七、奇跡の王(1)
「シゼレがそんなことを言ってたのか。毒の研究をしてたから、領主になったとき、そんなウワサが出たけどもさ。けど、出かける時は、ちゃんと言ってくれよ。どこ行ったのかと、ずいぶん心配してたんだよ。帰ってくるなり機嫌が悪くて、寝るとしか言わないし。」
「なんで毒なんか研究してたんだ。」
「虫とかネズミとか、駆除するためだよ。シエラが、ゴキブリぎらいでさ。出るたびに大さわぎして泣くんだよ。食物庫を荒らすネズミにもこまってたしさ。いい駆除剤がなかったから、仕事の合間ぬって研究してたんだ。サラサの大学に、毒物を専門にしてる研究者がいたから、そこでね。」
「ったく、そんなことまでしてたのかよ。ヒマなんだか、多趣味なんだか。他になんかしてたのか。」
シエラは、うーんとうなった。
「医学の勉強のために死体解剖とかもやったな。服飾デザイナーに弟子入りしたこともあったっけ。あとは、絵描きのまねごとに、庭いじり。バラなんか、いっとき凝っててさ。新色つくるの、ねばってた時期もあったな。あとは・・・。」
もういい、レックスは馬を進めた。行軍は、予定通り進んでいる。バテントスの待ちぶせを警戒しつつ、レックス達はケラータ地方から、サラサ地方の最前線ノームへとむかっていた。
とちゅうの町を通ったとき、町の住民がレックスに直訴してきた。バテントスに今年収穫した小麦をあらかた持っていかれ、生活にこまってると言う。抵抗すれば、ようしゃなく殺されるから、さし出すしかなかったらしい。被害にあったのは、この町だけではないようだ。
シエラは、
「ケラータから、バテントスが撤退するとき、何もかも捨てて逃げ出したから、食料を調達しつつ、ノームまで向かったようだ。けど、ノームまでの道以外の町や村も被害にあっているから、やつら、ろう城戦の準備を進めている可能性がある。
ノームは、ゼルムのベルンと同じ城塞都市だからな。むかし、ケラータとサラサは反目しあってたからね。バテントスも増援がきたとはいえ、戦力の消耗はさけたいんだろう。きっと、城壁の上に大砲をならべているぞ。」
「城壁の上はやっかいだな。上と下じゃあ、こっちが不利だ。大砲で城壁こわせないか。」
「何発も撃てばね。けど、上から撃つと射程距離がのびるから、こっちの射程と、ほぼ同じになるかもしれない。ねぇ、どうしたらいいと思う。」
「おれにきくなよ。そりゃ、お前の仕事だろうに。」
シエラは、頭をポリポリかいた。
「情報待ちかな。エッジを待とう。あさってまでには、もどってくるはずだから。」
「前みたいに剣を使って調べないのかよ。」
「ごめん。シエラが、ああなってから、身を守るための結界をはるだけで精一杯で、とても霊力を他にまわすよゆうがないんだ。力も極端におちてるしさ。やっぱり、シエラが元通りにならないと、きついかな。」
「そんなんで、よく王家の剣をマーレルにやったな。そのかん、どうしてたんだよ。」
「とりあえず、なんとかなった。たりなくなったら、君から霊力もらってた。ときどき、力がぬけてく感じしてたろ。」
レックスは、ピンとこない。そんな感じ、一回もなかった。たぶん、元気がよすぎるから、すいとられてもわからなかったのだろう。レックスは、耳にあるピアスをいじった。
「シエラ、こいつの使い方、教えてくれ。今度から、おれがやってみる。」
それでもって、その晩、宿営地で、レックスはピアスを杖にもどし、シエラから、ごちゃごちゃと教えてもらっていた。
「この杖は、知恵を象徴してるって知ってるよね。この杖の力を引き出すには、霊力もそうだけど、知力も必要になってくる。つまり、知力が高ければ高いほど、杖の力を引き出しやすくなるんだ。」
「つまり、うんとお勉強して、頭よくならなきゃダメだってことかよ。だから、お前の剣よりも使いにくかったんだな。なんでこんなモン、ベルセアはおれにくれたんだよ。」
「ダリウスは、うんと頭がよかった人だったからね。ちなみに、ぼくの剣は勇気を象徴してるんだ。強大な異国の支配者から、エイシアを独立させるには、強い勇気と決意が必要だったから。」
「やっぱり、交換しよう。おれ、そっちのほうがいい。」
シエラは、腰にある剣をひっこめた。
「頭がいい人なんて、いないんだよ。どこにもね。みーんな努力して、よくなってくんだから。今日から、少しずつ、いろんなことを勉強しよう。なんでも教えるからさ。知識が広がれば、杖も自然と使いこなせるようになる。」
ノームに行っていたはずのエッジが、ヒョイと顔をだした。
「よぉ、なんか楽しそうだな。ジャマして悪いが、ちょっとだけ報告きいてくれ。」
シエラは、
「早かったな。それで、ノームはどうなってる。」
エッジは、天幕のカーペットにドカッとすわりこんだ。
「お姫様のにらんだとおりだよ。城壁という城壁にすきまなく、大砲ビッチリ。大砲のすきまに弓兵まで、ごていねいに配置してやがる。そして、城壁のまわりは、トラップだらけときた。やつら、奇襲とか待ちぶせはいっさいしてない。ノームだけに集中してるんだ。まあ、あそこがおちたら、次はサラサだもんな。」
レックスは、シエラを見つめた。
「お前、どこでやられたんだ。最終決戦は、サラサの手前だったんだろ。ノームか。」
「ちがうよ。ノームはケラータとの境。バテントスは、サラサに一番近い浜辺から、小舟を使って一気に上陸して、そのままサラサをねらったんだ。とちゅうの町とか村とか破壊してさ。
クリストンには、大型船が横付けできる港は、地形的に二つしかないんだよ。ゼルムに近い北部の港と、ダリウス側の港だけ。まさか、普通の漁村の浜辺からやってくるとは、考えもしなかった。
すぐに軍を編成して向かって、ねばったけど、結局は時間かせぎでしかなかった。やられたのは、サラサから足で四日くらいの平原だよ。けど、ぼく達の行軍ルートから、かなりはずれてるから、行ってみたいなんて言うなよ。」
エッジは、
「バテントスは、ノームに、たくわえられるだけの食糧を運びこんでる。かなりの長期戦になるぜ。ノームの住民は、ノームからの出入りをいっさい禁じられて、文字通り人質さ。」
「サラサの情報は、もらってないか。サラサに忍びこませている諜報員との接触はあったか。」
「ノーム近辺で待ち合わせしてたからな。サラサでは、盛大な結婚式があったってよ。援軍といっしょにやってきた、バテントス皇帝のボンボンと、サラサの偽物お姫様のな。それと、また援軍が本国からくるらしい。
ノームでねばれるだけねばって、こっちを引きつけておいて、そのかんに、陸揚げした援軍を二つにわけて、ノームと中州の城へとおくり、中州組みの方は、すぐにでもゼルムに侵攻する予定らしい。」
「やはり、あきらめてないんだな。サイモンの工作がうまくいってないようだな。」
レックスは、
「お前の叔父さん、いつ帰ってくるんだよ。おれがくる前に、荒れた海を覚悟して、向こう行ったってきいてるけど、もう秋だぜ。そろそろ、帰ってきてもいいんじゃないか。」
「バテントスは今、エイシアだけでなく、あちこちに勢力を広げようとしてるんだ。エイシア以外にも、戦っている国があるんだよ。こっちは、食糧確保のための片手間だけの戦争で、本戦は大陸西にある、イリア王国という国だ。大陸をバテントスと二部する、大王国だよ。島国のエイシアと規模も大きさもちがう。」
「叔父さん、そのイリアって王国に行ってんのかよ。そんな大国が、こんな島国を相手にしてくれんのかよ。」
「向かったのは、バテントスの東にちらばる諸部族達。いつ併合されるかビクビクしてるね。その中で最大の部族に銃を手土産に協力を要請したんだよ。
バラバラでは対抗できないけど、部族同士が結束すれば、バテントスとの併合は、さけられるかもしれないじゃないか。それで、諸部族を結束させた連合をつくり、君を王としたエイシアと同盟を結んだあと、最終的には、イリアと手を組むというのが、ぼくの筋書き。
西と東、そして南の海から三方をかこまれたら、バテントスも動きを止めざるをえないだろうからね。賭けに近い策だけど、まあ、サイモンを信じるしかないね。」
レックスは、ゴクリとつばを飲みこんだ。バテントスは強国だ。しょせん、ちっぽけなエイシアだけでは対処できない。戦力も国力も、何もかも上の国相手に、シエラは、海の向こうの国々の事情をも考慮に入れて、対抗しようとしている。
(やっぱり、このシエラがいなきゃ無理だ。おれじゃ、バテントスを追っぱらうなんてできやしない。けど、海の向こうって、そんなに広いんだな。バテントス以外の国があるなんて知らなかった。東側の部族に、イリア王国か。)
レックスは、自分が住んでいるエイシアという島が、世界の中ではちっぽけな一部分でしかないと感じた。
(陛下、陛下とよばれて、いい気になってたかもな。バテントスにとり、片手間の戦争かよ。それだけでしかないんだな、おれの国は。)
エッジは、
「バテントスは、二年でエイシアをとるつもりだったらしい。けど、予想外の展開になってきたんで、向こうもあせりだしてきている。イリアとケンカしているうえ、東の諸部族に不穏な動きがあるし、援軍も次にきたら、しばらくないかもしれないってさ。
でも、バテントス側の方針も、東の諸部族の動きにあわせて変化してると、この情報を持ってきた仲間が言っていた。本国からの指示が、船がくるたんびにちがってるらしく、仲間も情報集めるのに苦労してるようだ。
ひょっとして、おれが話した内容は、すでに古いかもしれない。お姫様もそこんとこ、頭に入れておいてくれ。」
シエラは、少し考えた。
「諸部族の動きか。サイモンの工作がうまくいってるのかな。いってるんだろうな。大陸からの連絡なんて、まだ一回もこないし。けど、ゼルム侵攻はまずいな。ノームは一気にけりをつけるしかない。」
エッジは、
「けど、どうすんだ。まともに戦いをいどめる状況じゃないぞ。ノームの住民を見捨てるんなら、まだ勝機はあるかもしれんがな。」
レックスは、
「それだけはダメ! 勝っても、守れなかったら、なんの意味もないじゃないか。シエラ、お前もいやだろう。」
シエラは考え続けている。エッジは、
「尊い犠牲という考えもある。人質がこわいからって、ノームを無視するわけにもいかないだろう。無視してサラサへ向かえば、からっぽのケラータが取られて、こっちが孤立してしまうしケラータからの軍事物資の補給もなくなる。」
レックスは、クソと杖を地面につきさした。カーペットと防水布をとおして、地面にグサリとささる。レックスにある案がうかんだ。
「そうだ、皇子を人質にとろう。そいつをさらってきて、ノームでバテントスの前につきだせば、なんとかなるかもしれない。」
エッジは、苦笑した。
「お前さんの紅竜なら、サラサ上空から宮殿に奇襲をかけて、かっさらうことができるかもしれないが、バテントスがそれでノームを解放するとは思えないね。
やつは皇帝の息子とはいえ、分家みたいなあつかいをうけている、下っぱ皇子だ。皇帝には、三十人以上、子供がいるんだよ。あちこちから献上された、人質妻を後宮にぶちこんでるからな。やつの母親は、そういった人質だ。バテントス国民の口に入る食料のほうが価値があるんだよ。」
レックスは、
「そんな皇子を送ってくるなんて、それだけの価値しかないってのかよ、この島はよ。ほんとに農地にするつもりなんだな。」
シエラは、
「バテントス人はね、宗教をもたない国なんだよ。むかしの皇帝が禁止したんだ。神に祈るだけじゃあ、作物はできないってね。祈っているヒマがあったら働けって。だから、この島を農地にすることだって、平気でできるんだ。
やつらが非情ともにいえる、合理的な考え方をするのは、裏ではそういった事情もあるんだよ。それがすでに百五十年も続いている。だから、勝たなきゃならない。やつらの国の論理を、こっちまでつきつけられるなんて、ぼくはごめんだからね。」
「なあ、シエラ。双頭の白竜呼び出すか。あれだったら、一発でけりがつく。」
「ノームを住民ごと、消滅させる気かよ。」
レックスは、がっくりきた。シエラは、
「まあ、そんなに気落ちしないで。君なりによく考えたと思うよ。こうして、みんな、知恵をつけていくんだからね。」
「なぐさめになってないぞ。かえって傷が深くなった。」
エッジは、
「おれはまた、ノームにもどる。何かあったら連絡する。」
「ああ、たのむ。」
エッジは、スッと消えた。レックスは、
「なあ、あいつ、どうやってノームに出入りしてんだ。出入りは禁止されてんだろ。」
「エッジは神出鬼没だよ。それしか言えない。やつのまねしようなんて思うなよ。ぼくだって、あきらめたくらいだからな。」
そして、ノームに到着した。