つぎのお話、魔法をかけられた女の子(3)
シエラは、
「ちょ、ちょっと待ってよ、ロイド君。その子、平民の娘よ。正式に養子にしたいと思ってるけど、うまくいかないでこまってるのよ。ロイド君とじゃ、身分がつりあわないよ。」
ロイドは、ぼんやりしているルナの顔を見つめた。
「銀色の髪の、かわいい子じゃないか。六歳なら、あと十年待てば結婚できるよな。身分がどうだって? んなもん、細工でもすりゃどうとでもなるよ。平民の娘で、王家と養子縁組がうまくいかないのなら、お前が養子にする前に、マーレルの有力貴族の娘にしちまえばいい。だれかいるだろ。そこんとこから、王家に養子として、もらえばいいんだよ。」
その手があったか。なぜ、今まで気がつかなかったんだろ。考えてみれば、自分もドーリア公の娘から法王の娘になった。
「レックスが帰ってきたら、相談してみるわ。ありがとう、ロイド君。」
ロイドは、ルナの頭をなでた。頭をなでられても反応はない。
「かわいそうにな。つらい目にあったんだな。けどもう、安心だぜ。おれが守ってやるからな。うんと美人になれよ。楽しみにしてっからな。」
シエラは、ロイドとルナから顔をそらした。言うか言わざるか迷っていた。
「ね、ロイド君。ルナと結婚するって、本気で言ってるの?」
ロイドは、眉をしかめた。
「はぁ、おれが冗談で言ったとでも思ってんのか。速攻で決めたから疑ってんのか。まあ、こういう状態だから、親として心配なのはわかるが、おれは、言葉はひっくりかえさねぇ主義だ。結婚すると言ったら、結婚する。」
「ううん、そうじゃなくて、そうじゃないんだよ。ルナはね、ルナは。この話は、ジョゼさんには、ううん、他のだれにも話さないと約束してね。」
シエラは、ロイドの耳にささやいた。ロイドは、
「だから、どうしたって言うんだよ。なら、なおさら、おれしかいないじゃないか。おれを信じろよ。」
エルが、シエラのすそをひっぱった。
「ねぇ、なんのお話してるの。ルナお姉ちゃん、お嫁にいっちゃうの。いなくなっちゃうの。」
シエラは、エルをだきあげた。
「婚約しただけよ。まだずっと、エルといっしょよ。」
ロイドは、シエラがだき上げているエルの頭をなでた。
「そうだ、まだ、エルといっしょだ。ルナが大きくなるまで、お前にあずけておく。エル、ちゃんと姉ちゃん、守ってやれよ。
でも、こうしていると、おれ達夫婦だな。シエラ、女王に即位しろよ。いっそのこと、あんな男放り出して、おれと暮らさないか。シエラに苦労ばっかりさせてるからさ。おれ、絶対シエラに楽させてやるからさ。」
そこへ、レックスがやってきた。ロイドをつまみあげた。
「きこえたぞ。お前がきてるってきいたんで、あわててもどってきたら、やっぱり、これかよ。このまま、国王の妃をかどわかした罪で、国外追放にしてやる。」
レックスは、ロイドから手をはなした。そして、フンと顔をそらす。ロイドは、
「立ち聞きかよ。王様のすることじゃあねぇな。ちょっとした冗談のつもりだったのに、本気にするバカもいるもんだな。でも、ルナの話は本気だ。きいていたのなら、さっさと手続きをとれ。早ければ、早いほうがいい。」
「ルナの病気が治らなかったら、どうするつもりだ。このまま、結婚する気か。」
ロイドは、ルナを見つめた。
「かならず治るさ、絶対。おれは信じてる。」
「根拠あんのかよ。もう、何人も医者に診せてんだぜ。そいつらが全員、いつ治るかわからないと言ったんだ。」
「・・・おれの兄貴が、病弱だったって知ってるだろ。しょっちゅう熱やら何やらで、領主としての仕事も満足にできなかったの、おぼえてるだろ。
その兄貴がな、シエラがマデラにきた時の事件のあと、一念発起して体をきたえはじめたんだ。もとはと言えば、兄貴が病弱だったから、起きたような事件だったもんな。
もちろん、医者は危険だから止めたよ。でも、倒れようが熱を出そうが、兄貴はやめなかった。レスリング部の連中とトレーニングしたんだよ。おかげで丈夫になって、今年の奉納大会に、選手として出場するまでになったんだ。
兄貴は、そのかん、絶対丈夫になってやると信じ続けてた。信じる力が、医者の言動をひっくりかえしたんだよ。だから、ルナも治る。お前らは、信じてないのかよ。」
ロイドの言う事は、もっともだ。ロイドは、
「おい、金髪のでくのぼう。お前、奇跡の王とか言われたくせに、信じる事すら忘れたのかよ。信じなきゃ、奇跡なんて起きないんだぜ。マーレルで王様やって、いろんな俗物にまみれて、一番大事なことを忘れちまってんじゃないのか。」
コンコンと扉がなる。使用人が昼食を運んできたらしい。ロイドは、
「じゃあ、そういうことだ。おれ、これから学校とか宿舎の事で、しなきゃならないことがあるから。学校に復帰がきまるまで、ここで客分あつかいたのむよ。それとシエラ、あとで仕事を説明してくれ。じゃあな。」
ロイドは、行ってしまった。一本とられてしまった。シエラは、
「信じるか。そうね、そうだよね。ルナはよくなるわ。きっと、笑顔を見せてくれるわ。だって、この子のお母さんは、私のアデレードは、とても笑顔がきれいだったもの。」
「そうだな。くやしいが、ロイドの言うとおりだ。ところで、シエラ。ロイドがきたと言うことは、もう一人オプションがきてないか。」
「オプションて、あ、たしかロイド君の執事で、ファーさんとか言ったわね。きてるはずだと思う。それよりも、ジョゼフィーヌさんに、まだ会ってないわよね。」
「だれだ、そりゃ。舌、かみそうなくらい長い名前だな。」
それから、一ヵ月たった。ロイドは、学校に復学したが、どういうわけか宮殿の客室に居座ったままだ。話をきいてみると、宿舎は今いっぱいだという。シエラは、宮殿内の空き部屋を用意した。そして、ロイドのオプションのファーは、市内の宿から使用人達の独身寮へと入ったのである。
そして夜、レックスは、
「ったく、ロイドの部屋まで用意しなくてもいいじゃないか。あいつと一つ屋根の下なんて、ゾッとする。市内にアパートの空きは、いくらでもあったろうが。」
「仕事をまかせているから、こっちのほうが、私としてはたすかるんだけどもね。それにさ、毎日必ず、ルナとエルに会いにきてくれるんだ。おとといなんか、子供部屋のベッドで、エルとルナと三人で寝てたわよ。エルもすっかりなついちゃったし、いまさらアパートなんて無理よ。」
「子供達を人質にとられた。だから、さっさと追い出したかったんだよ。」
「昼間、中庭でファーさんと戦ってたの見たよ。負けたんでしょ。機嫌悪いし。」
レックスは、ガクッとなった。シエラは、
「まあ、仕事仕事で、体きたえているヒマなんて無かったしね。けっこう、なまってるんじゃない。それはそうとして、話はかわるけどさ。ミランダ、明日から市内のアパートに引っ越すって言ってた。エッジが、家族用に大きめのアパートを借りたのよ。引っ越しちゃったら、しばらくお別れね。ずっといっしょだったから、すごくさみしい。」
レックスは、シエラの背中をたたいた。
「もう一人、家族が増えるんだよ。まあ、おれの弟でないのが残念だがな。」
「レックス、きょうだい欲しかったの。やっぱり?」
レックスは、シエラをだきしめた。
「そりゃそうだよ。ケンカしても、やっぱりいいなって思う。ライアスとシゼレも、なんだかんだでも、いざとなるとお互い協力しあうしさ。」
「シゼレ兄様、このごろ、ライアス兄様が見えるみたい。この前もらった手紙に、そんなこと書いてあった。まだ、はっきりとは見えないようだけどもね。」
「また、ライアスのやつが何かしたんじゃないのか。おれも、ライアスが何かしたから、いろんなことが、できるようになったんだしな。シエラもそうだろ。」
「私の場合は、マデラの事件のあとかな。じょじょにね。まあいいわ。もう寝よう。」
シエラは、あくびをした。そして、翌日、レックスはアランとともに議事堂へと出かけた。
議事堂への道中、だれかにつけられている。護衛の兵士も気がつき、すぐに見つけて問いつめた。マントをきて、フードを深々とかぶっていたので、兵士は顔を見せろとフードをはねあげた。レックスは、びっくりした。
赤い髪。そして、忘れようもない顔立ち。若いという点をのぞけば、数年前に自分をかばって死んだ父親と瓜二つではないか!
「と、父さん。まさか。」
男は、兵士をふりきって逃げ出した。レックスは追いかける。が、すぐに見失った。さがしていたら、ルーファスの馬車に、はちあわせした。
ルーファスに馬車の窓越しににらまれ、レックスは議事堂へと直進した。ルーファスは、ホッとしたように窓から馬車の床へと視線をうつす。マントの赤い髪の男が、そこでうずくまっていた。
「家を出るなと言っておいたのに。なぜ、勝手なことをした、ダイス。」
「どうしても会いたかった。」
「お前は、似すぎているんだよ。陛下の死んだ父親にな。お前という、腹違いの兄がいることは陛下はしらない。ただでさえも問題の多い王だ。お前のような平民の兄が、ノコノコと現れてよいわけはない。時期をみて、会わせてやると言っておいただろう。なぜ、待てなかった。」
「どれくらい待てばいいんだ。もう、三ヵ月になる。お前の家にこもってばかりで、頭が変になりそうだ。一度会えばそれでいいんだよ。会ったから、もうクラサに帰る。」
ルーファスは、ダイスの尻を、かるく足でこづいた。
「似すぎていると言っただろ。だから、私は慎重になっているんだ。現時点で、ルナという娼婦の娘の問題もかかえているしな。」
「ウソだ。お前は、おれ利用しようとしてるんだ。だから、閉じ込めて会わせようとしなかった。そうだろ、ルーファス。」
ルーファスは、馬車を議事堂ではなく、家へとむけた。そして、使用人に、決して目をはなすなと言う。ダイスは、カギをしっかりとかけられた地下の部屋に閉じ込められてしまった。
ダイスは、ガックリと力をおとした。はじめて見た弟は、まるで太陽のようだった。美しく、そして力強い。クラサの片すみで、ひっそりと人目をさけるよう生きてきた自分とは、天と地ほどの違いがある。ダイスは、たえきれなくなった。
クラサに帰りたい。ただ、ひたすら帰りたい。ダイスは、部屋の扉をドンドンたたいた。出してくれ、ここから出してくれ。そして、天井近くについてある明り取り用の、小さな窓を見つめる。
ここは、牢獄だ。ダイスを逃がさないための牢獄だ。
「おれは、ただ会いたかっただけだ。なのに、どうして。ルーファスなんか信用したのがまちがいだった。もういやだ。だれか、たすけてくれ。」
ダイスは、床にうずくってしまった。ライアスは、そんなダイスをしばらくながめたあと、消えた。