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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
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三、レックス、立つ(2)

 エッジがいなくなったあと、シエラは、ベッドに体をしずめた。いまは吐き気がおさまっているが、つわりはひどいものだった。食べ物の匂いをかいだだけでも吐いてしまう。


(こんな調子で、仕事に復帰できるんだろうか。シエラがいなくなって半月。症状はひどくなる一方だ。出血はおさまってはいるが、下腹の痛みは日になんどかある。妊娠が、こんなにつらいものだったなんてな。このまま、シエラがもどらなかったら、ぼくが出産をむかえることに、たぶん、なるんだろうな。)


 まだ、ふくらみはない。けど、たしかに、ここには命がやどっている。


(しっかりしろ、ぼく。シエラに体にいるんなら、こういうことも想定済みだったはずだ。最初はびっくりして混乱したけど、いまは、いまは、幸せなのか。そうなんだ、この子は、ぼくの子だ。ぼくの子供なんだ。シエラの子だけど、いまこうしてここにいるのは、ぼくだから、この子は、ぼくの子供なんだ。大事にしなきゃ。)


 レックスが、顔をだした。シエラは、あわてる。


「何、あわててんだよ。顔、赤いぞ。熱でもあるのか。」


「な、なんでもないよ。私、そんなに顔赤いかな。ろうそくの火でも、わかっちゃうくらい?」


 シエラは、ドキマギしていた。ごまかせるか。レックスは、ホッとしたような顔をした。


「よかった。お前、やっぱりいたんだな。ここしばらく、ライアスばかりだったんで、どっか行ってしまったんじゃないかと、ずいぶん心配してたんだ。」


「ごめんなさい。この前の襲撃のことが、かなりこたえちゃって、しばらく兄様の影で小さくなってたの。やっと、こうして出てくることができたのよ。うん、もう平気だよ。心配かけてごめんね。」


 レックスは、シエラの手をとった。


「なんか、このごろ、やせてきたと思ってさ。食欲ないのか。今まで、ずっと無理してたものな。」


「やっぱり、働きすぎはよくないね。うん、反省。エリオット様もいることだし、これからは仕事の量をへらすことにするわ。」


 レックスは、お休みと、シエラのほおにキスをした。そして、寝室を出て行く。シエラはホッとした。それと同時にわきあがる罪悪感。涙がとまらなかった。


 それから数日。臨時政府は無事立ち上がり、ニーハを中心に対バテントス勢力が結束した。シエラが正式に領主となり、その翌月には、ケラータに向けての兵力も物資もととのい、あとは時期を待つだけとなった。


 が、シエラの体調は思わしくはない。日に日に元気を失っていくシエラに、周囲も異常を感じ始めていた。さすがにここまできて、シエラは気がついた。


(シエラの意識がうすれて、魔(悪意のある霊的存在)が攻撃してきているんだ。妊娠して弱っているから、そのすきをついてきている。バテントスで頭がいっぱいだったから、気がつくのがおそすぎた。)


 シエラは、そばにある王家の剣を手にとった。剣の威力で結界をはり、魔を遠ざけようとした。だが、弱りきってしまっているので力がでない。シエラは苦笑した。


(昔もこうだったっけ。ほんと、気がつくのがおそすぎ。けど、)


 シエラは、ありったけの力を使い、なんとか魔をはじく結界をはった。体が少しだけ楽になった。だが、結界の力は不安定だ。


(やはり、これが限界か。けど、しばらくは持つだろう。そのかんに、体力を回復させなきゃ。)


 食欲はなかったが、無理してでも食べた。結界のおかげで吐かずにすんだ。シエラは、眠ることにした。


 夢の中で、妹のシエラに会った。透明なかたい(まゆ)の中で、シエラは眠っていた。話しかけてみる。何もこたえてくれない。そして、目がさめた。それから二日ばかりしたあと、ケラータにバテントス軍が到着したとの情報が入った。


 ニーハ周辺の豪族達が館に集結した。シエラは集まった豪族達と会議をし、ケラータに向けての出陣を三日後にすると決定した。


 豪族達が去ったあと、シエラは軽いめまいをおぼえた。長時間におよんだ会議は、シエラの体力をかなり消費し、そのまま気を失うようベッドで眠ってしまう。そして、翌日、事故はおきた。


 今朝も早くから、館に集結した豪族達と顔合わせをするために、二階の寝室から、一階の会議室へ降りようとしたシエラは、階段から足をすべらせてしまう。ひどい目まいがしたからだ。


 かけつけたレックスの叫び声を最後に、シエラは何もわからなくなってしまった。


 気がついたら、ズブリとした冷たい泥のような闇に囲まれている。息もできないくらい、冷たく濃い闇。ライアスは、つかまってしまったと直感した。


(起き上がるのもやっとだったのに、無理して寝室からでるんじゃなかった。階段から落ちたんだし、体のほうも無事じゃあすまないだろう。それに、心神喪失したシエラじゃあ、どのみち、あの状態の体を維持することはできないはずだ。このまま死ぬのか、ぼくもシエラも。)


 シエラとレックスのそばにいて、二人の力になりたくて、シエラとして生きようとした。けど、力になるどころか、大切なシエラの命をうばい、レックスからも愛する妻をうばってしまった。


(レックス、悲しむだろうな。そして、ぼくをうらむだろうな。うらまれて当然だよな。シエラを心神喪失させたうえに殺してしまったんだしな。)


 闇の中に涙がとけこんだ。もういい。自分には、この闇がお似合いだ。レックスの泣き叫ぶ声がとどかないなら、ここにずっといよう。


(ごめん、シエラ。こんなことになるのだったら、君に()いてレックスのもとへ行くんじゃなかった。ほんとにごめん。)


 自分の意識が、闇へと同化していくのがわかる。もうすぐ、自分はこの闇の一部となり、ここで眠りにつくだろう。


(さようなら、レックス。みじかい間だったけど、ぼくは幸せだった。)


 光が、ライアスのひたいにあたった。暖かく強い。ライアスは顔をあげた。小さな手が、その光からのびてくる。


「あきらめないで、兄様。私の手をつかんで。」


 シエラの声が響いた。ライアスは、無意識のうちに、その手をつかんでいた。ものすごい力で引き上げられる。そして、ぼんやりとした岸辺にいた。ライアスは、ゲホゲホ()きこみ、シエラは心配そうにその背をなでていた。


「だいじょうぶ、兄様。もう少しおそければ、手おくれになるとこだったわ。」


「シエラ、気がついたのかい。」


 ライアスは、なんとか息をととのえ、(せき)をとめた。シエラは、ほほえんだ。


「兄様の声がきこえたからね。ごめんね。あんなことになってしまって。私ね、自分がいない方がいいと思ったの。せめて、この戦争が終るまで、あのままでいた方がいいと思ったの。


 だって、私の意識があると、兄様、思うように行動できないでしょ。私、人が死んだりするの、たえられないもの。そのたびに兄様、とまどってしまうでしょ。戦争でとまどいは、命取りになっちゃうしね。」


「ごめん、シエラ。」


「あやまることはないわ。臆病(おくびょう)で、なんにもできない私がいけないんだものね。」


「シエラ、その。」


 ライアスは、妊娠のことを話そうとした。シエラは、うつむいた。


「流産しちゃったみたい。階段からおちたあと。」


 ライアスは、声もでなかった。シエラは、


「精一杯、守ろうと努力したの。でも、体が弱りすぎててだめだった。妊娠がわかっていたなら、あんな(まゆ)なんかに閉じこもらなかったのにね。」


 シエラの体が、透き通ってきた。


「ごめんね。私、もう限界。力を使いはたしちゃったみたい。」


「まさか、赤ん坊とぼくをたすけようとして、君は・・・。」


 シエラは、笑った。


「レックスをたのむわね。」


 ライアスは、消えゆくシエラをひきとめようと手をのばした。けど、消えてしまった。


「そ、そんな、シエラ。ぼくのために。こんな、ぼくをたすけるために。」


 ライアスは、さけんだ。そして、自分の声で目をさます。いつもの寝室だった。ミランダの赤く()れた目から涙がこぼれている。


「よかった。このまま目をさまさないんじゃないかと。」


 体が、なまりのように重い。階段からおちて流産したあと、シエラは二晩眠り続けていたという。シエラは立ち上がろうとした。出陣は今日だ。ミランダが、シエラをベッドにおさえこむ。


「だめです。かなり、出血したんですよ。」


「でも、行かなきゃ。出陣前に演説しなきゃ。」


「演説はもうすみました。昼の鐘と同時に、ケラータに向けて出陣します。もうすぐです。」


「エリオットがしてくれたのか。」


 ミランダが、ほほえみながら首をふった。


「まさか、レックスが?」


 扉が荒っぽく開いた。輝くばかりの(よろい)に身をつつみ、王家の紋章である双頭の白竜のマントを背にしたレックスが、そこにいた。まるで別人だ。


「声がきこえてきたから。よかった、目、さましたのか。」


 レックスは、ホッとしたような顔をした。シエラは、レックスを見つめている。レックスは、


「ああ、これ。エリオットのやつが、いつのまにか用意してたんだよ。このマント、刺繍(ししゅう)がやたら重いんだよな。鎧も重いしさ。」


「公表したのか?」


 レックスは、シエラの顔をじっと見つめた。


「妊娠してたんなら教えろよ。流産だってきいて、こっちも、か、な、り、ショック受けたんだぞ。ったく、いっつもむちゃばかりしやがって。」


「ごめん。よけいな心配は、かけさせたくなった。それに、ぼくがもう仕事できないとわかると、せっかくここまでまとめあげた勢力が、バラバラになってしまうと思ったから。」


「お前、考えすぎだ。何もかも自分一人でせおいこむのも、たいがいにしろってんだ。お前が仕事できなくても、どうにかなるもんなんだよ。午前の演説もうまくいったしさ。」


 ミランダは、


「さすがにもう、逃げられないと覚悟を決めたみたいですよ。演説は、エリオット様が書いてくれたものを暗記しただけです。まちがえずに、最後まで演説してたと、みなさん言ってました。」


 レックスは、


「一晩、死ぬ気で暗記したんだよ。でさ、シエラ。ニーハの軍は、双頭の白竜の(はた)を使って、おれの軍隊、つまり官軍にすることにした。これで、ずっと戦いやすくなったはずだし、あちこちからの協力もとりつけやすくなったはずだ。マーレルには伝令を出したし、きっとうまくいく。」


 シエラは、ため息をついた。レックスは楽観的すぎる。


「君が本物だという結論は、すぐには出ないはずだ。マーレルで本物と認めてもらって、君はやっと正式な王になれるんだよ。もう少し慎重になれよ。」


「慎重も何も、おれは、正真正銘の本物だ。正体あかしたからには、もう(あと)もどりはできない。けど、いつかはこうしなきゃダメだったんだよ。出陣前に顔を見られてよかった。じゃ、行ってくるよ。」


 レックスは、行ってしまった。シエラは、つかれたようにベッドで目をつぶった。頭がごちゃごちゃしてる。ミランダが、お茶を持ってきますと、寝室から出て行った。


 レックスが、階段のそばにいた。ミランダが出てくるのを待ってたらしい。


「ミランダ、シエラから絶対はなれるな。エッジもここに残しておく。」


「何もきかないのね。」


「きいて、どうなることでもないだろう。あいつが、シエラのふりをしてたことくらい、すぐにわかったよ。ずっと不安だったんだ。いつかマデラの時みたいに、なるんじゃないかって。」


 レックスは、ピアスをはずして、ミランダにわたした。


「シエラにわたしてくれ。王家の剣とこれと二つあれば、見えない敵からも、シエラを守ってくれるだろう。いまのおれにできるのは、これくらいのものだ。」


 ミランダは、受けとった。レックスは、ミランダにむかい、


「ミランダ、父さんのことはもう忘れろ。死んだ者に執着してたって、いいことは、なんにもないんだぜ。おんなじことをエリオットにも言ったけど、お前にも言っておくよ。」


「あんた、シエラ様のことを忘れるつもりでいるの?」


「シエラは必ず取りもどす。おれのシエラは二人で一人だ。どっちが欠けてもだめなんだよ。じゃあ、シエラをたのんだぜ。」


 昼の鐘が、ニーハの町に鳴り響いた。真紅の馬に騎乗し、双頭の白竜を背にしたレックスは、町中の人々の歓声とともに、ケラータに向けて出陣していった。

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