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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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六、シゼレ(2)

 シエラがいる工場は、ケラータ郊外の原っぱにあった。ふだんここでは、主に日常的に使う金属製品を製造している。だが今は軍事工場だ。


 シエラは外にいた。レックスを見ると、こっちこっちと手招(てまね)きをする。シエラは、油と金属で汚れた作業服をきており、顔も手もおせじにもきれいとはいえない。


「レックス、ちょうどいいとこにきてくれたね。見て、やっと完成したんだよ。バテントスの置き土産を分解して、徹底的に構造をしらべて、改良した試作品だ。いまから試し撃ちするんだ。」


 シエラは、うれしそうに自作の大砲をなでていた。バテントスのより、スマートですっきりしたデザインになっている。フライスは前に出て、シエラのよごれた手をとり、あいさつをした。


 レックスは、


「わりぃ、フライス。おれの嫁さん、ここまでひどいとは思いもしなかったろ。いつもは、もう少しマシなんだけどもな。」


 シエラは、ムカッとした。好きでキタナイ格好してるんじゃない。


「マシとはなんだよ。こっちだって、命がけなんだからな。こいつの完成一つで、戦況がかわるんだよ。バテントスの皇帝の息子が援軍ひきいて、帝国からクリストンへ到着したってきいたしさ。もう時間がないんだよ。」


 そして、フライスに向かい、


「ダリウス軍は、こっちの指揮下に入ってもらう。指揮系統がバラバラなら負けてしまうからな。レックスが大将なら問題はないだろう。銃も提供しよう。それと、ダリウス軍から、鍛冶技術を持つ者を、こっちに回してくれ。試作品の実験がうまくいったら、これを大急ぎで量産する。少しでも職人がほしい。」


「かしこまりました。王妃様。」


 王妃様と言われ、シエラは顔をしかめた。


「マーレル公、マーレル・レイ公爵にしてくれ。王妃より、そっちの方がいい。女王の夫に与えられる称号だが、ぼくが名乗っても別にかまわないだろう。」


 そして、レックスをつっつく。


(王妃は、あくまでもシエラだよ。ぼくは、マーレル公。ライアスが生きてたら、その称号をもらうつもりでいたんだよ。ったく、なんで副議(ふくぎ)なんかつれてきたんだよ。)


 シエラは、大砲のそばにいた職人に発射の用意をするよう言った。はげしい発射音とともに弾は飛び、はるか向こうへと落ち爆発する。シエラは、数発撃ち、実験は終了した。


 レックスは、


「すごいな。射程も長いし爆発も大きい。改良前より、数段上だな。」


「あたりまえだ。ぼくが、ここに泊りこんだりして、職人さん達には、休日返上でがんばってもらったんだからな。弾もずいぶん改良したんだよ。バテントスのは、威力(いりょく)は大きいけど爆発には、バラツキがあったし、命中精度も荒かった。これなら、ほぼねらった位置を同じ威力で攻撃できる。それと、これもつくってみた。」


 シエラは、大砲のわきに置いてあった物を指さした。銃よりも大きく、大砲よりも小さい。肩でかつげる大きさの(つつ)だった。


 シエラは、レックスに持ってみてと言った。見た目通り重い。


「小型大砲だよ。肩にかついで撃つんだよ。ね、撃って。ぼくだとムリだからさ。」


 レックスは、地面に放り投げた。


「お前な、おれを殺す気かよ。試し撃ちなら他をあたってくれ。」


「計算上、安全な構造になってる。職人さん達、だれも撃ってくれないんだよ。」


「あたりまえだ。第一、重すぎる。こんなに重いのを、だれが使うってんだよ。おれが持っても重いのによ。」


 シエラは、ぶつぶつ言いながら、小型大砲を職人達に片付けさせた。レックスは、王家の剣をシエラにわたした。


「フライスが持ってきてくれたんだよ。おかげで、おれは正統な王だって認めてもらった。おれは、フライスといっしょに市庁舎にもどるが、お前はどうするんだ。まだ、ここにいるのか。」


「館にもどるよ。館で夕食会があるんだろ。実験は成功だったから、明日から量産にとりかかる。今日は職人さん達にも帰ってもらって、休養をとってもらう。明日から、また忙しくなるからな。フライスとか言ったな。夕食会がおわったら、私室のほうへきてくれ。マーレルの状況をききたい。」


 シエラは、剣を手に工場へもどっていった。フライスは、


「彼女のお手紙を拝見したとき、実に頭のよい方だと感じましたが、話も早くて、こちらもたすかります。」


「そう言ってくれれば、こっちもたすかる。愛想(あいそ)が悪くてすまんかった。」


 そして、その日の夕食会は、ケラータの有力者達もまねいての豪華なものだった。シゼレもとうぜんのごとく出席していた。そして、シエラが化粧直しにために私室にもどったとき、シゼレがシエラを追って私室へと入ってきた。


「お前は、だれだ。シエラではないな。ずっと疑問に感じていたが、正体を現せ。」


 シエラは、ほお紅の粉が入ったビンを、シゼレに投げつけた。シゼレは、軽く()きこむ。


「ここから出て行け。ぼくがだれであろうと、お前には関係ない。これ以上、さわぎたてるのだったら、大声をあげるぞ。」


 シゼレは、にらんだ。


「やはり、お前だったのか。シエラに、大砲なんて改良できるはずもないからな。なぜ、妹にとりついた。」


 シエラは、笑った。


「そういうお前も、死の国から帰ってきたじゃないか。」


「流産させたのは、お前なのだろう。そして、王をまどわすつもりか。シエラのふりをして。」


「レックスは知ってるよ。夫婦なのに知らないわけないだろう。それに、だれが好きこのんで流産させるか。しょうがないだろ、階段からおちたんだからさ。」


「シエラを出せ。」


「君に会いたくないってさ。逃げてばかりの兄なんか、顔も見たくないそうだ。」


 シゼレは、カッとして、シエラの首をつかんだ。ミランダとレックスが飛びこんできて、レックスがシゼレをおさえた。


 シエラは、青白い顔をして、ゼーゼーしている。ミランダが、部屋にあった水差しをもってきて、シエラに水を飲ませた。ミランダは、


「大丈夫ですか。言いあらそう声がきこえたものですから。」


「レックス、その男を、ここから放り出せ。いるだけで不愉快(ふゆかい)だ。」


 レックスは、シゼレをおさえたまま私室から出た。そして、扉をしめたあと、シゼレから手をはなす。


「シエラの正体に気がついてたんだな。けど、首じめはないだろ。」


「シエラは、どこにいるのです。私はただ、本当の妹に会いたかっただけだ。」


 レックスは、ムッとした。


「お前な。すまないとか、わるかったとか、言えないのかよ。」


 シゼレは、レックスの腕をつかみ、そして懇願(こんがん)するように、


「たのむ、シエラに会わせてくれ。私の大切なシエラに会わせてほしいんだ。」


 レックスは、シゼレの手をはじいた。


「いまのお前に、何を話してもむだのようだ。夕食会にもどれ。これ以上、シエラに近づくな。次は、本当に放り出すぞ。」


「あれは、シエラじゃない。あなたは、だまされてるんだ。」


「何もかも納得したから、おれはシエラと結婚したんだ。お前には別々に見えるだろうが、おれには一人にしか見えないんだよ。ずっと逃げ続けていたお前に、おれ達のことをとやかく言う資格はない。」


 シゼレは、ガクッとなった。ミランダが私室から顔をだす。


「レックス、なぐさめてあげて。泣いているから。」


 シゼレは、ミランダに連れられて、夕食会へともどっていった。シエラは、泣いてはいなかった。けど、ベッドにすわったまま、うつむき動かない。


「シゼレは、追い返したよ。お前はもう、夕食会にもどらなくていい。」


「なんだよ、あいつ。なんでそんなに、ぼくをきらうんだよ。ぼくがあいつに、何したってんだよ。ぼくとくらべられてくやしい思いをしたことが、そんなに腹立たしいのかよ。」


 シエラは、目をこすった。


「昔は、こんなことされたら、たたきのめしていたものを。なんにも抵抗できなかった。くやしいよ。」


「しかたないだろ。女の体なんだぞ。男にかなうもんか。こんどやられそうになったら、股間(こかん)でもけりあげろ。それしかない。」


 シエラは、うつむいたままだ。レックスは、自分の髪を一本ぬいた。シエラの指にまきつける。


「なんのおまじないなんだ。髪を指にまきつけるなんて、あ・・・。」


 レックスは、ほほえんだ。


「思い出したか。去年、ゼルムでおたがいの指に髪の毛まいたろ。フライスに、話は明日にするよう言っておくよ。」


 レックスは、夕食会へともどった。シエラは、指から目をはなせなかった。


 

 そして、暑い夏が終わりに近づき、本格的な戦いに向けての準備がととのった。サラサを奪還(だっかん)するには、ノームと呼ばれる都市を奪還しなければならない。ノームは、サラサへむかう中間地点にある城壁にかこまれた都市だ。


 ノームにバテントス軍が集結し、ケラータの奪回をねらっているとの情報が入ってきている。シエラは、レックスを総大将とし、副議のフライスを副官につけ、自分は参謀として、この戦いに参加することにした。


 後方支援はエリオットが担当し、臨時政府はシゼレが領主代行をつとめることになった。


 シエラとシゼレは、あれ以来、口をきいていない。顔を合わせても、おたがいそっぽをむくだけだ。


 レックスは出陣前の晩、シゼレのいる教会をたずねた。過去のことは忘れて、もう少しおだやかに、シエラにせっしてほしかったからだ。教会の礼拝堂で、シゼレはレックスに、思いがけないことをつげた。


「私が、あれをきらう理由ですか。これ以上、あなた様のお心をわずらわすわけには、まいりませんので、お話しましょう。原因は、父の死です。父は、四十六歳で亡くなったのです。早すぎる死でした。父は、健康な人でしたから、だれもその年で亡くなるとは考えてなかったのです。」


「別におかしくないんじゃないか。おれの親父も四十五で死んだしさ。まあ、殺されたけどもな。」


「殺されたんです。あれだけ健康だった父が、死ぬ数ヵ月前からどんどん弱り始めて。きっと、毒をもられたんです。じょじょに弱って死んでいく毒をです。」


「それが、シエラをきらう理由と、なんの関係があるんだ。まさか、お前、シエラがやったと考えてるのか。」


「兄は、毒の研究もしてたんです。ゼルム毒蛾なんかも手にいれてね。妹のシエラは信じてなかったですが、サラサでは兄の領主就任のさいの黒いウワサとして、かなり流布(るふ)してたんです。」


 レックスは、いい加減にしろとどなった。


「もういい。うんざりだ。たかが、毒の研究してただけで、うたがうなんてな。なんだよ、出陣前にシエラに、気のきいた言葉くらい、かけてもらいたくてきたのによ。」


 レックスは、荒っぽく教会の扉をしめて、館へと帰っていった。シゼレの妻のサラが、さわぎをききつけ、身重(みおも)の体で階下へとおりていく。そして、扉を見つめる夫を心配そうに見つめていた。 

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