はじめのお話、銀色の髪の女の子(3)
翌日の朝、寝室で朝食をとりながら、ティムから話をきいた。名前は、ルナと言う。エルが、絵本の銀色の髪の女の子につけた名前である。偶然の一致かと思った。
ティムは、
「だんなさんの貴族は殺されたんだよ。ほら、レックス。君が、連続殺人犯にされた時があったろ。その犯人にさ。警察に忍び込んで、ファイルを調べたんだよ。ついでに、君のバカしたときのファイルも見つけて、処分しておいたから。」
「昔の話はいい。あの時の関係者が、おれの顔、おぼえてなくて助かったくらいだ。例の殺人犯にやられたって? じゃ、あの時の裏組織かよ。そこんとこの関係者だったのかよ。」
シエラは、息をのんだ。
「そんな相手とアデレードは。」
「ライアスは、まだ帰ってきてないんだろ。あいつ、逃げたんだ。」
「だれが逃げるか。バカ!」
レックスは、後ろをふりむいた。ライアスは、ムッとした表情で、後ろにつったっている。
「今日、午前中に、郊外で子供達の売買が行われる情報をつかんだ。時間までわからなかったから、警察に命じて、少しでも早く売買場所に先回りして阻止する。シエラ、悪いが、ルナは後回しだ。」
「じゃ、なおさらルナを助けなきゃ。早く、あそこから連れ出さないと。」
「売買される子供達は、すでにその場所に移されていた。その中にルナは、いなかった。」
「でも。」
レックスは、
「シエラ、売買の情報をつかんでいるのは、ライアスだけだ。情報の出所がライアスだけなら、警察を直接動かし取引を阻止できるのは、特権を使えるマーレル公しかいない。つまり、お前しか、子供達を救えないんだよ。
お前のかわりに、おれがルナに会いに行く。おれの予定は、昼過ぎまで入ってないしな。そのかん、書類仕事だけだ。おれの秘書のアランは、おれのサインをそっくりまねられる。アランにまかせちまえばいい。」
シエラは、わかったと言った。
「ルナをたのむわ。」
シエラは、朝食を残し、出て行った。ティムは、
「ライアス様、なんて言ってたの。見えないから、わからないよ。」
「これから、取締りに行くんだよ。ティム、昨日の施設に案内してくれ。ルナを引き取りに行く。」
「君が行ったら大騒ぎだよ。昨日だって、シエラ様とぼくは下町の夫婦だったしさ。」
レックスは、ちょっと考えた。
「そうだ、ティム。これを着ろよ。サイズ的には合うはずだから。」
レックスは、クローゼットから自分の普段着をとりだした。
「お前が、いいとこの若旦那で、おれが従者。どうだ。」
ティムは、あきれた。
「すぐばれる設定だよ。それに、向こうは、ぼくの顔、覚えているはずだよ。」
「めんどくさい。さらってこい。どうせ、犯罪者組織だ。」
「最後はそれかよ。ほんと、君って、まったく変わってないね。」
それでもって、ティムはあっさりとルナをさらってきてしまった。ルナは、さらわれたのに、おとなしかった。汚れていたので、とりあえず、シエラが帰ってくるまでに、フロにでも入れておこう。
レックスは、他の使用人に見つかってはまずいと思い、エルの相手をしていたミランダを呼んだ。ミランダは、
「ほんと、あきれた。どうかしているわね、あんたもシエラ様も。こんな子、さらってくるなんてね。まあ、いいわ。おフロにつれていくわ。シエラ様が帰られたときのために、わかしてあるのよ。」
シエラは、取締りなんて荒っぽいことをしてきたあとは、かならずフロに入る。昔とちがって、多少のことではひるまなくなったが、犯罪相手ではやはり、穢れのようなものが体につきまとうので、フロに入りさっぱりしたいらしい。
フロは王家の居住区にセットされていた。昔はなかったが宮殿を補修するさい、シエラの希望で、フロ設備を居住区に追加してもらったからだ。
ルナは、ここでもおとなしく、されるがままにされていた。ミランダは、ルナの様子が気になった。
「あの子、心がない。むかしのシエラ様と同じ症状に見えるわ。医者にみせたほうがいいかもしれない。」
レックスは、
「びっくりして、呆然としてるだけじゃないか。こんなきれいな宮殿にさらわれるなんて、考えもしなかっただろうしさ。」
「シエラ様のお帰りを待ちましょう。けど、レックス、あんた、仕事どうしたのよ。書類があったんじゃないの。また、アランにおしつけてんでしょ。」
ミランダににらまれ、レックスは逃げた。ミランダは、やれやれと思い、王夫婦の寝室のイスに、だまって座っているルナに視線をうつす。
ルナは、着替えがなかったので、体には乾いたタオルをまいて、その上にシエラのローブをかけているだけだ。季節は春半ばで寒くはないので、着替えの用意ができるまでじゅうぶんだろう。
シエラが帰ってきたら、服でも買いに行こうと考えていたら、エッジが窓から入ってきた。
「また、変なとこから入ってきて。どこからでも顔パスでしょ。」
「まあ、こういうクセは、ぬけないもんなんだよな。なんでぇ、だれもいないじゃないか。クリストンのボス(サイモン)から、いい情報もらったってのによ。あれ、この女の子は、どこから出てきたんだ。お前の娘か、ミランダ。」
ミランダは、エッジのほおを殴った。
「その子は、シエラ様のお客様よ。レックスが執務室にいるはずだから、報告はレックスにしなさい。」
エッジは、手形のついているほおをなでた。
「その、なんだな。娘ってのは冗談で、その、えと、お前、あれだろ。気のせいか、腹も出ているようだしさ。」
ミランダは、チラとエッジの顔を見た。
「だから、どうしたっていうのよ。あんたが責任取ってくれるって言うの。」
「やっぱりか。おれも年貢の納め時だな。お姫様には話したのかよ。休暇とらなきゃな。おれも、仕事をひかえめにするからさ。」
「その前に、きちんと言うことあるんじゃないの。」
「じゃ言う。結婚してくれ、ミランダ。こういう仕事で家をあける日は多いが、絶対、お前と子供は大事にする。」
「もっと早く言ってほしかったわよ。ったく、ちかごろの男どもは、子供ができなきゃ求婚もできない、いくじなしが多いんだから!」
「すまん、おれもいくじなしだった。」
そして、シエラは夕方になり、やっと帰ってきた。ルナはきちんとした服を身につけていた。どうやら、報告がおわったエッジにまかせて、ミランダが買ってきたらしい。
ルナの顔を見たシエラは、力を落としてしまった。
「この子、虐待を受けている。施設の人達がやったんだわ。まだ六歳なのに、なんてひどい。」
ミランダは、息をのんだ。エッジは、
「なら、その子だけじゃないはずだ。一人受けていると言うことは、他にも受けている可能性が高い。ましてや、人身売買をやっている暴力団関係の施設だろ。子供なんて、商品にすぎないんだよ。」
シエラは、ギュッとルナをだきしめた。
「心がどこかに飛んでしまっている。どうしたら、この子をたすけられるの。わからない。アデレード、ごめんなさい。」