六、シゼレ(1)
ケラータは、予想外の展開であっさりと解放することができた。ニーハから軍が到着すると同時に、ケラータ市内で大がかりな暴動がおき、それがそのまま、戦闘態勢にあったバテントス軍を背後からおそったからだ。
バテントス軍は、前後をはさまれしまい、にっちもさっちもいかなくなり、何もかも捨て、戦場から逃げ出すしかなかった。そして、バテントス軍が消えた戦場は、奇跡の王を歓迎する声で満たされていた。
レックスとシエラは、そのままケラータ市内へと入り、ケラータ市庁舎内で、暴動の首謀者をケラータ市長から紹介された。二人は、目をうたがった。あの変なホームレス、いや、シエラの兄のシゼレである。
シゼレは、今回の暴動をてぎわよくおこすために、自分の正体を極秘裏にあかしつつ、バテントスにばれないよう、市内の有力者達との協力をとりつけ、市民を動かすことに成功したのである。
レックスは、
「だったら、最初から、シゼレだって言ってくれよ。ホームレスの格好なんかして、変なことばかり言うからびっくりしてたんだ。」
「申し訳ございません。あの時はまだ、身をかくしておりましたから。」
レックスは、自分の背にかくれるようにしている、シエラの背中をおした。
「よかったじゃないか。生きてたなんてな。お前、生きているとずっと信じてたんだろ。」
レックスは、ライアスがシゼレと仲が悪かったことなど知らない。シエラは、
「ごめんなさい、シゼレ兄様。あんまりびっくりしたので。少し休ませてください。いろいろとつかれてますから。」
顔色のよくない妹を見て、シゼレは心がいたんだ。
「シエラ、すまない。私がバテントスをおそれるあまり、かくれ続けていたので、すべてをお前一人にせおわせてしまった。だがもう、かくれることも逃げることもしない。これからは、私が王をささえるから、お前は、ゆっくりと休むといい。」
シゼレは、シエラの手をそっととった。そして、妹をいつくしむよう見つめる。シエラは、ひやひやした。シゼレは手をはなした。シゼレは、市長にむかい、館を用意してくれるよう言う。
そして、レックスに向かい、
「あなた様もおつかれでしょう。妹とともに、今日はもうお休みください。明日にでも、妻とともにあいさつにむかいます。」
シエラは、
「兄様、御結婚なさったのですか。いつのまに?」
シゼレは、ほほえんだ。
「いつのまには、よけいだろう。お前も、私の知らない間に立派な夫を見つけていたではないか。妻のサラにあってほしい。きっとお前も気にいるだろう。」
シエラは、とまどった。シゼレの妻はともかく、必要以上にシゼレとは会いたくない。けど、レックスは、
「ああ、いつでも会いにこいよ。お前、おれの義理に兄さんなんだよな、そして、お前の女房は、おれの義理の姉さんになるんだよな。シエラ、よかったじゃないか。家族がふえるぞ。」
「そ、そうね。館を用意してくれるのなら行こう。すごく、つかれてるの。」
「無理してくるからだよ。ニーハで、おとなしくしてりゃあよかったのによ。シゼレ、おれ達はもう行く。シエラ、流産したんだよ。じゃあな。」
二人は、案内人とともに行ってしまった。市長はシゼレに、
「奥様を会わせるのは、よくないのでは。流産なさってるなら、なおさらです。」
「それは、わかっている。だが、あいさつをしないわけにはいくまい。おそかれ早かれ知る事実だ。だいじょうぶだ、シエラは優しい娘だ。」
シゼレは、再会した妹に、なんとなく違和感を感じていた。シゼレがよく知っている妹の、フワリとしたあたたかみが感じられない。
(つらい出来事に、おしつぶされているのだろうな。あの優しいシエラが戦争など、よく決意したものだ。私は、逃げてばかりだったしな。
叔父のサイモンから、市長がなんども接触を受けていたのに、私は、叔父の前に出る決意などできなかった。あんなつらい思いなど二度としたくないと、そればかり。
そのせいで、シエラがすべてその役を引き受けてしまった。流産までした妹に、なんと詫びたらいいのか、言葉がみつからない。)
市長が用意してくれた館は豪華なものだった。シエラは、この館は、ドーリア公がケラータにきたときに使っていたものだと説明した。
「ぼくもなんどか、ここに泊まったことあるよ。この部屋ではなかったけどもね。この部屋は、ドーリア公がつかってた領主専用の部屋だ。当時のままだよ。」
シエラは、レースのカーテンをあけた。そろそろ夕方だ。
「シゼレのおかげで、あっさり、けりがついてたすかったよ。あいつだったんだな、市長に働きかけてたのは。市長は、ドーリア公の友人でもあるんだ。シゼレとも仲がいいんだよ。ドーリア公は、シゼレをつれて、よくここへきてたんだ。」
レックスは、窓際のシエラを見つめた。
「お前、なんかうれしそうじゃないな。せっかく会えたのによ。」
「ぼくは、シエラじゃないんだよ。芝居なんかで、いつまでもごまかせないよ。」
「本当のことを言ったらどうなんだ。僧侶なんだし、そういう話は信じてくれるんじゃないか。」
「ドーリア公は、ぼくをこの部屋に入れなかった。けど、シゼレときたときは、ここで二人で泊まったんだ。ぼくは、ほんとの子じゃないから。」
「ベルセアから話をきいたのか。」
シエラは、うなずいた。
「君に話したのだから、ぼくも知っておけって。ききたくなかったけど、理由がわかって・・・、もういい。この話はやめよう。」
レックスは、シエラの肩をたたいた。
「もう、お前はライアスじゃない。父親にうんと、かわいがってもらってたシエラじゃないか。ほら、いつもの元気はどうした。そうか、お前、腹へってんだろ。だから元気ないんだな。夕食まで時間があるから、ミランダにたのんで、なんか買ってきてもらおうよ。」
シエラは、苦笑した。
「・・・バテントスの置き土産を回収させるのを忘れてた。暴動のおかげで、取るものも取らず逃げ出したから、大砲もけっこうな数が残ってるはず。バテントスがもどってきて、そいつを使ってケラータをねらう前に、こっちで回収しなきゃ。あまりにもうまく行きすぎて、ボーッとして指示出すのをわすれてた。」
「もう回収が終ってるころだ。お前、シゼレに気を取られていて、市長の話きいてなかったんだな。市長が回収命令を出したって言ってたよ。」
シエラは、ホッとした。
「今後の対策は、しばらくのあいだ、君と市長にまかすよ。エリオットが、ニーハから到着次第、臨時政府をこっちにうつす。」
「やーっと休む気になったか。なんだかんだで、行軍はきつかったんだろ。」
シエラは、笑った。
「大砲の実物が手に入ったから、分解して構造を調べたい。設計図よりも、実物を見なきゃね。市長にたのんで、腕にいい職人を紹介してもらう。しばらくは、大砲とにらめっこ。工場に泊りこんだりもするから、あとのことはたのんだよ。」
そして、翌日朝早くシエラは、ミランダとともに出かけてしまった。レックスは、市庁舎へ向かうことにした。軍からの報告もそっちへ入ってるはずだ。
館を出ようとしたとき、シゼレが身重の妻と父親をつれて館へとやってきた。シゼレの妻は、シエラがいなかったので、残念そうな顔をして父親とともに帰っていく。
レックスは、
「嫁さん、妊娠してたのかよ。腹がでかかったな。無理して、あいさつにこなくてもよかったんじゃないか。」
「そうもいきませんよ。身内としてもあいさつは当然ですからね。けど、シエラもシエラですね。こんな朝早くから夫を残して、どこかに出かけるなんて。」
「昨日、大砲回収したろ。分解できるって、よろこんですっとんでった。銃のときも、そうだったよ。クラサの親父の別宅でさ、朝から晩まで鍛冶場にとじこもって、銃を改良してたんだ。あいつにとっちゃ、銃も大砲もオモチャだな。」
「シエラが、そんなことを? あのシエラが。」
レックスは、しまったと思った。
「シゼレ、お前もこれから市長に会いにいくんだろ。エリオットがニーハから到着しだい、臨時政府をこっちにうつすから、そのことでお前と市長と話をしたいんだ。それと、逃げたバテントス軍も警戒しなきゃならないしな。ここで、立ち話もなんだから、そろそろ行こう。」
道すがら、シゼレにライアスのことをたずねると、シゼレは、
「兄のことは、シエラからも、きいているでしょう。兄は、そのとおりの人でしたよ。私なんかでは、とうていかなわない。いつも、くらべられて教会にいても、肩身のせまい思いをしてました。尊敬はしています。けど、ああいう兄をもつ弟は、つらいものです。どうがんばっても、あがいても、結局は同じですから。」
レックスは、シエラのことは、しばらく話さないほうがいいと感じた。
そしてその日の夜おそく、工場から帰ってきたシエラにレックスは、シゼレと妻が、館にあいさつにきたことをつげた。妻が妊娠していることもである。シエラは、そう、とだけ言い、つかれているのかすぐに寝てしまう。
態度には出さないが、シエラは、シゼレの妻の妊娠にあきらかに動揺している。シゼレの妻には、流産の事実をつたえたほうがいいだろう。そうすれば、無理に会いにこないはずだ。
そして、季節は夏となり、ケラータに、マーレルから副議と名乗る者が、ダリウス軍をひきいてやってきた。レックスは市庁舎で、その副議と面会した。
副議は、
「マーレル・レイで、国会副議長と軍の最高責任者を兼任している、フライスと申します。国会の決定にしたがい、ダリウス正規軍をひきいて、このたびの戦いに、はせさんじました。」
数日前から、マーレルの使者が軍をひきいて、ケラータにくる事は知っていた。けど、いつくるかまでは報告がなかったので、この日は、市庁舎にはレックスしかいなかった。シエラは、連日工場だし、シゼレは、商工会議所に用で出かけている。
「わるいな。マーレルからやってきてくれたのに、二人ともいなくてさ。」
「あなたが、お気を使う必要などないのですよ。そうだ、これを。」
フライスが、上着の中から細長い包みをとりだした。王家の剣だった。どうりで最近、見かけないはずだ。フライスは、
「陛下の正統性は、この剣とグラセン様の証言と、カイルの領主様直筆の結婚証明書により、正式に保障されました。宮殿の修理にも着手しましたし、マーレルは陛下の御帰国を心待ちにしております。
それと、ルパートが勝手な行動をおこし、ご迷惑をおかけしたことを大変心苦しく感じております。マーレルへ逃げ帰った騎兵達には、それなりの処分を下しました。王を守るための軍が、王を見捨てて逃げ帰るなど言語道断です。」
レックスは、
「ルパートか、ありゃ、ひどい男だったよ。おれが言う事きかないと、刃物をつきつけておどしにかかったもんな。宿営地までおそって、おれをさらおうとするしさ。」
「本当に、おはずかしいかぎりです。ルパートの家は代々軍人で、彼の父は、十四年前のドーリア公との戦のおりに、総司令官をつとめておりました。そして、戦死したのです。
ルパートの家は、女王を守れなかったことで、すべての名誉を剥奪され、ルパートは苦労して、騎兵隊をひきいるまでになったときいております。王が生存がマーレルにもたらされ、彼は名誉を取りもどすチャンスだと考えたのでしょうね。強引な手段をとったのも、功をいそぐあまりだったのでしょう。
マーレルでは、彼の家の取りつぶしを決定しました。貴族の地位もなくなります。彼は独身で身内はだれもいませんから、なんの問題もないですがね。」
「おれについて残った騎兵には、褒章をしてくれるんだろう。上官が、あんなことをしたから、肩身のせまい思いしてっから。」
「当然ですよ。それなりの褒章は用意してきてますからね。」