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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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七、奇跡の王(2)

  ノームは広い畑の真ん中にポツンとある。収穫の終った畑の(すみ)に陣を設置して、レックスは夕日にそまるノームを遠くからながめていた。


 シエラがやってきた。レックスは、


「こうしてみると、ふつうの風景だよな。ここからは遠すぎて、城壁の上の大砲も見えないしさ。明日は、ここは戦場になるのか。」


「やつら、こっちが昼過ぎから陣をつくっているのに、まったくおそってこなかった。ほんとに、ろう城戦だけにするつもりなんだな。つまり、それだけ兵を温存しなければならないってことだ。


 と言う事は、この前、送られてきた援軍は、たいした数ではなかったはずだ。皇子は、援軍といっしょにきたはずだから、数でいえば、皇子の婿入りの護衛程度だったかもしれない。次の便でくるのが、本命か。軍を二つにわけて、こっちとゼルムをねらうくらいだから、かなりの数になるはずだ。」


「どっちみち、早めになんとかしなきゃなんないんだろ。」


「場合によっては、双頭の白竜でノームごと吹き飛ばすことも、視野に入れておいたほうがいい。最悪の場合を想定してね。」


「最悪の場合ってのはなんだよ。おれは、絶対そんなのやだからな。」


 シエラは、夕日にしずむノームを見つめていた。エッジがやってきた。銃をもち、ハトの死骸(しがい)をかかえている。


「ここにいたのか、宿営地をさがしても見つからなかったからな。ノームにもどろうとしたら、ハトを見つけたんで撃っておいたよ。」


 レックスは、


「晩飯にでもするのかよ。」


「お前の目は節穴か。ちゃんと見ろ。」


 ハトの足には、小さな(つつ)がつけられていた。どうやら、ノームからサラサへの報告らしい。エッジは、ハトの足の筒から紙を取り出し、シエラにわたした。シエラは、目を通したあと紙を破り捨てた。


「・・・わざと撃たせて、偽情報をつかませようとしてる可能性もある。それと、ノームの報告をたのむ。」


「報告は、ティムからきいてくれ。いそぎの報告は何もないからな。ハトの丸焼きは、うまいぜ。じゃあな。」


 エッジは、レックスにハトをわたして、畑の向こうへと行ってしまった。あいかわらず、いそがしいやつだ。


 二人は陣へともどった。そして、天幕に夕食を運んできたティムから、エッジからの報告をきいた。ノームの町は、二日前から外出禁止になってるらしい。


「町中、ピリピリしてるって、兄貴言ってたよ。とにかくひどくてさ。ちょっと外へ出ただけでも、見つかったらなぐられるって。中には、殺された人もいるらしいんだ。ケラータのとき、暴動で背後をつかれたからね。バテントス軍も、そうとう、いらだっているみたいなんだよ。」


 シエラは、


「ティム、ノームのバテントス軍の正確な数の報告はあったか。ぼく達がここへくる直前に、補充があったかどうか。」


「補充はされてないってさ。町にいる軍は、三千かな。こっちは二万を超えてるし、まともに戦ったら、大砲があっても数で負けるから、やっぱり、ろう城しかないみたい。」


 レックスは、


「なんか、玉砕(ぎょくさい)覚悟でろう城してるみたいだな。」


 シエラは、


「死守してるんだよ。玉砕覚悟はしてない。どっちみち、まともな方法では、ノームに近づくことすらできない状況だ。トラップもあるしね。にらめっこのこう着状態を長引かせて、本国からの援軍を待ち、一気に決着をつけにくるはずだ。」


 シエラは、立ち上がった。レックスは、


「おい、まだ飯残ってるぞ。」


「君が食べて。少し、外を回ってくるよ。」


 シエラが天幕を出ると同時に、ミランダも外へと出る。シエラは、白竜を宿営地からはなれた場所へとつれていき、ミランダも乗せ、飛べと命じた。白竜は、白い翼を夜空にはためかせた。


 行き先は、ノームだ。


「上からだと、見つかってしまいますよ、シエラ様。」


「白竜は、昼間は雲に見えても、夜は白っぽい影にしか見えない。中に入ると同時に、剣で姿を完全に見えなくする。そして、司令官をやって、すぐに脱出する。霊力がおちてるから、姿を消すといっても、ほんのわずかな時間だけだ。ミランダ、たのむぞ。」


「かしこまりました。居場所は御存知なんですか。」


 シエラは、剣をギュッとにぎった。そして、


「北にある城二階の奥の部屋だ。うまい具合に副指令官もいる。その部屋の窓に白竜をつける。窓を割って侵入して、すぐに片をつけろ。ぼくがやりたくても、この体じゃあ無理だ。城が見えてきた。行くぞ。」


 白い影は、高度を下げると同時に見えなくなった。城二階の窓が割られ、女が飛びこんできて、びっくりしている司令官と副指令官二人を瞬時にたおし、女は割れた窓へともどっていく。


 シエラが、白竜を城の上空へと飛ばしたとき、ノームの東側で爆発が起こった。立て続けに発生する火災。シエラは、燃える炎をあとにし、宿営地の近くに白竜をおろした。


「さっきの爆発は、なんだったんですか。」


「エッジのしわざだよ。火薬庫を爆発させたんだ。大砲の弾の保管庫だ。これで、弾の補充がきかなくなったはずだ。あとはバテントスの指揮系統が、乱れてくれるのを期待するしかないな。」


「シエラ様は、エッジをずいぶん信用なさってるんですね。いつもおそばにおいて、重要なことは、すべて彼にまかせる。彼が失敗するとは考えないんですか。大砲の弾の保管庫なら、近づくことすら難しいはずですよ。」


 シエラは、笑った。


「神出鬼没なんだって。ぼくがまねしようとしても、できない神業(かみわざ)だ。君も少しはエッジを見直したろ。彼ほど、できる男はいないってね。」


「できる男だと思ってますよ。でも、それだけです。」


「そろそろ、新しい恋をしてもいいんじゃないかと思ってね。エッジは君を気に入っている。二人とも、ぼくの大切な人だから、幸せになってほしいんだ。」


「レックスにも同じことを言われましたよ。けど、いまは考えてはおりません。それとレックスの父親には、愛想がつきてたんです。どこまでも自分勝手な男でしたからね。勝手にマーレルへ行くなんて言いだすし、いつ帰ってくるとも言わなかったし。」


「死期を悟ってたんじゃないかな。だから、急にマーレルへ行くなんて言いだしたんだと思うよ。死期が近づくとね、カンのいい人間はね、なんとなくわかるんだよ。それで、やり残した事をしようとする。マーレルはたぶん、父さんの帰らなきゃならない場所だったんだよ。」


 シエラはミランダに白竜をたくし、そのままレックスのもとへと帰っていった。ミランダは、天幕へと消えていくシエラの姿を見て、シエラがさっき話したことは、真実なのではないかと思う。


 ライアスは帰ってきたのだから。自分がいるべき場所へと。そして、翌日の昼から、戦闘が開始された。司令官と副司令官を同時に失い、火薬庫が爆破させられ、バテントス軍の足並みは、最初から乱れていた。


 最前列で戦う兵士達は、とにかく、敵の弾がなくなるまで、ギリギリの距離で(おとり)となりつつ、ねばりつづけた。戦死者が出たが、半時間もしないうちに、大砲はおとなしくなった。


 レックスは、総攻撃を命じた。シエラが改良した大砲は、設置型のバテントスの大砲とはちがい車輪がついており、移動しながらの発射が可能だったので、一気に距離をつめ、バンバン撃ちこみ、地面に設置されたトラップを破壊し、すぐに城壁へと攻撃をうつした。


 城壁の一部がくずれはじめてきた。兵士達も足も自然とノームへと近づく。もう少しで、くずれるというときになって、城壁の上の大砲がいっせいに火をふいた。


 弾が切れたと見せかけて、おびきだされたのである。火薬庫の爆破が、こっち側の仕業(しわざ)であることくらい、考えなくてもわかる。裏をかかれたのだ。レックスは撤退を命じた。


 が、シエラは、


「ひるむな! 弾薬は、すぐにつきる。敵に背をむけたら、一気に逆転されるぞ。このまま、進め!」


 そう言うやいなや、白竜で前へと出た。シエラが出ると、レックスも、あわててついていく。シエラは、ふりしきる大砲を自在によけつつ、城壁へと突進した。撤退しかけていた兵士達は、再び前身し始めた。


 シエラの言うとおり、砲撃はやんだ。城壁はくずされ、一気にノームへとなだれこむ。不利とみたバテントス軍は撤退をはじめた。撤退と同時に町に火をつけ始める。が、だれも家の中から出てこない。扉や窓を、クギで打ち付けられていたからだ。


 レックスは、住民救助を先行した。家にはあらかじめ、油がかけられていたようで、火は、またたくまに広がり、ノームの町をつつんだ。悲鳴や助けを呼ぶ声があがる。


 打ち付けられた扉をこわし、救助にあたろうにも火の手は強く、このままノームにいれば、こっちも燃えつきかねない状況になってきた。


 気がつくと、そばにいるはずのシエラがいない。救助に夢中で、はぐれてしまったようだ。レックスはシエラをさがした。町から悲鳴がじょじょに聞こえなくなる。ゴウゴウとした音。いつもまにか、自分も火に閉じこめられていた。


 紅竜に飛べと命じる。上空から見たノームは、燃えさかる炎でいっぱいだった。自軍の兵士達も火の中に取り残され、右往左往(うおうさおう)していた。


(おれが、救助をしろと言ったばかりに。また、兵を死なせてしまうのか。いや、まだ間に合う。)


 レックスは、ピアスを杖にもどした。そして、はるか上空へとのぼり、杖で大きく空をかきまわした。


(たのむ、おれの願いにこたえてくれ。)


 雲が集まり始め、あっというまに真っ黒な雨雲になり、はげしい土砂降りの雨がノームへとおちていった。火は、おちつきはじめ、雨が止むころには、ブスブスとした煙だけが残った。


 兵士達は、数多く助かったが、火による怪我人も多かった。ノームの住民は、三分の一が失われた。助かった者も、火傷(やけど)や怪我をしている。


(攻撃に夢中で、人質のことを忘れてた。まさか、扉を打ち付けてたなんて。)


 レックスは、火の消えた路地へとまいおりた。女の子がたおれていた。火傷はしていない。だきあげると息をしていなかったので、たぶん煙のまかれての窒息(ちっそく)死だろう。


 女の子をだきあげ、レックスはフラフラとガレキの中を歩き始めた。紅竜がゆっくりとついて行く。火は、城周辺にはおよばなかったようで、そこに生き残った住民やら兵士やらが集まっていた。


 ノームの城主が現れた。そして、レックスにていねいにあいさつをする。そして、城で休まないかと言う。レックスは首をふった。自分より、被災者を優先させろと言い、女の子をかかえたまま、その場を去ろうとした。


 兵士がよってきて、女の子の遺体を受け取ろうとしたが、レックスは、これにも首をふった。せめて、自分の手で埋葬(まいそう)してやりたい。


 女の子が目をあけた。そして、不思議そうにレックスを見上げる。


「ママとパパはどこ。パパが早く逃げなさいって、二階の裏窓からおろしてくれたの。他の窓や扉は、あかなくなってたから。ねぇ、ママはどこ。あいたい。」


 レックスは、女の子をおろした。たしかに息がとまっていたはずだ。住民の中から男が現れた。女の子の声をききつけたらしい。そして、泣きながら女の子をだきあげる。母親の姿はない。レックスは、その場を去ろうとした。


 どこからともなく奇跡だという声があがった。双頭の白竜のウワサは、ここノームにまできこえていたらしい。住民の中には、赤いドラゴンに乗るレックスを見たという者もいた。


 奇跡を呼ぶ王だという声に、レックスはたえきれなくなった。自分は、奇跡なんか呼んではいない。(わざわい)いだけを、この地へともたらした疫病(やくびょう)神だ。レックスは、紅竜に飛び乗り、ノームから外へと出た。


 シエラが、待っていた。


「逃げたバテントス軍は倒せるだけ倒したよ。フライスに、ダリウス軍を使って追撃(ついげき)をかけるよう、命じておいたんだ。民家に火をつけて、撤退の時間かせぎをすると予想してたからね。君は、救助を優先させるはずだから。」


「いないと思ったら、追撃をかけてたのか。火をつける事が予想できたって? だったら、なぜ、教えてくれなかった。」


「教えても、どうなるものでもないだろう。こうなることをおそれて、何もせずに、にらめっこでもするつもりだったのか。扉を打ち付けてたんだぞ。数日もすれば、水も食料もつきて、住人は死ぬだろう。なら、わずかでも助かる方法を選ぶしかない。全員助けられないのなら、それもしかたないだろう。」


「だったら、追撃よりも救助を優先させろよ。」


「三千もいる敵兵を、そのまま無視しろと言うのか。やつらは、ケラータ同様、何もかも捨てて逃げたんだ。ケラータから逃げた兵士は、近くの町や村を荒らしつつ、このノームまできたんだ。同じことを、サラサまでの道中またくりかえす。追撃をかけて、減らせるだけ減らしたほうが被害が少ないんだよ。」


 レックスは、だまっていた。シエラは、皮肉っぽく笑う。


「理想と現実は、ちがうんだよ。これでわかったろ。君がこれから歩む道は、こういう選択をつねにつきつけられる。奇跡の王だと呼ぶ声に、いかにしてこたえられるか、日々考え続けるんだな。」

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