さいごのお話、魔法がとけるとき(1)
お母さん、ルナお姉ちゃんにキスしていい?
いいわよ、でも三回目よ。もう寝なさい。
お母さんだって、さっきからずっとしてるじゃないか。
ルナが眠るまでしてるの。
だったら、エルもする。
それじゃあ、だれも眠らなくなってしまうわ。
じゃあ、あと一回だけ。お母さんも一回だけだよ。みんなして寝よう。
そうね。エル、お母さんにもキスしてほしいな。
エルは、シエラのくちびるに、小さなくちびるをかさねた。そして、ルナのひたいにキスをする。
「おやすみ、お姉ちゃん。はやく元気になって。」
エルは、すぐさま眠ってしまった。シエラは、エルの髪をそっとなでた。そして、同じベッドで寝ているルナをだきしめる。
(必ず奇跡はおこる。信じる力で奇跡をおこしてみせる。)
ルナは、シエラの胸の中で眠りへとついた。
フライスは、議事堂で夜おそくまでルーファスと話し合っていた。ルーファスは、なかなか首を縦にはふらない。さすがにフライスも、つかれはててくる。
「ルーファス、もういい加減にしてください。あなただって、わかっているはずです。なぜ、王が、これほどまでに軽んじられているのか。これでは、王がいるのに王不在時となんらかわりません。このままでは、王国としての意味がなくなってしまいます。」
「あの若造が勝手すぎるだけだ。古きよきダリウス王朝の伝統を、すべてこわそうとしている。あの若造のせいで、王家の威信はどれだけ地におちたことか。わしは、それを元にもどそうとしているだけだ。ったく、お前まで、あやつらの毒に当てられるとわな。娼婦の娘をお前の養子にするなど言語道断だ。」
ルーファスは、いまいましそうにフライスの顔をにらんだ。
「ダイスさんを監禁しているのも、そのためだと。これ以上の行為は、王家の威信をさらにおとしめると。私は王不在時の十三年もふくめて、ずっとあなたを支え続けてきました。あなたの苦労も、ともにわかちあってきたつもりです。」
「しつこいくらい、今夜はねばるな、お前は。もう、真夜中だぞ。わしを、家に帰さないつもりか。」
「あの夫婦は、私を信頼してくれたんです。彼らが、このマーレルへときて四年。どれだけ苦労したか、あなただってわかっているはずです。もう少し、あなたが彼らを大事にしてくれされすれば、あれほど苦労をしなかったはずですよ。」
「なにもかも、わしのせいだと言うのか。たかが、異国の侵略者を撃退したくらいで、英雄などといい気になり、王としてのふるまいも実力もないのに、このマーレルで、いばりちらされてはたまらんからな。」
「それは言い訳です。彼らは、謙虚すぎるくらい謙虚でしたよ。ねばり強く、そして決しておごらず、いつも努力に努力をかさねていました。本心を言ってください。それとも、私がかわりに、あなたの本心を言いますか。」
ルーファスは、組んでいた両腕にグッと力を入れた。フライスは、
「王不在の十三年間、あなたが守ってきたものすべてを否定しようとしているからでしょう。あなたは、御自分がすでに用済みとなっている事実にたえきれない。御自分の考えが古く、時代にあわなくなってきている事実にもね。」
ルーファスは、ドンとテーブルをたたいた。
「それ以上言うな。いくら、お前でも許さないぞ。あの運び屋の王では、いずれ王家は滅びる。それだけは阻止しなければならん。」
「しません。あなたは、ありえない妄想に取り付かれている。彼らは、いままでにない、まったく新しいタイプの王です。そして、かつての王達とは違う考えで、この国を新しい方向へ導こうとしているのです。
時代はすでに、このエイシア島という小さな世界だけではなく、海の向こうへと広がりつつあります。異国を受け入れ、そして、対等に交流していくためには、いままでのやり方では通用しないのです。」
「だから、わしに引退しろと。わしでは、異国の者達と対等につきあえないと。」
「あなたは、異国人を受け入れられますか。王が帰国したときの、あなたの態度は、いまだに忘れてはいませんよ。実にひどい態度でしたからね。」
「だから、鼻っぱしらを折ったまでだ。」
フライスは、ため息をついた。
「自国の王でさえも、そうなのですからね。歓迎すべき時に歓迎せず、無用あつかいし、それを見た貴族や王宮の使用人達は、近衛兵もふくめて、あなたと同じ態度を取った。その態度は必ず、この国と友好を取ろうとする異国人にも出てきます。」
「わしは、この前きたイリア王国の使者には、歓迎の意をあらわしたつもりだ。」
「陛下のように心から歓迎してましたか。偽物の笑顔など、すぐにばれてしまいますよ。とにかく、ダイスさんは解放してください。あなたがしていることは、犯罪です。」
ルーファスは、青筋をたてて怒り出した。
「お前の副議の席を解任する。さっさとこの国会から出て行け。裏切り者など、わしの側近には必要ない。」
「お好きなように。それなりの覚悟で、ここへときてますから。ですが、私が離反すれば、それなりの人材も私についてきます。マーレルの貴族はすべて、あなた一人にしたがってはいませんですからね。彼らとともに、王を頂点にいただいた、本来のかたちである政権をつくります。」
「二重政権にするつもりか。ますます混乱するぞ。」
「しません。そのための、マーレル公の特権なのです。あなたは、御自分の政権をマーレル以外の都市へと持っていくしかないのです。しょせん、勝ち目はありません。」
「ダイスもつれていくぞ。」
「人質ですか。そこまで、落ちぶれるとはね。」
「さっさと出て行け。わしが、そこにある飾り物の剣を手にしないうちにな。」
ルーファスは、壁にある古い剣を指さした。フライスは、話にならないとばかりにため息をつき、イスから立ち上がろうとしたとき、ルーファスの家の使用人がとびこんできた。ダイスが、手をつけられないほど暴れていると言う。
使用人は、
「女が今朝方帰ったあと、さわいでいたのです。壁をたたいたり、大声を出したり、あまりにもひどいので様子を見に行ったら、両手が血まみれになってました。それで、それ以上さわぎたてないよう、強い酒を出して眠らせていたのですが、さきほど急に起きだして、地下室の扉をこわし、今、家をめちゃくちゃにしています。」
ルーファスの神経は切れた。
「そんな男、さっさと殺してしまえ! たすけてやった恩も忘れたのか。兄弟そろって、恩知らずの上に恥知らずだ。」
フライスは、
「宮殿に知らせろ。監禁が続いたせいで、精神に異常をきてしているんだ。陛下でなければ止められない。さっさと行け!」
ルーファスは、やめろとさけんだが、使用人はそれを無視して宮殿へと馬を走らせた。ルーファスは、机をひっくり返した。
「どいつもこいつも、わしに逆らいおって! そんなにあの新参者がいいのか。マルガリーテのバカ息子がいいのか。ドーリア公の娘を妻にした愚か者がいいのか。こんな国、さっさとのろわれてしまえ!」
さわぎをききつけ、議事堂の警備兵達がかけつけた。フライスは、すぐにルーファスを捕らえろと命ずる。ルーファスは抵抗したが、しょせん、老人の体力だ。ルーファスは、警備兵にも呪詛を吐いた。
フライスは、
「この国の兵士は、警備兵もふくめて、すべて私の管轄です。他の者達とは違い、あなたにはしたがいません。縄のままで申し訳ございませんが、すぐにあなたの御自宅にまいりましょう。彼らの本当の姿をごらんにいれますよ。双頭の白竜を呼びよせた奇跡の王である証をね。」
ルーファスとフライスが自宅へとつく前に、レックスはすでにきていた。紅竜が家の前にいたからだ。どうやら、一人できたらしい。護衛の姿はなかった。
ルーファスは、
「正気のさたとは思えん。王が供もつけずに、たった一人で、しかもこんな真夜中に。」
家の中からは物がこわれる、ひどい音がきこえてくる。使用人はすべて屋外へと退避していた。さいわい、ルーファスの家は、やたら広い敷地のど真ん中にあったので、さわぎを聞きつけたヤジ馬の姿はなかった。
フライスは、馬車からおりる前に、ルーファスの戒めをほどいた。使用人達がいっせいに、ルーファスにつめよる。
「陛下に、ここで待ってろと言われたのです。さきほどお一人で、中へとお入りになられました。」
フライスは、ルーファスを引っ張るよう、玄関から中へと入った。そして、内部の惨状を見てあぜんとした。窓は割れ、高価な家具類がすべて破壊しつくされている。音は階段の上からきこえてきたので、二人は階段をあがり奥へとむかった場所で、レックスを見つけた。
フライスは、
「陛下、御無事で。ダイスさんは?」
レックスは、ヤリほどの長さのある光る黄金の杖を持っていた。廊下の奥には、オノを持ち、うなり声をあげているダイスがいる。ダイスは猛獣のような顔つきをしており、まともではなかった。
レックスは、
「こっちへくるな。ダイスは今、悪霊にとりつかれている。ライアスの話によると、精神に異常をきたしていた上に、強い酒をかなり飲んだせいで、体を乗っ取られたらしい。」
フライスは、
「僧侶を呼びますか。イクソシストなら、大聖堂にいますよ。」
「必要ない。おれとライアスだけで対処できる。」
レックスは、杖の先をダイスに向けた。ダイスのオノよりも、長さ的には杖のほうが有利だ。だが、杖は細めのつくりであり、武器としても防具としても、あまり役に立ちそうにもない。
ダイスは、オノをふりたて、レックスにおそいかかった。