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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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十、ライアス(4)

 そして、次に出た時間は、真冬の真夜中だった。外は、もうれつに吹雪(ふぶき、(こお)りつくほど寒い。宮殿内でさえも、死ぬほど寒かった。クリストンは、エイシア島で一番寒い。


「寒い。おれが飛んでくるのは、ライアスの人生にかかわる重要地点だけど、まあ、シエラが飛ばしてんだろうけども、何もこんな寒い、しかも真夜中に飛ばすことはないだろうに。しかも、こうも真っ暗じゃあな。おれ、宮殿のどこにいるんだろ。」


 廊下(ろうか)の向こうに(あか)りが見えた。ゆれ動いているので燭台(しょくだい)を持った人だろう。こっちへとやってくる。明かりに浮かび上がったのは、シゼレだった。


(シゼレだ。まだ、左目があるな。それに、坊主の格好してるし。教会から呼び出されたのかな。こんな真夜中に。ひょっとして、ドーリア公が亡くなったのか。にしては宮殿は静かだな。)


 シゼレは、レックスには気がつかなかったようだ。そのまま、行ってしまう。レックスは、あとを追った。シゼレは、ライアスの部屋へと入っていく。すぐに、大声でどなりあう声がきこえてきた。


 シゼレは、乱暴に扉を閉めて去った。レックスは、そっと扉をあけた。ケンカ別れしたので、会うのは少し気がひける。が、扉をあけたとたん、ゲとなってしまった。


 部屋中、散乱したゴミと割れた酒ビン。ムッとする、こもった臭い。灰がたまりきった暖炉には、チョロチョロと消えそうな火だけが残っていた。いったい、どれくらい掃除してないんだろう。


 レックスは、足元に気をつけながら、室内に足をふみいれた。ライアスは、酒ビンが転がっているテーブルで寝ていた。しかも、薄着一枚で。


「おい、ライアス。起きろ、カゼひくぞ。」


 ライアスは、うーんとうなったが、すぐにまた寝てしまう。レックスは、しかたなしにライアスをだきあげ、ベッドに寝かせた。ライアスがだきついてきた。だれかの名前を呼んだから、寝ぼけてかんちがいされたようだ。


「バカ、目をさませ! おれだよ、おれ。はなせったら、キスすんな!」


 ようやく目をさましたライアスは、顔を手でゴシゴシこすっていた。しばらくフロにも入っていないようで、体臭がひどかった。おまけに、救いようがないくらい、酒臭い。


 なんだか、死んだ親父に似ているな、とレックスは思った。親父もフロがきらいで、いつも不潔にしていたっけ。おまけに、しょっちゅう酔っぱらって、酒臭かった。


「なんだ、君か。あの人かと思ったよ。」


「あの人じゃない。それに、なんだはないだろ。せっかく、会いにきたのにさ。」


「もう、こないかと思ってたよ。ひどい別れ方したんだしさ。」


「お前、どれくらいフロに入ってないんだ。おれのカンでは、一ヵ月だろ。やたら臭いし。」


「臭くて悪かったな。ドーリア公が死んだんだよ。それからずっとかな。二ヵ月だよ。」


 レックスは、思わずひいた。


「おれは、いったん帰る! フロ入って、この部屋掃除したら、またきてやる。」


 レックスは退散した。そして、すぐに現れる。今度は昼のようだ。ライアスは、ちょうどフロがおわったようで、ローブをきて、頭をタオルでゴシゴシやっていた。室内は、きちんと掃除され、空気も換気(かんき)されている。


「ごめん。おとといは、ひどいとこ見せちゃったね。」


「シゼレがきてたようだが、ケンカしたのか。」


「君がくる少し前に、ドーリア公の幽霊がこの部屋に現れて、ぼくがひどく(あば)れたからだよ。それで、手がつけられなくなって、夜中にシゼレを教会から呼んだんだ。」


「飲んだくれてのは、それが原因だったのか。」


 ライアスは、うなずいた。


「宮殿内をうつろく姿をよく見かけるから、たまらなくて酒でごまかしてた。酔っぱらうと、見えていてもどうでもよくなるからね。けど、死んでから二ヵ月だし、もうそろそろ向こうにくころだと思う。」


「おれみたいに、家来にすればよかったじゃないか。魂的には、お前のほうが強いから、いくらドーリア公でも逆らえなくなるからな。向こうに逝かせないで、いままでのウラミをこめて、コキ使えば、すっきりするんじゃないか。」


 ライアスは、苦笑した。


「それもよいかもね。着がえしてもいいかな。これから、用事があって出かけなきゃならないから。」


 レックスは、どうぞと言った。ライアスは、ローブをぬいだ。白い裸身がさらけだされ、ライアスの背中を見たレックスは、思わず声をあげてしまった。


「そ、その背中の傷はどうした。なんか、古い傷のようだが。」


「ムチのあとだよ。マーレルからもどってきたドーリア公に、サイモンの家にいることがばれてね。叔母と叔父が、命がけで説得して止めてくれたんで、なんとか死なずにすんだんだよ。そのあと、ぼくはサラサから隔離(かくり)されたんだ。遠くに行かされてね。」


 ライアスは、シャツで傷をかくした。


「いやなものを見せたね。うっかりしてた。ぼくはどうして、こうも父にきらわれてしまったんだろう。いくら考えてもわからない。サイモンや叔母にきいても、知らないと言われた。」


「やはり、毒殺したのか。」


 ライアスは、小さく笑った。


「毒を使ったのは、あの時だけだよ。普通の人だと死んだけど、頑丈(がんじょう)すぎたみたい。君に親殺しと言われて、目がさめたんだ。そして、君に見捨てられたと思った。だから、毒はすべて捨てた。」


「シゼレは、お前が殺したと思ってるんだぞ。」


「結果的に見て、ぼくが殺したようなものだよ。(とう)で死にかけ、ムチで殺されかけ、ぼくは、ひどい妄想に苦しむようになった。虐待(ぎゃくたい)は、それ以来、一度もなかったけど、あの冷たい視線だけは、ずっと続いていた。


 ぼくは、父がおそろしかった。何かえたいの知れない魔獣に見えてきて、何度もその魔獣に殺される夢を見続け、しだいに夢と現実の区別がつかなくって、毒をってしまった。ちょうど君が現れたときだよ。」


「毒の研究してたのは、そのためだったのか。」


 ライアスは、うなずく。


「殺される前に殺さなければ、こっちが殺される。もう、まともじゃなかった。シエラも、ぼくの異常に気がついて、いろいろと心配してくれてたけど、ぼくは、すべて無視してた。シエラもつらかったんだろうね。ぼくと父に、はさまれてさ。ひどいことをしたと思ってる。」


「シエラは、お前がしたことを知ってたのか。」


「シエラは、純粋な子だよ。人をうたがうよりも信じるタイプだ。父が死んで、一番悲しんだのはシエラだ。あの涙を見たとき、自分のしたことの重みにたえきれなくなった。酒びたりになったのは、幽霊ばかりじゃないんだ。君がきてくれなきゃ、飲みすぎで死んでたかもね。」


「ドーリア公は、なぜ死んだんだ。」


「わからない。毒を盛ったのは、あの時だけだったしね。とりたてて、病気というほどでもなかった。けど、あの事件以来、父は小さくなっていった。何かにおびえるように、小さくなっていったんだ。」


 ライアスは、きちんとした服装になった。


「領主としての責任をはたさなきゃね。いつまでも、飲んだくれてはいられない。君はもう帰るか。」


「いや、ここで待ってるよ。お前ともう少し話をしたい。」


 ライアスは、出かけてしまった。レックスは何もすることがなくなり、部屋でぼんやりしていた。


 ライアスは父親のことで、どれくらい傷ついているんだろう。あの古傷のように、決して消えない心の傷の痛みに、常にさいなまれているのかもしれない。


 レックスは、机の上の分厚い本に目をとめた。気になって開くと、ライアスの日記だった。好奇心でパラパラとめくる。内容は、愛人関係のことばかりだった。


(年上ばっかり。人妻とか未亡人とか。しかも、夫婦でまるごと三角関係なんてのもやっている。どういう趣味してんだ、あいつは。)


 レックスは、日記をとじた。


(そう言えば、前にエッジが言ってたな。つきあっているやつは、年上で親みたいな人ばかりだったって。ライアスは、愛人に親の愛情をもとめてたって。)


 シエラは、自分にひたすら愛情をもとめてくる。もっともっと愛して欲しい、自分だけを愛して欲しい。自分だけを見ていて欲しい。


(小さな子供そのものだ。おれの前では、あいつは子供にもどっているんだ。おれを母親や、やさしかった父親に見立てて、そのとき得られなかった愛情を、ただひたすらもとめていたんだ。なぜ、もっと早く気がついてやれなかったんだ。バカだ、おれは。あいつの親になるって、決めてたのによ。)


 ライアスにとり、この日記の内容は、他人から愛してもらった貴重な時間なのだろう。だから、忘れないよう書きとめておいたのだ。レックスは、まだ火が残っている暖炉に、日記をやぶいて捨てた。


(しょせん、(いつわ)りの愛情でしかない。ライアス自身も、自分が本当に愛されているなんて、思っていないはずだ。そして、自分が愛していないこともな。)


 

 ・・・君の本当の名前を教えてほしいな。レオンなんて偽名だって、すぐにわかったよ。だから、呼ばなくなったじゃないか。


 やっぱり、すぐばれるか。名前なんて、もう忘れちまったよ。君でいいよ。


 君は、ただの幽霊じゃないね。でも、聖霊でもない。聖霊にしては、はっきり見えすぎるし、人間に近い。どうして、ぼくの前に現れたんだ。


 お前に会いにきたんだよ。


 君は、いったいだれなんだ。


 一つ約束してくれ。どんなことがあっても、おれに会いにきてくれ。シエラとともに、必ずな。おれは、お前達二人を、ずっと待っているから。


 言ってる意味がわからない。君は、ここにいるじゃないか。ぼくのすぐそばに。


 ああ、ずっといっしょにいるよ。お前のそばにいる。だから、おれの前では、いつも笑っていてほしい。


 笑うって、どうやって笑うの。笑っていてほしいと言われても、どう笑っていいのかわからないよ。笑い方、忘れちゃったしさ。


 今、笑ってるじゃないか。それでいいんだよ。


 顔が、ゆるんでるだけだよ。でも、これでいいんなら、笑ってもいいよ。あのね、いつだったか、ぼくの親になってくれるって言ったことあったよね。おぼえてる?


 おぼえているよ。


 ね、愛してるって言って。いっぱい、いっぱい言って。いっぱいだよ・・・。



 レックスは、目をさました。シエラが剣を持ち、イスにすわったまま、こっちをじっと見ている。レックスは床で寝ていたらしい。起き上がって、頭をポリポリかき、大きなあくびをした。


「もどってきたのか。ずいぶん、長い夢だったな。」


「時間にして、一時間くらいだよ。そのかん、ずっと君の動きをコントロールしてたんだ。さすがにつかれた。どう、感想は。軽蔑(けいべつ)した?」


「すんじまったことだしな。前にも言ったろ。忘れろってね。」


 シエラは、ホッとしたようにほほえんだ。レックスは、シエラの頭をなでた。


「結婚式、いつにする。マーレル行く前にちゃんと結婚しておこう。子供も産まれることだしな。」


「シゼレが今、ケラータに奥さんむかえにいってるから、帰ってきてすぐがいいな。シゼレがいた教会で、二人きりで小さくね。」


「そうだな。」


 レックスは、シエラをだきしめた。


「愛しているよ。いっぱい、いっぱい愛してる。ずっといっしょだ。」 

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