さんばんめのお話、良い魔女、悪い魔法使い(1)
ダイスが、閉じ込められている牢獄に、目隠しをされた女が入ってきた。目隠しの結び目には、封印の印がつけられており、ほどこうものなら、すぐにわかるようになっている。
女は、手さぐりで、おびえるダイスを見つけ、そしてほほえむ。フワリとただよう、品のよい香水のにおい。ダイスは、魔法にかけられたよう、感覚がマヒしてしまった。
ダイスに会った日の夜、ライアスからダイスの話をきいたレックスは、心臓が飛びでるくらい驚いた。
ライアスは、
「ダイスは、君の腹違いの兄さんなんだよ。父さんが、君の母親と知り合う前につきあってた、と言うよりも遊び相手だった女性との子供だ。ぼくも知ったのは、つい二日ばかり前だ。彼について調べがついたんで、今夜あたり話そうかと考えてたんだ。」
レックスは、
「おれと腹違いだって? 父さんは何も言ってなかったぞ。」
「父さんは生前、そんな子供がいるなんて知らなかったんだよ。第一、遊び相手の女性には夫がいたしね。女性も、子供が産まれるまで、夫の子だと思ってたくらいだったしね。」
「人妻と遊んでたのかよ。ったく。それで、女は産まれた子の赤毛を見て、だんなの子じゃないとわかったってことかよ。あそこまで、赤い髪を持つ男なんて、そうめったにいないしな。」
「離婚されたみたい。赤ん坊をかかえてこまった母親が、父さんの執事夫婦、ほら、クラサの別荘にいた管理人のおじいさんとおばあさんに相談したんだ。
そのころにはもう、マルガリーテとの話が持ち上がっていたし、赤ん坊は、だれがどう見ても父さんの子だし、それで執事夫婦は、父さんにないしょで、ダイスが成人するまで援助することにしたんだ。女王即位後、執事夫婦がクラサに引っ越すとき、母子もいっしょにつれていったんだよ。」
「なんで、クラサのジーサンは、だまってたんだ。あんとき、教えてくれればよかったじゃないか。ダイスはおれがクラサにいたとき、同じ町にいたんだろ。そうしたら、すぐにでも会えたのにさ。もう、女王はいないんだしさ。」
「ダイス達母子がくらしていたのは、正確には、クラサの町から少しはなれた村だ。万が一、父さんがクラサにやってきた時を警戒して、そうしたんだ。話さなかったのはたぶん、君に気を使ったんだと思う。大事な時期だったしね。ダイス自身も、つい最近、母親が病死するまで、父親がだれか知らされてなかったんだよ。」
「それで、おれのことを知って、わざわざ会いにきたってのか。」
レックスは、自分を指さした。シエラは、
「ルーファスは、どうやってダイスさんのことを知ったのかしら?」
ライアスは、
「似すぎているんだよ。マーレル宮殿のあたりを、ウロウロしてて衛兵に捕まったのを、たまたま居合わせたルーファスが見つけたんだ。もう、三ヵ月も前にもなる。そのかん、ずっとルーファスが監禁している。」
レックスは、
「そんなに。どうして、おれに教えてくれなかったんだ。」
ライアスは、シエラを見つめた。
「マーレル公の特権を、君からうばおうと考えてる。ダイスを利用してね。マーレル公は、王位と兼任できないしくみになってるから、君を女王に即位させたあと、死んだ父さんがマーレル公だったことを利用して、自分がダイスの後ろ盾になり、ダイスを正式に父さんの息子とし、マーレル公の地位をダイスに相続させようとしてるんだよ。当然、実質的な特権は、ダイスの後ろ盾のルーファスのものになる。」
シエラは、
「私は女王になる気はないわ。王は、レックス一人よ。でも、なんて男なの。法皇様の御好意をとことんまで利用するなんてさ。」
「ルーファスは、ぼくがじゃまなんだよ。ぼくが、君達のそばにいることは、公の秘密だし、マーレル公の地位を君からうばうことによって、死人のぼくが政治に口を出すことを、できるだけおさえようとしているんだ。」
レックスは、
「そういや、シエラが法王の娘になったと言ったとたん、シエラの即位話がでたもんな。おれが、法王の話を教えても、さして、おどろいたふうでもなかったし、きっと、おれが言う前に情報つかんでたな。」
ライアスは、
「ルーファスにベルセアから報告があったんだよ。こういう話は、正式な使者を出す前に、事前に報告するのが当然だしね。ルーファスがそのことを君にあげなかったのは、悪意に違いないけどもね。」
レックスは、ムカッときた。
「めんどくさくなった。おれが直接、ルーファスの留守中に、やつの家に行って、ダイスをさらってくる。エッジとティムをつれてなら、楽勝だろ。」
シエラは、あきれた。
「また、さらうの。逆ギレしたルーファスが、どなりこんでくるわよ。」
ライアスは、
「この宮殿の従業員の中には、ルーファスのスパイをしているやつは、いくらでもいる。だから、君達のことが、すぐにルーファスにつたわってしまう。けど、従業員達は金がほしいから、スパイをやってるわけではない。そこが、やっかいなとこだ。
ルーファスを本気で怒らせたら、ルナはすぐにでもこの宮殿から消えてしまうだろうね。ルーファスが、何も言わなくてもね。」
レックスは、クソと床をドンとけった。
「ミランダに休暇とらせたのが、こんなに痛いなんてな。ジョゼじゃあ、守りきれないだろうな、ルナを。それに、この宮殿の主人は、おれじゃあなく、ルーファスかよ。」
ライアスは、
「ルナの養子の件、早くなんとかしたほうがいい。せっかく、ロイドという援軍がきているんだ。カイルとのつながりが正式にできてしまえば、いくらルーファスでも、ルナには手出しできなくなる。」
シエラは、
「フライスさんに相談してみるわ。きっと、力をかしてくれると思う。」
レックスは、
「フライスもグルだろ。なんせ、議長と副議の仲だもんな。フライスのやつも、ダイスのことは知ってたはずだ。」
「私、フライスさんは、中立的な考えを持ってる人だって考えてるの。知ってても、レックスに話さなかったのはたぶん、レックスの立場を考えてのことだと思う。できるだけ早いうちに相談してみるわ。」
「おれの立場ね。だったら、もう少し、おれの味方になってくれても、いいんじゃないか。そこら中、敵だらけだし、もうつかれた。」
ライアスは、
「ここきたばかりにくらべれば、ずいぶん味方も増えてくれたよ。いくら、奇跡の英雄王と呼ばれても、君はマーレルに足場がなかったんだ。君達夫婦は、そんな中で、よくやったよ。」
シエラは、ほほえんだ。
「よくやったのは、兄様よ。ただの運び屋の男と世間知らずの箱入り娘を、ここまで連れてきてくれたんだもの。本当の英雄は、兄様よ。私もレックスも、そう思ってる。」
ライアスは、
「志半ばで、死んだ者の執念なだけだ。けど、そう言ってくれると、やっぱりうれしい。ぼくは肉体がないから、君達の肉体をかりるしかない。負担ばかりかけてんじゃないかと、ときどき考えてしまう。ずっといっしょにいたいけど、そのうち、できなくなるじゃないかってね。」
「どうして、そんなこと考えるの。ずっといっしょだって約束したじゃない。兄様があの世に行く時は、私達もいっしょの時だって。」
「そうだね、シエラ。フライスに相談に行く時、ぼくもいっしょに行くよ。ぼくのことをきちんと話して、理解してもらったほうがいい。ぼくとしても、フライスが理解してくれてるほうが仕事がしやすいしね。」
レックスは、
「いっそのこと、国会で、お前専用の席でも置いてもらうか。みんな、びびっておとなしくなるかもな。」
「もうじゅうぶん、びびってるはずだよ。激論かわしていても、いつ、ぼくが君に入るか、みんな、びくびくしてるしさ。」
「そうだな。お前、公式な幽霊なんだしさ。」
「公式な幽霊はよけい。影の実力者と呼んでほしかった。」
そのころ、子供部屋では、ロイドがエルにお休み前の絵本の読み聞かせをしていた。ロイドは、銀色の髪の女の子の絵本を閉じた。
「ここんとこ、毎日、この絵本だな。銀色の髪の女の子が好きなんだな、エルは。ルナとおんなじだからか。」
エルは、
「良い魔女を呼びたいの。ルナお姉ちゃんをたすけてもらうんだ。」
「良い魔女か。でも、魔女でもたすけられないと思うぜ。良い魔女にできるのは、悪い魔法使いをやっつけることだ。ルナは、心の病気なんだよ。」
「お母さんは、悪い魔法使いに魔法かけられちゃったせいで、病気になったって言ってたよ。」
ロイドは、エルのとなりのベッドに横たわるルナを見つめた。ルナは眠ってはいない。こっちを見ている。けど、その目には何もうつってはいないはずだ。
ロイドは、
「悪い魔法使いにか。言われてみれば、たしかにそうだよな。よし、わかった。おれが、ルナの魔法とく方法見つけてやる。」
エルは、ベッドから身をのりだした。
「ほんとう。ロイド兄ちゃん、魔法といてくれるの? ライアス兄ちゃんでも無理だったのに?」
ロイドは、けげんそうな顔をした。
「ライアス? シエラが、天国のライアスにお祈りしたのか?」
エルは、ちがうと首をふった。
「ライアス兄ちゃんがね、お母さんがむかし、ルナお姉ちゃんとおんなじになったことがあったって言ってた。それでね、お兄ちゃんがたすけたって。でも、ルナお姉ちゃんは、たすけるのむずかしいって。」
「ああ、たしかに、シエラがルナと同じになってた時があったな。けど、ライアスは死んでんだよ。エルが産まれるずっと前にな。エルは夢でも見たんじゃないのか。」
「死んでなんかいないよ。ライアス兄ちゃんはいつも、父ちゃんとお母さんのお仕事てつだっているもの。エルに、いろんなことを教えてくれるしさ。ロイド兄ちゃん、信じてくれないの?」
ロイドは、エルのサラサラした頭をなでた。
「よし、わかった。エルがそう言うなら、おれは信じる。エル、早く大きくなって、父ちゃんよりも立派な王様になれよ。」
「うん、なる。そして、お母さんを守ってやるんだ。お母さん、死んだクリストンのおじいさんが悪いことしたからって、宮殿のみんなから、きらわれてるんだ。」
エルは悲しそうな顔をした。ロイドは、
「悪いことしたのは、そのジーサンで、シエラは関係ないよ。でも、みんな、そのことをわかってくれないんだ。いや、わかろうとしないんだよ。だから、おれ、シエラが心配で、宮殿にいることにしたんだ。ここのやつら、シエラにゃ冷たすぎるものな。いや、いじわるだよ。」
「お母さんばかりじゃないよ。ぼく、使用人達が父ちゃんの悪口言ってるの、きいたことあるよ。ひどいこと、言ってた。」
「ああ、おれもきいた。毎日、どっかかしかで、二人の悪口きくな。ったく、レックスもシエラも人がよすぎるぜ。主人を悪く言う使用人なんか、放り出しちまえってんだ。」
この問題の根本にあるのは、レックスをふくめた王一家に対する不信感だ。現国王レックスは、シエラの父ドーリア公に母親である前女王を自殺させられ、そして、十三年もの放浪を余儀なくされた。
普通の感覚ならば、うらんでいるのが当然だろう。なのに、国王は、まったくうらみもせず過去はいっさい気にせず、反逆者ドーリア公の娘シエラを愛する妻として王妃として、マーレルに連れ帰り宮殿に入れたのである。それが、許せなかった。
シエラがどんなに心をつくしても、レックスがどんなに寛大であっても、そのわだかまりがあるがゆえに、法王の娘となった今現在でもってしても、シエラは奥方様であり、ルーファスへの国王一家の家族行為の告げ口となって、その不満があらわれてくるのである。