表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第三章、双頭の白竜
37/174

三、レックス、立つ(1)

 シエラは、自分の妊娠を秘密にした。レックスにも教えなかった。ただの過労、それで終らせた。シエラは、現状は自分の一枚岩に上に乗っていることを、いやというほど理解していた。


 心配したミランダからは、レックスを王だと公表するよう、強くすすめられる。が、


「だめだ。今のレックスでは、ぼくの代理はできない。実務は、エリオットがしてくれるが、ニーハ全体をまとめ、サラサのバテントスに対抗するには、いまのレックスじゃあ、役不足なんだよ。なんにもできないって、みんな知ってるしね。たとえ、ダリウス王という看板(かんばん)があったとしても、何もできないリーダーじゃあ、現状ではおかざりにもならない。」


「でも、このままじゃあ、本当に流産してしまいますよ。出血は、なんとか止まったようですが無理は禁物です。お腹も大きくなりますし、いつまでもごまかせるものではありません。」


 シエラは、頭をかかえた。


「シエラがいないんだ。シエラがいてくれたら、この体からはなれて、レックスに乗り移れたのに。ニーハの町につくまでは確かにいたんだよ。けど、気がついたら、いなくなっていた。あれからすでに半月だ。まだ、もどってきてないんだ。」


「剣をつかっても、わからないのですか。」


 シエラは、わからないとこたえた。ミランダは、


「そのことは、レックスは知っていますよね。」


「話してない。きっと、ショックを受けるから。ごめん、ウソをついた。シエラは、どこにも行っていない。ぼくの中にずっといる。


 あの時、ぼくが小領主をやれと命令した、シエラはやめてとさけんでいたんだ。ぼくは無視した。だって、エリオットは自分では決断できなかったから。決断できなくて、ぼくにたすけをもとめたから。


 ぼくだって、あんな命令はしたくなかった。でも、人の上に立つ者は、時には非情な決断をしなきゃならない。だから、レックスにそのことを教えるためにも、ああするしかなかった。


 けど、シエラには、たえきれない重みだった。戦いが怖くて、きらいで、人の悲しみや痛みが、自分のことのようにわかるシエラにとり、ぼくの決断は、心をこわしてしまうほどつらいことだったんだ。」


「シエラ様は、いまはどうしているのです。」


「いつだったか、シエラが心を失ってた時期があったろ。マデラでひどい目にあって。あの時と同じになってしまった。でも、こんどは、たすけることはできない。ぼくが、加害者だから。」


 シエラは、お腹をなでた。


「すべては、ぼくの責任だ。もう少し、シエラに配慮(はいりょ)すればよかった。命令したあと、すぐにその場を離れればよかったんだ。そうすれば・・・。」


 シエラは、ミランダの手をつかんだ。


「たのむ。このことは、レックスに、ないしょにしてくれ。ぼくは、シエラのふりをして、ごまかせるところまでねばってみせる。ぼくは怖いんだよ。真実を知られたら、ぼくはレックスにせめられてしまう。


 なじられ、ののしられ、それも当然かもしれない。けど、ぼくには、たえられない。レックスにきらわれるくらいなら、自分の存在自体を消し去ってしまいたい。だから、たのむ。」


 こんなシエラは見たことがない。ミランダは、とまどったが、わかりましたと笑顔でこたえた。


 シエラがいる寝室をでたミランダは、ため息をついていた。どのみち、時間の問題だ。妊娠もそうだし、夫婦なんだから、いつまでもごまかせるはずもない。ミランダは、(やかた)の窓から外をながめた。


 もうすっかり春だ。庭には、春の花が咲いている。


(シエラ様がたおれられても、エリオット様の代理で、次のケラータでの戦いや、ニーハでの臨時政府樹立の準備は進んでいる。けど、これ以上、シエラ様に無理はさせられない。妊娠が安定しだい、シエラ様はまた、仕事におもどりなるつもりでいるようだけど、激務である以上、流産の危険がつねにつきまとう。)


 庭のすみで、レックスがティムと汗をながしていた。エリオットのいる執務室から逃げ出したようだ。


(あのバカ。あれだけ、エリオット様のお手伝いをしろと言っておいたのに。)


 ミランダは、ヒョイと窓からおりた。二階の窓だったが気にしない。そして、いやがるレックスを無理やり、執務室にたたきこんだ。


「あんたね、シエラ様の体調を考えなさいよ。もともと、あんたがたよりなさすぎるから、無理してたおれてしまわれたのよ。こんな時こそ、あんたが、しっかりしなきゃいけないのに、外で遊んでるんじゃないの。


 エリオット様、このバカに仕事を与えてくださいな。厩舎(きゅうしゃ)の掃除でもなんでもかまいません。とにかく、一日でも早くしっかりするように、根性をたたきなおしてください。」


 ミランダは、言うだけ言うと行ってしまった。シエラがたおれてから、ミランダはイライラしている。レックスは、書類の山にかこまれているエリオットを見た。


「おれにできる仕事なんて、あるのかよ。シエラは、何もしなくてもいいから、お前のそばにいろとだけしか言わないもんな。」


 エリオットは、


「書類仕事をしている私を見ても、学ぶことなどありませんよ。仕事はありますよ。この書類すべてに目をとおしてください。意味はわからなくても、ただ読むだけでよいのです。」


 ティムのおかげで、字は読めるようになってはいた。書くのは、ダメだが。レックスは、イスにすわり、数枚の書類をながめた。


 びっちり書いてるの、すきまだらけのもの、さまざまだ。内容は、ある程度は理解できたが、ただ読むのは眠くなるだけの作業だ。


「やっぱり、実務は向いてないな、おれ。サインは全部シエラの名前なんだな。勝手につかっていいのかよ。」


「かまいませんよ。私の名前でもけっこうですが、みなさん、やはり領主様の名前のほうが喜びますからね。」


 レックスは、書類を返した。


「みんな、シエラを待ってたんだな。サラサにいるのは、偽物だってわかってんだな。」


「それはそうですよ。ただ似てるというだけで、どこかから拾ってきた娘ですからね。教養もなく、お姫様と祭り上げられ、すっかりいい気になっているらしいです。私は会ったことはありませんが、そのようなウワサが、このニーハまで、きこえてきてますからね。」


「やっぱり、領主だってだけで違うんだ。お前もニーハで義勇軍まとめあげてたんだろ。この前の戦いだって、あっさり決着ついたし、おれはほとんど活躍(かつやく)しなかったし、みんなあんたの功績だろ。なのに、やっぱりシエラかよ。」


 エリオットは、書類をめくる手をとめた。そして、ほほえみながら、目の前の青年を見つめる。


「あなたのお名前のほうが、もっと効果がありますよ。あなたがいるだけで、すでに官軍なんですからね。」


 レックスは、両手を頭のうしろでくんだ。


「だーれも信じてくれないよ。シエラが証明してくれて、やっと信じてくれる。でも、なーんにもできないんじゃあ、証明しても意味ない。」


「あなたは、そこにいるだけでいいんですよ。めんどうなことは、私がすべて引き受けますからね。名乗られてはいかがですか。」


 レックスは、立ち上がった。


「シエラの顔でも見てくるよ。たおれてから元気ないから。」


 レックスは、一階の執務室を出て、二階のシエラの寝室へむかった。ミランダがいるかと多少警戒したが、廊下(ろうか)の窓から、ミランダが庭で洗濯物をとりこんでいるのが見える。このあとアイロンがけをするはずだから、しばらくはもどってこない。


 レックスは(とびら)を開けた。シエラは、ベッドで報告書を読んでいた。


「体調悪いのに仕事かよ。ったく、いい加減にしろ。」


 シエラは、書類をベッドに置いた。


「執務室にいろと言ったろ。用もないのに、病人の部屋にくるんじゃない。」


「おれは、女房の顔を見にきただけだよ。シエラにかわれよ。お前の不機嫌な顔も、いい加減、見あきた。」


 シエラは、グッとこらえた。そして、低い声で、出て行けと言う。レックスには、ききとれなかった。


「出て行け。君には、することがあるだろ。シエラに会いたかったら、今日やるべきことを、きちんとしてから会いにこい。こっちも、そんなだらけた顔は見あきてるんだよ。」


 シエラは、書類をレックスの顔に投げつけた。バララと床にちらばる。レックスは、ちらばった書類を乱暴にけり、寝室を出て行った。シエラは、床の書類をかきあつめた。そして、目をゴシゴシとこする。そして夜もおそく、エッジが館にやってきた。


「バテントスはどうやら、ゼルムの攻略は後回しにしたようだ。中州(なかす)の城にあつめていた戦力の一部を、ケラータに向けて進軍させてるらしい。サラサからの情報によると、本国からくる予定の船が、海がおちついたにもかかわらず、なんらかの事情で出港できないでいるようだ。」


 シエラは、サイモンの工作が功を(そう)し始めたなと思った。


「ぼく達に、ニーハを明け渡したのが失敗だったと考えてるんだな。くるはずの増援を待って、ニーハを取り返すつもりだったようだが、増援がこない以上、手持ちの兵力だけでなんとかするしかないしな。」


「問題なのは、サラサを中心に徴兵(ちょうへい)してるってことだ。同士討ちになるぜ。どうするんだ。」


姑息(こそく)な手段だな。人質をバテントス兵の前にズラリとならべるんだろうな。考えそうなことだ。もし、クリストン人が兵士として連れてこられたとしても、軍には動揺(どうよう)しないよう伝えておこう。敵は敵だ。どのような理由があろうとも、ぼく達の前に武器をもって立ちはだかるのなら、それなりの対処はする。」


「おっかないね。さすが、あんただ。まあ、そういうとこが、おれは気に入ってるんだがな。ところで、おれの(いと)しのミランダちゃんはどこだ。」


 シエラは、あきれた。


「ミランダなら、レックスのとこにいるよ。ぼくがたおれてから、寝室は別にしてあるからな。ずっとお小言(こごと)をもらっているようだから、お前が行って、レックスを解放してやってくれ。」


「ミランダも大変だな。お前と坊ちゃんの両方、めんどう見なきゃならないなんてな。」


「用がないならさっさと行け。いまの報告、エリオットにもたのむ。ぼくが言ったこともだよ。」


「報告だけでいいさ。やつなら、何も言わなくても、お前が考えてることを素直に実行してくれるよ。なんせ、お前の番犬とまで言われた男だからな。」


「最後は、ぼくの意見なんか無視したじゃないか。勝手に暴走してさ。」


「まだ、根に持ってんのかよ。それはそうとして、ニーハに帰ってくるとちゅう、気になる男を見かけたんだ。」


「気になる男?」


 エッジは、うなずいた。


「シゼレによく似た男だ。顔は、フードでおおっていて、しかも遠目でチラとだったから、はっきりとはわからんかったが、背格好がなんとなく似てた。」


「・・・似てるだけだ。シゼレは死んだはずだ。エリオットもそう言ってるし。」


「遺体は出てないだろ。」


「いい加減にしろ。もし、生きていたとしたら、もうとっくに、ぼく達の前に出てきているはずだ。妹思いだったシゼレが、シエラを助けに出てこないはずがない。シゼレは死んだんだよ。」


「お前、妹姫様と違って、シゼレと仲悪かったしな。まあ、やつが生きて出てきたら、すぐにお前に気がついて、それこそ大騒ぎになっちまう。すまん、やっぱり、おれのかんちがいだった。」


 シエラは、フッと笑った。


「そうだな。報告をたのむ。」


 エッジは、肩をヒョイとすくめ寝室を出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ