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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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七、奇跡の王(1)

「シゼレがそんなことを言ってたのか。毒の研究をしてたから、領主になったとき、そんなウワサが出たけどもさ。けど、出かける時は、ちゃんと言ってくれよ。どこ行ったのかと、ずいぶん心配してたんだよ。帰ってくるなり機嫌が悪くて、寝るとしか言わないし。」


「なんで毒なんか研究してたんだ。」


「虫とかネズミとか、駆除(くじょ)するためだよ。シエラが、ゴキブリぎらいでさ。出るたびに大さわぎして泣くんだよ。食物庫を荒らすネズミにもこまってたしさ。いい駆除剤がなかったから、仕事の合間(あいま)ぬって研究してたんだ。サラサの大学に、毒物を専門にしてる研究者がいたから、そこでね。」


「ったく、そんなことまでしてたのかよ。ヒマなんだか、多趣味なんだか。他になんかしてたのか。」


 シエラは、うーんとうなった。


「医学の勉強のために死体解剖とかもやったな。服飾デザイナーに弟子入りしたこともあったっけ。あとは、絵描きのまねごとに、庭いじり。バラなんか、いっとき()っててさ。新色つくるの、ねばってた時期もあったな。あとは・・・。」


 もういい、レックスは馬を進めた。行軍は、予定通り進んでいる。バテントスの待ちぶせを警戒しつつ、レックス達はケラータ地方から、サラサ地方の最前線ノームへとむかっていた。


 とちゅうの町を通ったとき、町の住民がレックスに直訴(じきそ)してきた。バテントスに今年収穫した小麦をあらかた持っていかれ、生活にこまってると言う。抵抗すれば、ようしゃなく殺されるから、さし出すしかなかったらしい。被害にあったのは、この町だけではないようだ。


 シエラは、


「ケラータから、バテントスが撤退するとき、何もかも捨てて逃げ出したから、食料を調達しつつ、ノームまで向かったようだ。けど、ノームまでの道以外の町や村も被害にあっているから、やつら、ろう城戦の準備を進めている可能性がある。


 ノームは、ゼルムのベルンと同じ城塞都市だからな。むかし、ケラータとサラサは反目(はんもく)しあってたからね。バテントスも増援がきたとはいえ、戦力の消耗はさけたいんだろう。きっと、城壁の上に大砲をならべているぞ。」


「城壁の上はやっかいだな。上と下じゃあ、こっちが不利だ。大砲で城壁こわせないか。」


「何発も撃てばね。けど、上から撃つと射程距離がのびるから、こっちの射程と、ほぼ同じになるかもしれない。ねぇ、どうしたらいいと思う。」


「おれにきくなよ。そりゃ、お前の仕事だろうに。」


 シエラは、頭をポリポリかいた。


「情報待ちかな。エッジを待とう。あさってまでには、もどってくるはずだから。」


「前みたいに剣を使って調べないのかよ。」


「ごめん。シエラが、ああなってから、身を守るための結界をはるだけで精一杯で、とても霊力を他にまわすよゆうがないんだ。力も極端(きょくたん)におちてるしさ。やっぱり、シエラが元通りにならないと、きついかな。」


「そんなんで、よく王家の剣をマーレルにやったな。そのかん、どうしてたんだよ。」


「とりあえず、なんとかなった。たりなくなったら、君から霊力もらってた。ときどき、力がぬけてく感じしてたろ。」


 レックスは、ピンとこない。そんな感じ、一回もなかった。たぶん、元気がよすぎるから、すいとられてもわからなかったのだろう。レックスは、耳にあるピアスをいじった。


「シエラ、こいつの使い方、教えてくれ。今度から、おれがやってみる。」


 それでもって、その晩、宿営地で、レックスはピアスを杖にもどし、シエラから、ごちゃごちゃと教えてもらっていた。


「この杖は、知恵を象徴(しょうちょう)してるって知ってるよね。この杖の力を引き出すには、霊力もそうだけど、知力も必要になってくる。つまり、知力が高ければ高いほど、杖の力を引き出しやすくなるんだ。」


「つまり、うんとお勉強して、頭よくならなきゃダメだってことかよ。だから、お前の剣よりも使いにくかったんだな。なんでこんなモン、ベルセアはおれにくれたんだよ。」


「ダリウスは、うんと頭がよかった人だったからね。ちなみに、ぼくの剣は勇気を象徴してるんだ。強大な異国の支配者から、エイシアを独立させるには、強い勇気と決意が必要だったから。」


「やっぱり、交換(こうかん)しよう。おれ、そっちのほうがいい。」


 シエラは、腰にある剣をひっこめた。


「頭がいい人なんて、いないんだよ。どこにもね。みーんな努力して、よくなってくんだから。今日から、少しずつ、いろんなことを勉強しよう。なんでも教えるからさ。知識が広がれば、杖も自然と使いこなせるようになる。」


 ノームに行っていたはずのエッジが、ヒョイと顔をだした。


「よぉ、なんか楽しそうだな。ジャマして悪いが、ちょっとだけ報告きいてくれ。」


 シエラは、


「早かったな。それで、ノームはどうなってる。」


 エッジは、天幕のカーペットにドカッとすわりこんだ。


「お姫様のにらんだとおりだよ。城壁という城壁にすきまなく、大砲ビッチリ。大砲のすきまに弓兵まで、ごていねいに配置してやがる。そして、城壁のまわりは、トラップだらけときた。やつら、奇襲とか待ちぶせはいっさいしてない。ノームだけに集中してるんだ。まあ、あそこがおちたら、次はサラサだもんな。」


 レックスは、シエラを見つめた。


「お前、どこでやられたんだ。最終決戦は、サラサの手前だったんだろ。ノームか。」


「ちがうよ。ノームはケラータとの(さかい)。バテントスは、サラサに一番近い浜辺から、小舟を使って一気に上陸して、そのままサラサをねらったんだ。とちゅうの町とか村とか破壊してさ。


 クリストンには、大型船が横付けできる港は、地形的に二つしかないんだよ。ゼルムに近い北部の港と、ダリウス側の港だけ。まさか、普通の漁村の浜辺からやってくるとは、考えもしなかった。


 すぐに軍を編成して向かって、ねばったけど、結局は時間かせぎでしかなかった。やられたのは、サラサから足で四日くらいの平原だよ。けど、ぼく達の行軍ルートから、かなりはずれてるから、行ってみたいなんて言うなよ。」


 エッジは、


「バテントスは、ノームに、たくわえられるだけの食糧を運びこんでる。かなりの長期戦になるぜ。ノームの住民は、ノームからの出入りをいっさい禁じられて、文字通り人質さ。」


「サラサの情報は、もらってないか。サラサに忍びこませている諜報員との接触はあったか。」


「ノーム近辺で待ち合わせしてたからな。サラサでは、盛大な結婚式があったってよ。援軍といっしょにやってきた、バテントス皇帝のボンボンと、サラサの偽物お姫様のな。それと、また援軍が本国からくるらしい。


 ノームでねばれるだけねばって、こっちを引きつけておいて、そのかんに、陸揚げした援軍を二つにわけて、ノームと中州(なかす)の城へとおくり、中州組みの方は、すぐにでもゼルムに侵攻する予定らしい。」


「やはり、あきらめてないんだな。サイモンの工作がうまくいってないようだな。」


 レックスは、


「お前の叔父さん、いつ帰ってくるんだよ。おれがくる前に、荒れた海を覚悟して、向こう行ったってきいてるけど、もう秋だぜ。そろそろ、帰ってきてもいいんじゃないか。」


「バテントスは今、エイシアだけでなく、あちこちに勢力を広げようとしてるんだ。エイシア以外にも、戦っている国があるんだよ。こっちは、食糧確保のための片手間(かたてま)だけの戦争で、本戦は大陸西にある、イリア王国という国だ。大陸をバテントスと二部する、大王国だよ。島国のエイシアと規模も大きさもちがう。」


「叔父さん、そのイリアって王国に行ってんのかよ。そんな大国が、こんな島国を相手にしてくれんのかよ。」


「向かったのは、バテントスの東にちらばる諸部族達。いつ併合(へいごう)されるかビクビクしてるね。その中で最大の部族に銃を手土産(てみやげ)に協力を要請(ようせい)したんだよ。


 バラバラでは対抗できないけど、部族同士が結束すれば、バテントスとの併合は、さけられるかもしれないじゃないか。それで、諸部族を結束させた連合をつくり、君を王としたエイシアと同盟を結んだあと、最終的には、イリアと手を組むというのが、ぼくの筋書き。


 西と東、そして南の海から三方をかこまれたら、バテントスも動きを止めざるをえないだろうからね。()けに近い(さく)だけど、まあ、サイモンを信じるしかないね。」


 レックスは、ゴクリとつばを飲みこんだ。バテントスは強国だ。しょせん、ちっぽけなエイシアだけでは対処できない。戦力も国力も、何もかも上の国相手に、シエラは、海の向こうの国々の事情をも考慮(こうりょ)に入れて、対抗しようとしている。


(やっぱり、このシエラがいなきゃ無理だ。おれじゃ、バテントスを追っぱらうなんてできやしない。けど、海の向こうって、そんなに広いんだな。バテントス以外の国があるなんて知らなかった。東側の部族に、イリア王国か。)


 レックスは、自分が住んでいるエイシアという島が、世界の中ではちっぽけな一部分でしかないと感じた。


(陛下、陛下とよばれて、いい気になってたかもな。バテントスにとり、片手間の戦争かよ。それだけでしかないんだな、おれの国は。)


 エッジは、


「バテントスは、二年でエイシアをとるつもりだったらしい。けど、予想外の展開になってきたんで、向こうもあせりだしてきている。イリアとケンカしているうえ、東の諸部族に不穏(ふおん)な動きがあるし、援軍も次にきたら、しばらくないかもしれないってさ。


 でも、バテントス側の方針も、東の諸部族の動きにあわせて変化してると、この情報を持ってきた仲間が言っていた。本国からの指示が、船がくるたんびにちがってるらしく、仲間も情報集めるのに苦労してるようだ。


 ひょっとして、おれが話した内容は、すでに古いかもしれない。お姫様もそこんとこ、頭に入れておいてくれ。」


 シエラは、少し考えた。


「諸部族の動きか。サイモンの工作がうまくいってるのかな。いってるんだろうな。大陸からの連絡なんて、まだ一回もこないし。けど、ゼルム侵攻はまずいな。ノームは一気にけりをつけるしかない。」


 エッジは、


「けど、どうすんだ。まともに戦いをいどめる状況じゃないぞ。ノームの住民を見捨てるんなら、まだ勝機はあるかもしれんがな。」


 レックスは、


「それだけはダメ! 勝っても、守れなかったら、なんの意味もないじゃないか。シエラ、お前もいやだろう。」


 シエラは考え続けている。エッジは、


(とおと)犠牲(ぎせい)という考えもある。人質がこわいからって、ノームを無視するわけにもいかないだろう。無視してサラサへ向かえば、からっぽのケラータが取られて、こっちが孤立してしまうしケラータからの軍事物資の補給もなくなる。」


 レックスは、クソと杖を地面につきさした。カーペットと防水布をとおして、地面にグサリとささる。レックスにある案がうかんだ。


「そうだ、皇子を人質にとろう。そいつをさらってきて、ノームでバテントスの前につきだせば、なんとかなるかもしれない。」


 エッジは、苦笑した。


「お前さんの紅竜なら、サラサ上空から宮殿に奇襲をかけて、かっさらうことができるかもしれないが、バテントスがそれでノームを解放するとは思えないね。


 やつは皇帝の息子とはいえ、分家みたいなあつかいをうけている、下っぱ皇子だ。皇帝には、三十人以上、子供がいるんだよ。あちこちから献上(けんじょう)された、人質妻を後宮にぶちこんでるからな。やつの母親は、そういった人質だ。バテントス国民の口に入る食料のほうが価値があるんだよ。」


 レックスは、


「そんな皇子を送ってくるなんて、それだけの価値しかないってのかよ、この島はよ。ほんとに農地にするつもりなんだな。」


 シエラは、


「バテントス人はね、宗教をもたない国なんだよ。むかしの皇帝が禁止したんだ。神に祈るだけじゃあ、作物はできないってね。祈っているヒマがあったら働けって。だから、この島を農地にすることだって、平気でできるんだ。


 やつらが非情ともにいえる、合理的な考え方をするのは、裏ではそういった事情もあるんだよ。それがすでに百五十年も続いている。だから、勝たなきゃならない。やつらの国の論理を、こっちまでつきつけられるなんて、ぼくはごめんだからね。」


「なあ、シエラ。双頭の白竜呼び出すか。あれだったら、一発でけりがつく。」


「ノームを住民ごと、消滅させる気かよ。」


 レックスは、がっくりきた。シエラは、


「まあ、そんなに気落ちしないで。君なりによく考えたと思うよ。こうして、みんな、知恵をつけていくんだからね。」


「なぐさめになってないぞ。かえって傷が深くなった。」


 エッジは、


「おれはまた、ノームにもどる。何かあったら連絡する。」


「ああ、たのむ。」


 エッジは、スッと消えた。レックスは、


「なあ、あいつ、どうやってノームに出入りしてんだ。出入りは禁止されてんだろ。」


「エッジは神出鬼没だよ。それしか言えない。やつのまねしようなんて思うなよ。ぼくだって、あきらめたくらいだからな。」


 そして、ノームに到着した。

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