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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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十一、帰郷(2)

 そして、その日の夕方、シゼレは妻のサラと赤ん坊をつれて、妹夫婦の居室(きょしつ)をたずねてきた。シエラは元気がなく、ベッドに横たわったまま面会した。


 シゼレは、妻と赤ん坊を、シエラのそばにつれてきた。


「シエラ、妻のサラと息子のアルバートだ。息子の顔を見てやってくれないか。」


 母親に似た薄茶色の髪と、ダリウス王家に特徴的な青い瞳を持つ、かわいらしい赤ん坊だった。丸々としているところを見ると、サラは乳の出がよいらしい。


 赤ん坊は、機嫌がよく、さかんにシエラにむかって手をのばしていた。シエラは、のばされた小さな手をさわる。ぷっくりしていて、なんとも言えない優しい感触がつたわってきて、シエラは、知らない間にほほえんでいた。


 レックスは、三人を帰した。そして、ベッドにイスを引きよせ、笑顔でシエラを見つめた。


「おれ達の子も、あんなふうなんだぜ。ぷくぷくしててな。けど、かわいさだったら、おれ達の子のほうが上に決まってる。なんせおれ、見た目だけは自信あるしな。」


 シエラは、あきれた。そして、レックスの首に、あいかわらずぶら下がっているロケットを見る。


「自信過剰もいいとこだよ。それよりも、そのロケット、いつまでぶら下げてるんだよ。」


「別にいいじゃないか。こうしていると、いっつもシエラといっしょだしさ。つかれたとき、愛してるって言えば、一発で元気がでるんだ。そのうち、子供の顔もかいてほしいな。お前、絵がうまいしさ。」


「もう、ロケットに向かって愛しているはいいよ。目の前に実物がいるんだしさ。それよりもさ、シゼレが帰ってきたことだし、つごうがつきしだい結婚式をあげよう。ね、レックス、実物に向かって愛してると言って。」


「愛してるよ、何度でも言ってやるよ。愛してる。愛してる。」


 レックスは、同じ言葉を何度もくり返した。シエラのほおを涙がつたわる。


「すごく幸せ。この一年、君を愛して、そして、君から愛されて、本当に幸せだった。」


「おれも幸せだったよ、すごく。こんなに人を好きになったの、お前が始めてだったからな。でもなんか、お別れみたいにきこえるな。変なこと、考えてんじゃないだろうな。」


 シエラは、ほほえんだ。


「まさか。もういいかなって思っただけ。人を愛し、愛されるすばらしさを、君に教えてもらったから。過去のすべてを忘れることも、そして許すことも、まだ難しいと思う。けど、その分だけ、これからは幸せになっていけばいい。」


「ああ、そうだな。おれ、うんとお前を大事にするよ。」


「大事にされたよ。じゅうぶんすぎるくらいにね。けど、君には、もっと大事にすべき人がいるだろ。」


 レックスは、え?と思った。そして、二日後の早朝、まだ、だれもいない教会で、二人はシゼレを司宰(しさい)とし、二人だけの式をあげた。


 誓いの言葉がのべられ、祝福の祈りとともに、新郎新婦は、ここで正式に夫婦となり、口づけをかわした。レックスは、シエラの変化にすぐに気がついた。そして、そのまま宮殿の居室にもどり、レックスはうれしそうにシエラをだきしめた。


「おかえり、シエラ。」


「うん。」


「いつ、目がさめてたんだ。」


「妊娠したときかな。体の中に光を感じて、それで目がさめたの。」


「妊娠、あいつの霊力がもどってきた時とおんなじだな。ひょっとして、お前が目ざめたから、霊力がもどってきたのか。」


 シエラは、うなずいた。


「あの子、いろんな意味で不安定なんだよね。流産したあげく、私が心神喪失になったことに、かなり責任感じていたしさ。私の目がさめて安心して、それでやっと霊力がもどってきたと思うのよ。」


「だったら、なんで早く出てこなかった。戦争はとっくに終わってるし、こっちはいつもどってくるのかと、ずっと待ってたんだぞ。そろそろ、お前に会いたくなってきてたしな。」


「あの子が、自分から私に交代してくれるまで待っていたの。ずっと、私になって、戦ってきてくれたしね。でも、ちょっぴりヤキモチかな。私が眠っているあいだ、あなたを独占してたんだしね。」


「だったら、あいつをおれによこせ。おれとあいつが一つになってしまえば、それでいいんだよ。そしたら、ヤキモチなんて()く必要ないだろ。」


「レックスでも、あの子をとられたくないんだよね。ヤキモチ妬いてもさ。私、あの子が好きだしさ。だから、私達は二人で一人のシエラでいいのよ。これからは、あの子といっしょに、あなたを愛していけばいい。それだけの事よ。」


 そして、シエラは、レックスの手をとった。


「ごめん、大事なときに役に立てなくて。私、強くなるね。強くなって、あなたと兄様の足手まといにならないよう、がんばるから。」


「強くなる必要なんてないよ。今のままでじゅうぶんだよ。」


「でも、やっぱり強くなりたいの。もう、心神喪失はいやだしね。」


 扉が、バンとあいた。シゼレが飛びこんできて、シエラをギューッとだきしめる。


「教会で、顔つきが変わったんで、まさかと思ってたが、やっぱり、私のシエラだった。会いたかった。ずっと、会いたかった。」


 扉の前で、立ち聞きしてたらしい。シエラは、


「シゼレ兄様、苦しい。」


「すまん。つい興奮して。」


 レックスは、


「ずいぶん態度がちがうな。」


「それはそうでしょう。妹は一人しかいないのですからね。」


「あいつもシエラだと言ったろ。」


「私は、そうは思ってません。ですが、仮住(かりず)まいは、しかたがないでしょう。混乱をさけるためにも、シエラでよいでしょう。私も、みなの前では、そうふるまいます。」


「なんか、ひねくれてるな。」


 シゼレは、シエラをはなした。そして、


「過去にはもう、こだわらないことにします。すぎたことですから。シエラとあなたが、それで良いと結論を出しているのなら、それでかまわないと私は考えております。


 領主の仕事にもなれましたし、サイモンもいてくれることだし、これからは、私一人でもなんとかやっていけます。あなた方は、何も心配なさらず、帰るべき場所へと帰ってください。」


「わかった。もう少ししたらな。もう少しで、安定期に入るからさ。」


「それと、エリオットが、あなた方とともに、マーレルへ行きたがっております。何かと役に立つ男です。よろしかったら使ってやってください。」


 シエラは、


「ああ、そうさせてもらうよ。エドナ同様、ぼくの忠実な部下だからね。それと、エッジとティムも引きぬく。あの二人は兄弟だし、ぼく達の友人でもあるしね。いいだろ、シゼレ兄さん。」


 シゼレは、チラとシエラを見つめた。そして、フンと顔をそらす。レックスは、やれやれと思った。


 そして、春もだいぶすぎたころ、二人はマーレルへと帰っていった。



「いや、よい戴冠(たいかん)式でしたな。年老いて動けない法王にかわり、私自らの手で、アレクス様の頭上に王冠をおのせできる日がくるとは。よくぞ、バテントスを撃退し、英雄となってくれました。ウォーレンも、草葉の陰から、涙を流していることでしょう。」


 マーレル宮殿の王夫妻の居室で、グラセンは、ハンカチをとりだしオイオイと泣いていた。レックスは、チラと背後の壁を見つめる。死んだ父親の霊がきて、からかいぎみに手をふっていた。


(何が、草葉の陰だ。戴冠式の最中、もうちょいどうどうとしろとか、背筋がのびてないとか、さんざん、うるさかったじゃないか。グラセンにも見えてるはずだ。わざと言ってるな。)


 グラセンは、ハンカチをしまった。涙はない。


「まあ、こういうことでも言わなければ、気分がでませんからね。でも、うれしかったのはウソではないですよ。この日のために、がんばってきたのですからね。あなたの戴冠をしきらなければ、あの世にいけませんのでね。」


「法王も、よくジーサンを代理なんかで出す気になったな。ジーサンより上のクラスはいるだろうに。どうやって、だまらせたんだ。薬でも盛ったのか。」


「人聞きの悪い。あなたをドーリア公より、かくまい続けていたのは、私ただ一人。他は、みんな無視してました。私がかくまっていると知っていても、だれも手助けなどしなかったのです。


 いまさら、奇跡の王だと言うことで、しゃしゃり出てきてもなんの意味もありません。法王もわかっていることです。アレクス様、あなたでしょ。法王に直接使者を送り、私を指名したのは。」


 レックスは、笑った。


「シエラの希望なんだよ。ジーサンしかいないって。でも返事を持ってきたのは、シエラの母親の実家だったもんな。なんか、なれなれしくて、やな感じだった。」


 グラセンは、顔をしかめた。


「マーレルまできましたか。こまったものですね。シエラ様がベルセアに御滞在中、私がお知らせしても、シエラはサラサにいる、そのような娘など知らぬの一点張りでしたのにね。私にもしつこく色目を使ってきますよ。あまり相手にしないほうがよろしいです。目にあまるようなら、私の方で手をうちます。」


 シエラは、


「あの、あまり、大げさなことはしないでくださいね。とりあえず、私の身内ですから。」


「身内とは、本来たすけ合うべきもの。彼らは、身内を名乗る資格などない者達です。シゼレ様だけで、よろしいのです。シゼレ様なら、かならずや、あなた方の後ろ盾となってくださるでしょう。」


 レックスは、マーレルでのつながりがない王だ。王家の人間はすべて去り、王族の血を引く者は、レックスの他には、シエラとシゼレだけである。


 グラセンは、


「奇跡の王という七光りも、いつまでも持つものではありません。その前に、しっかりとした王としての実力をおつけなさい。そして、新しい(きずな)を、たくさんつくり大事にしなさい。ジジィからの最後の言葉です。」


 そして、少しつかれ気味のシエラに対し、


「よい御子を産んでくださいね、シエラ様。アレクス様をおたのみ申しましたぞ。」


「はい、ありがとうございます。グラセン様にも、いろいろとお世話になりましたことは、決してわすれません。マーレルへは、いつでもいらしてください。歓迎します。」


 グラセンは、うんうんとうなずいていた。レックスは、


「ライアスのことだけど、いいよな。このまま、ここにいても。あいつがいなかったら、バテントスに勝てなかった。」


「明日、ベルセアに帰る前に御挨拶(ごあいさつ)にまいります。今晩はこれで失礼します。」


 グラセンは出て行った。二人は顔を見合わせる。


 レックスは、


「ライアスの事、前みたいに、どうのこうの言わなかったな。」


「言っても意味のないことだからね。まあ、いいんじゃない。」


 父親の霊は、すでに消えていた。今ごろ、グラセンとともに、つもる話でもしているのだろう。



 それからまもなく、マーレルからイリア王国に向けて使者が出発した。同盟を結ぶ準備も着々と進み、来年の春には、バテントス包囲網(ほういもう)は完成するだろう。


 第四章に続く。

第三章は、ライアスの物語です。過去にとらわれていたライアスが、過去を乗り越えていく過程が物語の中心となっています。ライアスは、ライアスとして生きた自分の過去がきらいです。ライアスは、シエラとなることで、その過去から逃げようとしました。

けど、どんなにライアスである自分を否定しても、過去はどこまでも追いかけてきます。現に、ライアスとして生きた記憶がある以上、どうしようもありません。レックスは、そんなライアスにとり、ただ一つの逃げ場でした。

ライアスにとり、自分と魂的に深いつながりがあるレックスは、自分がいるべき、ただ一つの場所です。この世的な、親きょうだい、友人、または夫婦とか、そういうつながりよりも、はるかに強い絆なのです。

ライアスは、シエラとなり、レックスとともにいることで、この強い絆を確認し、やっとライアスとしての自分と向き合い、それを克服していく勇気をもつことができました。

次章から、マーレルでの王としての日々が語られます。それは、英雄としての輝かしいものではありません。厳しい現実の物語でもあります。

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