四、双頭の白竜(2)
「兄貴、どこ行ったんだよ。ところでレックス、なんの話をしてたんだい。」
ティムは、さっきの話をきいてただろうか。一般兵にはきこえなくても、特殊訓練を受けているティムの耳は別のはずだ。
「ヒジン川には、おれは行くなって。危険すぎるからって知らせにきたんだよ。」
ティムは、カーペットの上にすわった。
「ぼくもそのほうがいいと思うよ。エリオット様も君が行く必要はないと、会議でおっしゃってたじゃないか。明日、ここで留守番してようよ。」
「けど、やっぱり戦場での士気が違うんじゃないか。おれがいるといないでさ。」
「戦場を甘くみない方がいいよ。ほんとに地獄なんだよ。生きるか死ぬしか、ないんだものね。前の戦争で、兄貴が、ぼくを戦場からつれだしてくれなかったら、あのまま死んでたよ。」
「最後の決戦なんて、かなりひどかったみたいだな。シゼレの遺体すら見分けがつかなかったんだろ。」
ティムは、うなずいた。
「ライアス様が亡くなられて、勝ち目はないとわかって、逃げ出した人もたくさんいたんだ。ぼくと兄貴のように適当な言い訳つくったり、サイモン様のように、わざとつかまったり、夜中に脱走したり、敵前逃亡もあったらしい。
でもそのおかげで、またこうして戦争できるまでになった。その人達まで死んでいたら、反撃のチャンスさえなかったと思うよ。けど、君にもしものことがあったら、何もかもお終いになってしまう。」
レックスは、わかったとこたえた。エッジは、そのままもどってこなかった。それで翌日、エリオットは軍を率いてヒジン川に向けて出発した。
レックスは、見送ったあと、することがない。だまって天幕で待つのもイライラするので、ティムといっしょに久しぶりに汗をながすことにした。
向こうで兵がさわいでいる。レックスは何事かと顔をだした。
「あ、陛下。あやしい者が、宿営地に入ってきましたので拘束したまでです。尋問は、こちらでしますので、陛下はお休みください。」
休んでいるのもヒマだから顔を出したのである。両手をしばられた、あやしい者を見て、レックスは、あれ?と思った。いつだったか、山の中で会った男だ。左顔半分、ボロ布でかくした男はレックスを見るなり、
「お前か、やはり、お前なんだろう。お前が、あの方がおっしゃっていた、彼、なんだろう。」
やっぱり、気味が悪い。レックスは、食べ物を与えて、ここから追い出すよう言い、その場を退散した。
ティムは、
「ね、レックス、さっきの人、レックスのこと知ってるみたいだったけど。」
「おれは知らない。紅竜と会った日の朝、ぐうぜん山の中で声をかけられただけだ。彼だの、あの方だの何言ってんだか。とにかく、気味が悪い。」
ティムは、少し考えた。
「ぼくは、どこかで会ったような気がするんだ。どこでだっけ。思い出せない。」
「ただのホームレスだろ。ホームレスって、みんな似たような格好してるもんな。」
ティムは、うーんとうなった。
「まあいいや。うす気味悪いしね。さっきの続きしようよ。素手での格闘術、腕をあげたね。君って、けっこう格闘が好きなんだね。」
「リベンジしたい男がいるんだ。マデラでそいつと戦って負けた。腕をあげて、どうしても勝ちたい。」
釈放されたホームレスの男は、少しはなれた場所からレックスを見ていた。男は、ダリウス王が現れたというウワサをきき、ここまでやってきたのだ。
(わからない。けど、あの方が見せてくださった幻に、よく似ている。真紅の馬と、あのあざやかな金髪。幻の顔は、はっきりとは分からなかったが、姿かたちはよく似ている。ダリウス王であるならば、彼でまちがいないはずだが。)
もう少し、様子を見ていようと思った。
昼に、ややさしかかったころ、早馬がヒジン川からもどってきた。戦況は、エッジの予想通りとなり、軍はエリオットのいう前進もままならず苦戦している。
おまけに、バテントスに徴兵されたクリストン人の兵士が前衛に立たされ、後方のバテントス軍に脅されるよう戦うので、エリオット達は防衛だけで手一杯だという。
「エリオット様からの伝令です。陛下はすぐに、ニーハへ向かってください。ここは、ヒジン川から近く、いずれ戦場になります。」
レックスは、いてもたってもいられなくなった。鎧も着ずに軽装のまま、紅竜に飛び乗ろうとする。ティムが、紅竜のたづなをつかんだ。
「行ってどうするなんだよ。死にに行くだけだよ。」
「けど、ほっとけないよ。少しでもなんとかしたい。おれ、大将だしさ。」
バカ! ティムは、どなった。
「わからずや。夕べ、兄貴がニーハから、わざわざ説得にきた理由が、まるでわかってないじゃないか。シエラ様がなんのために兄貴をよこしたんだよ。兄貴は、ここにくるまで、ほとんど休みなく走ってたはずだ。昼も夜も、全速力でここへかけつけたはずなんだ。君を死なせたくないんだよ。」
「お前、やっぱり話をきいてたのか。」
「施設にあずけられた、本当の理由なんて知りたくもなかった。けど、そんなことはどうでもいい。さあ、ニーハに帰ろう。すぐに。」
レックスは、そばにいた兵士から剣をうばった。さらにティムからたづなを取りもどし、ヒジン川へ向けて紅竜を走らせた。そして、陣地から、はなれた場所で空へと飛ばす。あっというまに、ヒジン川だ。
レックスは目をうたがった。硝煙のにおいと煙が、レックスがいる高度までのぼってきており、川の地形がすっかり変わっている。ちらばる遺体は、どちらの軍のものだろう。
あそこで戦っているのは、エリオットだ。壊滅しかけているのに、まだ撤退はしていない。エリオットがたおれ、動かなくなった。レックスは、さーっと降り、そばにいる敵兵をなぎ倒し、エリオットをだきあげ、紅竜とともにその場を去った。
エリオットは血まみれだ。が、生きている。レックスは宿営地にもどり、エリオットを衛兵にたくし、また戦場へと向かった。
「撤退だ。いますぐ撤退しろ。王の命令だ。」
レックスは戦場をかけた。声をきいた兵士達が戦いをすて、森へとかけこむ。レックスは、ちらばる遺体に心をいためつつも、少しでも多くの命を救うべく、戦場を走った。
ドーンと音が響き、大砲がレックス目がけて発射された。赤い馬は目立つ。もうダメだと思ったとき、エッジが風のように現れ、紅竜の背からレックスをひっぱり、ギリギリ間に合った。
が、
「早く逃げろ。二発目がねらってるぞ。お前が王だということは、敵もじゅうぶん知っている。赤い馬とその金髪は目立つからな。」
エッジは動かなかった。太ももに大砲の破片がくいこんでいる。レックスは、エッジをかついだ。そして、森へと走る。二発目が飛んできた。エッジが背で、バカ野郎とつぶやいた。
激しい爆発音が響いたが、レックス達は無事だった。土ぼこりと煙にまみれて、何か大きな影が見える。二つの首と赤い目を持つ、紅竜よりも、はるかに巨大で真っ白なドラゴンだ。
(双頭の白竜? どうしてここに。とにかくたすかった。)
ドラゴンは、レックスとエッジを乗せ、大空へとはばたいた。そして、二つの口から、高エネルギー弾を放つ。信じられないくらい巨大な爆発が、ヒジン川をつつんだ。
そして、その場にいた敵も、まだ逃げ切れていない自軍の兵士も、みな巻きこんで、ヒジン川の戦いはおわった。
宿営地にもどれた者は、三分の一にも満たなかった。動けない怪我人を救出するよゆうもなかった。そして、戦いがおわったヒジン川に、救出隊を派遣することもしなかった。あの爆発では、どのみち、たすからない。
宿営地は、重苦しい空気につつまれていた。エリオットは、重傷で気を失ったままだ。レックスは、早朝の撤退を決めた。
その晩おそく、レックスは紅竜に会いに行った。紅竜に、赤い女の姿がかさなった。女は、赤い目でレックスを見つめた。
「お前が、双頭の白竜の正体だったなんてな。」
ドラゴンの女は笑った。
「白竜を呼んだのです。単体では、ああいう姿はとれません。この世界での私達の力も限られていますし、てっとり早くすますには、ああするしかなかったのです。私のしたことをお怒りですか?」
レックスは、首をふった。
「礼にきたんだ。感謝している。お前がいなきゃ、いまごろ、ここも戦場になってた。全滅してたかもしれない。」
「これからは、好きなように私を使ってください。あなたの命令となれば、なんでも従います。」
「好きなように使ってくれって、おれの命令はきいてくれてたじゃないか。これ以上、何、好きに使えってんだ、あ。」
紅竜は、足をおり、スヤスヤと眠っていた。
(ひょっとして、こいつ、今日のことで、おれがどう行動とるかためしてたのか。もし、感謝じゃなくて、敵、味方を巻きこんでの攻撃を非難したら。)
紅竜は、レックスを器なしとみて、元の世界に帰っていたかもしれない。レックスにしたがってはいたが、ただ単にレックスを観察していたにすぎなかったのだろう。
寿命がみじかく、転生をくりかえすたびに過去の記憶を失う人間など、ドラゴンにとって、まじめに付き合う理由のない存在だ。それでも、レックスに協力しているのは、レックスに未来を開いてくれる、器としての希望を見出してくれているからだろう。
ここが、白竜とのちがいだ。白竜は、シエラが好きでそばにいる。白竜が、姉の紅竜を、ドラゴンそのものだと言っていた理由でもある。
(ドラゴンにとっては、今日の敗北なんて、小さな過程でしかすぎないんだ。おれが、この敗北をのりこえ、未来を開いてくれると信じているから、ここにいてくれる。気落ちしていることなんてできないな。)
レックスは、怪我人を収容しているテントへ向かった。エリオットは指揮官だから、自分専用のテントにいるが、エッジは一般兵とここにいる。
ティムがつきっきりで看病していた。熱が出てるらしく、苦しそうだ。レックスが顔を見せると、ティムがテントから出てきた。
「具合はどうだ。熱が出てるみたいだが。」
「それほど、ひどい怪我じゃない。熱は、怪我すれば、だれでも出るよ。明日の朝には下がってるはずだ。けど、足だから、しばらくは歩けないな。」
「ティム、おれのことはいいから、ニーハまで、お前がエッジについていてくれ。」
ティムは、笑った。
「気にしてるのかい。ぼくがついてたら、兄貴はうるさがるんだよ。怪我なんて、ドジふんだと思ってるくらいだからさ。荷車につんでもらえばいいんだよ。兄貴も、そっちのほうが気楽だしさ。」
「シエラになんて顔して報告したらいいのかな。あわせる顔がないよ。」
「もう、寝たら。はじめての戦場でつかれてるんだろ。シエラ様にお会いしたら、怒られるなりなんなりしなよ。いいね、夫婦ってさ。」
ティムは、テントにもどっていった。レックスは寝ることにした。そして、夜があけ、バテントスの追撃に気を使いながら撤退した。そして、無事にニーハにたどりつき、レックスはベッドのシエラに頭をさげた。
シエラは、ベッドからおり、レックスをだきしめた。
「よかった、無事で。すごく心配したんだよ。兵を失ったのは残念だけど、体勢は、いくらでも立て直せる。君が心配しなくてもいいんだよ。」
体勢を立て直すと言っても、兵の数も将校の数も、しょせん、田舎のニーハでは取り返しがつかないはずだ。だが、あの戦場でバテントス側もだいぶ被害が出ている。逃げ出したニーハの兵をおいかけ、ドラゴンの攻撃をもろに食らってしまったのだから。
シエラは、レックスの金髪を優しくなでていた。そして、レックスをなぐさめつつ、こんなことを考えてもいた。
(双頭の白竜が、王を救ったという奇跡は、帰ってきた兵士達によって、これから広まっていくはずだ。王家の守護神が現れたというウワサが広まれば、さまざまな意味で、こちら側に有利にはたらく。
レックスをうたがっていた者達も、奇跡を信じる信じないはともかく、これで重い腰をあげるだろう。
エリオットも今回のことで、自分に戦争の才能がないことに気がついたはずだ。エッジが動けないのは痛いが、ぼくの体調も回復してきてるし、なんとかなるだろう。)
シエラは、ピアスをはずした。
「ありがとう。おかげでたすかったよ。もう、大丈夫だから返すよ。」
「お前、敗戦をそんなふうに考えてたのか。たくさん人が死んだんだぞ。悲しくないのかよ。」
シエラは、びっくりした。あわてて、レックスからはなれる。レックスは、
「お前の考えてることが伝わったきたんだ。体を密着させてたせいかもしれない。」
シエラは、多少皮肉っぽく笑った。
「悲しむ? ああ、たしかに悲しいね。けど、もうマヒしてるんだよ。あんなことが、ありすぎたから。それに、戦争で負けて、いちいち悲しんでたら、次の行動ができなくなる。
戦いをはじめてしまったらね、あたり前の話だけど、勝敗がつくまで終わらないんだよ。以前だって、こっちが全滅に近い状態で、やっと終ったんだ。ぼくとシゼレの死という、おまけまでついて、やっとね。」
レックスは、ぎゅっとこぶしをにぎった。シエラは、
「これで、わかったろ。頭でわかっていても、実感するしないじゃ理解度がちがう。いまはしかたないけど、次は負けられない。なんとしても、ケラータをとりかえす。ケラータは、サラサにつぐ大都市だ。商工都市だから、資金の入りもちがう。いつまでも、こんな田舎で、臨時政府なんてやってられないんだよ。」
「お前、やっぱりライアスだな。無理して、シエラのまねして、おれをなぐさめなくてもいいんだよ。」
レックスはピアスを受けとり、寝室を出て行った。シエラは、ベッドにすわった。
(いつのまに、ぼくの思考を読めるようになったんだ。ああ見えても、少しずつ能力はのびてきている。さすが、と言うことか。)