はじめのお話、銀色の髪の女の子(2)
翌日、レックスは国会で、暴力団関係の取締法の強化について、さまざまな答弁をくりかえしていた。暴力団は、マーレルでも問題のタネだ。王が帰国して以来、以前ほどの勢力はないが、それでも市民の生活をおびやかすには、じゅうぶんな存在であり、最近は資金稼ぎのために麻薬まで出回り始めていた。
レックスは、なんとしても法案の決定まで持ち込むつもりだった。王不在が長期間続いたせいで、王よりも国会のほうが強い。現時点でのレックスの権力は、ダリウス国内に限れば、他の領主達が自国内に持つ権限よりも弱いのである。
暴力団の勢力は、貴族にもおよんでいる。暴力団を使っての資金稼ぎをしている貴族もいるので、国会での決定は難儀をしていた。ずっと見ていたライアスは、レックスでは負けてしまうと考え、レックスの体にのりうつり選手交代をする。
とたん、言葉がするどくなり、法案は強引に決定され、しかも法案の施行は決定直後からとなった。そして、翌日。ライアスは、今度はシエラの体で、マーレル公爵としての立場を利用し、国会で決定された法案をさっそく実行にうつしたのである。
シエラが、マーレル公爵を名乗っていたのは、王妃として認められないばかりではない。マーレル公爵は、女王の夫に与えられる称号ではあったが、それだけではなかったからだ。マーレル市のすべての特権を有する者、であったからだ。
でも、特権は特権でも、なんの特権かよくわからなかったので、歴代のマーレル公爵達(レックスの父親もふくめて)は、そういう特権があるということだけで済ませてきた。ライアスはこれを利用した。
ライアスは、二年ほど前から、そのマーレルでの特権を集め始めていた。集めた特権とは、貴族が関心のある権力関係ではなく、主にマーレル市内でのインフラ関係と人事任命権の特権だった。
インフラの特権とは、市内のインフラ工事の最終許可で、これこれをしますと市からあがった書類に、ただサインをするだけの特権である。人事任命権の特権も、マーレル市内の行政と警察に限られたもので、それぞれの管轄での中堅以上の人事の配置、解雇のサインだ。
これらのサインは、今まではマーレル市長の仕事だった。サインの書類は、けっこうな数にのぼっており、ただでさえ忙しい市長は、シエラが、マーレルに認められたいためのご機嫌取りだと思ったようで、書類の内容には、いっさい口を出さない、ただサインするだけとの契約を書面でかわし、引き渡してしまった。
マーレルの貴族達も、これにはとりたてて何も言わず、契約もあることだし、ヒマなクリストン女に仕事でもやろう程度にしか考えていなかったのである。そして、シエラのサインが当たり前になりはじめたころ、シエラは国会にこのサイン権を提出して、正式にマーレル公爵の特権として認めてもらった。
これの重要性に、貴族達が気がつくのがおそすぎた。
なぜ、サイン仕事が重要かと言うと、シエラのサインがなければ、市内の機能はストップしてしまうからだ。最終許可であるシエラのサインが無ければ、人事も市内のインフラもまったく動かない。
つまり、マーレル市をシエラに、人質にとられてしまったのだ。
あわてて、特権をとりもどそうとしても、シエラはすでに国会で承認させてしまってるし、市長との契約書もあるし、ライアスの口は立つし、どうしようもない。そんなこんなで、一年もせずに、マーレル公爵は、マーレルでのすべての特権を有してしまったのである。
話をもどそう。ライアスの暴力団追放は徹底していた。小さな犯罪すら逃がさす、その犯罪の先をしつように追いかけ、裏で糸を引いている貴族にたどりつき、特権をつかい貴族をおいつめ、罪に問われるか自分の手下になるか選択させた。
そして、ライアスは、そういう者をも実にうまく使いこなす才能にも恵まれていた。これを見ていたレックスは、ライアスが父ドーリア公に似ていると言われた意味が、よーくわかった。
最初の貴族が、血祭りにあげられ、マーレル公の影の飼い犬になったのは、法案決定から半月かそこらだった。そして、二匹目の貴族が、かかろうとしていたとき、シエラはティムとともに、お忍びで、その貴族が運営している児童養護施設に顔をだした。
ここは、表は養護施設だが、裏では子供の人身売買のプール場所でもあった。シエラは王家の剣をマントの下にかくしており、それを使い、施設の従業員達の思考をさぐり、人身売買の証拠集めの材料にするつもりできたのである。
シエラとティムは夫婦で、子供がほしいという設定だった。二人とも下町の人間に変装していたので、だれも不審には思わない。そして、一通り情報を集めて、そろそろ帰ろうとしたとき、ライアスの意識のうしろで待機していたシエラが、ある少女を見て、表に出てきてしまった。
五歳か、六歳くらいの女の子だった。銀色の髪をしている。
「アデレード、まさか。」
ライアスが、あわててシエラの意識を引っ込め、ティムとともに急いで施設を退散した。そして、ライアスはティムに、さっきの銀色の女の子のことを調べてくれと言い、白竜をよび、そのまま宮殿へと帰った。
その夜、シエラはレックスに、昼間のできごとを話してきかせた。レックスは、
「お前の昔の友達に似てるって? そのガキがか?」
「銀色の髪と目元かな。サラサで小さいころから、ずっといっしょだったのよ。父様が、私の遊び相手にって、どこかの施設から引き取ってきた子なの。アデレードって言うのよ。」
「お前の友達なら、大人だろう。そのアデレードは、今どこにいるんだ。」
「ライアス兄様が、エイシア中まわっていた時があったでしょ。侍女として、兄様のお供をしていたのよ。男だけじゃあ、いろいろと不便だしね。兄様、アデレードだったら、気がねがなかったしね。
それで、マーレルきたときに、アデレードを置いてきてしまったのよ。アデレードに一目惚れした、マーレルの貴族に求婚されたからって。アデレードの手紙もあったし、私も祝福しなきゃと思って、さみしいのをガマンしてた。
マーレルきたとき、けっこうさがしたんだよ。でも、引っ越しちゃったみたいで、手紙の住所にもいなかったし、どこにもいなかった。どこかで、幸せにしてたらいいなーって思ってたの。」
「それが、あのガキとなんのつながりあるんだ。似てるってだけだろ。」
シエラは、少し深刻な顔をした。そして、
「あの子を見たとき、アデレードの影がかさなったの。一瞬だったけど、私に何か訴えていた。兄様がすぐに出てきて、教会から出たから、わからずじまいだったけどもね。」
「剣を使って、さぐってみたら。ライアスは今は留守か。いないのか。お前一人じゃ、難しいか。」
シエラは、剣を手にとった。
「やってみる。いつまでも、甘えちゃいられないものね。」
シエラは、意識を集中させた。施設の銀色の子供に出会った時の光景を思い出す。そこで見た影に、さらに意識の集中をかけてみる。影が、何かを訴えている。
シエラ、おねがい。この子をたすけて。
シエラは、ハッとして目をあけた。心臓がバクバクしている。シエラはひたいの汗をふいた。まちがいない、アデレードの影だ。けど、その先は考えたくない。そこへ、ライアスが帰ってきた。
ライアスは、
「アデレードの娘だよ。アデレードは、ぼく達がマーレルへくる前に死亡している。あの子は六歳になったばかりだ。アデレードの死因は病気の悪化だ。夫が亡くなり、幼い子をかかえ、生活にこまった彼女は、夜の商売を始めたんだ。それで、病気をうつされたらしい。すまない、シエラ。無理にでも、クリストンへつれ帰るんだった。」
シエラは、力を落としてしまった。ライアスは、
「くわしい話は、ティムからきいてくれ。ぼくはまだ、することがあるから。剣を持ってくね。」
ライアスは、剣とともに姿を消した。レックスは、シエラをだきしめた。シエラは、
「そんなことって。ウソ。どうして今まで、気がつかなかったのかしら。もっと早く、あの子を見つけてあげられたら。」
シエラは、大粒の涙をこぼした。レックスは、
「ティムから、くわしくきこう。そして、明日にでも、あの子に会いに行こう。そうだ、いっそのこと、つれてこい。おれ達の娘にすればいいじゃないか。」
シエラは、顔をあげた。
「無理よ、そんなこと。王家に入れるなんて。私でさえも、まだ正式に王妃とは認められてないのに。」
「そんなかたちにこだわる必要はない。おれ達がどう思うかだ。お前は、おれの女房だ。そして、エルの母ちゃんだ。アデレードの娘は、おれ達夫婦の娘にするんだ。王家じゃない。」
シエラは、目をごしごしこすった。レックスは、昔も今もちっとも変わらない。レックスは、
「エルも姉ちゃんできたと喜んでくれるさ。ところで、その女の子、名前なんていうんだ。」
言われてみれば、知らない。
「わからないの。ティムの報告待ちね。」