員の補充はどうしますか。」
「一般募集でいい。身分の差をとわず、幅広く集めろ。採用条件は、ただ一つ。それ以外、必要ない。」
「責任をもって、対処にあたります。」
レックスは、たのむと言った。エリオットは、
「このごろのあなたは、ライアス公に似てきましたね。態度やしぐさが、そっくりですよ。」
レックスは、うれしそうに、
「おれ、似てきたのか。このごろ、そう感じてたんだよ。王様らしくと言われても、ピンとこないから、とりあえず、あいつを真似ることにしたんだ。ちなみに今日は、あいつは入っていないぜ。ぜんぶ、おれ一人でしゃべったんだ。どうだ、ちょっと格があがったろ。」
エリオットは、
「いまので、少しおちましたよ。ところで、ルナさん、いえ王女殿下の御様子は、いかがですか。」
「なんとも言えないな。シエラが、ぴったりくっついて看病してるんだがな。」
「兄上様の御様子はいかがです。」
レックスは、笑った。
「ここへきたばかりときは、クラサへ帰るだの、なんだのとさわいでたけど、体が弱ってたから帰るのを引き止めていたんだ。けど、元気になったとたん、帰るなんて言わなくなっちまった。どうも、ジョゼに恋しちまったみたいなんだよ。さすが、おれの兄弟。単純にできてるとこなんか、そっくりだって思った。」
「どうなさるおつもりなのですか。仮にも実兄なのですから、このまま居候というわけにはいかないでしょう。」
レックスは、考えた。
「ダイスの戸籍をマーレル市につくり、父さんの庶子として認知する。ウォーレン・サクセス・マーレル・レイ公爵の子としてな。たとえ、庶子でも、父親がマーレル公ならば、ダイスも上級貴族だ。そして、クラサを相続させ、ダイスをクラサ公爵にする。どうだ。」
「庶子ですか。まあ、父親の立場を考えれば、それしかないですからね。クラサ公と言う事は、ダイスには、マーレル公は相続させないというお考えなのですね。」
「昔はともかく、マーレル市を人質にとれるくらいの権力を持っているからな。ダイス本人に野心は無くても、二人目のルーファスが出てくるとも限らないし。まあ、父さんとダイスの母親は結婚してないから、庶子でもダイスは気にしないだろう。ようは、魂の絆、それでいい。」
「・・・あなた様も御苦労が多いですね。そこのところも、ライアス公によく似てますよ。」
「苦労はよけいだ。おれは、いまを楽しんでるんだからな。たしかに、いろんな問題は山積みだよ。でも、おしつぶされたくはない。なら、いっそのこと、楽しんでしまえばいい。ようは、考え方一つだ。」
エリオットは退出した。レックスは、あくびをする。三度も同じことをして、さすがにつかれた。
そして、その年は過ぎ去り、年が明けたばかりの暖かな日、ミランダが男の子の赤ん坊を連れて、宮殿へとやってきた。
シエラは、ミランダの赤ん坊をだっこしつつ、
「もう三ヵ月になるんだね。産まれたとティムからきいたのが昨日のよう。時がたつって早いのね。ね、シュウ君。君、黒髪が素敵だね。お父さんとお母さんに似たんだよね。」
エルは、自分もだっこしたいと、シエラにせがんだ。
「おっことさないようにね。そうそう、床にすわって優しくだいてね。でないと赤ちゃん苦しくて泣いちゃうから。」
エルは、シエラにささえられながら、だっこした。
「シュウ君。はじめまして。ぼく、君のお兄さんのエルだよ。なかよくしようね。」
シエラは、シュウをミランダに返した。そして、
「ミランダ。ミランダさえよかったら、仕事に復帰しない。シュウ君つれてさ。子供の数が多いほうが、私もエルもうれしいしね。」
ルナが、イスにすわったまま、じっとこっちを見ている。ミランダが、ルナの手をとり、シュウをだかせた。ルナは、赤ん坊を見ているようだった。そして、ミランダはシュウをだきあげ、シュウの小さなくちびるをルナのほおに、そっとあてた。
赤ん坊は、反射的にルナのほおをペロリとなめた。そのくすぐったい甘い感触が、ルナの眠っていた心を呼びさます。
「お母さん。」
ルナは、そうつぶやいた。
「お母さん、お母さん。」
シエラは、ルナをだきしめた。
「お母さん、ルナのお母さん。」
「ルナ、私がわかるの? ほんとにわかるの? よかった、ほんとによかった。」
「ルナね、ずっとずっと待ってたのよ。お母さんがきっと、むかえにきてくれるって。ずっと信じて待ってたのよ。」
「うん、待っててくれてたんだね。ずっと、待っててくれたんだね。ごめんね、もっと早くむかえに行けなくて。ごめんね、ルナ。」
シエラは、泣いていた。エルが、おずおずと近よってくる。シエラは、エルをルナの前に出した。
「あなたの弟のエルシオンよ。エルって呼んでね。」
ルナは、
「知ってる。ルナに毎日キスしてくれたのおぼえている。ね、お父さんは? お父さんにも会いたい。金色の髪のお父さんに。」
レックスは、すぐに飛んできた。ロイドもいっしょだ。
「お父さん。」
レックスは、ルナをだきあげた。
「やーっとお目ざめか、おれのルナ王女殿下は。もう一回、父ちゃんって呼んでくれ。お父さんじゃなくて、父ちゃんだぞ。」
「うん、父ちゃん。」
レックスは、うれしそうだった。ロイドがレックスをつっつく。レックスは、
「こいつは、おれの舎弟でロイドってんだ。もちろん、おぼえてないよな。」
「だれが舎弟だ。ルナ、おれのことおぼえてるだろ。」
ルナはキョトンとしていた。ロイドは、がっくりときてしまう。
「なんだよ、婚約者をおぼえてないなんて。」
「おぼえてなくてけっこう。婚約は破棄だ。さっさと仕事にもどれ。」
「あきらめないからな、絶対。けど、今はお前にあずけておく。親子水入らずをじゃましちゃわるいから、引き上げてやるよ。ったく。」
ロイドは、ムッとしたまま行ってしまった。レックスは、ルナをおろした。そして、銀色の頭をなでる。
「父ちゃん、仕事あるからもどるからな。エルといい子にしていろよ。帰ったら、うんと遊ぼうな。」
ルナは、うんとうなずいた。そして、エルにむかい、
「姉ちゃんのこと、たのんだぞ、エル。」
「うんわかった、父ちゃん。」
レックスは行った。シエラは、ミランダに礼を言う。
「ありがとう、ミランダ、シュウ君。こんなうれしいことはないわ。」
「そんな、大げさです。でも、少しでもお役にたったのなら、私としてもうれしい限りです。ところで、ジョゼさんはどこにいるんです。姿は見えないようですが。」
シエラは、頭をかいた。
「ミランダに復帰してもらいたい理由はそれなの。ダイスさんのことは知ってるよね。今、ジョゼさんは、ダイスさんに勉強教えているのよ。読み書きは、ほとんどできないし、礼儀作法も知らないしさ。しかも、レックスそっくりで、物おぼえがわるくて教えるの大変なんだ。さすが兄弟ってとこ。」
そして、ミランダの顔をじっと見る。
「会って、びっくりしないでね。父さん、そっくりなんだからね。ほんとに、そっくりなんだからね!」
ミランダは、あきれた。
「そんなことを心配なさっているのですか。いくら親子で似ていても、しょせん他人ですよ。私が愛したあの人ではありません。それに今は、とても幸せなんですから。」
ミランダは、シュウの顔を見てほほえんだ。シュウは、あくびをした。そろそろ、おねむの時間らしい。ミランダは、
「じゃあ、そろそろおいとまします。いつ復帰するかは、主人と相談してからにします。明日あたり、帰ってくるはずですから。」
シエラは、両手をあわせた。
「ごめんね。せかしてしまってさ。ほんとはもっと休暇あげたかったけどもさ。送りむかえの馬車は、こっちで用意するわ。」
「気にしないでください。こうして、ここにいると私は楽しいですから。」
ミランダがシュウとともに去ったあと、シエラは子供部屋の床にペタリとすわりこんでしまった。なんか、一気に緊張がほどけてしまった。ルナが、シエラのそばにしゃがみ、顔をのぞきこんだ。
「お母さん、どうしたの。どこか痛いの。」
シエラは、首をふった。
「ルナは優しい子ね。そうだ、絵本を読んであげるわ。エル、あの本持ってきて。エルの好きな本。」
エルは、ささっと本を持ってくる。シエラは床に本をひろげ、これで百回以上になる朗読を始めた。
その夜、レックスは、久しぶりにシエラとすごしていた。
「シエラ、ルナが目をさました、きっかけはなんだったんだ。」
「シュウ君が、キスしたんだよね。キスってよりも、ほっぺたなめたんだよ。ペロッてね。その瞬間ね。ほら、赤ちゃんて、口にさわるもの、なんでもなめちゃうでしょ。エルもそうだったでしょ。レックスのほっぺたにキスさせようとすると、ペロッてね。」
レックスは、ほおをなでた。
「確かにな。キスよりも、なめられてた。でもありゃ、くすぐったかったな。なんとも言えない、くすぐったい感触だったな。あまーくて優しい。」
「たぶん、それなんだと思う。あまくて優しい感触。それって、小さな赤ちゃんと、お母さんだけが持てる濃密な感覚なんだよね。チュッとキスするだけじゃあ、そこまでいかないもんね。たぶん、その感覚がルナの心を目ざめさせたと思うの。」
レックスは、急に機嫌が悪くなった。シエラのいうことが事実なら、ロイドは、キスと同時にルナのほおをなめた事になる。あとで、問いつめてシメてやろうと思った。
「ところでなあ、シエラ。ダイスのやつ、さっき会ってきたら、ジョゼと結婚したいなんて言い出したぞ。再婚でもなんでもかまわないってさ。お前、どう思う。」
「ジョゼさんは、ダイスさんのこと、どう思ってるのかな。それが先よ。」
「ダイスは、惚れっぽいとこがある男なんだよな。娼婦にのぼせあがってたしな。おれとしては、もう少し様子を見ようかと考えてるんだ。」
シエラは、顔をしかめた。
「様子も何もないんじゃない。どう考えても、父さんのコピーよ。気に入ると、みさかいなくなるとこなんかさ。明日にでも私からジョゼさんに確認してみるわね。」
「コピーね。実際会ったこともないのに、よくあそこまで似るもんなんだな。さすが、魂の絆、か。でも、よけいなとこまで絆はなくてもいい。おれが苦労するだけだ。」
「おかげで、引き止められたんじゃない? うれしいくせに。」
ダイスは、この年の春、ウォーレン・サクセス二世と改名し、クラサ公爵となった。ルナは正式にロイドと婚約をし、ロイドは夏の卒業と同時に、フライスが担当していたダリウス軍を引きついだ。
フライスは、引退したルーファスに代わり国会議事長となり、旧態以前としていた国会の改革に着手し始め、宮殿内もエリオットの容赦のない人事により、大幅な入れ替えがおこなわれた。
そして、季節は夏がすぎ秋にさしかかるころ、レックスは自分の体調に異変を感じ始めていた。
第五章へ続く。
魂の絆、この作品全体を通してのテーマです。この作品は、魂の絆を中心にさまざまな物語が展開していく仕組みになっています。それは、現実世界をこえ、時空間すらもこえていく、人と人とのつながりを意味しています。それは、家族とか友人とかのせまい範囲での人間関係だけではなく、いまだ知ることもない、未来の絆をも指し示しているのです。
四章、お読みくださりありがとうございました。