十、ライアス(3)
ライアスとレックスを乗せた白竜は、大空へとまいあがった。はるか眼下に、サラサが見える。はじめてみるパノラマにライアスは驚きをかくせなかった。
「すごい。こんな世界があったなんて。ぼく達、鳥になったんだね。」
「ああ、鳥だ。そして、このドラゴンが白竜の本当の姿だ。たぶん、お前をおどろかせないために、馬のふりをしてたんだよ。これからは、お前がたのめば、どこへだってつれてってくれるぞ。」
ライアスは、白竜の硬く輝くウロコをなでた。
「なんて、きれいなんだろう。これが、ぼくの白竜。ほんとうの白竜。白くて美しいと思ってたけど、本当の姿はもっと偉大で美しかったなんて。」
「白竜なんて名前、どうしてつけた。ドラゴンだって、知らなかったんだろ。」
「馬につける名前で、竜という名前が、はやってた時期があったんだよ。なんとか竜ってね。だから、はやりにのっただけ。でもまさか、本当の竜だったなんてね。びっくりした。」
白竜は、きれいな湖のそばにおりた。シエラがサラサに行くさい、使った古城のある山の中の湖だ。
ライアスは、城の中から釣具二つとナイフと金串を持ってきた。そして、二人で魚をつる。何匹かつれたので、レックスは、ナイフで魚のウロコと内臓をとり、金串に魚をさし、火を起こし、焼いた。
「塩もってくればよかったな。塩気がないとものたりない。」
「じゅうぶん、おいしいよ。けど、君って不思議。幽霊なのに魚を食べるなんてさ。」
「そうか、ちょうど腹減ってたとこなんだよ。」
ライアスは、レックスの右耳のピアスに気がついた。
「そのピアス。片方だけなんて、変だと思ってたけど、ただのピアスじゃないね。」
「気がついたか。こいつは、神杖なんだよ。ある人からもらったんだ。それで、杖じゃあでかすぎるから、ピアスにしたってわけ。」
「その杖のせいなんだな。君が実体化したり、霊体になったりしてるのは。霊体じゃあ、釣竿なんてもてないし、魚を食べることもできないしね。けど、不安定みたいだな。今は実体化しているけど、ずっとは続かないだろ。」
「あたり。おれは、これ杖は、まだうまく使えないんだ。けど、ちょっとだけなら、力を引き出すことができる。おれがもう少しうまく杖を使えたなら、塔の扉を開けて、もっと早くたすけられたかもな。」
ライアスは、食べかけの魚を草の上においた。
「もういいよ。ぼくが、君の声を無視し続けたのも事実だしね。ヤケクソになってたんだ。どうとでもなれってね。王子が無事だって、信じるよ。」
ライアスは立ち上がった。そして、ウロコをおとしたナイフを湖の水であらう。そのあと、長かった髪をバッサリ切ってしまった。髪を湖へ流したライアスは、
「ぼくは、母上が亡くなられてから、髪を切るのをやめたんだ。父上が、ぼくを再び、愛してくれるまで切らないと決めてね。でももういい。しょせん、未練にすぎなかったのだから。」
「ドーリア公が憎いのか。」
「わからない。今は、こうして生きているのが奇跡だと思っている。君もそばにいてくれるしね。」
レックスは、焼けたばかりの魚をライアスにさし出した。
「食えよ。食って、すべてわすれちまえ。腹がへってれば機嫌も悪くなる。人間、最低、腹をすかしてなければ文句はない。」
「単純だね、君は。」
ライアスは、さびしげに苦笑した。それからしばらく、レックスはライアスのそばにいた。笑ったり、ふざけあったり、いろんな話をしたりして、日々をすごしていた。
そして、レックスは、ライアスのそばから消えた。正確には、先の時間に進んだのである。再会したライアスは、大人になっていた。二十四だと言うから、ライアスにとっては、十年ぶりの再会だ。
ライアスは、再会したレックスを歓迎してくれるよう見えた。が、私室にレックスを連れてきてすぐに、レックスのピアスをうばってしまう。
「何するんだ。それを返せよ。」
ライアスは、ピアスを杖にもどした。
「うわ、すごいね、これ。杖というより、ヤリだね。長さ的には。すごい力を感じる。君が能力の使い方がヘタだってのはわかってんだ。この杖がなければ、ただの幽霊にしかすぎないってこともね。」
ライアスは、レックスを動けなくしてしまった。杖を使い、その場に封印してしまったらしい。
「時期が悪かったね。もう少し早くか後だったら、こんなことはしなかったけどもね。しばらく、そこでおとなしくしててもらうよ。」
レックスは、ライアスがこんなことをする理由がわからない。ライアスは、杖をレックスの目の前の床に置き、部屋を出て行ってしまった。
「ライアス、ちょっと待て、ライアス! もどってきてくれ! だれか、だれかたすけてくれ!」
さけんだが、たすけてくれる者など現れるはずもない。レックスの姿は、ライアス以外見えないのだから。動けないレックスは、手をのばせばとどく位置に置いてある杖を、うらやましそうにながめた。
(わざと置いてったな。おれが動けないとわかってて。けど、あいつ、何をしようとしてるんだ。時期が悪かったとかどうとか。おれを封印してまで、やることはなんなんだ。なんだか、やばい予感がする。早く、封印を解かなきゃ。)
気持ちはあせっても体はビクともしない。封印は、かなり強力なようで、もがけばもがくほど、全身をしめ上げてくる。
(だめだ。思考までぼんやりしてきた。自力では、ほどけそうにもない。杖、杖があれば。)
レックスは、床に無造作に置かれた杖をながめ続けていた。その杖が、ヒョイとだれかに拾い上げられる。杖ばっかり見ていたので、室内に人が入ってきたことに、まったく気がつかなかった。
「黄金の杖だわ。こんなの始めて見る。兄様が、つくらせたのかな。でも、すごく大きい。なんに使うのかな。儀式かな。」
シエラだ! シエラがきてくれた。レックスは、天にものぼる思いだった。シエラは、杖を持ったまま、ライアスの私室の机やら本棚やらをあさりはじめた。
「もう、あの本どこに置いたのかしら。やっと手に入れたベストセラーなのよ。兄様に貸したら、ひと月も返ってこないんだもの。私に返すの、絶対忘れてるんだわ。」
レックスは、精一杯さけんだ。シエラ、気がついてくれ、たのむ。その杖をくれ。
シエラは、レックスのそばの植木に杖をたてかけた。そして、あちこちさがしたあと、ため息をついた。
「ない、これだけ、さがしても見つからない。ほんとに、どこにしまったんだろう。クローゼットもさがしたし、机もベッドもさがした。まさか、植木の中ってことはないよね。返すのがいやで、かくしてるとか。まさかね。」
シエラは、杖をたてかけた植木をじっと見つめ、鉢の中をさがしだした。レックスは、そんなとこに本なんかあるわけない、それより杖をくれ、と。
シエラは、口をとがらせつつ、植木を軽くけった。けったいきおいで杖が転び、レックスの胸にあたる。杖が体にふれさえすればいい。レックスの封印は、たちどころにとけてしまった。
シエラが、悲鳴をあげた。見えたらしい。レックスはあわてて、杖を使いシエラを眠らせる。そして、ライアスのベットに寝かせた。
「たのむから、夢だと思ってくれ。愛してるからな、シエラ。」
レックスは杖をもったまま、走り出した。ライアスはどこだ。宮殿内の人間は、レックスには気がつかなかった。どうやら見えたのは、シエラだけのようだ。
ライアスをさがしている最中、急に宮殿内がさわがしくなった。ドーリア公が、執務室で昼食中にたおれたらしい。ライアスが執務室に現れ、侍医を呼びにいかせ、使用人達にドーリア公を部屋まで運ぶよう指示をだした。
レックスは、ライアスとともに執務室にいた。ライアスは、杖を持ったままのレックスを見て、フッと笑う。
「封印がとけたのか。だれに杖をもらった。」
「お前の妹のシエラだよ。何をした。」
「何も。とつぜん、たおれただけだ。」
「信じていいんだな。」
ライアスは、レックスを見てほほえんだ。
「ああ、信じていいよ。封印したのはあやまるよ。十年、ごぶさたされたから、いじわるしただけ。とつぜん、いなくなってしまうし、そのかん、会いたいって思っても、会いにきてくれなかったしさ。」
ライアスは、レックスにだきついた。そして、レックスの首を片手で軽くつかむ。
「こうしてみると、ほんとうにいい男だね。あざやかな髪の色に、澄んだ緑色の瞳。若々しくて、背が高くてどうどうとした体格。ねぇ、なぜ君みたいな男が、こんなに若くして死んだんだ。君を殺したのは、奥さんかな。」
レックスは、ライアスをつきとばした。
「やはり、何かしたんだろ。白状しろ。」
「兄様! ライアス兄様!」
シエラの声がきこえた。レックスは、シエラに見つかる前に執務室からにげた。シエラには自分が見えてしまう。
「兄様、こんなとこにいらしたの。父様が目をさまされたわ。早く来て!」
シエラは、執務室からライアスをひっぱって行った。そして、その夜、ライアスはドーリア公の寝室にいた。
「話ってなんです。こんな夜更けに、わざわざ、ぼくを呼び出すなんて。」
「侍医には口止めをしてある。ムラサキ毒ガエルの中毒症状に似てると言われた。ムラサキ毒ガエルは、この地方にはいない。ワインを飲んだとき舌がしびれた。」
「ムラサキ毒ガエルは、ゼルム毒蛾とならんで、ゼルムの特産品ですよ。昼食のワインは、ゼルムから買い付けたものです。たまたま、混入していたのでしょう。」
「そうかもしれぬな。もどれ、用は終った。私は明日は休む。お前にまかせよう。」
ライアスは、寝室を出て行った。レックスが、寝室を出るなり、どなった。
「やっぱり、毒をしこんでいたんだな。だから、おれを封印したんだろ。自在にどこにでも現れるおれは、じゃまでしかないもんな。」
「証拠もないのに犯人よばわりか。君も見下げたやつだな。親友だと思ってたのにさ。」
「ああ、おれもそう考えてた。けど、おれの知ってるライアスは、そんなことはしない。いつも、一生懸命に生きているやつだった。」
「去れよ。どこへでも行けよ。君とはもう会いたくない。」
「そうするさ。こっちももう、お前の顔なんか見たくない。勝手に親殺しでもなんでもしろ。あばよ。」
目の前のライアスの姿が消えた。もう、この時間には見るべきことはなくなったらしい。それに、自分が介入できることには限りがある。どのみち、ドーリア公の死は、さけられない事実だ。