つぎのお話、魔法をかけられた女の子(2)
必要なのは、理解力のある侍女ばかりではない。安心して、マーレル公の仕事をまかせられる者もだ。しばらく仕事を休んでいるので、仕事もたまっている。休みは、明日までが限界だろう。
(エリオットは優秀だけど、これ以上の仕事は物理的に無理だわ。私も、もう仕事を休んではいられない。でもルナも心配だし、体がひきさかれそう。仕事を持つ母親って、みんなこうなのかな。みんな、きっと悩んでんだろうな。)
シエラは、ため息をつきつつ、子供部屋へともどった。だが、援軍は、思わぬところからやってくるものである。それから、半月たち、宮殿に法王からの使者がやってきた。
レックスは留守だったので、使者はマーレル公の執務室に通された。シエラは、びっくりした。
「よぉ、シエラ。久しぶり。元気してた。何、そんなにびっくりしてんだよ。おれのこと、忘れたのかよ。ほら、ロイドだよ。ロイド・ゼスタ。カイルの領主のセシルの弟。マデラで、プロポーズしたの、わすれちまったかよ。」
「ロ、ロイド君。ほんとにロイド君。あんまり、変わってなくて、そっちでおどろいちゃった。」
ロイドは、ムッとした。
「悪かったな。背、のびなくてさ。死んだ親父がチビだったから似たんだよ。」
「なぜ、ロイド君が法王様の御使者なの。」
ロイドは、懐から手紙を出した。
「これ、養子縁組書。法王直筆のやつだ。しかも、養子縁組は、グラセンのジーサンとクリストンのあんちゃんの尽力もあって、国教会で正式に認可されたんだ。これで、法王が代わっても、シエラの身は安泰だ。
おれ、この書類をベルセアから大事に肌身はなさず、もってきたんだぜ。なあ、シエラ。養子ついでに、いっそのこと女王に即位しちまえよ。王位継承権は持ってるし、法王の後ろ盾があれば、できるはずだ。」
「即位なんて、大げさだよ。私、女王様になる気ないもん。法王様に養子にしてもらっただけで、じゅうぶんよ。けど、なぜロイド君が使者なの。それと、後ろにいらっしゃる女性は?」
ロイドは、扉のそばで静かにひかえている女性に視線をうつした。二十代後半だろう。おちついた感じの上品な女性だった。
「ああ、グラセンのジーサンからあずかったんだ。教育係りにどうかって。彼女、教養がそうとうあるんだぜ。」
「なんだ、ロイド君の奥様じゃなかったのね。そっちもびっくりした。ロイド君て、年上好みなんじゃないかと思ってたから。」
ロイドは、またムッとした。
「おれ、いまだにシエラ一筋なんだよ。なんで、おれが使者やったかって? てっとり早く言うが、ベルセアから女おしつけられてこまって、グラセンのジーサンに相談に行ったんだよ。
そしたら、法王の使者として、マーレル行けと言われた。この女、つれてな。書類は、大事なモンだから、他のやつらには頼みたくなかったって。シエラの母親の実家が、使者に名乗りをあげてたらしいが、ジーサンが横から書類をぶんどったってさ。」
「あの、わかった。そちらの方、紹介してくれないかな。お名前は。」
女性は、ジョゼフィーヌと名乗った。そして、グラセンからの紹介状をシエラにわたす。紹介状を呼んだシエラは微笑みながら、目の前の女性を見つめた。
「きてくれてありがとう。歓迎します。でも、教育係りじゃくて、養育係りね。エルはまだ三歳だし、それに、見てほしい子もいるのよ。くわしい説明は、ミランダと言う侍女にきいてくれる。仕事は、明日からでいいかな、ジョゼフィーヌさん。」
「はい、よろこんで。行き場のない私をやとっていただけるだけで、とても光栄です。王妃様、ジョゼと呼んでください。ジョゼで、けっこうです。」
「わかったわ、ジョゼさんでいいのね。」
シエラは、使用人を呼んで、ジョゼを王家の居住区に案内するよう言った。
ジョゼがいなくなったあと、ロイドはシエラに、ジョゼの事情を話した。
「ジョゼは、ベルセアからゼルムの貴族の家に嫁に行ったんだ。去年の夏、だんなが死んでさ、子供もいなかったし、ベルセアに帰されちまったって、ジーサン言ってたよ。
けど、実家がジョゼを受け入れてくれなくてさ。それで、グラセンが面倒みてたんだ。気立てがよくて優しい女なのに、出戻りだってだけで、実家から見捨てられたんだ。まあ、年齢的にみて、またどこかに嫁に出すなんて、むずかしいもんな。それに、再婚になっちまうしさ。」
ジョゼのような境遇の女性は、めずらしくなかった。だから、グラセンは、ジョゼを紹介したのだろう。
シエラはあえて、その事にはふれなかった。
「グラセン様に、お礼の手紙、書かなきゃね。いい人、紹介してくれてさ。ちょうどよかったの。ミランダの代わりになる人、さがしてたんだ。」
「ミランダって、あの黒髪のねーちゃんか。きっつそうな。」
「うん。もう妊娠六ヵ月になるの。そろそろ休ませてあげたかったんだ。ところで、ロイド君。すぐにカイルに帰るの?」
「結婚がいやで、カイルから逃げ出したんだよ。マーレルの寄宿学校にもどって、ちゃんと卒業しようかって考えている。バテントスのせいで、学業中断されてるしさ。まあ、学生なら、無理に結婚しなくてもいいし。」
ライアスが、現れた。
(兄様、今までどこに行ってたの。ベルセアから使者がきてくれたのよ。法王様の書類持ってさ。その使者って、ロイド君だったのよ。ほら、セシル様の弟さんの。グラセン様から教育係りの女性を紹介してもらったわ。)
「ああ、さっきエルの顔を見に行ったら、見知らぬ女性がいたね。」
(彼女、ジョゼフィーヌさんって言うの。見た感じ、どうだった。)
「グラセンの紹介なら心配ないよ。ぼく達のことを知ったとしても、理解をしめしてくれるはずだ。それよりも、シエラ。ロイドを助手としてやとってみよう。」
シエラは、びっくりした。
(ロイド君を? でも、学校もどるって言ってるわよ。学生さんを助手になんて、できないわ。学業が先だしさ。)
「ロイドはもう、大人だ。いまさら、寄宿学校もどっても退屈だろう。退屈ついでに、ロイドにしつこくされるくらいなら、仕事をあずけてしまったほうがいい。」
(何させればいいの。サイン仕事のお手伝い?)
「昔、バテントスを追っ払うって息巻いてたろ。警察がいいんじゃないか。ロイドは自信家で、鼻っ柱が強いしね。」
シエラは、ちょっと考えた。ロイドは、
「おい、シエラ。何、ぼんやりしてんだ。おれの話きいてんのか。」
「あ、ううん。ごめん、なんの話してたっけ。」
「つかれてんのかよ。まあ、子育てに仕事だもんな。なんか、手伝ってやろうか。おれ、学校だけじゃあヒマだと思うから。」
ライアスは、チャンスだとシエラの肩をたたいた。シエラは、
「手伝ってくれるの? うれしい。そうだ、ロイド君。警察の仕事なんてどうかしら。いま、暴力団の取締りしてんだ。マーレル公の警察の特権、ロイド君にあずけるから、私の代わりにやってくれないかな。お給料、出すからさ。」
ロイドは、身を乗り出した。
「警察の特権? つまり、警察を自由に動かしていいってことかよ。なんか、おもしろそうだな。うん、やるやる。カイルから仕送りもらうよりも、自分で生活費と学費かせいだほうがいい。」
シエラは、背後にいるライアスをチラと見た。シエラは、
(兄様、ほんとに大丈夫なの。ロイド君、セシル様のお手伝いはしたことあるけど、暴力団の取締りなんてできるかな。あらっぽいしさ。)
ライアスは、笑った。
「最初は、指示が必要だろうけど心配ないと思う。卒業したら、セシルと交渉して、大使にでも任命してもらって、実質、カイルから引き抜いたほうがいい。」
「シエラ、何、ぶつくさ、独り言いってんだよ。話が終ったから、お前の息子に会わせてくれよ。すんごい、きれいな子だって、マデラでも評判だからさ。」
シエラは、席をたった。
「じゃ、行こう。ちょうど昼休みの時間だしさ。ジョゼさんにも、いろいろとお願いしたいこともあるしね。」
二人は、居住区にある子供部屋へと向かった。ジョゼフィーヌは子供部屋で、ミランダからいろいろと説明を受けている最中だった。シエラは、ジョゼに、ルナのこともふくめて、いくつか願い事をし、ミランダとジョゼを宮殿にある従業員用食堂に行かせた。
ロイドは、エルをだきあげた。
「うひょー、かーわいい。思ってたとおりだぜ。シエラそっくりだ。かしこそうなとことかさ。おれ、子供が産まれるってんで、女の子かと期待してたんだぜ。将来、嫁さんにしようかと思ってさ。」
「それってひょっとして、私がダメだったから私の娘ってこと。」
ロイドは、エルをおろした。
「シエラ一筋だって言ったじゃないか。だから、シエラの娘以外、結婚する気はないんだよ。シエラ、早く女の子産んでくれよ。楽しみにしてんだ。あ、いるじゃないか、すでに一人。」
ロイドは、窓際のルナを見つめた。