八、サラサへ(2)
そんなこんなで、秋も中ほどになった。ノームもおちつきを見せ始め、ケラータからの補給の中継地点としての役割を、じゅうぶんこなせると判断したシエラは、いよいよサラサに向けて軍をすすめることにした。
サラサに向けての準備でいそがしいノームに、大陸のサイモンから待ちわびた手紙がとどく。部族同盟が結成され、レックスの名前でエイシアと同盟を結ぶことに成功した、と書かれてあった。この手紙が書かれた日付は、一ヵ月前だ。
シエラは、執務室で大喜びしていた。
「これで、バテントスの注意は、この海の向こうのエイシアよりも、近場にむいたはずだ。東の諸部族は、バラバラでは弱いが、結束すればそれなりの勢力になる。
手紙の日付からすれば、現時点ではすでに銃がつくられ、部族間をこえた対バテントス軍が、つくられつつあるはずだ。ぼくの筋書き通りにね。バテントスには、食料補給のための、片手間戦争なんてしているよゆうなどなくなる。
増援があったとしても縮小されるか、正規軍ではない部隊が派遣されてくる可能性が高い。敵の動向に注意しつつ、一気にサラサをとりもどすぞ。」
レックスは、読み終わったサイモンの手紙を机に置いた。シエラは、
「ね、ね、サラサについたら、結婚式あげようよ。ぼく達、式をあげずに夫婦になったんだしさ。」
「結婚式か。いいかもな。司宰はシゼレにでもたのもうか。あいつ、お前のこと、いまだにうさんくさく思ってるみたいだからな。」
「それって、いやみ。でも、どんな顔して式をとりしきるのか、見ものかも。」
「かもな。」
レックスは笑いつつ、シエラをだきしめた。そして、いつもの仲むつまじさが始まり、お茶を運んできたミランダにあきれられてしまう。ミランダは、夕食に呼んだエッジに、そのことをぼやいた。
「仲がいいのはけっこうだけど、一日中ああじゃあね。ったく、二人ともどうしたのかしら。レックスはともかく、あのシエラ様まで。歯止めが、きかなくなってるみたい。」
「いいんじゃないのか。今はあれで。ああなるようしくんだのは、おれだしな。」
「あんたが。なんで?」
エッジは、半分食べかけの夕食の皿から、ミランダに視線をうつした。
「なんでって。それが必要だと思ったからだよ。とくに、お姫様のほうにな。」
「シエラ様に。なぜ?」
「なぜ、なぜとしか、きかないんだな、お前は。ライアスはな、本心から人を好きになったことが一度もないんだよ。あの美貌だったし、つきあってた相手は何人かいたんだよ。けど、心から愛して、つきあってたわけじゃない。
なんて言うのかな、どいつもこいつも、親の代わりみたいな感じだった。自分より年上ばっかりだったもんな。だから、必要だと思ったんだ。」
「どうして必要なの。すでに夫婦じゃない。」
「夫婦で恋愛しちゃいけないのか。お姫様にとって最高の相手じゃないか、レックスは。おれは、お姫様に人を心から、好きになってもらいたいんだよ。でなきゃ、昔のライアスに逆戻りしちまう。あいつの苦しそうな顔は、もう見たくないんだ。」
ミランダは、そっぽをむいた。エッジは、
「お前、ひょっとしてヤキモチやいてんのか。お前もライアスにあこがれてたんだろ。まあ、だいぶ女になっちまったが、クールなとこは変わらんからな。」
「そんなんじゃない。恋愛ってよくわからないのよ。私の知ってる恋愛は苦しみが多かったもの。どんなに好きでも、相手の心は別の場所にあったわ。好きになればなるほど、苦しみは増していったしね。」
「後悔してんのか。」
ミランダは、首をふった。
「未練かもしれない。最後まで信じることができなくて、とつぜんお別れして、未練だけが残ってしまったかもしれない。」
「おれは、どうなんだ。最後まで信じることができそうか。」
ミランダは、笑った。
「さあね。あんたは、雲みたいにとらえどころがないわ。今は好きというより、つきあってみたいだけかもね。」
「おれは、お前に大恋愛中さ。明日には、サラサに行かなきゃな。とうぶん、お別れだ。なあ、ミランダ。サラサを取りもどしたら、また料理をつくってくれよ。お前の料理は、うまいしな。」
そして、いよいよ出陣の朝がきた。今回は、シエラはレックスとは別行動だ。レックスは本隊を、シエラは分隊をひきいて本隊とは異なるルートを行く。
決めたのはシエラだが、やっぱり、レックスと別行動でお別れとなると、泣いてしまう。レックスが出発の朝、シエラは寝室でさめざめと泣いていた。
「ね、ね。毎晩寝る前に、必ずぼくのことを愛してるって言って。朝起きても愛してるって言って。おねがい。」
シエラは、目をふきながら、レックスの首にネックレスをかけた。ロケットがついていて、シエラの肖像画があった。
「ぼくが、かいた自画像なんだ。肌身はなしちゃだめだよ。ぼくも毎日、君を思い続けているから。一秒だって、わすれるものか。おねがい、愛してるって言って。いっぱい、いっぱい言って。もうすぐ、きけなくなっちゃうから。」
レックスは、こんな調子で、シエラはほんとに大丈夫かな、と心配になった。が、寝室を出たとたん、ガラリと態度がかわり、
「レックス、最終確認をしておく。何度も説明したとおり、ぼく達分隊は、君達本隊が出発したあとにノームから出る。本隊が進む平地が多いルートとは異なり、分隊は山岳地帯を進む。
連れて行く兵士も、山歩きの関係上、五百人程度だか、すべて精鋭ばかりだ。そして、敵に見つからないよう気をつけながら、サラサへと向かう。
サラサからは、すべてのバテントス軍が、君達と戦うために出ているわけではない。補給と治安のために残っている部隊がいる。分隊の仕事は、そいつらの掃除と、その後のサラサの治安だ。」
「たった五百人で大丈夫か。いくら精鋭と言ったってさ。」
「一人で四、五人くらいの働きをする兵士ばかりだよ、心配ない。本隊の出陣は昼だ。もうあまり時間がないから、話はここまでとするよ。ぼくは、君達本隊をおくりだす仕事があるから。健闘を祈る。」
シエラは、行ってしまった。
(時間がないって、お前がしつこかったせいじゃないか。何百回、愛してるって言わせたんだよ。声がかれちまった。出陣前の演説、どうすんだよ。大声が出ない。)
そして、昼過ぎ、はでな見送りとともに、本隊はノームを出た。シエラは、それを見送ったあと、明日の出発にそなえて、いろいろといそがしくしていた。エドナが顔をだす。
「姫様。ほんとについていかなくていいんですか。どこへでもお供すると約束しましたのに。」
「しつこいな。山岳地帯を強行突破するんだぞ。そのあと、サラサを強襲するんだよ。戦いになるんだぞ。第一、君は、戦場なんて見たいのか? ここでの戦いを、この城でながめてたんだろ。町には火をつけられるし、大勢の人が犠牲になった。また、見たいのか。」
エドナは、だまってしまった。シエラは、
「ここでおとなしくしていろ。ぼくは約束はわすれない。かならず、君に連絡をする。サラサで待っているよ、エドナ。」
「はい、待っています。わかりました。」
エドナは、おとなしく去っていき、シエラは、やれやれと思っていた。そして、翌日の早朝、分隊はノームを出た。分隊は、その日のうちに山へと入り、山での野営をむかえた。
野営といっても、山岳地帯を行くのだから、大げさな装備は持っていけず、夜風をふせぐための布と寝袋程度の野宿でしかない。野営すると決めた場所で、兵士達は、それぞれ適当な場所を見つけて、休んでいた。
シエラもミランダととにも、兵士同様、適当な場所で夜をすごしていた。夜中、だれかの気配を感じ、ミランダが目をさました。見張りの兵でもきたのかと思ったら、なんと、エドナだった。兵士に化けて、ついてきたのである。
シエラは、
「あれだけ待ってろと言ったのに、君は何を考えてんだ。けど、なんで君を見つけれなかったんだろ。いくら化けてたって、女がいればわかるんだがな。」
「どうしても御一緒したかったんです。私って、背が高いでしょ。胸もないし、おしりも小さいし、兵士の装備をつければ、男にしか見えないでしょ。だから、見つけられなかったんです。でも、ここからノームには帰さないでくださいね。私、方向オンチだから、迷子になって動物に食べられちゃいますから。」
「君に、山をこえられるか? ピクニックじゃないんだぞ。」
「山歩きなら、なれています。川を泳ぐことだってできます。野宿だって、ぜんぜん平気です。亡くなられた、おじい様が山が好きで、しょっちゅうお供してましたから。私、こう見えても弓がうまいんです。だって、獣をつかまえられなければ、山で飢え死にしちゃいますからね。竹を切って釣竿だってつくれますし、魚釣りだってできます。」
シエラは、いったいどういう、おじい様だとつっこみたくなった。城主と言えば仮にも貴族で、その貴族である孫娘に作法ではなくて、サバイバルを教えるなんて。
「もういい、わかった。好きにしろ。けど、根をあげたら置き去りにするからな。」
エドナは、はい、とうれしそうに笑った。そして、二人のそばで寝袋にもぐりこみ、あっというまにスヤスヤと寝息を立ててしまう。やっぱり、男どもにかこまれるて寝るよりも、女同士の方が安心するようだ。
シエラは、ため息をついた。ミランダは、
「エドナは、こう見えてもしっかりした娘さんですよ。根をあげたりはしません。少々、天然系で、のんびりしていてマイペースですが、私は、そこがエドナのいいところだと思っております。話をしていると、ホッとするんです。」
「ぼくは、自分のペースが乱されてこまってるけどもね。けど、使ってみると、ものすごく役にたつ。エドナは拾い物だったよ。おかげで、仕事が以前よりも、ずっと効率的で早くなった。」
「エドナは、シエラ様のことが好きでたまらないんですよ。素直な心を持ってますしね。だから、ついてきたんですよ。」
シエラは、エドナの寝顔をながめた。
「だからこそ、ノームに置いておきたかった。血で血を洗う戦場なんて、見せたくなかったんだよ。ノームでつらい思いをしているはずなのに、どうして。」
「つらい思いをしているからですよ、きっと。エドナは、ノームの戦いで友人を亡くしてるんです。大切なシエラ様が行くのを、だまって見ていられなかったんでしょうね。」
シエラは、フッと笑った。
「いったい、ぼくのどこが、そんなに気に入ったのかな。マーレル行くのが、秘書になった目的だったんじゃなかったのか。エドナ。」
シエラは、眠っているエドナの髪をそっとなでた。そして、夜空を見上げる。今夜は、星がきれいだ。レックスもたぶん、同じ空を見上げているだろう。