五、ルパート(2)
「あ、そう。きてくれたんだ。たすかったよ、ありがとう。」
レックスは、すなおに礼を言った。戦力がたりなくてこまってたから、援軍がきてくれたことは実にありがたい。
シエラは、ルパートと名乗った男に、いま、豪族達に緊急召集かけてるから、それまで客室で待っていてくれと言い、使用人にルパートをたくした。
シエラは、ルパートが気に入らなかったようだ。機嫌が悪い。
「ぼくだと話にならないそうだ。君を出せってうるさくてさ。なんの連絡もなく、いきなり現れるんだものな。こっちもびっくりしたよ。」
「いいんじゃないか。たすけてくれるってんならさ。きてくれたってことは、マーレルじゃあ、おれのこと認めてくれたんだろ。」
「君は気楽すぎ。なんでも決定がおそいマーレルが、こんなに早く君を王だと認めるわけないよ。たぶん、君の話を知ったルパートの独断だ。自分が動かせる分だけの騎兵をつれてきたんだろ。かっこいいとこ見せて、君に取り入ろうとしてんだよ。」
「せっかくたすけてくれるってのに、あいっかわらずひねくれてるな。騎兵だぞ、機動力ある馬に乗った兵隊なんだぞ。ニーハには、騎兵少ないじゃないか。」
「とりあえずは、たすかった。そう言っとく。けど、あいつ、きっと何かたくらんでる。君も油断するなよ。なんでもホイホイ信じるクセは直したほうがいい。ところで資金は、いつくる。」
「明日の朝とどけてくれるって。借用書も書かされたよ。おれの名前でさ。請求先は、ケラータ市長でいいんだよな。」
「その市長から、あとでこっちに請求がくるんだよ。自由に使えって書いてあるけど、ただでくれるとは書いてない。緊急会議には、君も出席するんだ。この前みたいに逃げるなよ。」
レックスは、へいへい返事をした。会議に出席といっても、自分は何もすることはない。会議は、ルパートの紹介のあと、ケラータ攻略にうつり、その日の夜おそくになってやっと終った。
シエラは、軽い食事をとってすぐに眠ってしまった。本調子ではないシエラは、つかれやすい。レックスは、シエラの寝顔をしばらくながめたあと、自分の寝室へもどっていった。
それから三日間、ケラータをどうするか、さまざまな議論がとびかった。やはり、問題なのは大砲だ。それに、バテントス軍が、ケラータの住民の徴兵をはじめたとの話も入ってきている。
シエラは、ルパートを書斎に呼んだ。書斎には、レックスもいた。シエラが、ルパートに用があるときは、必ずレックスから話を通してもらうことにしている。自分だと、頭にくるくらい、無視されてしまうからだ。
レックスは、
「ケラータの徴兵の話は、お前もきいているだろう。この前のヒジン川の二の舞はしたくない。ケラータで徴兵されたクリストン人は、たぶんヒジン川のときと同様、前衛にならべられているだろう。同国人の相打ちは手がにぶる。前衛は、すべてお前にまかせる。それでいいか。」
と、シエラに言われたまま、ルパートに話した。ルパートは、うやうやしく頭をさげ、書斎を出て行った。シエラは、
「レックス、ケラータに動きがあった以上、こっちもグズグズしていられない。大砲はやっかいだが、このまま議論していてもラチがあかない。一週間後にする。今度は、ぼくも出る。」
レックスは、びっくりした。
「だめ、お前、まだ本調子じゃないんだろ。ケラータまで、かなりの距離があるんだぞ。移動するだけで、ぶったおれてしまうぞ。」
「どのみち、二度目の敗北はないんだよ。時間もない。ルパートを呼ぶ前に、ケラータから手紙があったんだ。ケラータ民の徴兵はなくなった。市長が、徴兵のかわりに、駐留しているバテントス軍に、武器と資金の提供、そして後方支援を約束したらしい。」
「それほんとか。じゃなんで、さっきルパートにあんなことを言ったんだ。大砲のエサにするつもりかよ。お前、何、考えてんだ。」
シエラは、フフと笑った。
「いきおいこんで、はせさんじたのはけっこうだけど、戦況は考えてたより悪い。ルパートは、顔には出さないが、内心ではしまったと考えてる。レックス、今回の指揮はルパートにまかせよう。軍の移動もふくめてね。とちゅう、臆病風にふかれても、逃げ出せないようにね。」
シエラは、それきり、レックスが何をたずねても、何も言わなくなった。それから、出陣までの一週間、ニーハの町はバタバタしていた。
そして、ニーハに向けての行軍が開始され、例のヒジン川近くにさしかかったころ、ルパート達騎兵とともにレックスの行方がわからなくなった。報告をうけたシエラは、
「ここは、くねくねとした森の中の道だからな。横道も何本もあるし。まあ、やるとしたら、この辺りだと考えてたがな。」
ルパートは、レックスをさらって、ダリウスへ逃げ帰るつもりらしい。シエラは、
「このまま前進を続けろ。王がいなくなって、軍に動揺が走ってるようだが心配しなくてもいい。自分がさらわれたと気がついたら、もどってくるから。ルパートは捨てておけ。臆病者は、我が軍には必要ない。」
シエラの命令は、そのまま全軍につたえられた。シエラのそばにいたミランダは、
「シエラ様は、ルパートがこうすることをわかってて、わざと指揮官にしたり、ああいう御命令をしたんですね。」
「あいつの魂胆は、参戦じゃない。目当ては、レックスだけだ。ぼくの目をぬすんで、最初からレックスをさらうつもりできたんだ。騎兵だけ連れてきたのは、そのためだ。足がはやいから、すぐに逃げられる。だから、指揮をまかせた。さっさと行動させるためにね。」
ミランダは、あきれたようだった。
「レックスをさらって、王を見つけた手柄を、自分一人のものにするつもりだったのですね。それを最初からわかってらっしゃったのなら、なぜ、レックスに教えなかったのですか。」
「いろいろとヒントは与えたんだけどもね。まあ、人がいいね、レックスは。うたがうことを知らないというよりは、したくないみたいなんだ。さらわれてみれば、少しは成長してくれるだろう。」
さすがにレックスは、おかしいと考え始めた。ルパート達騎兵隊に守られるよう、列をくんで行軍していたが、いつのまにかシエラ達本隊とは、はぐれてしまっている。ルパートは、何食わぬ顔でそのまま馬を進めていた。
「おい、ルパート。道、まちがえたんじゃないか。」
「これでよいのですよ。本隊とは、別のルートを行っているのですから。」
「別のルートって。お前、ここらあたりの道知ってるのかよ。」
「指揮権は、私にあります。おまかせを。」
レックスは、自分を守るよう、かこんでいるダリウス騎兵の顔を見まわした。みんな、レックスとは目を合わせない。レックスは、まさかと思った。それを問いただすと、ルパートは、おどしにかかった。
騎兵隊に命じて、レックスに武器をつきつける。数人にかこまれ、武器をつきつけられたレックスに向かい、ルパートは、
「こんな手荒らなまねは、したくはないんです。おとなしく、我々についてきてください。あなたを、クリストンなんかで死なせたくはなかったんです。このまま、安全なマーレルへとお連れします。」
レックスは、ムッとしたように、ルパートを見返した。
「しょせん、お前も自分のことしか考えてないんだな。自分さえよければ、クリストンがどうなってもかまわないんだな。」
ルパートは、カッとしたようだ。
「十三、いや十四年ですか。そのときのうらみを、あなたはお忘れですか。私は、あのときの屈辱は生涯わすれない。なぜ、クリストンなんかにいるのです。なぜ、ドーリア公の娘など妻にむかえたのです。」
レックスは、またかと思った。ダリウス人は、こういう考え方しかできないのか。
「むかしのことなんざ、おれはおぼえてないんだよ。まだ、五歳のガキだったものな。それに、おれがだれと結婚しようと勝手じゃないか。好きになった女が、ドーリア公の娘だっただけだ。そこをどけよ。おれは、シエラのいる本隊にもどる。」
「何も知らない、青二才のガキが。」
レックスは、つきあいきれないと思い、紅竜に飛べと命じた。あっというまにドラゴンに姿をかえた紅竜に、周囲はびっくりしてひるんだ。
「たしかに、おれはお前の言うとおり、なんにも知らない青二才だよ。けど、お前みたいな卑怯者でもないし、自分勝手でもない。お前、クビ。さっさとマーレルに帰れよ。」
レックスは、空の向こうへと飛んで行った。ルパート達は、その場であぜんとしていた。自分が目が信じられない。けど、かんじんの王は、もういない。
「ま、まさか、ドラゴン。ヒジン川の話は本当だったのか。」
レックスは、シエラ達本隊から、少しはなれた山道に着陸した。そして、本隊に合流する。シエラは、もどってきたレックスに、どこに行っていたのかと、わざとたずねた。
レックスは、
「ゴミを捨ててきただけだよ。シエラ、今回の指揮官は、おれにしてくれよ。そんでもって、お前が副官。いや、参謀かな。どっちでもいいや。」
「それは、君が決めろ。ぼくの仕事は、君の補佐だしな。」
「おれ、やっぱり人を信じてみたい。何回だまされてもさ。うたがってばかりじゃ、どんどん人間嫌いになっちまう。そっちの方が、いやだから。」
勝手にしろ、シエラは馬の足を少しはやめ、前方へと行ってしまった。そして、その夜おそく、レックスとシエラがいる天幕が何者かにおそわれた。
ルパートだ。騎兵隊を二つにわけ、片方の騎兵隊で宿営地でさわぎをおこし、注意をひきつけ、残りの騎兵隊で天幕をとりかこみ、レックスをさらおうとしたのである。もちろん、事前に察知していたので、あっというまにさわぎはおさまり、ルパートは十数人の騎兵とともに、さわぎの最中に切り捨てられた。
レックスは、上官を失った騎兵隊に向かって言った。
「すべては、ルパート一人の責任にある。お前達は、上官の命令にしたがっていただけだ。このまま、ここを去りたければ去ればいい。だが、心ある者は残ってほしい。ニーハの軍に組みこまれるが、それでも、おれとともに戦いたいとねがうならば、ここに残ってほしい。それだけだ。」
残った者は、十にも満たなかった。けど、ダリウス軍としてのプライドを捨て、過去のこだわりを捨て、残ってくれた者達ばかりである。レックスは感謝した。