さんばんめのお話、良い魔女、悪い魔法使い(3)
ライアスは、サラサ宮殿からマーレル市内へともどった。そして、町中を適当にブラついたあと、ミランダのアパートに向かった。ミランダのアパートは、宮殿からさして離れていない住宅街にある。
ライアスは、アパートの階段をのぼり、できるだけ気配を消して、おそるおそる室内へと入った。ミランダは、だいぶ大きくなったお腹をなでつつ、産まれてくる子供の衣類をつくっていた。
「ライアス様、ようこそいらっしゃいました。ミランダの独り言をきいてください。
ミランダは、はなれていても、いつもシエラ様を思っております。大変な時期にお力になれなくて、とても心苦しくも感じております。でも、シエラ様はお強い方ですので、きっとこの試練を乗り越えられると、ミランダは信じております。
レックスは、仕事を逃げ出していませんでしょうね。くれぐれもなまけるなとつたえてください。ライアス様も、いろいろと大変でしょうけども、あの二人をよろしくお願いします。」
ライアスは、ほほえみ、そしてうなずき宮殿へともどった。子供部屋へと現れる。昼食時だったようだ。ジョゼが、ルナにスプーンで食事を与えている。エルは、その様子を見ながら、食べちらかしていた。
「あ、ライアス兄ちゃん。」
「どう、ルナの様子は。」
ジョゼが、こっちをふりむいた。そして、ルナに食事を与えつつ、その場で見えないライアスに向かい、おじぎをする。
エルは、
「ぼくね、絵本見せてあげたんだよ。そして、いっぱいキスしてあげたんだ。でも、ダメだったよ。」
ジョゼは、
「ライアス様、今は御食事中ですので、お話はあとにしてくださいませんか。」
ライアスは、エルにまたあとでと言い、部屋から出て行った。そして、さすがグラセンの紹介と思わず感心してしまう。
(まあ、ベルセアでグラセンという変り種のそばにいたからな。見えなくても、そこにいて当然という感覚がしみついている。子供達を大事にしてくれるし、何よりもシエラを王妃として、うやまってくれる。)
シエラがこっちに向かって歩いてきた。
「兄様、ちょうどよかった。フライスさん、午後、用事でこっちにくるみたいよ。レックスと話が終ったら、時間もらいましょう。ところで午前中、どこに行ってたの。」
「あちこち。そうそう、ミランダの家に行ったら伝言たのまれた。様子を見るだけで、できるだけ、気配は消してたんだけどね。あいかわらず、カンがすごいな。彼女の前じゃあ、ぼくの見えない特権なんて、無きに等しいね。」
「なんて言ってたの。え、そんなことを。やだ、妊娠中のミランダに、ずいぶん心配かけてたのね。一度くらい、会いに行こうかな。」
「やめておいたほうがいいよ。けっこう、お腹大きいしね。気を使わせちゃあ、わるいから。ぼくももう、彼女の家に行くことはひかえるよ。」
シエラは、そわそわしている。ライアスは、
「何か気になることでも?」
「あのね、仕事しながらずっと考えてたんだけど、お休み前のキスが、きっかけだったんじゃないのかな。ただキスするだけでなく、いっしょにベッドに入ってのキス。今夜、ためしてみる。」
「反応があるとは限らないよ。ぐうぜんだったかもしれないし。」
「ためしてみる。何日かかってもね。それに、ルナは私の娘よ。アデレードが残してくれた宝物なのよ。」
ライアスは、笑った。
「どうやら、エルが良い魔女を呼ぶのに成功したみたいだね。がんばれ、良い魔女さん。エルをがっかりさせないでくれよ。」
「冗談よして。私は魔女じゃないわ、母親よ。」
シエラは、子供部屋に入っていった。ライアスは、ダイスが気になりだした。ダイスは、かなり精神的に追いつめられている。レックスに話して、一刻も早く、あそこから救出したほうがいい。
(いや、下手に言ったら、すぐにでも、ルーファスの家になぐりこみに行きかねない。とりあえず、フライスの話をきこう。それからだ。)
それでもって、フライスとの話し合いは、レックスもふくめて三人、いや四人で行うことになった。シエラはまず、ライアスのついて説明をした。
「兄様は、この部屋にいるわ。フライスさんの目にうつらなくてもね。そのことで、兄様に何か質問はあるかしら。あるのだったら、私に入れてみるから、遠慮なくなんでもきいてくださいね。」
フライスは、笑った。
「彼とは、しょっちゅう話をしてますから、今さら、何もきくことはありませんよ。それよりも相談は、ルナさんのことでしょう。」
「ええ。あの、そのことで、フライスさんにたのみたいことがあるんです。その、えと、無理にとは言いませんけど。」
フライスは、レックスの顔を見た。
「親のいない子供を引き取って育てるのは、実子を育てるより難しいとききます。若いあなた方に、それだけの自覚と覚悟がありますか。まず、それをおききしたい。」
レックスは、
「ルナをここにつれてきて、二ヵ月近くだ。もう、ルナのいない子供部屋なんてお断りだね。」
シエラは、
「私も同じです。それに、ルナは私の親友の子供なんです。親友は、サラサからマーレルにお嫁にきてたんです。夫に死なれて、それで生活にこまって、その。死んだアデレードが、私にルナをたのむって言ってました。だから。」
フライスは、シエラを見つめた。そして、
「私にたのみたいのは、養子の件でしょう。話があるときいて、すぐにさっしがつきましたよ。ロイド・ゼスタ氏との婚約もありますし、私としてもこの問題が、これ以上長引くのは好みません。いいでょう、引き受けます。」
二人はホッとした表情を見せた。シエラは、
「それともう一つ。フライスさんは御存知なのでしょう。その、ルーファスさんが、ある人を家にかくまっていることを。」
フライスは、知らなかったようだ。レックスは、
「ルーファスのやつ、てっきり、お前に話しているとばかり思ってた。お前、ルーファスとつきあい長いんだろ。なのに、ひとっこともきいてなかったのかよ。」
フライスは、
「そのような方がいらっしゃるとは、まったく存じあげませんでした。ですが、ルーファスが私に相談しなかったのは、たぶん理由があるはずです。」
「その理由ってのはなんなんだよ。」
フライスは、少し考えた。
「ルナさんの件が、あったからではないですか。それと法王様の御養子の件。平民の兄がいらっしゃるとなると、あなた様の権威が、おちてしまいかねないですからね。多少慎重になっていたのでしょう。」
フライスは、ルーファスをかばっているのは、まちがいない。これ以上、レックスとルーファスの関係悪化をおそれてのことなのだろう。
レックスは、
「おれの権威ね。んなもん、あるのかよ。この四年、おれ達の味方は、だいぶ増えたとはいえ、マーレルの主要貴族どものほとんどが、いまだに、ルーファスの言いなりだ。もし、ライアスがいなかったら、おれ達なんて、ただの飾り物だったしな。まあいい。おれが心配してるのは、ダイスを監禁して、何かたくらんでんじゃないかってことだ。たとえば、シエラを女王にして、マーレル公をダイスにしちまうとか。」
「それも、考えられますね。ルーファスは、マーレル公の特権について、ずいぶん苦い顔をしてますからね。」
シエラに、ライアスが入った。
「ぼくとしては、ルーファスにそろそろ引退してもらいたいんだよ。王がいる以上、これ以上の力関係の逆転は国を弱体化させる。そして、これからは、大陸との同盟もより密接になっていくし、王を頂点とした国体でないと、それらの国の不信感をまねきかねない。バテントス対策でも、足並みがそろわなくなるおそれもある。」
フライスは、
「まだまだ元気ですよ、あの老人はね。簡単には、引退などしないでしょうね。ですが、あなた様のおっしゃることは、つねづね、私も考えていました。ルーファスの役目は、王が帰国した時点で終っているはずですからね。」
レックスは、
「権力にしがみついていたいだけだろ。ワシの目の黒いうちは、ってね。」
フライスは、
「ルーファスを引退させたかったら、方法は一つしかありません。あなたが真の王となることです、一日も早く。まずは、足元をしっかり見てください。御自分の宮殿内にさえ、あなた方を軽んじている者が大勢います。私でしたら、早々にクビを切ってますがね。」
そして、ライアスを見、
「あなた様も、そう考えておられるはずです。クリストンのライアス公は、はっきりとした意見をお持ちの方でしたからね。お二人の御意思を尊重しておられるのは、わかります。ですが、言うべきことは、きちんと言ったほうがよいですよ。ここに、いらっしゃるおつもりなのでしたらね。」
「つまり、ぼくを生きている人間とみなしてくれるのか、君は。」
「現にこうして私と話をしているでしょう。しかも、現実的なことでね。」
レックスは、
「その話は後回しだ。今はダイスを、どうにかしなければならない。おれの兄だと判明した以上、ルーファスの家に置くことはもちろん、クラサに帰すこともできないはずだ。だが、まずは取り返したい。おれと血のつながった、たった一人の兄さんだしな。」
「身分的には平民ですよ。もし、実兄として公表するのでしたら、それなりの細工が必要です。けど、王家に加えることは無理でしょう。彼は、王家とは、なんのつながりもありませんから。」
「血のつながりよりも、魂のつながりのほうが大事だ。縁あって、おれの兄さんになった男だ。お前から、ルーファスに、ダイスをこっちにわたすよう説得してくれないか。おれが乗り出すと、ケンカになっちまう。」
「わかりました。話をしてみましょう。ですが、ガンコ一徹ですからね。話が通らなかったら、私からあなた方に相談にうかがいます。」
フライスは、席をたった。フライスが去ったあと、シエラは、
「あの様子じゃあ、フライスさんでも説得は無理かもね。下手すれば、マーレル公の地位と引きかえ、なんてことになるかもね。でも最悪の場合は、覚悟しなければならないかも。」
ライアスは、だめだと言った。
「だったら、ぼくが相手だ。フライスにぼくのことをつげた以上、手加減するつもりはない。ルナの件も片付いたし、本来のマーレル公がだれか、はっきりわからせてやるまでだ。」
「無理に女王即位なんて、させられないかな。そうすれば、強制的に、マーレル公ではなくなっちゃうし。兄様、そっちのほう心配してたでしょ。」
「手はうっておいたよ。即位は、法王の許可が必要だ。シゼレは、手紙をベルセアに送ると約束してくれた。」
シエラは、ホッとした。レックスは、
「のこる問題は、ダイスだな。どうやって、うばい返すかだ。」
シエラは、
「警察を使いましょう。相手が、ルーファスさんでもかまわないわ。兄様、それでいいでしょう。」
「やるだけムダだ。たとえ、特権を使っても、相手がルーファスじゃあ警察は動かない。いや、動けないんだよ。何せ、ルーファスは国王だからね。マーレル公より地位が上の。ほんと、やっかいだよ、あの老人は。まるで、君達夫婦にのろいをかけ続ける、悪い魔法使いそのものだ。」
レックスは、
「悪い魔法使いね。言えてる。まずは足元を見ろ、か。宮殿のやつら、いつか、おれ達を認めてくれると信じて待ってたんだがな。四年待ち続けていても、法王の娘になっても、シエラはいまだに奥方だし、おれのことも、運び屋の王だと見下してるし。」
ライアスは、
「宮殿の主要従業員のほとんどは、マルガリーテ時代に、ここに勤めていた連中の寄せ集めだ。そして、足りない人数は、彼らの縁故から補充している。古株なんて、君の祖父の代から勤めているんだよ。
そんな連中にとって、マーレルの新参者でもある君達夫婦は、たとえ国王であったとしても格下の存在でしかない。しかも、過去にこだわったあげく、政敵に告げ口までするような見下げはてた連中だ。王宮にいる資格などない。
やるなら、今しかない。エルやルナのためにも、決断したほうがいい。」