九、首都奪還(1)
レックスは、シエラとの約束を律儀に毎日くりかえしていた。朝起きてすぐに、首にさげているロケットを開き、愛してる、夜寝る前も、愛してる、である。
そして今夜も、愛してるとつぶやいたあと、ため息をついた。やっぱり、はなればなれはさみしい。時間がたてばたつほど、恋しさがいっそうつのる。レックスは天幕を出た。眠れそうもない。
星空がきれいだった。ティムが、草の上にすわり、夜空をながめていた。
「起きてたのか。こんな夜中に何してんだ。」
「星がきれいだなって。さっき、流れ星見つけたんだよ。願い事したんだ。」
「何を願ったんだ。」
「恋人できますようにって。兄貴もミランダさんとつきあってるし、君も結婚してるし、うらやましくなったんだ。」
レックスは、ティムのとなりにすわった。
「エドナはどうだ。今んとこ、相手いないみたいだし。」
ティムは、首をふった。
「彼女は、いい人だよ。でも、好みじゃない。頭が良すぎるしさ。ぼくとは、つりあわないよ。ぼくの好みはもっとこう、そう、家庭的な人。ぼくを家で待っていてくれる人なんだ。」
「頭が良すぎるのなら、おれとシエラもそうじゃないか。」
「シエラ様は、君の足りない部分をおぎなってくれてるから、いいんだよ。」
「悪かったな。けど、これ以上言わない。」
ティムは笑った。
「兄貴は、ぼくのたった一人の肉親だ。けど、いつまでも甘えていられるわけじゃない。ミランダさんに子供ができれば、ぼくとの縁もうすくなる。だから、ぼくといっしょに家庭をきずいてくれる人がほしい。」
山岳地帯は、けわしい道ばかりが続く。岩だらけの道に、今にも落ちそうな橋。昼でも暗い森の道。上り下りの勾配がきびしく、おまけに、岸壁にきざまれた道なんか、荷車がギリギリ通れる程度の幅だ。
距離的には、平地を行く本隊よりも、山岳地帯を行ったほうがサラサには近い。けど、サラサに近づくにつれ、山は難所が多くなり、足も自然とおそくなる。
おまけに、山の気候は変化がめまぐるしい。晴れていると思っても、あっというまに雲に飲みこまれ、冷たい霧と雨にさいなまれてしまう。さすがに、屈強な男達の集団とはいえ、体調をくずす者も続出していた。
そんな中で、エドナは実に辛抱強かった。男達と同じ重い装備を持ち、どんなにつらくても泣き言一つ言わず、ただひたすら、シエラの後を追い続けていたのである。
そして、分隊は、山の中にある湖のそばの古城へと到着した。この城は、領主の避暑地としてつくられたもので、ドーリア公が亡くなって以来、使う者がおらず、無人のまま放置されていた。
「ここで、サラサからの連絡がくるまで休憩をとろう。城には、生活道具がそろっているはずだから、湖から魚を釣ったり、狩でもすれば食料の足しになる。サラサまでは、あと一日だ。みんな、ここで体調をしっかりととのえるように。」
エドナは、ホッとした。足がひどく痛んでいた。適当な部屋をみつけ、ホコリだらけのベッドのすわり、くつをぬぐ。足は、赤黒く腫れていた。
(坂で、足をすべらしたとき石をふんで、捻挫したんだわ。どうしよう。)
シエラが現れた。エドナは、あわてて足をかくす。
「足を痛めてるんだろ。歩きがおそくなってたからな。見せてみろ。ずいぶん腫れてるな。」
シエラは、エドナの足をしらべた。
「よくガマンしていたな。すぐに言えばよかったじゃないか。熱は出ていないか。」
「置き去りにされたくなかったです。」
エドナは、しょんぼりした。シエラは笑った。
「冗談だよ。君の覚悟を確かめただけ。」
シエラは、エドナの足を数回、やさしくなでた。あれだけ痛かった足の痛みが、スーッとひく。気がつくと、足は治っていた。シエラは、エドナのひたいをさわった。
「少し熱があるね。今日はもう、ここで寝ていろ。食事は後で持ってこさせるから。何かあったら、ミランダに言ってくれ。」
エドナは、あぜんとして、元通りになった足を見つめていた。
エドナの足を治したシエラは、廊下の窓から湖をながめた。釣り道具をひっぱりだした兵士達が、大喜びで魚を釣っている。
シエラは、剣をとりだした。
(はなれていても、レックスから、じゅうぶんな霊力が送られてくる。朝晩、愛してると律儀に実行してくれてるんだな。おかげで、エドナの足も治せたし。)
愛情をこんなふうに使うのは、かなり抵抗がある。けど、しかたがない。霊力不足では、この先戦いぬけない。
湖から、歓声があがった。どうやら、大物が釣れたようだ。山歩きで、心身ともに疲労しきっていた兵士達に、久しぶりに笑顔がもどってきた。
翌日の昼過ぎ、サラサからエッジがやってきた。城の執務室で報告をきく。
「今朝方、バテントス軍が出陣した。レックス達本隊が、予想していたより早く、サラサへ向かっているようだ。バテントス軍は、ニキスの平原辺りで、迎え撃つつもりでいる。場所的には、あそこしかないからな。サラサからニキスまでは、バテントス軍の行軍速度で三日くらいだ。レックス達もその前後くらいに、ニキスに到着してるだろう。」
「サラサ市内の様子はどうだ。ノームみたいなことになってないか。」
「さすがに、でかいサラサじゃ、ノームみたいなことは無理だ。けど、夜間外出は禁止されてる。それと、教会も閉鎖され集会をひらくこともダメ、学校もずっと閉鎖中だ。とにかく、人が集まるのだけは、禁止。ケラータみたいなクーデターを起こされちゃあ、たまらんからな。」
「現時点での市民の様子はどうだ。シエラを行李に入れて、荷物同然に護送したほどだから、市民のあつかいは以前よりもひどくなっているだろう。」
エッジは、うなずいた。
「ああ、ひでぇな。サラサは今、バテントス軍中心にまわっているしな。この島占領の目的そのままの政策が実行され、今年の春あたりから、女子供例外なく、郊外にかりだされ、土地を開墾し、畑仕事をさせられている。
学校を閉鎖した目的も労働者確保だ。学問や宗教など必要ないとのことで、図書や教会の宝具が燃やされ、学者や坊主が数人、見せしめのために処刑された。抵抗する者は、ようしゃなく殺されるし、ふるえあがった市民は、すっかり言いなりさ。
おまけに、助かる見込みのない病人や体の弱った年寄りは、働けないという理由で食事を制限するよう、法律までつくっちまった。やつらにとっちゃ、おれ達は、ただのモノでしかねぇ。道具としてしか考えてねぇんだよ。だから、病人や年寄りを餓死させることも、平気でできるんだ。」
「レックス達本隊が、サラサに向かっているという情報は、町には流れているか。」
「おれ達の仲間が、ウワサとして流した。けど、耳できいても口にする者はいない。へたなことを言ったら、通報されてしまうからな。バテントスのやつら、市民に通報を義務付けてんだよ。反抗できないよう、おたがい監視させてんだ。」
「・・・なんともひどい状況になったものだな。エッジ、市内に残っているバテントス軍は、何人くらいだ。だいたいでいい。」
「数は千とちょっとだろう。市内のしめつけと宮殿を警備するための、最低限の人数しか残ってない。補給は、サラサからじゃなくて、ニキスに近い村を中心に行うようだ。物資もそっちに移しているようだしな。」
「その千は、どこに集まっている。市内には、バテントスの宿舎として使っている建物は、何ヵ所もあったろ。」
「宮殿さ。そこから、市内を監視している。」
「こっちの動きに、バテントスは気がついているか。」
「山から奇襲かけてくるとは、考えていないようだ。まあ、こんなけわしい山を、千単位でこえるなんて、ふつう、考えないよな。」
シエラは、座っていたイスから立ちあがった。
「あさって、ここを出る。時間的には、ちょうどいいだろう。」
「おれは、このあと、サラサにもどったら何をすればいいんだ。」
「分隊は、夜間を待ち宮殿を奪還する。サラサ宮殿は、市内ではなく山に近い場所にあるから奇襲はかけやすい。市内に残った兵士は、エッジ、お前達にまかせる。」
シエラは、エッジの手をにぎった。そして、
「ぼく達の無念をはらそう。そして、これ以上、ひさんな犠牲を出さないようにしたい。悲しみはもう、じゅうぶんだから。」
「ああ、そうだな。もう、じゅうぶんだ。」
そして、シエラはサラサへとやってきた。少し早めについたので、夜までサラサ近辺の山にひそむことにした。シエラは、分隊からはなれ、ノームに置いてきた白竜を呼び出した。
白竜は、何もない空中から姿を現し、白い翼をはためかせながら、シエラの前へとまいおりる。シエラは、サラサ市内へと向かった。
空から見たサラサの町は、シエラがいたころと、さして変わらないよう見える。けど、道行く人の姿は少なく、路地では子供の声がない。バテントス兵の姿は、ちらほら見かけるが、すれちがう市民に何をするでもなく、巡回しているだけのようだ。
シエラは姿を消し、サラサ宮殿の庭へとおりた。そして、宮殿内へと侵入する。広い宮殿をすみからすみまで歩き、宮殿内の兵士達の話をきき、だいたいの情報はつかんだ。
バテントス本国内では、すでにエイシアからの撤退案が多数をしめているようだ。あっさり取れると思っていたが、予想外の展開になり、しかも東側の諸部族に反乱のきざしが現れ、西のイリア王国との間に、バテントスは、はさまれるかたちになり、エイシアとの戦争をするよゆうはなくなったらしい。
バテントスは、エイシアとの三年越しの戦争をする気はないようで、今年中に、ダリウス王の軍をつぶし、ゼルムに侵攻できなければ撤退となるだろう。
(ぼくの予想したとおりだな。つまり、ニキスの戦いで、すべて決まる。)
シエラは、つかれてきた。さすがに、長時間、姿を消しているのはつらい。宮殿の庭にもどり、白竜の背に乗った。そして、飛べと命令しようとしたとき、一人の若い男がこちらへ向かって歩いてくるのに気がついた。
一見して、どこかの貴族のようだ。バテントス人だが兵士ではないらしい。男は、見えないはずのシエラのそばへとやってくる。そして、ドラゴンの上のシエラを見つめた。
「純白のドラゴンか。ドラゴンはいるとはきいてたが、見たのは始めてた。しかも、美少年を乗せてるとはな。お前、精霊か妖精か。」
シエラは、硬直した。なぜ、見える? 男は笑った。
「ほかの目には見えない。その証拠に、兵士達は向こうで知らん顔をしている。私の目は特別なんだ。見たくもないモノが、よーく見えるのだよ。」
「貴様、何者だ?」
「話が通じるみたいだな。精霊とか妖精は、話が通じないのが多い。しゃべっていても、歌みたいにきこえる。」
シエラは、じっと若い男を見つめた。男は、
「そんな、こわい顔をしなくともよいだろう。美しい顔がだいなしだ。たいくつしてたら、お前が見えたのでな。宮殿内をうろついて何をしていたのだ。」
シエラは面倒になった。だれだかわからないが、このまま逃げたほうがいい。シエラは、飛べと命令した。男が、風圧にふっとびそうになる。そして、おもしろそうに、まいあがる白竜を見つめていた。
そして、真夜中になり、シエラ達分隊の奇襲は成功し、市内のバテントス軍はあらかた片付けられ、サラサは解放された。そして、夜があけ、解放の知らせをうけたサラサ市長が宮殿へかけつけ、シエラを心から歓迎した。
「お待ちしておりました。きっと、もどってきてくださると信じて、今日まで辛抱し続けておりました。市民も心から喜んでおります。」
「喜ぶのは、まだ早い。サラサの奪還は成功したが、バテントス本隊を片付けたという報告は入ってはいない。それに、市内にいたバテントス兵は、あらかた夕べのうちに始末したはずだが、まだ、どこかにかくれひそんでいるかもしれない。
市民には、できるだけ外出はひかえるように。あやしい者を発見したなら、すぐに報告するようにしてくれ。それと、宮殿の掃除をたのむ。夕べは、だいぶハデにやったからな。市民の中から、勇気ある有志をつのってくれ。兵達だけでは、手がまわらない。」
「かしこまりました。バテントス兵の遺体はどうしましょうか。町のあちこちにも、そのままになっております。」
「郊外に運び出し、火葬をすませ、その場で埋葬しろ。くれぐれも、今までの復讐のために遺体をもてあそばないように。具体的なことは、今、執務室を片付けている、秘書のエドナという女にきくといい。彼女にすべて伝えてある。」
シエラは、ミランダとともに宮殿の地下牢へと向かった。自分の偽物がいるはずだ。地下牢へとついたとき、シエラは、なるほどと思ってしまう。髪が長かったころのシエラに瓜二つだ。
けど、
「なんなのよ、あなた達は。いきなり宮殿をおそって領主である私を、こんな汚い地下牢に閉じこめるなんて。すぐに私をここから出しなさい。でなければ、打ち首にしてくれるわ。」
シエラは、やれやれと思った。性格は、まったく似てない。偽物だと、すぐにわかってしまう。しかも、この香水のにおい。たまったものじゃあない。
シエラは、ミランダから、ナイフを受け取った。それを、地下牢の偽物姫へとなげつける。
「裁判を受けて死罪になるか、そのナイフを使うか、どちらかにしろ。どっちにしろ、ぼくは国を売った者を許すほど、寛容ではない。」
偽者姫は怒った。
「私は国を売ってはいないわ。なぜ、領主である私が国を売ると言うのよ。あなた、何様のつもりなの。こんなナイフなんか、いらないわ。」
偽物姫は、ナイフを投げ返した。シエラは、
「君は、自分がしたことの意味を理解してないようだな。ぼくの顔をよく見ろ。だれだか、わかるはずだ。」
偽物姫は、さっと青くなった。シエラは、ナイフを拾い、もう一度投げた。
「どうするか、さっさと決めるんだな。」