さいごのお話、魔法がとけるとき(2)
レックスは、そのまま動かず、ダイスの最初の一撃をさけ、そして、杖の先でダイスのひたいをついた。杖は、ブスリとダイスのひたいに食い込み、見ていたフライスとルーファスは、あっと声をあげる。
杖が食い込んでいるひたいからは、血は出ていなかった。オノが床に落ち、ダイスは腕をダランとさせ、口を大きくあけたまま動きを止めた。
ライアスは、
「レックス、いまだ。行け!」
杖を持つ手元が強く輝き、その光が長いヤリの柄をすべるよう走り、ダイスのひたいに吸い込まれていく。ダイスは悲鳴をあげ、白目をむき体を硬直させ、杖をひたいを突きさしたまま気を失った。
死人のような顔をしたダイスを見、フライスとルーファスは死んだのかと思った。ライアスは、
「死んではいない。悪霊を追い出しただけだ。レックスは今、ダイスを呼びもどす作業をしている。」
ルーファスは、
「お前は、ライアス公なのか。陛下の体に乗り移っているのか。」
ライアスは、杖を持ったまま、横目でルーファスを見、笑った。ルーファスは、いつ見ても、腹が立つ表情だと思った。
ライアスは、
「この杖はね。別名、ダリウスの知恵の杖と呼ばれているんだ。ほら、聖堂の壁画でよく見るだろ。それの実物。なぜ、レックスがこれを持っているかって? それは自分で、よーく考えてみよう。」
ルーファスは、
「さっさと、ここから出て行け! このさわぎの補修費は、すべて請求するぞ。」
「ああいいとも。そのかわり、君の罪も明白となる。王の実兄を拉致してたってね。ひどいあつかいをし、精神に異常をきたさせたってね。まあ、君には牢屋よりも、病院のほうが似合っているかもね。君も、もうすでに、まともじゃないよ。」
ルーファスは、
「亡霊ごときに何がわかる。マーレル中のイクソシストを集めてやる。」
ライアスは、よゆうたっぷりに笑った。
「ルーファス、いい加減にしろ。君の負けだ。これ以上、ぼくの主をはずかしめるような真似をするなら、それそうおうの報いは受けてもらう。ぼくは、レックスとは違い、白黒をはっきりさせるタイプだからね。」
「出て行け! 何が主だ。白黒させるのは、こっちだ。はっきり言う。運び屋の王など、マーレルには必要ない。お前ら全員、身分を剥奪して、ダリウスから追い出してやる!」
ライアスは、あきれたようにルーファスの顔を見た。ライアスは、両手でつかんでいた杖を片手でつかみ、もう片方に王家の剣を出現させる。そして、
「魔につかれし者よ。自らの意志で魔の手下となりはてた者よ。我が正義の剣のもとに、天空の娘ミユティカの名にかけて、そなたを自らのおもむく世界へと導かん。行け、ルーファスの魂。自分の未来をその目でたしかめろ。」
ライアスは、剣をルーファスに向けて投げつけた。剣はルーファスの心臓をつらぬき、ライアスの手へともどった。ルーファスはドサリとたおれる。息はしていなかった。
フライスは、
「こ、殺したのか?」
「魂をぬいただけだ。すぐにもどってきて目をさますよ。あんまり言う事きかないから、おしおきしただけ。でも、この家ひどいね。ルーファスが悪いやつだから、変な霊がたくさん寄ってきている。これじゃあ、ダイスは、とっつかれてしまうよ。あとで、イクソシストいっぱい呼んで、除霊してもらったほうがいいよ。」
「陛下はいま?」
「兄弟二人だけで、話をさせてやって。つい最近まで、おたがいの存在を知らなかったとはいえ、縁あって、めぐり合うことができたんだ。きっと、うまくいく。」
レックスは、暗いもやのなかで、小さくうずくまるダイスの姿を見つけた。ダイスのそばには女がいる。目隠ししているところを見ると、ライアスが言っていた娼婦だろう。女は、ダイスに優しくささやきかけていた。
「何も見ちゃだめよ。私以外、見てはいや。せっかく、あなたとこうして話ができるのよ。だから、私だけを思って。」
「約束守って、きてくれたんだな。待ってたよ。お前が好きだ。結婚してくれ。」
「ええ、いいわ。結婚しましょう。」
レックスは、手にしている杖を女にさしむけた。
「ダイス、目をさませ。その女は幻だ。言うことをきくな!」
女は、
「子供をつくって幸せにくらしましょう。男の子と女の子、どっちがいい。」
ダイスは、女を見つめる。
「おれは、どっちでもいい。男でも女でも。それよりも、目隠しをとってくれ。顔を見たい。」
女は、目隠しをほどこうと、頭のうしろに手をのばした。レックスは、杖で女の幻を消す。ダイスは悲鳴をあげた。レックスは、
「目をさませと言ってるだろ。つごうのいい幻なんかにまどわされるな。その女は、お前の願望からできているだけだ。」
ダイスは、にらんだ。
「お前に何がわかる。おれはいままで、父親がだれであるか知らなかった。いくらきいても、母さんは教えてくれなかった。ただ、死んだとだけ。ひたすら、死んだとだけだった。子供心にも、それはウソだとわかっていた。死んではいない、母さんとおれは、父親に捨てられたと。おれは、どんなひどい男かと、ずっとうらんでいた。」
「なら、なぜ今になって、おれに会いにきた。にくい男の息子に復讐するつもりだったのか?」
「ああ、そう思った。お前のせいで、母さんとおれは、捨てられたようなものだしな。」
「だったら、気がすむまで、おれをなぐればいい。思うぞんぶんなぐって、うらみを晴らせばいいさ。」
レックスは、杖を持ったまま、両手をひろげた。ダイスは、カッとして、思いっきりレックスのほおをなぐった。一発、二発。三発、そして、四発目はなかった。レックスは、そのかん、だまってなぐられていた。
「どうした、もうおしまいか。」
ダイスは、ガクッとその場にひざをついた。
「なぜ、お前はだまってなぐられている。王なんだぞ、平民のおれなんか、どうにでもなるだろうに。」
「権力や地位でできることには、現実世界でもってしても、しょせん限りがある。しかも、心の世界では無意味だ。できることは、誠心誠意つくすことだけ。」
レックスの持つ杖が、黄金色に輝きだした。強く暖かな光だった。興奮していたダイスは、その光に照らされ、次第に落ちつきを取りもどしていく。
レックスは、
「ダイス、お前はまちがいなく父さんの息子だ。その髪、顔立ち、性格までもよく似ている。はじめて会ったとき、父さんが生き返ったかと思ったくらいだ。」
ダイスは、レックスから目をそむけた。
「母さんから死ぬまぎわに、おれには腹違いの弟がいると教えてもらい、その弟が現ダリウス王だと言われた時、どれだけショックを受けたか、お前にはわからないだろう。生活の面倒を見てくれた、クラサのジーサンとバーサンから話をきくまで、おれは、母親が狂ったと思ってたくらいだった。
無性に腹が立ったさ。どうしようもないくらいにだ。同じ血を分けた兄弟なのに、なぜこうも違うのかと。」
レックスは、手をさしのべた。
「おれの手をよく見てみろ。運び屋してたって知ってるだろ。その時の傷が、まだ残っている。木箱でひっかいた古傷だ。」
ダイスは、警戒しつつ、レックスの手を見た。そして、目をそらす。
レックスは、
「父さんの最後は、クラサのジーサン達からきいたはずだ。そして、墓もな。父さんの墓は、マーレルへうつす予定だ。王家の一員として、おれの父親として埋葬しなおしてやりたい。そして、その功績をきちんとさせるつもりでいる。それが、苦労の連続だった父さんへの、せめてものおれの気持ちだ。」
「だから、なんだって言うんだよ。おれにはしょせん、関係ないことばかりだ。おれはクラサに帰る。お前とは二度と会うつもりはない。」
「おれは、お前に会えてうれしかった。ひとりっ子だったと思ってたけど、兄貴がいたと知って、すごくうれしかった。会ってまもないのに、こう言うのもなんだけど、言わせてくれないか。兄さん、愛してるって。」
ダイスは、その言葉にひるんだ。そして、
「なぜ、そう言える。会ってまもないのに、愛せるわけないだろ。」
「いいや、言える。現におれの心にあるんだから、お前が好きだって気持ちが。だって、兄弟だろ。同じ父さんの子なんだろ。縁あって、そういう環境に産まれてきたんだろ。魂の絆を、おれは信じる。」
「お前、王なんだろ。平民のおれとは、天地ほど差があるんだろ。」
レックスは、笑った。
「手を見せた意味を理解してないな。おれも平民だったんだよ。親父は金遣いが荒くてな。しょっちゅう、食うや食わずの生活だった。ただ、おれは、王家の出だったんで、王様が必要だと言われたから、王様やってるだけだ。でなきゃ、今でもゼルムで運び屋やってたよ。
王と平民の差なんて、しょせん、それだけのものだ。目にうつるもの、耳にきこえるものだけが真実ではないんだよ。本当の世界は、もっと広くて深いものなんだ。」
レックスは、杖を上空へと向けてのばした。杖ははるか天へと吸い込まれていく。
「こんなシケたとこ、さっさとおさらばしよう。こんな場所で話していたって、前向きな答えはみつからない。おれの家で体を休めてどうするか、じっくりと考えればいい。お前が、どういう答えを出そうとも、監禁なんかしないから安心しろ。」
レックスは、手をさしのべた。ダイスは、少しとまどいつつ、その手をにぎる。レックスは、もどってきた。そして、ダイスのひたいから杖をぬき、たおれかけるダイスを受け止めた。
「フライス、あとはたのむ。あ、それと、ここの請求は宮殿に回してもいいからな。ルーファスのやつ、気絶してんのか。まあ、こわい目にあったしな。悪いが、ベッドに運んでやってくれ。じゃあ。」
レックスは、ダイスを肩に乗せ、杖をピアスにもどし玄関へと向かった。そして、ざわざわとしている使用人達のあいだをすりぬけ、紅竜にダイスを乗せ、そのまま家の外へと走り、人の目のとどかない位置で飛べと命じた。
紅竜は羽ばたき、宮殿へと向かう。そして、ルーファスは目をさました。
「静かだな。陛下とダイスはどうした。」
「いませんよ。二人ともお帰りになられました。気分はいかがですか。」
「最悪だ、吐き気がする。それに、ひどい家の有様だ。」
フライスは、周囲の惨状を見回した。
「御自分がまいたタネですよ。御自分の財で修理なさってください。私も家に帰ります。あとは、お好きなように。」
「お前も私を見捨てるのか。」
「もう、御自分が何をなさっていたのか、あなたは理解しているはずです。軽んじ、おとしめていた相手がだれであるかをね。」
「お前は、最初から知っていたのだろう。なぜ、だまっていた。」
「そこまでは知りませんでしたよ。でもこれで、双頭の白竜が出現した理由がわかりました。それに、知っていたとしても、あなたは信じなかったでしょう。では、失礼します。」
フライスは行ってしまった。使用人達が、おそるおそる家へと入ってくる。ルーファスは、その場から動こうとはしなかった。