八、サラサへ(1)
ノームには、しばらくとどまることにした。バテントスに荒らされた町を、一日でも早く復興させ、サラサへの足場として機能させるためだ。そして、傷ついた住民の救済。
そのための必要な物資は、すべてケラータから調達していた。ノームには、続々と物資が運びこまれてきている。これだけの物資をてぎわよくノームへと送るには、そうとうな手腕を必要とするはずだ。
たぶん、シゼレがケラータの有力者達に、常時、働きかけているのだろう。臨時政府だけでは、これだけの物資を集めるなんて到底無理だ。城壁の上から、物資の運びこみにいそがしい兵士達の姿を見つつ、シエラはそう考えていた。
(シゼレのやつが、ここまでやれる男だったなんてな。甘ったれて、すぐにグズグズ泣いてた昔がウソのようだ。まあ、これだったなら、領主をまかせても安心だろう。)
兵士が、やってきた。
「ここにおいでだったのですか、シエラ様。陛下がお呼びです。急いで城におもどりください。」
シエラは、城壁からおりた。城の執務室では、レックスとともに、やたら背の高い娘が、シエラを待っていた。レックスは、
「ここの城主の娘で、エドナって言うんだ。この城で財務を手伝ってるって。お前の秘書にいいんじゃないかと思ってさ。」
娘は近眼らしく、メガネをかけていた。歳は、シエラよりも少し上か。着ている服装も実用的なもので、城主の娘らしいおしゃれは、いっさいしてない。
シエラは、エドナにいくつかの質問をした。エドナは、てきぱきとこたえる。
「合格。エドナとか言ったな。今は戦時中だ。サラサを奪還してから連絡するから、それまで、ここで待機していてくれ。」
エドナは、
「私、戦争なんてこわくはありません。やとっていただけるのなら、どこへでもついていきます。私、医療のまねごとができますので、秘書がまだ必要ではありませんでしたら、医療班にくわえてください。」
「しかし、若い女性を軍にくわえるのもな。野獣の群れに、おくようなものだし。」
「あら、姫様も御結婚なさっているとはいえ、若い女性でしょう。私、腕にある程度おぼえがありますから、そこらの男なんかには負けません。おそわれたら、股間を人質にとるくらい、平気でできます。」
レックスとシエラは、顔を見合わせた。上品な見かけとは違い、性格はかなりのもののようだ。
「わかった、そこまで言うのならな。とりあえず、ぼくの侍女のミランダに引き合わせよう。彼女から、いろいろと説明をうけてくれ。」
「はい、かしこまりました。」
エドナは、二人におじぎをし、部屋を出て行った。そして、すぐに廊下から、キャー、やったやった、あこがれのマーレル・レイ、という奇声がきこえてくる。どうやら、シエラの秘書イコール、マーレル・レイという構図があったようだ。
レックスは、
「マーレルに行きたいために秘書になったのかよ。あきれた。」
「彼女はかなり優秀な女性だ。ノームじゃ、たいくつなんだろうな。それに、君に色目なんて使わなかったしさ。」
「色目? なんだそりゃ。なんで、おれなんかに色目使うんだよ。結婚してるのにさ。」
「ケラータで、女どもに、さんざん色目使われたの、気がついてなかったのかよ。君は、自分がどれだけ見た目がいいのか、本当に理解してんのか。こっちは、いらいらしてたんだぞ。」
「いらいらって、ひょっとしてヤキモチやいてんのかよ。それって、おれのこと、好きってこと? お前が?」
レックスは、平手打ちをくらった。シエラは、怒ってしまい部屋から出て行く。
その夜、シエラは寝付けず、城のバルコニーでぼんやりしていた。エッジが、バルコニーにのぼってくる。シエラは、
「あいかわらず、わけのわからない所から顔を出すんだな。階段があるだろうか。」
「城にきたら、ちょうど真下から顔が見えたんで。きいてくれよ、ミランダが食事にさそってくれたんだよ。明日の夕食、いっしょにどうかって。」
「そりゃ、よかったね。おめでとう。すなおに応援するよ。」
「ありがとさん。でもって、今夜は退屈してたんで夜の散歩してたら、お前さんが見えたってわけだ。少し、おしゃべりでもどうかなって。」
「なら、帰れ。お前の話など胸焼けがする。」
「ひでぇな。お姫様のために、こーんなに、がんばってる騎士に帰れなんてな。美しき姫君に命をささげている騎士なんて、芝居じゃなきゃ、お目にかかれないシロモノなんだぞ。貴重品だぞ、大事にしろ。」
シエラは、だれが騎士だと思った。エッジは、
「その顔、恋わずらいって顔だな。いったい、だれに惚れたんだ。」
「レックス以外のだれがいるってんだよ。なんでこうなったのか、さっぱりだ。」
エッジは、クスクスと笑い出した。
「お前、いまは女だし、それに夫婦のまねごとしてりゃあな。あ、ほんとの夫婦だったよな。」
「妹に、レックスをたのむって言われた。妹が、あんなことになったのは、ぼくの責任だから、妹のかわりにレックスの面倒見てたんだ。めんどくさいなー、世話やけるなー、とか思いつつ、気がついたら、面倒見るのが楽しくなって、そして、好きになっていた。」
「今ごろになって、やっと気がついたのかよ。お前、ライアスだったときから、そうだったんじゃなかったのか。いっつも、幻の王子様のことばかり考えてたじゃないか。」
「それとこれとは違うよ。けど、すごくいやだ。」
「何がいやなんだ。人を好きになるって、楽しいことじゃないか。」
シエラは、ため息をついた。
「ずっと、このままだったらいいって。妹が眠ってくれてた方が、彼をひとりじめできるって、そんなことを考えてしまった。」
「だから、落ちこんでんのかよ。くだらねぇ。妹姫様が目をさましたら、さましたでいいじゃねぇか。そんときまで、ひとりじめできるしな。大事なのは今だよ。夫婦なんだから、えんりょすることはねぇんだよ。」
「夫婦だからか。レックスが結婚したのは、妹のほうだよ。ぼくじゃない。体をかりているだけだよ。」
「レックスは、そうは思ってないんじゃないか。やつの気持ちをきいたことあるのかよ。」
「なんどもきいたよ。シエラは一人だって。二人に見えても一人だって。けど、ぼくには、ぼくは妹の影でしかないようにきこえる。」
「つまり、ちゃんとした、お前を見てほしいってことだな。」
シエラは、うつむいた。エッジは、そんなシエラを見て頭をポリポリかく。
「なんか重症だな、こりゃ。今夜は退散するよ。じゃあな。」
エッジは、バルコニーから城の中へと入った。シエラは、バルコニーにもたれ、ボーッとしていた。
(レックスの気持ちか。そういや、きいたことなかったな。ぼく自身のことは、どう思っているんだろう。二人で一人じゃなくて。でも、きくのがこわい。)
コトリと音がして顔をあげると、レックスがいた。シエラは、ドキリとする。
「エッジのやつにたたき起こされた。バルコニーで、お前が話があるって。なんの話だ。なんか、報告あったのか。」
「あ、話ね。たいした報告じゃなかったから、明日でもいいって、エッジに言ったんだけどもね。」
シエラは、よけいなことをしてくれたエッジをうらんだ。レックスは、
「なんだそりゃ。まあ、明日でいいなら、おれ、寝るわ。」
レックスは、あくびをして、もどろうとする。シエラは、反射的に引き止めた。
「あのさ、昼の話だけどもさ。その、えと。」
「エドナの話か。あいつ、お前の秘書に決まったことを、城中で言いふらしてたみたいだ。けっこう、しつこかったみたいで、おれんとこまで苦情があがってきてたよ。」
「ちがう、別の話だ。その、ぼくが君のことを。」
「ひっぱたいたことを、やっとあやまる気になったのかよ。ありゃ、痛かったな。ミランダに、平手打ちくらったときとおんなじ痛さだ。」
シエラは、レックスから顔をそらした。単純なことなのに、きけない。レックスは、シエラをフワリとだきしめた。
「エッジに言われたよ。はっきり、好きだって言ってやれって。でなきゃ、お前の指に、髪の毛まいたりしないよ。シエラのことは、わすれたわけじゃあない。けど、今は、お前だけでいい。今、おれのそばにいてくれるシエラは、お前だから。」
うれしかった。そして、苦しくて、悲しかった。けど、シエラは、
「いいよね、今は、これでいいよね。シエラは、ぼくだけでいいんだよね。」
レックスは、うなずいた。シエラは自分の髪をぬき、レックスの指にまき、目をこすった。涙が勝手に出てしまう。
で、二人は、人もうらやむ仲になった。文字通り、仲むつまじい夫婦、である。