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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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十、ライアス(2)

(おれと親父を、マーレルから追い出した張本人の顔でも(おが)みに行くか。ライアスは、勉強に集中しているようだからな。このすきに、と。)


 そう思った瞬間、レックスは執務室にいた。自分は、ライアスの部屋にいたはずだ。廊下(ろうか)を通らないで、なぜ、執務室にこれたのか、理由がイマイチわからない。


(まあいい。手間がはぶけた。でかい机にすわっている男がいるな。男の前で話しているのは、サイモンだ。という事は、机の男がドーリア公という事になる。)


 がっしりとした、黒髪の大きな男だった。威厳(いげん)風格(ふうかく)も満々の姿に、レックスは思わず引いてしまう。


(おれの母親が、バカにされた理由がわかる。これじゃあな。こっちの方が、王様だよ、どう見てもさ。)


 サイモンは、バテントスという単語を口にしていた。とちゅうからきたので、よくわからないが、どうやら大陸の動きを話しているらしい。


 サイモンは、


「大陸南部にあった小国が、バテントスに征服されました。イリア王国も、バテントスの動きには警戒を強めているようですし、バテントスがこれ以上南下を続けるようでしたら、こちら側としても、対策をとっておいた方がよいでしょう。」


「海岸沿いに達するまで、あといくつ国が残っている。」


「残るは、一国だけです。かつて、アレクシウス大王が領地とした場所です。そこを取られたら、このエイシアもあぶないでしょうね。」


 ドーリア公は、少し考えていた。


「父王には、もうしばらく様子を見てから、申し上げることにしよう。病気でふせっておられるのだからな。サイモン、引き続き大陸には注意をはらえ。」


「かしこまりました。」


 サイモンは、出て行った。一人になったドーリア公は窓をあけた。ライアスの声がきこえてくる。勉強の時間が終わり、武芸の稽古(けいこ)にうつったようだ。レックスは、ドーリア公の大きな背中のうしろから、ライアスを見た。


 子供なのに強い。相手をしている教官がおし切られている。レックスは、ドーリア公に視線をうつした。父親の顔が、そこにあった。


 レックスは、このままここにいても、もう見るべきものはないなと思った。空間が、スーッとゆがみ、今度は大きな会議室にいた。ズラリとならぶ、深刻な顔の大群。レックスは、またひるんでしまった。


(お、おれ、こういうのニガテ。威厳というか迫力というか、なんか、おれ自身、すごくちっぽけに思えてくる。だから、シエラのやつ、奇跡の英雄王にしたんだな。あんな、パフォーマンスまでして。)


 会議内容は、どうやらマーレルへの侵攻らしい。そこへ、ライアスが、長い髪を乱しながら飛びこんできた。


「父上、マーレルへの侵攻は、やめてください。おねがいです。」


 ライアスは、背がのびていた。たしか、このころのライアスは十四か五か。


「おねがいです。父上。ライアスの一生のお願いです。」


 その者をつまみだせ、ドーリア公の声は冷たかった。ライアスは、


「父上は、おさない王子を殺してしまうのですか。やめてください。」


 ドーリア公は、ガタリとイスを転がし立った。その顔には、憎悪のような怒りが燃えている。レックスは、ライアスの手をつかんだ。そして、これ以上はダメだと首をふる。


 レックスに腕をつかまれたライアスは、おとなしく会議室から出て行った。そして、会議室から少しはなれた廊下(ろうか)で、レックスはライアスの手をはなした。


 ライアスは、


「今になって出てくるとはな。どこに逃げてたんだ。家来にしてやったのにさ。」


 レックスは、無理に強気になっているライアスの顔を見た。


「お前が気になって、あの世からもどってきたんだ。なんか、やばい話をしてたな。悪いことは言わない。あれ以上、反対するな。」


「嫌なときに、もどってくるもんだな。ずっと、あの世にいってろよ。死人に口無しと言うだろう。だまってろ。」


「ほっとけないから、きたんだよ。とにかく、反対はするな。お前一人、がんばったって、何も変わらないんだよ。」


 ライアスは、目をふせた。


「だめだよ、王子を守らなくちゃ。聖霊達に言われてるんだよ。ぼくの使命は、王子をたすけることだって。そのために、ぼくは産まれてきたって。」


「だからと言って、あんなおそろしい男に、あからさまに反対することはないだろうに。お前、いま自分がどれだけ危険な立場にいるのか、わかってんのか。」


 ライアスは、レックスの腕をギュッとにぎった。


「それでも、やらなきゃならないんだ。父は、王子を殺してしまう。聖霊は言ってたんだよ。王子は、マルガリーテ女王の御子(おこ)は、歴史を変える王になるって。」


「そこまで、お前がせおう必要はないだろ。ドーリア公が、マーレルきたって、王子は無事なんだよ。女王は死んでしまうが、王子は無事なんだよ。だから、反対するな。お前が、殺されてしまうぞ。」


 ライアスは、キッと顔を上げた。


「ぼくの命がなんだってんだ。それに、君の言うことも何か根拠(こんきょ)はあるのか。気休めなら、ぼくには必要ない。」


「根拠なんて関係ない。おれを信じるかどうかだ。とにかく無事なんだよ。おれを信じろ、ライアス。」


 ライアスは、苦笑した。


「聖霊でもない、ただの霊の君を信じるのはむずかしいね。霊は、けっこういい加減なことを言うんだよ。この世の人をまどわすためにね。君もそうなんだろ。」


「おれは、悪霊(あくれい)じゃないって。お前が心配なだけだ。」


「いまさら、だれを信じろって言うんだ。母が死んで、父はかわってしまった。ぼくをそばには、まったく近づけなくなった。シゼレもシエラも、父のそばには行けるのに、ぼくだけ。ぼくが何をしたと言うんだ。わからないよ。」


 レックスは、ライアスをだきしめた。そして、金色の髪をなでながら言う。


「おれは、お前が好きだ。おれが、お前の父親の代わりになってやるよ。だからもう、やめるんだ。お前一人が反対したところで、ドーリア公はとめられないんだよ。」


 ライアスは、レックスからはなれた。


「だめだよ。できることはしなくちゃ。君の言うとおり、とめられないかもしれない。けど、ぼくは、だまっている事なんてできない。それが、ぼくの使命だから。」


 ライアスは、レックスの手をすりぬけ走って行き会議室の扉をあけた。すぐに、会議室にいた兵士達により、ひきずりだされ、どこかへと連れて行かれる。


 そして、レックスは、ライアスが閉じこめられた宮殿北の(とう)にいた。二人の間には、頑丈(がんじょう)な扉があり、レックスはどうしても扉の向こうには行けなかった。


(呼びかけても返事はない。この扉も開かない。霊だけの存在なのに、どうして向こうに行けないんだ。この扉の向こうだけには、どうしても行けない。なぜ。)


 レックスは、扉にもたれるよう、その場にうずくまってしまった。たしか、シエラは言っていた。過去は変えさせないと。シエラがわざと、こうしているんだ。


(シエラ、おれを飛ばしてくれ。これ以上、ここにはいたくない。ライアスが助かるのはわかっているが、それまで、おれは、たえられそうにもない。たのむ。)


 レックスは目をつぶった。少し眠ったらしい。だれかが、塔の階段をのぼってくる。サイモンだ。甲冑(かっちゅう)姿を見ると、どうやら出陣の朝らしい。


 サイモンは、大きなカギ束をもち扉のカギをあけた。ギーッと音が鳴り響き、サイモンは、ベッドに横たわっているライアスの心臓に耳をあてる。ライアスは、食事も満足に与えられなかったようだ。ひどいありさまに、レックスは思わず目をそらした。


 サイモンは、手早くライアスを毛布でくるみ、だきあげ、塔を出た。そして、バタバタしている宮殿内のさわぎをさけつつ、裏門で待機していた馬車に、ライアスを毛布ごとうつした。


 中で女が待っていたようで、サイモンは少し話をしたあと、大急ぎで宮殿内部へともどっていった。馬車は、すばやく走り出す。馬車は、市内にある邸宅の門の中へと入っていった。


 ここは、サイモンの私宅らしい。女は、サイモンの妻のようだ。シエラに、なんとなく似ている。私宅から使用人が出てきてライアスを馬車からおろし、レックスは、女にくっついて家に入った。


 医者が待機していた。すぐさま、ライアスの診察が行われ、医者は注意事項と必要な薬の処方をわたし、家から立ち去った。女は、うすいスープを少しずつ、スプーンでライアスの口に流しこんだ。


 ぼんやりしているライアスは、うまく飲めず口からダラダラこぼしたが、女は口をふきつつ、根気よくスープを飲ませ続けた。そして、数日がそのまますぎた。餓死寸前だったライアスは、女の献身的な看病により、ゆっくりと体力を取りもどしていく。


 起き上がれるようになるまで回復したライアスは、女にフロにいれてもらい、今までの汚れをおとした。


「ずいぶん、やせてしまったな。つらかったろ。たすけてやれなくて、すまなかった。」


 レックスは、ライアスに話しかけた。ライアスは鏡台にすわり、長い髪をブラシでとかしている。


「君にこんな、みっともない姿、見られたなくなかった。おせっかいも、いい加減してほしいね。」


「もう少しおそければ死んでいたと医者は言ってたよ。」


「ドーリア公は、もう出陣したんだろ。あの塔は監視がきびしくてね、出陣前でなきゃ、とてもぼくを助け出せるものじゃない。」


 レックスは、ライアスの髪にそっとさわった。汚れてつやがなかったが、手入れをした今は、元通りの髪にもどっている。レックスは、なれない手つきで、ライアスの髪を()んだ。ずいぶん、長いこと切ったことがないようで、髪は腰までのびている。


「編み方がヘタクソだよ。だれにならった。」


「おれの女房。時々、おれの髪をこうして編んで遊んでるんだ。おれも、長いしさ。」


「君、奥さんいたのか。そんなふうには、見えないけどもね。」


「十八で結婚したからな。それよりも、元気になったら、どこか遊びに行こう。お前の白竜で、空を飛んでさ。」


 ライアスは、びっくりした。


「白竜が空を飛べる? 何を言ってるんだ。たしかに、不思議な馬だけど、空を飛べるなんて鳥でなきゃ無理だよ。馬は馬さ。」


 レックスは笑った。


「見かけにごまかされるな。真実は、その奥にあるんだよ。まあいい。元気になるほうが先だ。ほら、できた。うん、はじめてにしては上出来かな。」


 編み目が、めちゃくちゃだ。ライアスは苦笑した。


「長いからって、ぼくの髪で遊ばないでよ。でも、はじめて髪をまとめたよ。すっきりするもんだな。」


 コンコンと扉がなり、サイモンの妻が食事を持ってきた。ライアスは、ありがとうとほほえみ、一人で食べるからと言うと、サイモンの妻は出て行ってくれた。


 ライアスは、ゆっくりと食事をとった。レックスはその様子を見て、早く元気になれよ、と心の中でつぶやいていた。

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