二、ニーハのエリオット(2)
エリオットに、ライアスと呼ばれ、シエラは、クックッと笑った。
「ぼくは、シエラだよ。どうして、みんな、そう思うんだろうな。妹だから、似てて当たり前なのにな。」
シエラは、また腹をおさえた。エリオットが、どうしたのかとシエラに手をかす。
「な、なんでもない。少しつかれただけだ。あたたかい飲み物を用意してくれ。飲んだら休むから。それと、レックスに、君が父親と戦う理由を説明してやってくれないか。」
「かしこまりました。でも、体調がすぐれないようでしたら、ご無理をなさらず、明日はここにいてください。レックス君は、私が責任をもっておあずかりします。」
シエラは、部屋に案内された。たおれるよう、ベッドに体をなげだす。
(ここのところ、やけに腹が痛むな。下痢もしてるし、つかれがたまってるかもしれない。ニーハが片付いたら、少し休息をとろう。)
ミランダが、飲み物をもってきたとき、シエラはすでに眠っていた。今夜は、シエラをこのまま一人で休ませてあげよう。レックスは、ティムといっしょに兵士部屋にでも、おしこんでおけばいい。
それでもって、ミランダに兵士部屋におしこまれたレックスは、まんじりともしない夜をむかえていた。
エリオットから話をきいても、納得なんかできやしない。
(エリオットのやつ、本気であんなことを言ったのかよ。自分の親だぞ。おれじゃあ、自分の親と戦うなんて無理だ。)
いや、戦ったじゃないか。マーレルで自分の母親を自分の手で、逝くべき世界へと送ったじゃないか。あれは、肉体としての命をうばうことと、なんら変わらない行為だったんじゃないのか。
レックスは起き上がった。床にわらをしいただけの寝床だったので、寒いやら、かたいやらで、シエラといっしょの暖かなベッドになれた身には、とてもじゃないが眠れそうにもない。しかも、タコ部屋特有の兵士達のイビキがうるさい。
どうせ、もうすぐ叩き起こされる。レックスは外へと出た。寒空に星が、やけにきれいだった。砦内を歩いていると、物見台からニーハの方向を、じっと見つめているエリオットがいた。
レックスに気がつくと、見張りの兵士と交代して下へとおりていく。眠れないのかとたずねるエリオットに、レックスは、
「ミランダから、シエラがつかれているから、一人で休ませろと言われた。それで、兵士部屋で寝てたけど、イビキがうるさくてね。けど、指揮官って大変なんだな。今夜は寝るひまなんてないのか。」
エリオットは、笑う。
「ミランダさんですか、なかなかしっかりした美しい方ですね。あのような方が、シエラ様のおそばにいてくださって、私は安心しております。あなたは、彼女には頭があがらないようですね。部屋をおいだされて、兵士達と寝るはめになるとはね。」
「しかたないだろ。シエラが、つかれてんならな。ミランダには逆らわないほうがいいぜ。ありゃ、毒女だからな。シエラのこととなると、特にキレやすくなるぜ。」
「おぼえておきますよ。中へ入りましょう。やはり、まだ夜は冷えますから。」
エリオットは、レックスを自分の書斎へと案内した。そして、暖炉にあったお湯をコップにそそぎ、レックスにさしだす。レックスは、
「ニーハの方を見てたようだけど、やっぱり気になるんだろ。夕方、口じゃあ、なんだかんだ言ってたくせにさ。」
エリオットは、自分の分もコップにそそいだ。そして、一口のみ、テーブルへと置いた。
「少し話をしましょう。だれにも話したことはなかったのですが、あなただけには、話しておきたいのです。」
「どうせ、ライアスがらみだろ。話せよ、楽になるんなら。ティムからきいたよ。ライアスが降参しようと言ったとき、猛反対したんだってな。そして、ライアスが死んだあと、戦争継続を強行して、シゼレを戦場に引っぱり出したのは、あんたなんだってな。」
「そのとおりです。私がお二人を死においやった張本人です。私は、あの方が敗北する姿など見たくしなかった。敵のとりことなり、我々の命乞いをする姿など、どうしても見たくなかったのです。」
レックスは、コップのお湯をズズッとすすった。
「なんで、見たくなかったんだ。死なせるよりは、ましだろうが。そうしたら、ライアスもまだ生きていて、シエラにあんなに負担かかることなかったろうに。」
「私にとって、あの方は神にも等しいお方でした。完璧なまでの美しさと知性、そして優雅さ。傲慢で優しく、そして、悲しいまでに孤独で気高い。まさに、私が理想とする存在そのものでした。そのような存在である、あの方が敗北など、あってはならなかったのです。」
レックスは、きいていて耳がかゆくなった。
「あんた、バカか。ライアスだって、ただの人間だろうに。そりゃ、きれいで頭いいけどもさ、やっぱり、ただの人間なんだよ。腹もへるし、トイレにも行くし、フロ入らなきゃ、臭くもなるだろうしさ。
第一な、ライアスもいい迷惑だったはずだ。あんたに勝手にそう思われちゃな。そのくだらない思い込みで、ライアスを死なせて、おまけにいまだに、そんな幻影にしがみついてるなんてな。」
エリオットは、苦笑した。が、
「そのとおりです。なにもかも、私の思い込みです。けど、どうにもならないのです。はげしい思いが私を支配し、私は自分の激情のおもむくままに、行動をするしかなかったのです。
あの方の死は、ショックでした。そして、自分を責めました。けど、それはすぐに、あの方をこの世界から消し去った、バテントスへの憎しみに変わりました。
そして、私は、いやがるシゼレ様をサラサの教会からさらうよう、戦場へとつれだし、最後の一兵まで玉砕する覚悟で、少しでも多くバテントス兵の命を奪うべく、憎悪にとりつかれ戦い続けていたのです。
気がついたときには、何もかも終っていました。死にきれなかった私は、そのまま敵に捕虜となり、自害することもできず拘束され続けていました。拷問で死ぬことができればと考え続けていましたが何もされず、ある日、私はとつぜん解放され、ニーハへと送り返されてしまったのです。
父が、バテントスに協力すると約束し、多額の保釈金を支払ったからでした。私は、父には失望しました。命をたすけていただいた感謝よりも、祖国の魂を息子の命と引きかえにさし出した父の行為が、どうしても許せなかったのです。」
話をしているエリオットの顔は、実に苦しそうだった。エリオットは、戦場でライアスの後を追うつもりだったはずだ。なのに、死んだのはシゼレや兵士達だけで、自分は生きのび、そしてここにいる。
レックスは、
「おれは、あんたの父さんのしたことは、まちがってないと思うよ。親なら、当然なんだよ。自分の息子が死ぬとわかってて、だまってるなんてできるもんか。」
エリオツトは、
「バテントスの政策は強引です。ニーハは逆らう意志は無しとみなされ、いま、ここは、バテントスの取立てに苦しんでいまです。去年は、作物のできが悪く、年をこすだけで精一杯でしたが、そんな事情などおかまいなしに、バテントスは年貢を要求しました。
これからは毎年、バテントスが決めた量の年貢を、かならず納めなければなりません。おおかたは穀物ですが、さらに、バテントスは、今年度から本国で働かせる奴隷も要求してきました。若くて健康な男女を、毎年百人ずつです。」
レックスは、お湯をすすることをやめた。奴隷の話は初耳だった。
「なんで、その話を夕方してくれなかったんだよ。今時分になってさ。」
「昼間は、兵士達の耳もあり、話したくはなかったのです。奴隷の話が、兵士達の耳に入ったら、冷静ではいられなくなってしまうでしょう。戦場では、怒りや憎悪は、命取りになってしまいます。
父もさすがに年貢のことは公表しても、奴隷までは公表できなかったのです。公表したら、ニーハのバテントスへの不満が一気に爆発するでしょうからね。ですが、奴隷は夏までに用意しなければなりません。父がどうやって奴隷を集めるかは知りませんが、そうさせないためにも、ニーハは奪還しなければならないのです。
ニーハの現状は、エイシアの未来でもあるんです。私がいま、行動をおこなさければ、あなた様が統べる国は、どこにもなくなってしまいます。」
「だから、親でも討つと。」
エリオットは、こぶしをギュッとにぎった。
「私にとり、正義はすべて、あの方だけにあります。何が正しいとかではなくて、私にとり正しさはただ一人、ライアス様だけです。正しさは、人にあってはいけないものだとわかってはいるんです。だれが正しいではなくて、何が正しいか、それが真実だともわかっているのです。
でも、私は、あの方が消えていく光景が、いまだにわすれられない。だから、私は!」
もういい。レックスは、お湯が半分のこっているコップを、エリオットに返した。
「もういいよ。もう、じゅうぶんだ。あんたが、どれだけライアスが好きか、よーくわかったよ。ニーハの現状もわかった。自分の親と戦う、やむおえない事情もわかった。でも、そんなに力んでちゃ、今度もあんたは冷静ではいられなくなる。二度目はないんだぞ。あんた、まだ独り身か?」
エリオットは、どうしてそんなことをきく、という顔をした。
「独身ですよ。結婚はしていません。バテントスがくる前に話があったのですが、戦争で消えてしまいました。それが何か?」
「ライアスのことは忘れて、奥さんもらえって言ってんだよ。いつまでも幻影おっかけるなってことだ。おれは、部屋にもどって少し休むよ。あんたの話きいて、つかれた。」
まだ、出陣までには少しだけ時間がある。レックスは兵士部屋にもどった。エリオットは、レックスが残したお湯が入っているコップを見つめた。
(あなたがうらやましいですよ。あの方の愛情を、すべてその身に受けている、あなたが。あの方のお心には、いつもあなたがいた。)
仮眠しようとしても、眠れるわけがない。あくびはでるけど、さっきの話が頭にこびりついていて、神経は興奮しきっている。レックスは、すやすや寝ているティムを見つめた。
(もう、そろそろ時間か。盗賊相手の乱戦は、なんどか経験したけど、実際の戦場はどういうモンなんだろうな。おれはティムとともに、第三部隊ってとこに配置されてんだよな。とにかく、足手まといにならないように、上官の指示に従わなきゃな。)
シエラはどうするんだろう。やっぱり、戦場にくるんだろうか。エリオットは、シエラを戦わせるつもりはないようだけど、おとなしく見物しているはずもない。
(とにかくしっかりしなゃ。第三部隊は騎馬で、速攻かける部隊だってきいたな。おれ、騎馬で銃使えるかな。ティムは撃てるけど、おれは自信ない。紅竜の機動力を考慮して配置したんだろうけど、いざとなったら、馬からおりて撃つしかないな。)
そして、星がまだ瞬いている早朝、ニーハは義勇軍によって襲撃を受けた。エリオットの父である小領主には不満を持つものが多く、シエラが義勇軍についているということもあり、ニーハの町にいた小領主の手持ちの軍は意外と少なく、襲撃を受けた時点で、ほぼ決着がついたと言っても過言ではなかった。
町にいたバテントス兵は、すぐに逃げ出した。館を占拠した義勇軍にとらわれた小領主は、ニーハの町の広場でシエラの到着を待っていた。
エリオットは、やってきたシエラに対し、
「この者は、国賊です。罪状はあきらかですので、裁判にかける必要もありません。ご命令を。」
シエラは、とらわれている小領主を見つめた。小領主の顔は覚悟をしていた。シエラは、広場にいた兵士達のなかに自分の夫の顔を見つけ、そして、エリオットに、やれと命ずる。
小領主は、エリオット自らの手で、その人生を終えた。レックスは、何もエリオットにやらせなくてもと、その光景から顔をそむけてしまう。
シエラは、ミランダとともに館へとむかった。そして、館につくと同時に、猛烈な吐き気におそわれてしまう。そして、また腹の痛み。下着についた微妙な出血にシエラは、月のものがきたのかと思い、痛みはこのせいだったのかとホッとしていた。
が、ミランダは、
「ちがいます。月のものではありません。シエラ様は、流産されかかっているんです。すぐに休んでください。お医者様をお呼びします。」
がくぜんとした。まさか、妊娠してるなんて、考えもしなかった。
「ぼくが妊娠。まさか、そんなことって。そ、そうだ。シエラと交代するよ。ぼくなんかよりも、シエラの方が・・・、あれ? シエラ、どうしたんだ。どこにいるんだ。君の存在が感じられない。どこに行ったんだよ。」
いつも感じているシエラの存在が、まったく感じられない。返事すらない。また、吐き気がした。トイレまで間に合いそうもなく、シエラはその場で吐いてしまった。