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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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十一、帰郷(1)

 サイモンが、やっと帰ってきた。報告を聞くと、東側諸部族同士の意思疎通(いしそつう)がだいぶはかられ、連邦制に近い体制ができあがり、イリア王国への使者も派遣(はけん)され、対バテントス対策が、いま、イリア王国と東側とで話し合われていると言う。


「イリア王国側も、バテントスには東側の協力が不可欠と考えていたようだ。東側にやってきた王国の使者からは、イリア国王はエイシアとの協力も視野に入れているとの返事をもらってきた。早めに、こちら側から、イリア王国に使者を出したほうがいい。今度は私ではなく、マーレルから使者をイリアに送らなければならない。」


 シエラは、腕組みをした。


「マーレルからね。マーレルの使者は、今までの君の苦労をかすめとろうとするだろうね。」


 サイモンは、笑った。


「私の役目は、レックス君を王として、マーレルに帰すことだよ。レックス君の亡き父上に、そう(ちか)ったんだから。大事なのは、レックス君を王とした、ゆるがないダリウス王朝の体制だ。体制がしっかりしていなければ、東側との同盟もイリア王国との協力もなくなってしまう。」


 レックスは、


「なあ、サイモン。いっしょにマーレルきてくれないか。お前がいたほうが、いろいろとやりやすいしさ。」


「それはできない。私の役目はここまでだからな。必要な情報は、いつでもマーレルに提示(ていじ)しよう。私はこれからは、シゼレとともに、クリストンの復興に力をいれなければならない。」


 レックスは、がっかりした。シエラは、


「ぼくがいるじゃないか。そのための補佐だよ。サイモン、いろいろとご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ。」


「シエラ、流産したとき、そばにいてやれなくてすまなかった。また、子供ができたときいたが、体をやすめて大事にしなさい。義兄もそう願っているはずだから。」


 シエラは、義兄ときき、サイモンから顔をそむけた。サイモンは、


「こんな時に、こんな話をするのはなんだと思うが、お前達もマーレルに帰るころだし、私もいそがしくなるし、今しか話す機会はないだろう。


 私と妻は、お前がどういういきさつで、義兄に虐待(ぎゃくたい)されたのか知っていたよ。ずっと、知らないとウソをついてきたがな。妻は、そのために、お前の母とともにサラサへやってきたのだから。」


 シエラは、サイモンの顔を見た。


「知ってたって? ぼくが、ドーリア公の実子ではないことを知ってたって?」


「お前、どこでその話を知った? 知っているのは、私と妻とドーリア公、そしてお前を産んだ母しかいないはずだ。妻からきいたのか。」


「ぼくは、死んだんだよ、一度ね。知る方法は、いくらでもあったさ。ならなぜ、もっと早く教えてくれなかった。知ってれば、あれだけ苦しむことなんてなかったのに。」


 シエラは口をおさえた。興奮したんで、つわりが出たらしい。常備してある洗面器にむかい、シエラは苦しそうにしていたが吐かなかった。レックスが背中をなで、おちつかせた。レックスは、


「サイモン、わるいが、その話はまたにしてくれ。」


 シエラは、


「いいや、話してくれ。いま、きかなければ、もうきくチャンスはない。ぼくなら、大丈夫だ。レックス、ぼくをだきしめていてくれ。そうすれば、冷静にきいていられるかもしれない。」


 サイモンは、静かに(かた)り始めた。ドーリア公の妻となったベルセア高僧の娘は、ベルセアにいたとき、すでに恋人がいた。相手は、実家に出入りしていた父親の弟子の若い僧侶だった。


 身分差から見ても、それはおたがい()めた恋で終るはずだった。だが、クリストンへの輿入(こしい)れが決まった時、それは、たえきれない思慕(しぼ)へと変化し、二人をなやませ続けていた。


 若い僧侶は、クリストンへ恋人を追いかけてきた。そして、恋人の父親の弟子であるという特権を使い、恋人と再会し、ベルセアへと返った。まもなく、産まれた子は、恋人と同じ金色の髪と青い瞳を持つ男の子だった。ドーリア公は、よい跡継ぎができたと、大喜びをしていた。


「妻の父親は、お前の母と弟子との関係を知っていた。それで、娘がまちがいを(おか)さないか、ベルセアではずっと監視をしていたんだ。弟子を追い出したくても、下手に追い出すと、恋愛は手がつけられなくなるからな。とにかく監視を続けて、事無(ことな)きをえていたんだ。


 そして、クリストンに娘が旅立つ時、監視役として、娘の妹である私の妻を同行させたのだよ。恋人を忘れて、そして、クリストン領主の妻として、自立するまで見とどけるのが、妻の役目だったんだ。


 不貞(ふてい)は、私の妻が、まだこの時期は妻ではなかったが、用事で宮殿から出た時をねらっておこなわれたようだ。」


 ライアスが産まれた時、母親は自分の妹にひそかに罪を告白した。恋人の子を産んでしまったと。そして、妹は、なやみになやんだ末、ベルセアには帰らず、クリストンにとどまる決意をした。


「求婚は、私の妻からされたんだ。ドーリア公のそばにいて信頼され、当時独身だったのが、たまたま私だったからだ。理由をきいて驚いた。たかが、髪と目だけで、そう思いこんでしまった義兄の妻に(いきどお)りすら感じたほどだ。


 だが、義兄の妻がそう思いこみ罪悪を感じ、いつ夫に話すかわからない状態だったので、さすがに私もまずいと判断し、妻と私では身分的につり合わなかったので、大恋愛という芝居をうって結婚したんだよ。


 妻は、お前を守るために、クリストンに残ったんだ。姉の不貞を止められなかった責任を感じてたな。」


 レックスは、


「ライアスを何度もたすけたのは、あんた達夫婦だろ。そのことで、ドーリア公に、よくうらまれなかったな。」


 サイモンは、苦笑した。


「それなりの制裁(せいさい)は、うけたよ。けど、私に代わる者は、クリストンにはいなかった。妻も、これ以上ライアスに虐待(ぎゃくたい)を加えるのなら、クリストンの恥を法王に直訴(じきそ)するとおどしていたしな。」


 シエラは、ふるえた。レックスは、シエラの髪をなで落ちつかせた。


「あんた、奥さんを愛してたんだろ。いまだに再婚してないは、そうだったからなんだろ。」


「結婚した理由はともかく、私達は幸せだったよ。子供こそできなかったが、妻は、ライアスをはじめ、姉の子供達を自分の子のように愛していた。私も、妻と同じよう、お前達きょうだいを愛していたしな。」


 シエラは、


「その話はいい。サイモン、なぜ、バテントスのことを話してくれなかったんだ。ぼくが、領主になっても話してくれなかったしな。知ってたら、もっと早く対策を取れてたはずだ。」


「時間的に話すよゆうがなかった、と言うのが正解だ。お前、領主になったとたん、エイシア中、謝罪でまわっていて、ほとんど留守にしていたろ。それに、バテントスの南下は、数年前から止まっていたのだよ。イリア王国との戦いも起きてたし、領土拡大のツケも出ていたので、しばらくはこれ以上の南下はないと、私も義兄も判断してたんだ。」


「再開されたのはいつだ。話すよゆうがなかったのは、ほんとによゆうがなかったからなんだろう。どれくらいだ?」


「三年前、お前が、夏に最後の訪問地マーレルに行った直後だったよ。」


 シエラは、びっくりした。


「じゃあ、たった三ヵ月かそこらで、大陸南部に残っていた最後の一国を征服して、そのまま、その足でクリストンに上陸したことになる。そんなに早かったのか。」


「すまない。私も、こんなに早いとは予想してなかった。お前には、(おり)をみて話すつもりだったんだ。」


「甘かったね、完全に。」


「ああ、甘かった。だが、バテントスは、エイシア全体の問題でもあるんだ。ダリウス王がいなければ総合的な対処はできないし、王不在のままで公表したとしても、民の不安をあおぐだけだ。


 だから、この問題は、クリストン内部でも知る者は限られており、正確に把握(はあく)していたのは、情報部とドーリア公くらいのものだった。義兄は、そのために、行方不明の王子をさがしてたんだ。まあ、バテントスの南下が止まって、そのうちに、うやむやになってしまったがね。」


 シエラは、レックスにすがるよう、レックスの胸に顔をおしつけた。冷静でいようとしても、心が波立ち、感情がおさえきれなくなる。レックスは、そのつど、シエラの髪やら背中をなで、落ちつかせていた。


 シエラは、


「・・・今までの経緯を報告書にしてくれないか。マーレル侵攻の事実もふくめてだ。マーレル側は、信じるかどうかわからないが、とにかく報告書はほしい。書けるのは君しかいない、サイモン。」


「すぐに取りかかる。出来次第、私が直接マーレルに持って行く。それともう一つ。義兄は、お前に謝罪してたよ。」


 シエラの顔色が、さっと変わった。レックスは、シエラを強くだきしめた。


「ドーリア公が、ぼくに謝罪してたって。どういうことだよ。」


「ライアスは自分の子だ。まちがいなく、自分の子だ。血ではなく、自分の魂を引きついでいる。三人の子のなかで、あの子ほど自分に似ている子はいない。妻の言葉をうのみにした自分がおろかだった、とね。義兄は、死の直前、人ばらいをしてまで、私にそうつげたんだ。


 義兄も、お前が自分の血を引いてるのか、そうでないのか、最後まで確信はもてなかったようだ。だが、死の直前になり、親子の縁は、血よりも魂が優先される事実に、やっと気がついたとも言っていた。」


「ぼくが、あんなことをしたから、そう言ったんだろ。毒殺しようとしたのは事実だし。」


「だからこそ、義兄は目がさめたんだよ。あの事件がなかったら、気がつかなかったはずだ。お前は、優しい子だ。そして、残酷(ざんこく)でもある。極端な両面性を持つ特質こそ、義兄の本質だったのだからな。」


 シエラは、レックスの腕の中で、うずくまっていた。ライアスをしばらくなやませ続けた、ドーリア公の亡霊。たぶん、そのことをつたえようとしていたのだろう。


 サイモンは、


「義兄は、自分のしてきたことによって、自らの人生を閉じたんだよ。何をなそうとしても、いつも反対の結果しか出せなかったしな。あれだけの大器(たいき)を持つ男の最後が、あの言葉だったということは、自分ができなかったことを、お前に(たく)そうとしていたのかもしれない。」


「つごうのいい話だよ、まったく。何が託すだ。託した結果が、ライアスの消失だったじゃないか。ぼくには、呪いの言葉にしかきこえない。」


 サイモンは、シエラの手をとった。


「運命のいたずらに、私は感謝しているんだ。やっと、この言葉をつたえられる相手が見つかったからね。お前は、名実ともに義兄の子供になれたんだ。何も恥じることなどない。自分の気持ちに素直になりなさい。」


「素直になんかなれない。ぼくは、あんな男の子供なんかじゃない。」


「産まれてくる子にも、お前の憎しみを引きつがせると言うのか。お前と同じ苦しみを与えるつもりなのか。」


 シエラは、ハッとした。レックスは、


「わすれてしまえと、しつこいくらい言ったろ。お前はライアスじゃない。おれのシエラだ。子供が産まれたら、うんとかわいがればいいんだよ。お前が苦しんだ分だけ、かわいがっちまえ。それで、全部帳消しだ。サイモン、もう話はないよな。シエラを休ませたい。」


「ああ、長話をしてすまなかったな。これから、妻の墓参りに行くつもりだ。お前の妊娠の報告もしなければならないしな。きっと、天国で喜んでくれるだろう。」


 サイモンは、居室(きょしつ)を出た。居室を出てすぐの廊下でシゼレとバッタリ会う。旅装姿だったので、どうやら、妻と子供をつれて、ケラータから帰ってきたばかりのようだ。サイモンは、シゼレを適当な空き部屋にひっぱった。


「部屋の近くにいたと言うことは、さっきの話はきいていたのだな。どうだ。」


 シゼレは、サイモンから目をそらした。サイモンは、


「これから、妻の墓参りに行く。いっしょにこないか。疑問に思っていることがあるなら、そこできこう。」


 シゼレは、うなずいた。

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