四、双頭の白竜(1)
ニーハを出て数日がすぎた。ケラータまでの道は山道がえんえん続く。この日も野営だった。
野営とは言っても、一般兵とは違い、ダリウス王であるレックスには、それなりの天幕がはられ、きちんとしたベッドが用意される。レックスは、そのベッドに寝そべり、ティムに背中をギューギューおしてもらっていた。
「訓練所で、年寄りの背中、こうしてよくもんだけど、君の背中も年寄りなみにガチガチだね。」
思いっきりおされ、レックスは悲鳴をあげた。
「しょーがないだろ。重い鎧なんて、はじめてだしさ。マントも重いし、何日もその格好で馬にゆられてりゃあ、こうなっちまうんだよ。そこそこ、もっと、ぎゅっと。く、きく、」
レックスは昇天した。ティムは、
「ねぇ、つらいんだったら、もっと軽装でいいんじゃない。気温も暑くなってるし、本番はじまる前にバテちゃうよ。」
「だめだよ。みんなして、おれの格好見て士気あがってんだ。鎧とマント無しじゃあ、ただの人になっちまう。」
「ま、君、見栄えいいしね。真っ赤な馬にのって、キンキラキンの鎧きて、双頭の白竜のマントひらひらさせてれば、ぼくが見てもかっこいいって思うもの。」
「その先、口がさけても言うなよ。もう、ききたくない。おれの士気がおちてしまう。」
ティムは、天幕を見回した。さすがに豪華だ。地面から湿気が上ってこないように防水布がしかれ、その上にやわらかなカーペットがあり、ベッドの周囲には、すきま風が入らないよう、カーテンが何枚もたれさがっている。
ティムは、ぬぎっぱなしの鎧とマントを、ていねいそろえた。
「これ、ずいぶん値がはるんじゃないのか。マントの刺繍だって豪華だしさ。エリオット様も、おもいきったことをしたものだね。でも、この双頭の白竜ってさ、王家の始祖ミユティカ女王が使役していたドラゴンなんだろ。双頭の白竜って実在したのかな。紅竜と白竜はドラゴンだけど、双頭の白竜じゃあないしね。」
「さあな。なんせ、ずいぶん古い話だしな。けど、当時から白竜がいたのは確かだから、それが元ネタにでもなったかもな。双頭の、白竜、だしさ。」
「それだったら、二つ首の意味がわからない。それにさ、双頭の白竜は全身白いけども、目はどっちの首も赤いんだよ。白竜は青だし。」
ティムはそう言い、マントの刺繍を指さした。確かに赤い。けど今、考えてもしょうがない。レックスは、
「おれ、寝るよ。もんでもらったら、気持ちよくなって眠くなってしまった。ティム、お前ももう寝ろ。」
「うん、お休み。じゃあ、また明日。」
ティムが出て行ったあと、レックスは、自分がいる天幕の中を見回した。王というだけで、これだけ違う。天幕も、見張りが交代で、一晩中ついている。
(これが、王族のあつかいなのか。つい最近まで、一般兵と同じだったのにな。シエラが、おれの正体出すのに慎重になってたわけだ。けどすごく、居心地わるい。気を使われすぎてつかれるし。)
レックスは、あくびをし目をつぶった。そして翌日、また移動が始まった。ニーハを出てから、ずっと天候に恵まれている。このまま行けば、予定通りにケラータに到着するだろう。
だが、ケラータに入る前に、必ずバテントスとの戦いが待っている。バテントス軍も、こっちが動いていることがわかっているから、一戦、交えるべく、こっちへ向かっているはずだ。
斥候が、もどってきたのが見えた。レックスのそばに常にいるエリオットが報告をうけた。斥候は、
「合戦場所は、やはりケラータとの境のヒジン川のようです。バテントス軍の第一陣が、そこに大砲を設置しています。」
大砲か、レックスは、きいたことがあっても見たことはない。エリオットは、
「ヒジン川は、浅瀬が多い川です。川原も広く、戦いの場としては適しています。大砲はやっかいですが、次の発射まで時間がかかり、しかも乱戦状態では味方も巻きこみ使えないという欠点があるのです。
砲撃をたえつつ前進をし、接近戦にもちこめば、後方からの銃の攻撃で勝ち目はあります。ですが、敵方も兵によゆうがないし、きっと短期決戦でけりをつけようとしてくるでしょう。大砲の攻撃は、かなりのものになると想像できます。」
「接近戦にもちこむ前に、こっちがやられるんじゃないだろうな。」
「犠牲は出るでしょう。当然のことです。戦争とは、そういうものでしかないのですからね。ですが、いま出る犠牲をおそれて、このまま引き返せば、もっと大きな犠牲が出ます。それだけはさけたい。」
「おれは別に臆病風にふかれたわけじゃあない。めちゃくちゃ、大砲撃ってくるんだろ。そんな中で、前進できるのかってきいてんだよ。」
「それでも進むしかないでしょう。我々は銃はあっても大砲はないのですから。進まなければ、それこそ大砲で全滅してしまいます。」
レックスは、それ以上、エリオットに質問しなかった。
その翌日の昼過ぎ、ニーハで療養中のシエラは、サイモンが入手していたバテントスの大砲の設計図をながめていた。
ミランダが、軽食を持ってきた。シエラの食欲はもどってきていたが、ふつうの量の食事は、一度にはとれなかったので、軽食を日に何度か、ミランダに用意してもらっていた。
「あまり、こんをつめますと、また倒れてしまいますよ。流産のあとの出血も、まだ、おさまってはいないんでしょう。」
「ヒジン川の報告が、ハト便でさきほど入ってきたんだ。銃は大砲よりも機動力があるが、火力では、とうていおよばない。やはり、こっちも大砲が必要だ。バテントスのよりも射程が長いやつがな。」
「ひょっとして、勝ち目はないとお考えですか。」
シエラは、うなずいた。
「サラサで徴兵した兵士を、前線にぶつけてきたようだ。ぼくが指揮をとるならともかく、エリオットやレックスでは攻撃の手がにぶる。エリオットは、激情にかられやすいが、情にもろい。」
「なら、そのことを伝えたほうがよいですよ。私が直接行きますか。足なら、自信はあります。」
シエラは、大砲の設計図をベッドのわきの小机に置いた。そして、軽食をうけとる。トロトロと煮たスープだ。
「すでに、エッジを向かわせたよ。まあ、ぎりぎり間に合うかな。けど、エリオットのことだ。撤退は無理だろう。せめて、レックスだけでも、なんとかならないかと考えてね。」
「ヒジン川で負けたら、ニーハを襲われませんか。そのほうも心配です。」
「火力で勝てないのなら奇襲しかない。奇襲をくりかえし、ジワジワと敵の戦力を消耗させるしかない。こっちにむかって行軍してくるバテントスは、そうやってけずればいい。さいわい、こっちは、奇襲にむいた山だらけだ。バテントスは、ニーハにつく前に撤退するだろう。」
シエラは、スープを半分ほど飲み、皿をミランダにわたした。ミランダは、お茶の用意をした。
「指揮を、エリオットにまかせたのが失敗だったかもな。きっとまた、前進前進なんだろうな。あいつには、戦争の才能がないんだよ。まあ、ニーハをとるときは、前進前進だけでじゅうぶんだったし、敵が自分の親だから、彼に指揮をまかせたんだけどもね。」
シエラは、お茶をうけとった。庭でつんできた、新鮮な香りのするハーブティーだった。ミランダは、
「しかたないですよ。シエラ様は、うごけないのですからね。でも、エリオット様が、いてくださったから、シエラ様がお休みでも臨時政府は立ち上がって、ニーハ周辺もまとまりましたし、私としましては、エリオット様は、とても御有用な方だと考えておりますが。」
シエラは、ハーブティーの香りをかいだだけで、飲まなかった。
「また、兵を失ってしまうんだろうな。エリオットは、宰相としてなら、ぼくの代わりは、じゅうぶんできる男だ。だが、ある意味、それだけだ。」
ミランダは、食べ残しの皿とコップをもち台所にさがった。シエラは、食べる量が少なくても、体調をできるだけ早く回復させるために食事は残さない。
(心配なんだわ。冷静でいるようだけど、心配ですぐにでも白竜で飛んでいきたいはず。流産なさって以来、シエラ様の霊力も極端におちているようだし、前みたいに剣をつかって、いろいろとさぐることはできないみたい。うごけない御自分が、もどかしいんだわ。)
シエラの耳には、レックスのピアスがいつも光っている。身を守るというよりは、大切なものの存在を、いつもそばで感じていたいよう、ミランダには見受けられる。
(レックス、あんた、幸せ者よ。シエラ様をだいじにしなさいよ。)
それから、三日ばかりすぎ、レックス率いる官軍は、ヒジン川直前までやってきて野営を設置した。そして、明日のための会議を開き、もう寝ようという時刻になったとき、エッジがヒョイとレックスの天幕に顔をだす。
エッジは、天幕にいたティムの顔を見るなり、腹がへってるから食い物と水を持ってこいと言いつけ、ティムに取りに行かせた。
エッジは、天幕の外で番をしている兵士にきこえないよう、低い声で、
「レックス、お姫様の命令だ。いますぐ、おれといっしょにニーハに帰るんだ。」
もちろん、びっくりする。エッジは、
「ここへくる前に、お前さん達より先にヒジン川の様子を見てきた。明日、お前さん達の姿が見えしだい、大砲ぶっぱなす用意がすでにできている。こっちによゆうを与えないつもりだ。川ぎりぎりに大砲を設置しているから、森がとぎれ、川原に足をふみいれたとたん、ドッカンだぜ。」
レックスも、エッジに合わせ、ヒソヒソ声でこたえた。
「ヒジン川のことは、斥候からきいて知ってるよ。会議で対策は考えたよ。勝ち目はないわけじゃあないって、エリオットが言ってたよ。」
「なら、なおさら勝ち目はないさ。おれは、前の戦争でエリオットに泣かされているんだ。
ライアスが死んで、これ以上、やつにはつきあいきれなくなって、ティムといっしょに、諜報に行くフリして逃げちまったほどだ。ボスも、最後の決戦前にわざとバテントスに捕まり、そのあと適当に逃亡したもんな。
エリオットは、戦争が下手なんだよ。敵に背を見せるのは恥だと考えてるからな。今回も、きっと前とおんなじになるぜ。お姫様をそれを心配して、おれをよこしたんだよ。
だから、さっさとトンズラしよう。お前にもしものことがあったら、お姫様は後追い自殺しちまう。」
「でも、大将のおれが逃げることはできないよ。それじゃあ、官軍じゃあなくなっちまう。責任あるんだよ。」
エッジは、レックスのひたいを指でつっついた。
「大将という器かよ。ただのおかざり人形のくせによ。責任という言葉はな、責任とれるだけの仕事ができて、はじめて口にするモンなんだよ。」
レックスは、ムッとした。
「おれは逃げない。双頭の白竜、せおったときから逃げないと決めてんだ。」
「十八の、いやもう十九になったんだよな。十九の青二才が偉そうな口きくんじゃない。お前の命は、お前が考えてる以上に重いんだぞ。なんのために、お姫様が命がけになってるんだ。その意味わかってんのか。」
「流産のことを言ってるのかよ。悪かったな、まったく気がつかなくてさ。おれだって、ショックだったんだよ。自分の子なんだぞ。どれだけくやしくて、悲しかったか、お前にわかるか!」
エッジは、今度は軽くレックスのほおをたたいた。
「そのことを言ったんじゃない。くやしくて悲しい? 一人前の親になったような口ぶりだな。なら、おれ達兄弟が、施設にあずけられた理由を教えてやろうか。ティムには、さすがに言えなかった事実だ。
お袋の流産が原因だったんだよ。ティムが産まれて半年もたたずに、お袋はまた妊娠したんだ。
まだ乳が必要なティムと妊娠じゃあ、体に無理がかかって当然だ。流産して、そのまま死んでしまった。親父は、幼いおれ達兄弟を自力で育てられなかった。そして施設にあずけたあと行方がわからなくなった。それきりさ。
悲しいのは、お前だけじゃない。お姫様が死ななかっただけマシだ。けど、明日ここで、お前が死んだらどうなる。すべての希望がなくなっちまうんだぞ。」
レックスは、エッジから目をそらした。
「やっぱりできない。おれ、バカだから。」
エッジは、ため息をついた。こうなることは予想できてはいた。
「なら、好きにしろ。おれはおれで、勝手にやらせてもらう。」
エッジは、ちょうどもどってきたティムから食べ物と水を受け取り、天幕を出て行った。